彼と彼女の事情
15話です。よろしくお願いします。
中央都市中央区、天高くそびえたつ超高層ビル群の一画。
日は傾き、大通りで催されていた歩行者天国見物を終えた人々が家路につく頃。街灯がちらほらと点灯し始めるも、その明かりの届かぬ薄暗い路地裏に二つの人影があった。
「そんな・・・こんな事が・・・」
膝から崩れ落ち、頭を垂れうなだれる男にもう一人の男が声をかける。
「頭を上げよ、騎士タカラ。アズサ護衛の任、大義である。故に卿には全てを見せた。これはまぎれもない現実だ」
タカラを見下す様に立つこの男、反王制派“夜明けの解放者”のリーダーにしてエレクシア聖王国第2王子、クオルス・S・エレクシアである。
この中央都市にクオルスとその一味が潜伏しているという情報を得たアズサはタカラにその捜索を命じていた。
歩行者天国見物で観光客がごった返す中でテロリストのメンバーらしき男達を見つけたタカラが尾行をしていると、不意に少年に声をかけられる。
「あっ教官!教官じゃないですか!!うわあ、懐かしいなあ」
振り返るとそこには大男に担がれた少年が目を輝かせてタカラに向かって手を振っていた。
「せんせい?何を言っているのだ?私は君の事など知らないのだが」
「ええ~、ひっどいなあ。ボクの事忘れちゃったんですか?ボクですよぅ。フィルムでっすよ」
フィルムと名乗る少年だが、やはりタカラには覚えがない。
「いや、以前ラフィートが話していた騎士を自称したという少年か。む?」
少年に気を取られていたタカラはいつの間にか男達に取り囲まれてしまっていた。男達はタカラに「ついてこい」と言うと人気のない方へと誘導する。抵抗すれば出来ない事も無かったが、彼らを追っていたタカラにとっても好都合であった為、男達に従い薄暗い路地裏へと踏み入れる。
その奥の資材置き場で待ち構えていた灰色のフードをかぶった男は「来たか」と言うとタカラの前に立つ。怪訝な目を向けていたタカラも彼の正体に気付くと体を強張らせる。
「あ・・・あなたは、やはり中央都市におられたのですね、クオルス殿下」
クオルスはフッと笑うと自らフードを取り素顔を晒す。
「まずはご苦労、と言うべきか騎士タカラ。卿達の活躍は聞き及んでいるぞ」
タカラはクオルスの言葉に一礼すると、ゴクリと生唾を飲み込み本題を切り出す。
「殿下、お聞きしたい事があります。ヤの国の総督であるはずの殿下が何故ヤの国をお離れになられたのか。中央都市におられたのなら何故、何故姫様にお会いになって下さらなかったのですか。姫様がどれほど殿下の行方を探しておられた事か。そもそもこの者達は何なのです?王太子ともあろうお方が、何故テロリスト如きなどと一緒におられるのか!」
「如きだと?言ってくれんじゃねえか、ああ?」
「王家の犬が!」
「やんのか、おら!」
チンピラの如き反応を見せるテロリスト達をクオルスが制する。
「それで良い。我々は聖王家に仇なす悪だ。そして卿は常に正義であらねばならない。正義であるからこそ聖王も卿をアズサの騎士に選んだのだからな。それと、私は第2王子だ。間違えるな」
「そうです!教官はいつだってボクの目指す正義の騎士なんです!!あ、でもクオルス様達も正義ですよ?」
「うん?ああ、そうだな。言葉のあやだ。我々もまた正義であるな」
クオルスの傍に駆け寄るフィルムを見てタカラは更に憤慨する。
「む・・・こんな子供まで巻き込むとは、いったい何をお考えなのですか!?」
フィルムの頭を撫でつつ、クオルスはテロリスト達を後退させる。タカラとクオルス、そしてフィルムの三人だけになったところでクオルスは話を続ける。
「フッ子供を巻き込む、か。それはお互い様だろう、三人の勇者達は未成年だと聞いたが」
これにはさすがにタカラも反論できない。
「だが、勇者の戦闘力は桁外れだった。先の悪鬼との戦いは我々の想像を絶するものだった。あの戦いを見たものであれば誰もが思うだろう、「あの勇者、是が非でも手に入れたい」とな。それは我らも同じ」
「まさか・・・その少年が四人目の勇者だと?」
「どうかな、卿は勇者の覚醒がどの様にして起こるか知っているか?」
「いえ・・・ですがそれを探すために姫様は旅立たれたのです」
「では、今目覚めている勇者達はどの様にして目覚めたか?」
回答できずにいるタカラに、クオルスはフッと鼻を鳴らす。
「まさかとは思うが、勇者達が目覚め、卿らの下に集ったのが偶然だと思ってはおらぬよな」
「偶然・・・ではないと仰られるのか?」
アズサが聖王都を離れたのも、マの国の調査の途中で101体の悪鬼が目覚めてしまったのも、執拗にアズサを狙う悪鬼から逃れるためにラの国へと渡った事も、そこで最初の勇者となったラフィートと出会った事も、全ては偶然のはずだった。
「偶然、勇者となる少年と出会い、とんとん拍子に二人目、三人目の勇者が目覚めたと?ありえん。いくら何でも楽観視すぎるぞ」
「し、しかし・・・偶然以外にあり得るはずが」
「ありえるのさ。そう、全ては“月の民”によって図られた事。奴らはアズサをトリガーとする事で、ある『計画』を進めるつもりなのさ」
「計画?それは一体・・・」
「地球新生計画、あるいはファーニア計画と言えば分かるか。もっとも、私も聞きかじった程度であるが」
タカラはハッと息を呑む。地球新生計画と言う言葉は未来から戻ったラフィートから聞いた事があり、アズサも気にしていた事だからだ。
「・・・ッ!?まさか、月の民は姫様を囮として利用していると!しかしファーニア計画ですと!?」
「そうだ。奴らにとって世間を知らぬ小娘を言い包める事など取るに足るまい。適当な『使命』でも与えてやれば喜んで従うだろう。後は、有象無象がおのずから寄ってくるのを待てばいい。そしてその中からアズサが選んだ者にこのオーブを与える」
そう言ってクオルスはフィルムから勇者のオーブを受け取る。
「それはまさか!勇者のオーブ!?」
クオルスは片目でオーブを覗き込む。
「ふむ・・・他の勇者かアズサに接触させればあるいは、と思ったが・・・覚醒には至らなかったか。やはり“彼女”でなければならないのか」
「殿下、その少年は何者です。何故勇者のオーブを持っているのですか?」
クオルスは、フッと苦い顔をするとフィルムの肩を抱いてタカラに引き合わせる。
「卿はこの者に覚えはないか?卿にとっては騎士学園都市での教え子、となるのだが」
「その少年が教え子?あいにくと覚えはありません。誰なのです?」
クオルスの隣でフィルムがプクっと頬を膨らませる。
「教官・・・ひどい。ボクの事本当に忘れちゃったんですか?」
「では、この名を聞けば思い出すか?『セラ・バティ』の名を」
タカラは雷に打たれたかのように身を震わせ、カッと目を見開きフィルムを凝視する。
「な・・・何故、殿下がその名を・・・フィルム・・・その子はまさかバティ家の・・・ありえない。そんな事がありえるはずがない!フィルム・バティは4年前に・・・」
「ありえるはずがない、か。そうだな、ありえるはずがない。だが卿は見てきただろう、ありえるはずのないものの数々を。ならば・・・」
クオルスはそっとフィルムの頬に手を伸ばし、フィルムがかけているメガネを外す。
「ならば、ありえるはずがない事など、ありえるはずがないのだと理解しろ」
「そんな・・・こんな事が・・・」
ありえるはずのない光景に、タカラは絶句するしかなかった。
「なぜ・・・こんな事に・・・」
うなだれるタカラの前で妙齢の女性と話をしていたクオルスはその女性を下がらせると、再びタカラに向き合う。
「さて、騎士タカラ。先程の話だが、何故アズサに会わないか、だったな。簡単な話だ、会う必要がない。それだけの事だ」
タカラは信じられないっといった表情でクオルスを見る。
「な・・・何故です。殿下は、殿下だけはご兄弟の中でも姫様の事を案じておられたのに」
ギリリッと奥歯を噛みしめ、昂るタカラにクオルスはフッと鼻を鳴らす。
「あれの神眼はこの世の全てを視通す。それ故にあれはこの世の全てから眼を背けている。己自身からもな。だが・・・あれが宮中で何をしたか、卿とて知っていよう。あの神眼がもたらす災いを」
「それは・・・いえ!姫様には何も非はありませぬ。幼さゆえの暴走であって、むしろ神眼を持つが故に一番苦しんでいるのは姫様であると、それは殿下も仰っておらしたではありませんか」
「そうだ。だからあれは『使命』に縛られる。得体の知れぬ『月の民』などに与えられた使命なぞに殉じる事で、己の罪から逃れようとする程度の低い小娘に、情けをかけた己が浅はかだったと気づいたまでの事」
「な!!いかに殿下とて姫様を貶めるような暴言、決して許されるものではありませんぞ!」
主であるアズサを愚弄される事はタカラの騎士としての誇りが許さない。だがそんな憤慨などとクオルスは一笑する。
「許さぬか、ああそれでいい。我ら“夜明けの解放者”は聖王家に仇なす悪である。卿はせいぜい小娘の使命に付き合ってやるがいい。ハハハッ」
身を翻すクオルスをタカラは呼び止める。
「お待ちを、クオルス殿下!せめて、せめて一度、姫様にお会いにーーッ」
クオルスを追って、タカラは路地裏から飛び出す。と、そこには・・・
日は沈み、無数の街灯に照らされて昼間とはまた違った趣を見せる中央都市。
ラフィートは一人、夜の街頭をさすらっていた。
「あーあ、すっかり暗くなっちまったな・・・」
昼間、謎の正義のヒーロー『ジャスティオン』として活躍したラフィートだったが、歩行者天国の終盤、相方だった騎士を名乗る少年フィルムは衝撃の真実を明かしたのち、連れ戻しに来た厳つい大男達に見つかって、担ぎ上げられて帰っていった。
「しっかし、フィルムがクオルス王子の関係者だったなんてなあ。アズサもめっちゃ驚いていたし」
そのアズサはキョーマとのデートの続きで、予約しているレストランへディナーに行ってしまった。
「くそう、キョーマの奴・・・何が「抜け駆けはさせません」だよ。抜け駆けしてんのは自分じゃねえか。いいなあ、アズサとデートかあ。はあ・・・レキアの奴もハルカとデートしてたっぽいし。俺なんか、朝からタカラのおっさんにしごかれるは、フィルムに付き合って正義の味方ごっこをさせられるはなのに・・・」
ラフィートはため息交じりに夜空を見上げる。
「あーあ、また空からソフィラちゃん落ちてこないかあ・・・」
あのフワフワのマシュマロみたいな髪の毛をなでなでしたい・・・などとよからぬ妄想をしていると、前から歩いてきた女性にぶつかってしまう。
「きゃっ」と、か細い声を上げて倒れた女性に慌てて頭を下げる。
「あ、すみませんッよそ見をしていて・・・大丈夫ですか?」
ラフィートが差し出した手に女性の細い指が触れた時、一瞬パチッと何かが弾けた感じがして戸惑うが、立ち上がった女性は何事も無いようでラフィートに優しく微笑みかける。
「うふふ、ええ大丈夫です。でもちゃんと前を見て歩かないと危ないですよ、ラフィートさん」
「ごめんなさい・・・え?何で俺の名前を?」
名前を呼ばれ、改めてその女性を見る。
自分よりも少し年上だろうか、物腰も柔らかくお淑やか。膝まで伸ばした金色の髪の毛が街灯に照らされて神秘的な輝きをたたえている。
(キレイは人だなあ・・・ひょっとして俺、ツいてる?)
曇りのない空色の瞳に見惚れていると、女性の足元に妙なものが落ちている事に気付く。
「あ、何か落としましたよ・・・ん?」
ラフィートがそれを拾い上げると、それはどこかで見覚えのある、どことなくさち薄そうなゆるキャラ「ムラッキー君」のキーホルダーだった。
「まあ、ありがとうございます。ふふふ、可愛いでしょう。弟がプレゼントしてくれたのです」
「へえ・・・弟さんいるんですか。んー、弟?お姉さん?なんだろう、なんか気になる」
首を傾げているラフィートを見て、クスッと女性は微笑む。
「申し遅れました。私はセラと申します。ラフィートさんの事は弟から聞いております。今日は弟のフィルムと遊んでくださってありがとうございました。あの子もとても楽しかったと言っていました」
「え!?フィルムのお姉さんなの?あぁー、言われてみればどことなく似てるー。でも、あいつのお姉さんがこんな美人だなんてなあ」
「まあ、美人だなんて・・・ラフィートさんったらお上手ね。って、あら?」
セラは何気なしにラフィートをはたくが、意外にもスナップを利かせたその平手はラフィートを大きく仰け反らせるのだった。
「あたたっ、えっと・・・セラさん?」
「セラ、で構いませんよ」
「あー、じゃあセラ。今は一人なの?フィルムや他の人は一緒じゃないのかい?」
中央都市はそこまで治安が良い訳ではない。それは昼間、ジャスティオンをやっていた時から感じていた事で、こんな時間に女の子一人は危険すぎる。そんな事を考えていたら、ふと、子供の頃テレビで観た『実録!眠らない街 中央都市警察24時!!』という番組を思い出すラフィートだった。
「えっと・・・一応連れはいましたが。あ、あそこにいますね」
セラが手を振る先を見ると、何度か見覚えのある厳つい顔の男達が駆け寄って来ていたところだった。
「お嬢ーッご無事ですかー」
「さっき悲鳴が聞こえた気がしましたが」
「んあ!?手前ぇ小僧、お嬢に何してやがるッ」
ラフィートが顔を引きつらせていると、セラはラフィートに顔を近づけ、手を取る。
「え・・・あの、ちょっと、顔が近いんですケド」
「ラフィートさん、お願いがあります。私を連れて逃げてッ♪」
「はい?」
ラフィートに有無を言わせず、セラはラフィートの手を取ったまま男達に背を向け駆け出す。
「あーッお嬢がさらわれた!!」
「小僧!許さねえぞ!!」
「追え!お嬢を取り戻せ!!」
厳つい顔の男達はその顔を更に鬼の形相へと変え、ラフィート達を追いかける。
「ひいいッなんか怒ってんよ、あの人達。知り合いじゃないんですかーッ」
「ええ、みんな私の事をとても大事にしてくれてます。だから捕まったらラフィートさんボコボコにされてしまいますよ。がんばって逃げましょ」
「無茶苦茶だーッ」
大人しそうに見えてセラはとっても活発な女の子のようだ。「さすがはフィルムのお姉さんだ」と思いながらラフィートはセラに握られた手をぎゅっと握り返し、速度を上げてセラを追い越す。
「あ・・・」
セラはラフィートに手を引かれ顔をほころばせる。
「今日はなんか追いかけたり追いかけられたりばっかだな・・・ん?どうかした?」
「いえ、私かけっこで男の子に負けた事ありませんでしたので。フフフッ」
負けず嫌いなのか、セラはいつまでもラフィートに手を引かれるのではなくラフィートと並ぶ。が、スカートのすそを踏んでしまって躓き、倒れ込むセラをラフィートはとっさに支えようとして彼女を引き寄せ抱きとめる。その弾みで彼女の懐から何かが零れ落ちる。
「おおっと・・・これ、メガネ?」
ラフィートは固有能力『引き寄せ』を発動させて伸ばした掌に落ちる直前だったメガネを引き寄せる。それは何処にでもあるようなデザインのメガネで、どこか見覚えのあるものだった。
「あ、ありがとうございます。これはとても大切なもので・・・」
セラがラフィートからメガネを受け取ろうとした時、路地裏から何かが飛び出してきた。
「あ!危なッどわーッ!!」
セラを庇おうとしたラフィートだったが、当のセラはそれを難なくかわす。逆にラフィートはかわすどころか身動き一つできずにそれの直撃を受け、諸共に派手に吹っ飛ぶ。
「いちち・・・って、タカラのおっさん!?」
ダンプカーにはねられたかのような衝撃にひっくり返ったラフィートが何が起きたのかと確認すると、そこには同じようにひっくり返っているタカラがいた。
「むう・・・すまない、っと、なんだラフィートか」
「なんだじゃないだろ。何なんだよいきなり飛び出してきて、危ないじゃないか」
「そんな事よりあの方は・・・」
「そんな事って」と抗議するラフィートに構わずタカラは周囲を見渡すが、目当ての人は見当たらなかった。
「あの・・・お二人とも大丈夫ですか?」
心配そうなセラに「大丈夫」と答えるラフィート。
「いやこれはとんだご無礼を。お怪我はありませんかご婦人・・・ッ!?」
タカラはそこで絶句する。
「セラ・・・なのか」
「はい。ご無沙汰しております。先程はご挨拶できず申し訳ありませんでした」
「あれ?知り合いなの?」
タカラにペコリと会釈するセラにラフィートが問いかけると「ええ」とセラは微笑む。
「教官様には弟が大変お世話になりまして」
「教官?ああ、フィルムが言ってた教官ってやっぱりタカラのおっさんの事だったのか。何で知らないとか言ってたんだよ」
「う・・・むぅ。その、なんだ・・・ド忘れってやつだ」
「更年期障害かよ、あ痛」
げんこつで殴られた。
「セラ・・・お前は、その・・・変わりはないのか?何か、私に出来る事があるなら何でも言ってくれていい」
どうもタカラの様子がおかしい。セラの前でしどろもどろになっているタカラを見て、ラフィートはハッと直感する。
「タカラのおっさん、まさか・・・セラの事が好きなんじゃ」
「は?何を言っているのだお前は。彼女は私の・・・いや、うむ・・・そうだな、綺麗になったな。見違えたぞ」
「教官様にそう言っていただけるなんて、これにはさすがの私も照れてしまいますわ」
両手を頬に当てフルフルと首を振る仕草がたまらなく可愛い、と思いながらラフィートはどこかで聞き覚えのある言い回しに「ん?」となる。
「あの・・・ところでラフィート君、私のメガネは?」
「え?ああメガネならここに・・・あれ?」
ラフィートの手の中にメガネは無かった。
「あれ、おかしいな。確かにさっき・・・」
キョロキョロと辺りを見渡す。そしてタカラの足元へ視線を向ける。
「ん・・・どうした?」
「いや・・・タカラのおっさんさ、その足退けてみ」
「足だと?」
促されるままにタカラが足を退けると、そこには無残に潰されたメガネの残骸があった。
「ああっ私のメガネが・・・ッ」
セラがひしゃげたメガネをそっと持ち上げると、パキンッと乾いた音と共にレンズが割れる。
「はぅっ」
セラは両手をついてその場に崩れ落ちる。
「あー、タカラのおっさん何やってんだよ」
「い、いいや・・・これは不可抗力で、ああ、すまない。これは何と言えばいいか」
「弁償だな。うん、これはタカラのおっさんが100%悪い」
「う・・・」
だが、セラはポロポロと大粒の涙を流し首を振る。
「これは・・・このメガネは代わりなんてありません。この世でたった一つしかない、とても大切な・・・大切な・・・うぅ」
「あわわっ、泣かないで」
嗚咽を漏らすセラに動揺する二人。その二人の背後に忍び寄る影!
「な~か~し~た~、お嬢を泣かしたな~」
それはラフィートにとっては最早顔なじみ感のある強面の男達。
「お嬢を泣かしたのはだ~れ~だ~」
ザッ
「俺達の大事なお嬢を~な~か~し~た~」
ザッザッ
「ゆ~る~さ~な~い~ぞ~」
ザッザッザッ
どこからともなく現れた男達に、あっという間に取り囲まれる。
「ひぃぃッなんかめちゃくちゃ怒ってるぅ」
「ま、待て。我々は何も泣かすつもりは」
タカラが弁明しようとするが男達は聞く耳を待たない。
「だ~ま~れ~。お嬢を泣かす者は万死に値する」
「お嬢をいじめる者に裁きの鉄槌を!!」
「お嬢かわいいよお嬢」
「セラちゃんマジ天使ペロペロ」
一瞬の沈黙。
「おいちょっと待て。かわいいはいいとして、誰だ今お嬢をペロペロしようとした奴は」
「~♪」
「お前か!」
「させん!お嬢をペロペロなんて絶対にさせんぞ!!」
「お前、この前ビルジットさんにも同じ事言ってなかったか?」
「まさか!てめえビルジットさんにペロペロしやがったのか!!」
「・・・フッ、あえて言おう。ビルジットさんは・・・最高だあああああ!!」
「なあッ!?なんだと!」
「くッなんて羨ましい」
「俺なんてまだ名前も覚えてもらっていないのに」
「だが!お嬢に手を出せば旦那にぶっ殺されっぞ」
「ペロペロして死ねるならばむしろ本望!」
「な・・・何というペロリスト魂」
「だがさせん!貴様の好きにはさせんぞ!!」
「そうだ!お嬢は俺達が守る!!」
勝手にもめ出したペロリスト達、もといテロリスト達に苦笑いのラフィートだったが、タカラはセラのメガネを見て何か思案している。
「うーむ。直すにしてもこの時間では店は閉まっているだろうし・・・直す?直すか・・・」
「でもさタカラのおっさん、さすがにここまで潰れちまってると直すのは無理じゃな?」
「・・・いや、ある。直す方法はあるぞ」
「え、マジで?」
タカラは素直に聞き返すラフィートに半ば呆れた表情でため息を吐く。
「バカタレ。お前達の能力だろうが」
「へ?・・・あッそうか勇者能力!キョーマの力か」
キョーマの機の勇者能力『物体の再生成』は物体を別の物に組み換える事が出来るのだ。これは壊れた物を元に戻すことも可能なのである。(アズサ談)
「ふえ?・・・直せるのですか?」
「ああ、もちろんだとも。この私が責任をもって直させよう。だからもう泣かないでおくれ。私は、お前の涙はもう見たくないのだ」
「もっとも壊したのはタカラのおっさんだから当然なんだけどな。あいたッ」
ゴチンッとタカラの無言のげんこつが炸裂する。
「フフッ。はい、ではどうかよろしくお願いします」
セラは涙を拭いながら壊れたメガネをタカラに差し出す。
「明日・・・は無理か。どうしたものか」
明日から二日間、タカラはキョーマの実家を訪ねるアズサに同行する事になっていた。
「なら土曜日でいいんじゃないか。フィルムとも約束いてたし」
「土曜?例のパーティの日か」
「そ。確かお姉さんたちも一緒に誘うって言ってたし、アズサも構わないって」
「そうか・・・姫様がご了承されたのならそれでいいだろう。セラ、それで良いんだな?」
「はい、では土曜日に」
うっすらと涙の雫の残る瞳を細め、セラは微笑むと、テロリスト達の元へと戻っていく。
「みなさーん。そろそろ帰りませんと主様にどやされますよ」
「へい、お嬢!って、そういや坊はどうしたんです?一緒だったんじゃあ」
「フィルムなら主様と先に戻りましたよ」
「あー、そうでしたか。んじゃ、戻りましょうや。野郎ども!しっかりお嬢をお守りすんぞ」
テロリスト達に囲まれて歩き出すセラ。その後ろ姿にタカラは思わず「セラ!」っと声をかけてしまう。
「はい?」
「あ・・いや・・・なんだ。・・・お前が無事でいてくれて・・・その、また会えて嬉しいよ」
「ええ、私もこのような所で教官様にお会いできるとは思いませんでした。それではまた後ほど」
セラはペコリと頭を下げると、今度こそ仲間達と共に夜の街へと消えていった。
「・・・セラ・・・私はお前に何をしてやれるのだろうか」
独り言ちるタカラを訝しげに見ていたラフィートは、「タカラのおっさんもスミに置けないねえ、このこのお」とタカラを肘で突っつく。
「あ?何の事だ」
「タカラのおっさんさ、やっぱりセラの事が好きなんだろ?んんー、でもタカラのおっさんが騎士学園で教官をしてた頃だろ。それって何年前?セラは見た感じまだ二十歳前って事は・・・あれ?色々ヤバくない?」
指折り数えて何か考え込むラフィートだったが、怒鳴り声を上げるタカラに一蹴される。
「バカモンがッ何を下らん事を言っとるか!!他人の詮索をする前にラフィート、そもそも貴様はこんな時間に何をしていた!」
「何って・・・散歩?今日はいろんな事があってさ」
「たるんどる!貴様にはまだ勇者としての自覚が足りん!よし、ではここからホテルまで走って帰るぞ」
「いいッなんでそうなる!?てか、俺まだ晩飯食ってないんだけど」
「ほう、奇遇だな。私もだ」
「だろ?だったらどっかで何か食べて帰ろうぜ。タカラのおっさんのおごりって事で」
ビシンッ
タカラのチョップがラフィートの脳天に炸裂する。
「いてえ」
「いいか、私より遅かったら今日の晩飯は抜きだ!!」
「はああ!?」
「ちなみに私はタクシーで帰る。ハンデとして五分だけ待ってやる」
「ちょっ、横暴過ぎる!!」
抗議の声を上げるラフィートに構わずタカラは腕時計で時間を計り始める。
「くそう、今日は厄日だッ」
文句を垂れながらラフィートは仕方なしに走り出す。タカラはその姿をため息交じりに見送ると、目を閉じ夜空に顔を向ける。
その脳裏には五年前の記憶が呼び起こされる。
――騎士を夢見た少女がいた・・・
その少女は思いつめた表情で一心不乱に剣を振り続ける。
「教官、ボクは・・・教官みたいな立派な騎士になれるでしょうか」
その頃のタカラは彼女の事情など知らず、安易に「ああ、なれるとも」と答える。
聖王国では女性騎士というのは珍しくはないが、そう多くはいない。騎士学園に入学した女子生徒もそのほとんどは別の目的のためである。だが、彼女の実力はタカラが受け持ったクラスでずば抜けて優れていた。このままいけば学年一位、いや学園一位も狙う事が可能なほどだった。
「お前ほどの実力があれば、卒業後はお前を召し抱えたいという諸侯で引く手数多だろう」
彼女は実力もさることながらその器量も類い稀な持ち主だった。加えて騎士の名家『バティ家』の一人娘ともなれば言わずもがなである。
「だからと言って鍛錬を怠るなよ。お前ならばまだまだ上を目指せる」
「はいッ。ボク、がんばります!」
そう言って彼女はタカラに笑顔を見せる。
その笑顔をタカラは一生忘れない。初めて受け持った教え子であり、彼女の将来に期待せずにはいられなかった。
だが・・・
――騎士を夢見た少女がいた・・・だが、その夢が叶う事は無かった。
つづく
ありがとうございました。
次回16話もお楽しみに。