旅立ちの鐘 その1 ~食べ物の恨みは・・・かわいい?~
18話です。よろしくお願いします。
鐘の音が聞こえた。
初めて聞いた鐘の音に少年が空を見上げると、灰色の空を切り裂き光の帯が差し込んでくる。
その光景は、まるで今日からこの街で暮らす事になった少年を祝福してくれているかのようで、少年は嬉しくて傍らに立つ女性の手を強く握る。するとその人は少年の手を握り返し優しく微笑んでくれた。
二人を見守っていた男性が二人を促す。二人はお互いの顔を見合わせて頷く。
少年は歩き出す。大好きな人達に手を引かれ、鐘の音が鳴り響くその街を。
これが少年のこの街での最初の記憶。
だが、その事を両親に話すといつも苦笑される。
ありえないのだ。この街に鐘の音が鳴る事は無い。何故ならその鐘を備えた時計塔は数年前に止まって動かなくなっているからだ。
それでも少年は鐘の音を聞いたと、一緒に聞いたはずの両親にいくら話しても取り合ってもらえない。
二人は幼子を諭すように言う。
「お前は夢を見ていたのだよ」と・・・
ラの国の首都、自由交易都市セントラルシティの東区アスノ市。
機の勇者キョーマはアズサ姫と騎士タカラの三人で訪れていた。その目的はキョーマの両親へのあいさつ、だったはずなのだがアズサの立場的な都合上“公務”でなければならなくてキョーマもそれに付き合う事となったのだ。
だがその公務が曲者だった。
アスノ市に着くやいなや強引に御輿に乗せられ、凱旋パレードという名の市中引き回し。市庁舎へ向かいつつの関係各所へ挨拶回り。アズサが視察している間に握手会、サイン会、撮影会。(アズサは基本的に撮影NGであるための代役)
ようやく市庁舎に到着し、アズサと市長の何やら小難しい話を聞き流しつつ一息ついたキョーマは誰に言うでもなくボヤくのだった。
「僕はこの街が嫌いだ。ただ古いだけが取り柄の何も無い街・・・」
――アスノ市の歴史は古くて、遡ればおよそ千年前から存在するらしい。千年前て・・・誇張にもほどがある。それだと聖王国が出来る前からこの街がある事になるからだ。アスノがそう言い張る根拠の一つがセイリュウゴ遺跡。セイリュウゴ遺跡は聖王国が建国される以前のものとされていて、未だその全容は解明されていない。けれどあいにく僕はそういう歴史ロマンとかには興味がない。だからどんなに伝統を主張されてもただ古臭いとしか感じないんだ。それにそういう伝統を誇る人達に限って独自のコミューンを重んじる。徹底して外部からの流れてくるものを異端視する。そこに理屈なんてない。
僕達が引っ越して来た時もそうだった。まるで腫れ物に触れるように遠巻きからこちらの顔色を窺っているだけだった。けど、その理由は別にある。僕の父は貴族の三男、母はそこの使用人だった。二人は勝手に恋に落ちて、勝手に駆け落ちして実家から勘当された。その二人の子供の僕は貴族じゃない、庶民でもない家の子だ。そりゃあ扱いづらい子供だったのでしょう。でもそんなのはお互い様だ。僕が何者であっても関係ない。この街の人間は由緒正しい街の住人らしくて、自分達以外をただ見下すだけだ。それが父の自尊心に触れたのだろうか、父は以前の暮らしを再現しだしたんだ。もう貯蓄も少ないのに豪遊し放題。しかも貴族育ちの父は今まで自分で働いた事も働く気も無いときた。収入なんて母の内職のものしかないから家計は火の車。更に変な見栄を張って僕を私立の名門校に入学させるんだから。ホント、無駄にプライドだけは高いんだからさ。自慢じゃないけどボクはそこそこ勉強はできた方だから授業で後れは取らなかったけど、はっきり言ってクラスの中じゃあ浮いた存在だったな。
そんな日常もあの日以来一変する。そう、僕が姫さまと出会ったあの日から。
「・・・さん、キョーマさん、どうかされましたか?」
アズサの呼ぶ声にキョーマは呆けていた意識を戻す。
「まったく何を呆けておるか、姫様がお尋ねになられているのに空返事しおって」
タカラにぼやかれつつキョーマが周りに目を向けると、いつの間に自動車に乗ったのか、一行は次の目的地へ移動中だった。
「なんだかキョーマさん心ここにあらずでしたからどうかされたのかと」
「あ・・・すみません。別に何でもないんです。ちょっと昔の事を思い出しちゃって。えっと?」
キョーマは改めて居住まいを正してアズサに聞き返すと、アズサは微笑みながら窓の外のひと際古めかしい時計塔を指差す。
「あの時計塔、時間が合っていないようですけど?」
「ああ、あの時計塔はもう随分前に止まってしまったらしいです。何度か修理したみたいですけど結局直らなかったそうです」
「なるほど、それで止まったままなのですね。けど、あんな立派な時計なのにもったいないですね」
キョーマは車窓に流れる整然と整えられた、いかにも観光客に受けそうな古式ゆかしい街並を眺めつつ、「あの時計塔はまさにこの街を表している」と思う。時間の止まった街、ただ歴史だけを重ねたこの街そのものだと。
「あら?あのお店・・・中央都市に来てからよく見かけますね」
アズサは大きくYの字がデザインされた看板を指差す。
「おお、あれはヨッテキナバーガーですな。全国にチェーン店展開していますが確かに聖王都ではあまり見かけませんな」
「ヨッテキナバーガー?レストランなのですか?」
「いえ、レストランではなくファストフード店です。いや懐かしい、ヨッテはサの国が発祥の店でしてね。私が学園生だった頃、よく指南書を片手にかぶりついていましたなあ」
何十年前かの事を懐かしそうに話すタカラ。
「ハンバーガー、と言うお料理ですか。へえ・・・」
ハンバーガーに興味を示すアズサをタカラは慌てて止める。
「い、いけません姫様。あのようなジャンクフードは姫様のお口には合いませぬ」
「またそれですか。タカラあなた前もタリアシティでそう言ってホットドッグを食べさせてくれなかったでしょう?」
うっ、と言葉を濁すタカラにアズサは更に詰め寄る。
「私知っていますよ。あなた、あの後こっそり一人でホットドッグ食べに行ったでしょ」
「あぅ・・・そ、それは、ラフィートの奴があまりに力説するもので・・・如何程のものかと気になりまして・・・」
「へぇ・・・それでお味はいかがでした?」
「それがもう絶品でして!実に美味しゅうございました・・・あ」
実はタカラはジャンクフード好きなのだった。だが、それを聞いたアズサの視線が刺さる。
「もうッもうもう!私だってホットドッグ食べてみたかったのにぃ」
ポカポカとタカラの肩を叩くアズサ。そんな姫と騎士の微笑ましいコントに躊躇いつつ、ふとある事に気付いたキョーマはタカラに尋ねる。
「ヨッテって、ああタカラさんはヨッテ呼び派なんですね。僕、て言うかこっちじゃヨテキって呼んでるんですけどね」
「ぬ?ヨテキ?なんだそれは。呼びにくいではないか。「ヨッテに寄って行こう」、うむ。やはりこっちのほうがしっくりくるな」
「ええッ全然きませんよ。大体「ヨッテ」と「寄って」って駄洒落じゃないですか」
互いに主張する呼び名を譲らない二人。
「姫さまはどっちがいいと思いますか?ヨテキのほうがいいですよね」
「何を言うか、ヨッテの方が一般的なのだ。そうでございましょう姫様?」
ヨッテ派とヨテキ派の確執は根深い。だがアズサが出した答えは・・・
「別にどっちでもいいんじゃないですか。どうぞお好きにお呼びなさいな。どうせ私は食べさせてもらえないのですから」(語尾強め)
予想外のアズサの答えに場の空気が凍り付く。
「え・・・っと、姫様?」
「あ・・・もしかして拗ねていらっしゃる?」
「べっつにい。拗ねてなんていませんし」(語尾強め)
プイッと頬を膨らませてそっぽを向くアズサ。
「(拗ねてる姫さまもかわいいなあ)って、ちょっ、タカラさん。姫さまが食べたいと仰られているのですから別に構わないのでは?」
キョーマは小声でタカラに耳打ちする。
「ならん。私は聖王陛下より姫様の御身をお預かりしているのだ。姫様のお身体に万が一の事があればなんと申し開きすればよいのか」
この人は本当に堅物だなあ、とキョーマは思う。(半分呆れ気味)
「想像してみろ。そもそもあのようなものを食べられては姫さまの白魚のようなお指を汚されてしまうだろうが」
そう言われてキョーマは妄想してみる。
――「キョーマさん見て下さい。ハンバーガーを食べてみましたが、ほらこんなにも手を汚してしまいましたわ・・・ねえ、キョーマさん・・・私の手をキレイに拭いてくださらない?」
キョーマがアズサの手についたソースを拭きとろうとするとアズサは艶めかしく囁く。
――「ダメよキョーマさん・・・おソースがもったいないわ。私の指ごとキレイにな・め・て♡」
「い、いけません姫さま!そんな、はしたない・・・」
「はい?」
「はっ、いえ・・・なんでもありませんです・・・あ、そうだ。ところで僕達は今どこに向かっているんでしょうか?」
話題を逸らそうとしてタカラに尋ねるとタカラもこれ幸いと話に乗ってくる。
「まったくしょうのない奴だな。ちゃんと話は聞いておきなさい。いいかな、今我々が向かっているのはキョーマ、お前の母校、古シミズ学園だ」
キョーマの通う私立シミズ学園。小中高の一貫教育という珍しい学校だ。(普通は義務教育の小中まで)更に校舎は新校舎と旧校舎があり、前者を新シミズ、後者を古シミズと呼ぶのだ。
キョーマが通うのは古シミズ校舎。そこは名家の子女が通う名門中の名門校である。
つづく
そろそろお気づきかもしれませんが、現在展開中の中央都市編には悪鬼との戦闘はありません。
では、次回19話をお楽しみに。
ありがとうございました。