旅立ちの鐘 その3 ~約束の鐘が鳴る~
20話です。よろしくお願いします。
キョーマの両親に挨拶に伺う為に彼の故郷、中央都市東区アスノ市を訪れたアズサとタカラ、キョーマの三人。
キョーマの母校、古シミズ学園を見学中の三人は初等部棟に続き、中等部棟の見学を始める。
中等部棟も基本的に初等部棟と同じ造りである。まずは初等部棟三階の渡り廊下を渡り、中等部棟三階の音楽室へと向かう。
「この音楽室には、中等部七不思議のひとつ『鳴らないピアノ』がありまして」
「ええい、怪談話はもういいわい!」
初等部の七不思議探訪が終わって間もないというのにまたもや趣旨違いの怪談ネタに、これにはタカラもつっこまずにはいられなかった。
「ええー、だって結局姫さまを怖がらせられなかったじゃないですか。本当に姫さまは怖いものはないんですか?」
「当然だ。姫様に怖いものなどありはしないのだ」
なぜか誇らしげに胸を張るタカラ。
「・・・姫様はいつも目に見えない悪意にさらされてこられたからな。いまさら怪談如きに怯えられはしない」
と、その時アズサに閃きが走る!
「いえ、いいえ。あります。私にも怖いものがあります!ありますとも!」
これまたなぜか誇らしげに胸に手を当てるアズサ。二人の視線を集めながらアズサはしなを作って見せる。
「ああっ、私はハンバーガーが怖いですぅ」
「は?」
「本当に見るのも辛いくらいにハンバーガーが怖いなあ。持ってきて下されば私がどれほど怖がっているのかお見せできるのになあ・・・チラッ」
呆気にとられている二人にさらに畳み掛ける。
「ああっ、間違って口にしようものなら私、どうなってしまうのでしょう。ね?ね?」
期待する目で二人を見つめるアズサ。だが!
「ダメでございます。ダ・メ!」
タカラの一喝にビクッと肩をすくませるアズサ。
「うーん、ハンバーガーの話をまだ引っ張りますか。食べ物の恨みはって言うか、姫さまってもしかして結構な食いしん坊なのでは?」
そんな事をキョーマが考えていると、アズサはめげずに次の手に出る。
「タカラのいじわるッどうしてそんな頭ごなしに言うの?私はただラフィートやキョーマさん達と同じものを食べてみたいだけなのに・・・」
アズサは瞳を潤ませ、よよよっと泣き崩れてみせる。
「はうッ!?」
アズサの泣き落とし!効果は抜群だ!!
「姫様・・・分かりました。そこまで仰るのならこのタカラ、もうお引止めは致しません。聖王都にお戻りになられた暁には宮廷料理人に命じ、姫様のお口にあうハンバーガーを作っていただきましょう」
「本当?」
「はい、騎士に二言はございません」
「わあ、ありがとうタカラ。大好きッ」
アズサに抱きつかれ、照れながらもまんざらではない様子のタカラ。
「・・・王室お抱えの超一級の料理人が作る最高級食材を使った究極のハンバーガーかあ。果たしてそれは僕達が食べているものと同じものと言えるのだろうか?」
そんな疑問を抱きつつ、キャッキャッといちゃつく二人が羨ましいキョーマだった。
「中等部には初等部にはない視聴覚教室があります」
「視聴覚教室?」
「はい。えっと・・・コンピューターとかの実習室です」
校舎見学を再開した一行は、音楽室を覗いた後、その隣の視聴覚教室を訪れる。
「姫様、お待ちしておりました」
教室には教師が一人待っていた。教師はうやうやしくお辞儀をすると、アズサ達にVTRを見せたいという事で、三人は促されるまま席に着く。各席に備え付けられたモニターに映像が映し出されるとキョーマは一瞬顔をしかめる。
「これは?」
「ふむ・・・入学式ですな。七年前の初等部の」
その映像は聖歴S43年の入学式のものだった。
「七年前という事は・・・」
アズサ達の視線はキョーマに向けられる。
「はい、僕が入学した当時のものですね。これ」
キョーマは動揺を隠し平静を装って答えようとするが、切り替わった画面に言葉を失う。
「あら、この子は・・・キョーマさん?」
画面には母親に手を引かれ、満面の笑顔を向ける幼いキョーマの姿。
「ちょっ、まッなななんなんですかこれ!」
「照れる事も無かろう。うむ、何とも初々しいな」
「ええ、とても可愛らしいです。でもこれは?」
アズサの問いに教師はコントローラーを弄りながら答える。
「はい。当校では生徒一人一人の記録を残しておりまして、卒業するときに編集したものを贈る事になっているのです。今回は姫様に是非ご覧いただこうと急遽キョーマ君の映像を集めておきました」
「ちょっ、聞いてないですよそんな事」
「そりゃそうさ。本来これは卒業生へのサプライズだからね」
茶目っ気たっぷりにウインクする教師にイラっとするキョ―マであった。
「もーッ要らないですよそんなサプライズ!何なんですか今日は!こんなんばっか、はずかしいなあ」
「照れるな照れるな。皆お前が勇者に選ばれた事を喜んでくれているのだぞ。良い街じゃあないか、はっはっはっ」
「む・・・そんなわけ、あるわけないじゃあないですか。だって僕は・・・」
タカラにわしわしと頭を撫でられながらキョーマは小さく口ごもる。その間もVTRに見入っていたアズサは、画面の中の幼キョーマの変化に気付く。
「あら・・・?」
場面は遠足、運動会、社会科見学、学芸会、マラソン大会と移っていくがその度にキョーマの立ち位置がクラスメイト達から遠ざかっているのだ。何よりも一緒に映っている保護者の姿が毎回違う。
「ああ・・・その人はヘルパーの人達です。僕の両親はあまり学校行事には来ませんでしたから」
キョーマは事も無さげに言うが、本人の自覚はなくとも画面の中のキョーマの姿は明らかに違う。入学式に見せた屈託のない笑顔はもうない。
学年が上がっていくにつれ、キョーマの参加した行事の数は減っていく。この辺りから不登校気味になったのだろう事が分かる。
「もういいじゃないですか。校内見学に戻りましょうよ。ああそうだ、確か中等部の保健室には朝礼で校長の講話中に貧血で倒れた生徒が体験したという『見知らぬ、天井』っていう噂が・・・」
「怪談はもういいって言っとろうが・・・とはいえ、ふむ。姫様、そろそろお時間が」
「あら、そうですか?もう少し見ていたかったのだけれど」
「ではこのVTRはDVDに焼いておきますので他の勇者様方とお楽しみください」
「いりませんよッ!!」
キョーマは速攻で拒否するのだった。
中等部棟二階、図書室に腰を据えようとするアズサだったが、タカラに腕を引かれて後ろ髪を引かれる思いで図書室を後にするのだった。
一階へと降りてきた一行。キョーマはあえて教室を避け、講堂へ案内しようとするがアズサは教室へ行く事を促す。アズサに言われては拒否できるはずもなく、キョーマは渋々一階の中等部一年の教室、つまり自分の在籍する『1-C』クラスの前に立つ。
「・・・」
ドアの前に立つも、ドアを開けるのを躊躇しているキョーマはチラッとアズサの顔を窺う。アズサはコクコクっと頷きキョーマを促す。はあぁっとため息をつきキョーマは意を決してドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開ける。
「おじゃましま…す?」
キョーマが遠慮がちに顔をのぞかせた瞬間、パンっとクラッカーが鳴らされ、大歓声が起こる。
「わわっ、なんです!?」
戸惑うキョーマに次々にクラスメイト達が声をかける。
「よッ待ってました!」
「久しぶりに登校してきたかと思えば、こんな時間に姫様と一緒とか、うらやましすぎ!」
「キョーマ君が勇者なんだよね。すごーい」
歓声はなかなか止まず、キョーマはただただ愛想笑いをするしかなかった。そんな状況を止めたのはアズサだ。
「みなさん、本日は急な訪問にご協力いただきありがとうございます」
アズサが教卓の前で生徒達に向けて会釈をすると、教室内は静まりみな緊張した面持ちでアズサに頭を垂れる。
「え、最初からみんな今日の学校見学の事を知っていたんですか?」
「うむ。せっかくだからお前を驚かせたいと担任殿が申されてな。姫様も大変乗り気になられて、まあ致し方あるまいとお前には内緒で進めていたのよ」
「・・・ああ、そう言う事。だから『僕が姫さまの付き添い』じゃあなくて『姫さまが僕の付き添い』で来た、って言ってたのか」
そう言う事ならアズサのために予め制服が用意されていた事も頷ける。もっともそれはアズサの強い要望だったのだが。
「今日は僅かな時間ではありましたが、皆さんと同じ制服を着させていただいて、皆さんの授業風景を見学させていただきました。私は学校に通った事がありませんでしたのでとても新鮮な体験が出来ました」
アズサがニコッと微笑むと生徒達も緊張がゆるみ、誰かが「制服姿がとてもお似合いです姫様。尊い!」
と言うと、どッと笑い声が湧く。
「ふふふ、ありがとうございます。さて、これよりキョーマさんは人類にとって脅威である悪鬼、その排除のために厳しい戦いへと赴く事になります。それが彼の勇者としての使命であるからです。ですが、それは彼一人のものでしょうか。勇者達のもの?それも違います。勇者達の戦いは私達、人類全員の存亡をかけたもの。ここにいるみなさんにとって決して他人事ではないのです。先の悪鬼との戦いは皆さんもご承知でしょうか。あの強大な悪鬼を倒せたのは勇者達の力だけでしょうか、いいえ違います。みなさんの声援が勇者達に力を与えてくれたのです。みなさんの想いこそが勇者達の力の源となるのです」
(想いが力に・・・か)
キョーマは悪鬼トレインとの戦いの時に感じた不思議な感覚を思いだす。あの時は確かに誰かに支えられているような高揚感があった。
「ですので、みなさんこれからもキョーマさんの事を応援してあげて下さいね。約束ですよ」
そう言って人差し指を立て、ウインクするアズサに生徒達は黄色い歓声を上げる。
「キョーマさん」
「は、はいッ」
アズサの仕草に見惚れていたキョーマも名を呼ばれ、ビッと姿勢を正す。
「私どもは一度席を外しますので暫くご学友のみなさんとお過ごしくださいね」
「はい、え?どこかへ行かれるのでしたら僕も一緒にいきますよ」
「いや、お前はここで待て。我々は校長殿らと諸々の手続きを済ましてくるのでな」
「手続きですか?」
聖王国では中等教育までの修学は義務付けられている。キョーマは暫し休学し、勇者としてアズサと共に悪鬼討伐に旅立たなければならない。その為にアズサの王族権限で義務教育を免除させるのだ。今回の学校訪問の目的はその手続きも含まれていたのだった。
「えー、と」
アズサ達が教室を出て行った後、残されたキョーマが手持ちぶさたにしていると、クラスメイトの一人が手を上げ、キョーマに質問をしてくる。と、その問いに答えると堰を切ったように次々と質問する声が続く。
「ね、ね、キョーマ君。聞きたい事がいっぱいあるんだけど」
「レキア様って彼女とかいますか?いませんよね?いないって言って!」
「どうやって勇者に選ばれたのさ」
「悪鬼?だっけ。あんな怪物と戦うって怖くない?」
「姫様って可愛いよな。いいなあ、うらやましいぞこんにゃろめ」
「うらやまって言えば、テレビで観たけど隣にいた綺麗なお姉さんって誰?俺のめっちゃタイプなんだけど」
「あ、それ俺も気になるー」
普段あまり会話した事の無い生徒からも質問攻めにあう。ちなみにラフィートの話題は出なかった模様(笑堪)
キョーマは特に人見知りという訳でもなく、幼少の頃からのコンプレックスでクラスメイト達から距離をとっていただけで、こうして話しかけられれば普通に受け答えは出来る。
「ねえねえキョーマ君、機の勇者ってどんな力があるの?」
「え・・・と。機の勇者能力は物体を作り変えたりできるんですが」
「えぇー、すっごーい!!ねえねえやって見せて」
「あ、見たい見たい。どんなのどんなの?」
「えっと・・・じゃあこの黒板消しを・・・」
女生徒たちにせがまれては断れず、機の勇者能力『物体の再生成』を使って見せる。とはいえ、勇者の鎧状態ではないからすごく簡単な物しか作る事は出来ないうえに成功率もかなり低い。そして失敗した場合、素体にしたものは元には戻らない。
「・・・ゴクッ」
緊張して生唾を飲み込む。クラスメイトの前で失敗なんてしたらいい笑いものにされる。そう思うと震える手をグッと抑えつつ視線を上げると、そこには期待と好奇の眼差しを向けるクラスメイト達がいる。
ドクンッと鼓動が高鳴る。
クラスメイト一人一人からキョーマに向かって光の糸のような物が伸びてくるのが見える。それはキョーマには見覚えのあるもの。固有能力『未来視』、その上位能力である『未来視の書き換え』発動時に垣間見た事のあるものだ。
「おいおい、女どもに囲まれて緊張してんのかよキョーマッ」
「え・・・なに?」
不意に聞き覚えのある声に煽られて我に返る。そこには幼馴染の少年の姿があった。
「・・・あれ?あっくんじゃん。何でいるの?」
「はあぁッ?おまッ何言ってんだ。おれたちゃガキん時からずっと同じクラスだったろうがッ」
具体的に言うと、知り合ったのはキョーマが引っ越ししてきた頃。同じクラスになったのは初等部三年生から。
「ははは、そうだっけ・・・?あれ、これは?」
友人の声に緊張が緩んだのか、キョーマは改めて今自分に起こっている現象に目を向ける。
クラスメイト達から伸びてくる光の糸には色がある。それは人の心の色。感情、想いが赤、青、緑、様々な色の光の糸となって互いに結び付き、キョーマの手元の黒板消しに集まっている。
「これ・・・未来視?」
キョーマの固有能力『未来視』はキョーマに絶対に実現する未来を見せる。だというのに今、キョーマの目の前には複数の未来視が現れていた。
一つは、キョーマが黒板消しを自動汚れ落とし機能付きメタル黒板消しに作り変え、クラスメイト達に称賛される未来。
一つは、キョーマが黒板消しを何にも変える事が出来ず、クラスメイト達の期待に応えられず落胆される未来。
一つは、キョーマが黒板消しを持って一発芸でクラスメイトを大爆笑させた(される?)未来。
「いやいやいや、何だよ三つ目の。一発芸て、ってかそれよりなんでッ未来視がいくつも見えるんだ?」
それ以前にキョーマの固有能力は自称?占い師ケインによって封印されているはずだ。それなのに何故?と思いつつもキョーマは称賛される未来に手を伸ばす。
キョーマの指が未来に触れた時、選ばれなかった未来は光となって砕け、選ばれた未来へ組み込まれていった。
「おおおーッすっげえ!!」
目の前で起きた現象にクラスメイト達が驚きの声を上げる。この声にハッと気付いたキョーマの手元には無事に『物体の再生成』が発動し、何の変哲もない黒板消しは自動汚れ落とし機能付きメタル黒板消しへと作り変わっていた。
ホッと胸をなでおろしたキョーマは今の複数の『未来視』について考えるが、「後で姫さまに相談してみよう」と、問題を先送りにする。何故なら今は別の問題があったから。
『物体の再生成』発動時に垣間見た光の糸。あの糸にはクラスメイト達のキョーマに対する様々な想いが込められていた。それに触れたキョーマに彼らの想いが伝わってきたのだ。
それはキョーマの思っていたものとは違った。
キョーマはずっと、「自分は避けられている」「嘲笑われている」「見下されている」と思ってた。でもそうじゃなかった。彼らは誰もキョーマの事を嫌ってなどいない。同じ学校の、同じクラスの仲間として不登校気味なキョーマの事を案じてくれていた。
「なんだよそれ。僕が勝手に勘違いして、勝手にふてくされて・・・結局避けていたのは僕だけだったって事かよ」
今更ながら今まで自分のとってきた事を思い出すと、ものすごく恥ずかしい。
「すげえなキョーマ。お前、本当に勇者になっちまったんだな。へへっガキん頃から知ってたのになんだか別人になっちまったみたいで変な気分だぜ」
「あっくん・・・僕は」
申し訳なさげに目を伏せるキョーマ。キョーマは自分の事しか見ていなかった。なまじ未来が見える故に現在から目を背け続けていたのだ。幼馴染が一緒のクラスだったって事にすら気付かないほどに。
「おう、気にすんなよ。言ったろ?お前の事はガキん頃から知ってるって。お前がめんどくせえ性格だって事も分かってんだからよ」
彼はニッと笑うとキョーマの肩をポンポンッと叩く。
「めんどくせえってひっどいなあ」
今までどこか他人行儀だったキョーマの雰囲気が和んだ事でクラスメイト達もキョーマの周りに集まってくる。
「ねえねえキョーマ君」
「そうそう、あの時にね」
「おまえってさー」
キョーマは顔を綻ばせクラスメイト達と他愛のない世間話に花を咲かせるのだった。
校長室へと向かったはずのアズサとタカラは廊下から教室の様子をそっと窺っていた。
「ねえタカラ、キョーマさんに校内を案内していただいて何か気付きませんでしたか?」
「はて、特に変わった所はありませんでしたが・・・?」
「ええそうですね。でも、とても簡潔に、丁寧で分かりやすく案内していただきましたね」
「はい。とは言えやや脱線して怪談話に傾倒していましたが」
苦笑するタカラにアズサも頷く。
「そんな雑談も含めてキョーマさんはこの学校の事をよく熟知されていました」
「そうですな。とても登校拒否していたとは思えない・・・は」
ここでタカラはアズサの言わんとする意図に気付く。
「キョーマさんはこの学校の事が好きだったのでしょうね。入学式の時のキョーマさんはとっても希望に満ちた素敵な笑顔をされていました。でも現実は、キョーマさんにつらいものになってしまった。私がキョーマさんと初めてお会いしたのはその頃でしょうか。そう五年前タカラに無理を言ってお城から連れ出してもらったあの日、なんだかとても不思議な感覚がありました。私は誰かに呼ばれた気がしたのです」
「それがキョーマだったと?」
アズサは「いいえ」と首を振る。
「その逆です。私が呼ばれたのではなく、私が彼を呼んだのです」
「姫様が呼ばれた・・・」
復唱するタカラにアズサは人差し指を頬に立て、首を傾げる。
「いえ、ですから私が呼ばれた訳ではありません」
「は、姫様が呼ばれたのですな?」
「タカラ、そうではなくて・・・?」
「・・・?」
>ヒント:尊敬語
「ああ、そう言う事。もう、タカラッたらフフフッ」
アズサはポンッと両手を合わせ口元に当てる。タカラも「申し訳ありません」とポリポリと頭を掻く。
「ええっと、何でしたか・・・そうそう、何故私がキョーマさんを呼んだのか。それはこの前キョーマさんの心に入った時に感じたのです。キョーマさんは私と同じなのだからだったと」
「キョーマが姫様と同じ、ですか」
「はい。キョーマさんの固有能力は私のものと同じく他人には見えないモノが視えるもの。キョーマさんは善きにしろ悪しきにしろ未来が視えてしまう。そのような事を誰に話したところで信じてはもらえない。それどころか、要らぬ誤解を受けてしまう事もあったのでしょう」
タカラはアズサの言葉にハッと気付く。それはまさにアズサ本人が経験してきた事だからだ。
「ふうむ、キョーマの場合はこれまでの言動からみてもかなり虚勢を張っていた。どちらかと言えばそれを拗らせた感がありますが」
「そうですね。あえて他を拒絶する事が彼の自己防衛、彼なりの処世術だったのでしょう。それは・・・子供にはとてもつらい事なのです」
アズサは教室から漏れ聞こえる笑い声に嬉しそうに目を細める。年相応に屈託なく笑うキョーマを見てタカラもつい笑みがこぼれる。
「しかし、えらくまた急に心変わりしたものですな。見た限り大した話をした訳でもなかったようですが」
タカラはいささか腑に落ちない様子だがアズサにはこの結果は分かっていた。
「キョーマさんは『想いを紡ぐ者』。彼の勇者としての力は心を写すものなのです。キョーマさんは自分の気持ちに素直に向き合えたようです」
「心を写す・・・キョーマはこれまでひねくれていた為に相手の好意に気付けなかった。それが己の気持ちに素直になる事で相手の気持ちを受け入れられた、という事ですか」
「さてどうでしょう。でもこの事はキョーマさんの今後においてとても大切なものとなるでしょう。誰かを想い、想われる事こそが勇者の力の源なのだから」
いつか、アズサも月の民に同じ事を言われた事がある。
その時には理解する事は出来なかったが今なら分かる気がする。
「私は、一人じゃあない・・・」
呟くアズサにタカラが聞き返すも、「なんでもありません」とアズサは笑って見せる。
「ふふふ、あとはこれでキョーマさんも意地を張らずにラフィートと仲良くなってくださればいいのですが」
「あー、それは無理でしょうなあ」
「あらどうして?」
どうして、と聞かれてもこればかりはどうしようもない。ラフィートとキョーマはライバルと言ってもラフィートとレキアのような関係ではなく、アズサをめぐる恋敵なのだから。当のアズサがこの様子では彼らも報われまいとタカラも苦笑する。
「さて、キョーマさんはもう大丈夫でしょうから私達は手続きの方を済ませてしまいましょう。この後の予定もありますから」
「は、では校長殿も姫様をお待ちでしょう。参るとしましょう」
アズサ達が立ち去った後も、教室内では今までの溝を埋めるかのようにキョーマはクラスメイト達との会話を弾ませるのだった。
小一時間ほどたって、各種諸々の手続きを終えたアズサ達は教師陣の見送りを受けて校舎を後にする。
放課後の校庭には部活動を始める生徒達がいて、アズサ達に気付くとピョンピョンと飛び跳ねたり手を振ったりしていた。
「今日はとても楽しかったですね。時間があれば高等部のほうにも回ってみたかったのですけど」
古シミズ学園は小中高の校舎が同敷地内にあり、高等部までエスカレーター式に進学するのだ。逆に新シミズ学園はそれぞれが独立しており、進学するためには逐次試験を受ける必要がある。
「・・・姫さま、僕は」
ボソッとキョ―マの呟きが聞こえ、アズサは足を止めキョーマに振り向く。。
「僕は・・・今までずっと、何をしてきたのでしょうか。クラスのみんなと話をしていて、僕は・・・みんなの事を、名前すらまともに覚えていない事に気付いたんです。それなのにみんなは僕の事を見ていてくれて、僕がイヤイヤ参加していた行事の話とか、僕の知らない行事の話とかいっぱいあって・・・僕、もっと早く素直になっていればよかった。そうしたらもっとみんなと一緒の思い出が作れたのに」
目に涙をためるキョーマを見かねて、アズサはタカラを先に校門へと向かわせてそっとキョ―マの頭を撫でる。
「大丈夫ですよ。思い出はこれからもいっぱい作れますから」
「え・・・だって、僕、退学になったんじゃ」
「ふふ、いいえ。キョーマさんは退学になったのではなくてあくまで休学するだけです。今日手続したのはキョーマさんが学校に通えない間の単位の免除です。だから勇者としての使命が終わったら・・・また学校に通えます」
「本当ですか?・・・よかったあ」
涙を拭い、表情を崩すキョーマにアズサはいい知れぬ罪悪感を感じる。
『101体の悪鬼の討伐とはすなわち悪鬼を勇者のオーブに封印するという事』
これが勇者達が知る使命。だが勇者のオーブには悪鬼の封印数に限界がある。そして限界を超えた勇者は死に至る。それが未来を見て来たラフィートによってもたらされた勇者のオーブの秘密。
『101体の悪鬼の討伐とはすなわち自らの命と引き換えに悪鬼を勇者のオーブに封印するという事』
この真実はアズサが絶対の信頼を置いているタカラにすらこの事だけは話していない。そしてラフィートも少しづつ未来の事を忘却していて、いずれはすべて忘れてしまうだろう。そうなれば真実を知るのはアズサだけとなる。
さらにラフィートが語った未来には聖王国を二分する王位継承戦争が起こるという。
文字通り「死ぬまで戦え」などとそんな事、いかに聖王家とはいえ言えるはずがない。いや、彼なら何の躊躇もなく言い放つだろう。勇者だけではない、すべての国民に「聖王のために命を捧げよ」と。
これから始まる勇者達の戦いは、まさに世界の命運を左右するものなのだ。
勇者を、民の命を消耗品にさせてはならない。アズサはその思いを胸に秘め、グッと下唇を噛む。
ズキンッとアズサの紅玉の瞳に痛みが走る。
ドクンッとアズサの鼓動が跳ね上がると同時にアズサの神眼が開かれる。
(うぅ、何故眼が勝手に・・・これは・・・魔力の流れが変わった?・・・違う、変わったというよりも魔力奔流が正常なものに戻った?)
アズサは強制的に開かれた神眼を泳がせて魔力の流れを追う。
(発生源は・・・この近くではない。もっと遠い・・・東の方?)
その時だった。
薄曇りの灰色の空に、ゴオォーンッと澄んだ鐘の音が響き渡った。
突然の出来事にアスノ市の人々は灰色の空を見上げる。それが何の音なのか理解できないでいた人達も、繰り返し響く鐘の音にそれが時計塔の鐘だと騒ぎ始める。
「これって、もしかして時計塔の鐘?でもなんで、時計塔は壊れてて十何年も止まってたはずじゃあ・・・あれ?」
キョーマも鐘の音が響く空を見上げる。鐘の音が鳴る度に灰色の空を裂いて光が差し込んでくる。その光景を見てキョーマはハッと息を呑む。
「あ・・・僕は・・・見た事があるぞ。これ、前に、どこかで・・・」
奇妙な既視感。いや、それは子供の頃に両親とともに見たはずの思い出。
「何て綺麗な鐘の音でしょう。まるで心が洗われるよう」
そう言ってアズサはなんとか神眼を抑え込み、出来る限り自然な笑みを作って呆然と立ちつくしているキョーマの手を握る。アズサの微笑みを見て、キョーマは「あっ」と小さく声を漏らす。
「違う、あれは・・・そうか、そうだったのか。あれは・・・未来視だったのか」
キョーマの思い出の中がパズルのピースのように切り替わっていく。キョーマの手を取っていたのは母親ではなくアズサだ。鐘の音に聞き惚れている二人を離れた場所から見守っていたのは父親ではなくタカラだ。
五年前のあの日、聖王都でキョーマは初めてアズサと出会った。初めて会ったはずなのに不思議と懐かしさを感じたのを覚えてる。それ以来アズサの事が気になっていたのは一目惚れしたからだと思っていたが、キョーマはアズサと出会う前から夢の中でアズサと出会っていたからだったのだ。
「ちょっと待って・・・これって、つまり僕と姫様の出会いはまさしく『運命』だったって事ではッ」
『運命』、それは中二病に片足をつっ込みつつあるキョーマにとって実に魅惑的な響きを持ったワードなのだ。
そんな魅惑のワードに惚けているキョーマだったが聞き覚えのある声に我に返る。声のする方へ視線を向けるとそこにはキレイに着飾った女性が立っていた。
「ついに約束の鐘が鳴りましたね・・・とうとうこの日が来てしまいました。姫様方から今日のお話を伺った時に、今日がその日なのだと主人共々覚悟をしておりましたが」
「あ・・・お母さん・・・」
校門の前でタカラの隣に立つ母の姿を見てキョーマは思わず声を漏らす。
「まあ、キョーマさんのお母様ですか。初めまして、ではありませんね。お久しぶりですね」
アズサが会釈をするとキョーマの母キョウコは「ご無沙汰しております」と深々と頭を下げる。
「その節はお世話になりました。姫様におかれましてはおかわりなく」
「じゃなくてッなんでお母さんがここにいるのさ。家で待ってるんじゃなかったの?」
慌てて母のもとに駆けよるキョーマ。母は笑顔のままキョーマの頭をコツンっと小突く。
「キョーマ、あなたが家出したってマーサ(家政婦)から聞いた時、お母さんたちがどれだけ心配したか分かってるの?」
「あ・・・その、ごめんなさい」
「それが、勇者に選ばれたとか姫様と一緒に帰ってくるとかで、マスコミやら市の役人だかが押し寄せてきててもうこっちは何が何だか大騒ぎだったのよ」
シュンとなるキョーマを母はギュッと抱きしめる。
「でも、無事でよかった。あなたの戦いはテレビで観ていましたけど、がんばりましたね。いつの間にか、こんなにも大きくなっているなんて、お母さん嬉しいわ」
「そんな事言って・・・お母さんたちは、僕の事なんかちっとも見てくれなかったじゃないか・・・それをいまさら」
抱きしめられながらキョーマは誰に聞かれるでなく口の中でモゴモゴとぼやく。
「あの失礼ですが、今の口ぶりですとお母様は今日の、この鐘が鳴る事をご存じだったのですか?」
鐘の音が響き続ける空を見上げ訪ねるアズサにキョーコはキョーマを抱きしめる手を緩め、コクンッと頷く。
「はい。キョーマの話してくれた未来視からこれまで準備を進めておりました」
「え?どういう事?僕の未来視の事なんて信じていなかったんじゃあ」
母の腕から脱出して、さりげなくアズサの隣へ身を翻したキョーマが尋ねる。
「バカね。子供の言う事を信じない親なんていないわよ。ただ事が事だけに大っぴらにする訳にはいかなかったの。あなたの予言が必ず当たるなんて事、世間に知られたらそれこそ大騒ぎになるわ。だからあなたはただ夢を見ていただけ、と言い聞かせてきたのよ」
「そんな・・・準備って、どういう事?」
「あなたは小さかったから覚えていないだろうけど、あなたの話してくれた未来にはとても興味深いものがあったの。そう、私達の“計画”に関する事がね」
「計画って?」
と、その時キョーマ達の前に黒塗りのハイヤーが止まる。キョウコはハイヤーのドアを開けるとアズサ達に乗車を促す。
「詳しくはお父さんに聞きましょう。さあ、皆様お乗りください」
「こんな車で・・・一体どこに行く気なのさ。うちに帰るんじゃないの?」
「ふふふ、違うわ。お父さんが待っているのはここから少し遠い場所」
「もったいぶらないでよ」
キョウコは一つせき払いをすると、改めてアズサに頭を下げる。
「これから向かいますのはセイリュウゴ遺跡。その中にある秘密結社『天舞』のアスノ支部。ファーニア計画研究所でございます」
つづく
ありがとうございました。
次回もお楽しみに。




