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ハルカとカナタ

14話です。よろしくお願いします。

 自由交易都市セントラルシティ、中央区。

 各大手有名企業の高層ビルが軒を並べる一画に、ひと際天高くそびえたつムラサト・コーポレーションの本社ビルがあった。

 そのムラサトの超高層ビルを見上げる二つの人影。ハルカとレキアだ。

「・・・ついに、ここまで来たわね。永かったあたし達の旅もこれで最後よ。覚悟は・・・いいわね」

 ハルカはいつになく神妙な面持ちでごくりと息を呑む。

「ああ・・・ようやっとたどり着けたな。お前が寄り道なんてしなけりゃ30分あれば着けていたのに」

 両手に大量の荷物を抱えたレキアはウンザリとした顔で毒吐く。それというのも祭囃子が聞こえてきた途端、ハルカはレキアの制止を振り切りって飛び出して行ってしまったからだ。

「あによ。歩行者天国おまつりなんてやってたら当然遊んで行くのが中央都市セントラル民の嗜みでしょうが」

「珍しくお前の方から付き合えって言うから何事かと思えば、いきなり脱線しやがって。付き合わされてるこっちの身にもなって欲しいもんだよ」

 そうは言うが実はレキアも祭りを満喫していたのは言うまでもない。なにせハルカと疑似デートしていたようなものなのだから。

「んふふ~ん。レッキュン、ほっぺに青のりついてるわよ♡」

「んな!?」

 レキアは慌てて頬を手の甲で拭う。

「はしゃいでいたのはどっちなんだか。何だったらもう一周する?」

「しねえよ。さっさと用事を済ませちまえよ」

 ハルカはふぅっと吐息を吐くと、あらためてムラサトビルを見上げる。

「・・・」

「・・・なあ、行きたくないなら別に行かなくていいんじゃねえのか?」

 ビルに入るのを躊躇しているハルカにレキアは声をかける。

「・・・そう言う訳にはいかないのよ。いよいよあいつが姫ちゃんにちょっかいをかけてきた以上はね」

「あいつ?」

 聞き返してすぐレキアはピンっと今朝のやり取りを思い出した。

「例の招待状の事か。唯のパーティへのお誘いだろ?」

「んな訳ないでしょ。お誕生日のホームパーティじゃないのよ。あの男が自分の利益にならない事なんてしやしないって事、あんただって知ってるでしょ。ぜぇ~ったい何か企んでるんだから。中央都市の商人にとって聖王家とのパイプは喉から手が出るくらい欲しいものなのよ。それが向こうからネギを背負ってやって来た。世間知らずのお姫さまなんてあいつらにとっては格好の獲物よ」

 まくしたてるハルカをなだめていると、レキアのズボンに突っ込んでいるブレイブフォンが着信を知らせる。

「あんたねえ、こういう時は電源切っときなさいよ。空気読みなさいよね」

 レキアは愚痴るハルカを適当にあしらいブレイブフォンを取り出す。

「っと、なんだ?・・・ラフィートか」

 ブレイブフォンのチャットアプリ『ブレイブルーム』を開くとラフィートからのメッセージが書き込まれていた。


 ラ<『おーい、レキア。今暇か?』


「ったく、間の悪い奴だな」

 とりあえず返事を書き込む。


 レ<『ヒマじゃねーよ』


 するとすぐにラフィートから返事が返ってくる。


 ラ<『お、いたいた。なあ暇だったらさ、一緒にジャスティオンやらないか?』

 レ<『ジャス・・・?いやだからヒマじゃねえっつってんだろ。なんだよそのジャスティンだかジャスミンだかって』

 ラ<『よくぞ聞いてくれました。ジャスティオンとは正義の味方さ。そしてただいま絶賛メンバー募集中なんだ』


「なになに?今、正義の味方って言わなかった?」

 ハルカが自身のマイフェイバリットワード“正義の味方”に反応して割り込んでくる。


 ハ<『ラフィート君、そこんとこ詳しく詳しく!』

 レ<『ああもう、お前は黙ってろ』

 ラ<『ん、あれ?なんでハルカがいるんだ?』

 レ<『なんでもねえよ。それよりそう言うのはキョーマの奴でも誘えばいいだろ』

 ハ<『んふふ、キョーマ君もそういうの好きそうだもんね』

 ラ<『それがキョーマとはつながんねーんだ。ブレイブフォンの電源切ってるみたいでさ』


「ああ、そっか。キョーマ君は今頃姫ちゃんとデート中か」

「おい、めんどくさいからラフィートには言うんじゃねえぞ」

「はいはい、そこまでヤボじゃないわよ」


 レ<『俺達はこれから用事があるからもう切るぞ』

 ラ<『ちぇっ・・・って、え?俺達?ハルカと一緒に居るのか?あ・・・そっか、悪い、邪魔するつもりじゃなかったんだ』


 ラフィートは『ちきしょう』っと正義の味方らしからぬ捨て台詞を吐いてチャットルームから消えた。

「あらら、ラフィート君ったら何か勘違いしちゃったみたいね」

「はあ・・・なにやってんだかな」

 レキアは期待した眼差しでハルカの様子をうかがうが、当のハルカはまるで興味も無いらしくケラケラと笑っていた。

「ほら、行くならさっさと行くぞ」

「んー・・・仕方ない。行きましょうか」

 ハルカも渋々同意してムラサトビルのゲートをくぐる。



「うお・・・なんだこりゃあ」

 エントランスホールへと入ったレキアが驚嘆の声を上げる。

 ただっ広い空間に色とりどりの装飾品や調度品が立ち並び、これでもかというくらいに絢爛豪華さを強調していた。広さで言うならレキア達ユノハナレジスタンスの貸倉庫アジトよりもはるかに広かった。

「うへぇ・・・なんていうか、その」

「ほんと、悪趣味よね。わかりやすい成金っぷりをアピールしちゃってさ」

 言葉を濁していたレキアに代わってハルカがズバッと言い放つ。

「噴水まであんのかよ。どうなってんだ」

 ホール中央の滾々と水をたたえる噴水を覗き込むと水底に無数の金貨が敷き詰められている。

「え?これ本物?」

「そうよ、盗っちゃダメよ」

「とらねえよ、なめんな」

 スタスタとわき目もふらずに受け付けカウンターへと歩いていくハルカの後をきょろきょろと物珍しそうに視線を躍らせながらレキアはついて行く。

「おかえりなさいませ、ハルカお嬢様」

 ハルカがカウンターの前に立つと、受け付け嬢が深々と頭を下げる。

「ただいま。兄貴は何処?」

「総帥でしたら執務室にいらっしゃいます」

「あそ。ありがと。行くわよレキア」

「あッあの・・・!」

 受付嬢に呼び止められてハルカが怪訝な表情を見せると、受付嬢はモジモジと目線をレキアに向ける。

「あの・・・レキア様ですよね?獣の勇者の」

「は?俺?そうだけど」

 と、レキアが答えるのが早いか受付嬢が「キャー」っと黄色い声を上げる。

「あ、あのッ私ファンなんです。サインください!!」

「へ、サイン?」

 紙とペンを差し出され困惑していると、ハルカが「いいんじゃない。してあげな」とそっけなく言う。

「・・・まあいいけど。これに書けばいいのか?名前だけで良いよな」

「はいッ」

 仕方なくペンを取り、名前を書こうとした時ハタと気付く。

「って、なんじゃこりゃあ。契約書!?俺に何を契約させる気だ!!」

「あ、いっけなーい。ついクセで間違えちゃった。テヘ☆」

 受付嬢は自分の頭をゲンコツで小突く仕草を見せる。

「チッ勘のいい奴」

 その横でハルカの舌打ちが聞こえる。

「怖え、ムラサトマジ怖え。油断も隙もありゃしねえ」

 あらためて色紙にサインさせられてレキアはその場を離れる。

「さっすがレッキュン。人気者♪」

「うるせえよ」

 ハルカにおちょくられつつレキアはハルカと共にエレベーターに乗り込む。上昇していくエレベーター内でレキアはガラス張りになっている背面から中央都市を眺めていた。

「・・・にしても、いつかは乗り込む気だったがこんな形で来ることになるとはな」

 ボソッと呟くレキアにハルカは苦笑する。

「そっか・・・あんたにとってはここはラスボスの居城だものね」

「ああ、そうだ。あの野郎だけは俺の手でぶっ飛ばしてやるさ」

「・・・ねえレキア、もしもあたしが・・・」

「うん?」

「・・・ん、何でもない」

 言葉を濁すハルカに、「そうか」と答えてレキアは外に目を向ける。

「・・・にしても高えな。どこまで昇るんだ?」

 高所恐怖症などではないが、さすがに高すぎるとめまいがしてくる。

「んー、最上階よ」

「へぇ・・・ん?最上階だと?」

 レキアはエレベーターの表示パネルを見る。パネルには20階までの表示しかないのでレキアは「途中で乗り換えるのか」と思っていたが、20階を超えても上昇し続けていた。

「おいおい、どうなってんだ?このビル何階建てだ?」

「驚きの64階建てよ。あたしこれでも関係者よ。いちいち乗り換えるの面倒でしょ?だから直行コードを持ってんの」

「マジか・・・でも、そもそも何だって執務室が最上階なんかにあんだよ」

「さあね。好きなんでしょ、高い所が。『バカ』だから」

 身内だろうが構わず、否、身内だからこそかバッサリと切り捨てる。

「・・・降りはちょっとしたアトラクションよ。うふふ」

 絶叫マシンも顔負けな64階からのフリーフォールである。

「何考えてんだよ、お前んとこの兄貴は」

「さあね。好きなんでしょ、そういうのが。『バカ』だから」

「そうか・・・バカじゃしょーがねえな」

 そんなたわいのない話をしているとエレベーターは静かに最上階へと至る。

「・・・行くわよ」

 ハルカは一歩を踏み出す。その顔はレキアが今まで見たことの無いほどに強張っていた。



「バカ兄貴!邪魔するわよ!!」

 力任せに執務室のドアを開き、ハルカが声を張り上げる。

 机上で書類の整理をしていたカナタは目線も上げず返答する。

「騒がしいな、邪魔するなら帰ってくれるかな」

「あいよ・・・って帰るか!」

 くるりと踵を返し、一回転してハルカがつっこむ。

「コントかよ」

 呟くレキアの声に気付き、カナタはようやく目線を上げる。

「おや、これは珍しいお客さんだ。まさか君がこんな所にやって来るとはね」

「チッ、別に来たくて来た訳じゃねえよ。俺は只の付き添いだよ」

「付き添いね、それはそうとどうかね我が魔城の感想は」

 冗談めかしてからかうカナタにレキアはフンッと鼻を鳴らす。

「想像通りの悪趣味な建物だぜ。今日の所は直通でここまで来たが、次に来るときには完全攻略してやんよ」

「それは楽しみだ。だがそう上手くいくかな。各フロアに設置された無数の罠が君の行く手を妨げるだろう。そして5フロアごとに強力なフロアボスが待ち構えている。簡単には突破は出来まい。さらには君がフロアを移動するごとにスタッフ総出で内装を模様替えする。同じ攻略法は通じないぞ」

「なんだと!くッ何という人件費の無駄遣い。それが金持ちのやり方か!!」

 意味不明な妄想会話で盛り上がる男達にハルカが「んな事ぁどうだっていいのよ!!」っと割り込む。

「用があるのはあたしよ!兄貴、これどういうつもりよ!」

 ハルカはずかずかとカナタの前へと立つと、バンッ!っと、机の上に一通の封筒を叩き付ける。ついでにレキアに持たせていた荷物もドンッと乗せる。

「あと、これお土産」

「おおぅ、これはッ」

 それを見たカナタが目を輝かせる。

「これはユノハナ名物、ユノハナ温泉饅頭ではないかッ!!」

 カナタは口元を緩ませながら隣にいる女性に声をかける。

「・・・誰?兄貴の新しい女?」

 見覚えのないその女性に怪訝な目を向けるハルカ。

「うむ、その通りだ」

「違います。臨時で秘書を務めさせていただいております、シエルフィと申します」

 カナタの言葉をかぶせ気味に否定してシエルフィはハルカに頭を垂れる。

「そんな速攻で否定しなくとも・・・まあいい。君、コーヒーを頼む。いや、ふむ・・・ほうじ茶がいいな。あっついのを淹れてくれたまえ」

「・・・かしこまりました」

 シエルフィは一礼して給湯室へと向かう。

 その時、すれ違い様にレキアはシエルフィの眼に気付く。

(なんだ・・・この女の眼、義眼か?)

 垣間見たシエルフィの光無き瞳の奥に、あの男・・・と同じ得体のしれない闇を感じ、思わず凝視してしまう。

(いや・・・関係ないか。詮索するのもヤボだしな)

 この時、もしもアズサやラフィートから邪神教の話を聞いていたら違う対応をしただろう。

 と、レキアが給湯室へ消えるシエルフィを見送っているとハルカに耳を引っ張られ、「痛えッ」と非難の声を上げる。

「ちょっと美人だからって鼻の下を伸ばしてんじゃないわよ、たくッ」

「いつつ・・・そんなんじゃねえよ」

「君達は相変わらず仲がいいね。結構結構」

 じゃれあうハルカ達を見て満足そうに頷くカナタ。

「はあ?何言ってんのさ」

「これでも兄として心配していたのだよ。お前は子供の頃から中年好きだったからね。いや、悪くはないがさすがに親ほどの年が離れた相手にお義兄さんと呼ばれるのはどうかと思っていたのだが、お前が年下にも興味を持ってくれたなら安心だ」

「ちょっ、何言ってんのよ。こいつとはそんなんじゃないし、弟みたいなもんでしょうが!」

 いまだに弟扱いされている事にレキアは、ガーンッとショックを受ける。

「お前・・・中年好きだったのか。まさか隊長のおっさんを狙ってるんじゃないだろうな」

「んな訳ないでしょ!第一、隊長さんにはヒゲがないじゃない!」

「へ?ヒゲ?」

 思わず口をすべらして、「しまったッ」という表情するハルカ。カナタは笑うのを堪えているのか、机に突っ伏して小刻みに震えている。


 ちなみに、タカラがヒゲを剃っているのは当然騎士としての身だしなみからだが、もう一つ理由がある。それはまだ幼かったアズサが放った一言、「おひげ、ヤ」である。この一言で王宮内は騒然となり、後に物議を醸す事となる『髭禁止令』による髭狩り騒動を起こしたためだった。


「ヒゲ・・・ヒゲが良いのか?お前ヒゲフェチだったのか」

 自分のつるつるの顎をさすりながらつぶやくレキアを睨みつつ、矛先はカナタへ向けられる。

「ああん、もううっさいッ、いつまで笑ってんのよバカ兄貴!」

 ハルカはチッと舌打ちすると反撃に転ずる。

「そういう兄貴こそどうなのよ。兄貴が姫ちゃん目当てで勇者の選抜に志願したらしいってあたし聞いたのよ、。年端もいかないお姫様に執着するなんて、いつからロリコンになったのよ。あーはずかし」

 ププーっと口元を押え笑う仕草を見せるハルカだったが、カナタは意に介さずククッと口元を歪ませる。

「可憐な乙女を愛でたいというのは世の男性ならば致し方ない事さ。それが姫殿下となれば誰もが是非お近づきになりたいと思うだろう。もっとも、俺としては勇者としての素質があると自負もあったのだがね。姫殿下のご尊顔も拝する事も叶わず、見事に門前払いさ」

「はっ、当然だろ。てめえが勇者だなんてありえねえよ。それに勇者になって何をするつもりだったんだ?どうせ金儲けだろうけどな」

「そうだな、勇者となればいくらでも稼ぐ手段はありそうだ。TVCMにコラボレーションや番組タイアップ。オリジナルグッズも売れそうだ。いやはや、夢が広がるね。ムラサトミュージックエンターテインメントでCDデビューしてみる気はないかい?歌ってバトれる勇者って事で」

「ざっけんな!」

「そうよ、そう言う事はまず敏腕マネージャーのあたしを通しなさいよね」

 すかさずレキアが「おい」っとハルカにツッコむ。

「まあこの件については置いといて。レキア君、随分とご活躍しているそうじゃないか。君の噂はここまで届いているよ。だが現実とは皮肉なものだね。偶然君が勇者に選ばれるなんてね。・・・いや、必然だったのかな」

 カナタが何を言いたいのか分からずにいるとカナタはすーっと目を細める。

「俺はてっきり君は貴族や特権階級主義者が嫌いなのだと思っていたのだが、なんて言ったかね君の・・・あの・・・ユノハナ・・・ルネッサンス?」

「ユノハナレジスタンスだ」

「そうそれ、レジスタンス。散々我々ムラサトに嫌がらせをしてきた君が、貴族の長たる聖王家に媚びる日がこようとは。どうやら俺は君の事を買いかぶりすぎていたようだ。これが皮肉でなくて何だというのかね」

「違う!俺は誰にも媚びてねえ!!てか、俺達の作戦活動を嫌がらせって言うな」

「ほう、君達のその活動とやらで被った被害は微々たるものだ。だがそれでもそれなりに損失が出ていてね。子供ガキの悪戯だという事で目を瞑って来た訳だが、君達にその弁償が出来るのかね?」

 カナタの鋭い眼光にレキアは言葉に詰まる。

「フッ冗談だ。言ったろう、ガキの悪戯に目くじらを立てるほどムラサトも狭量ではないさ」

 ククッと笑うカナタにレキアはチッと舌打ちし目を逸らす。

「そんな事よりも、問題なのはこれでしょうが」

 本題から逸れまくった話を戻すべく、ハルカは強引にさっき叩き付けた封筒をもう一度叩き付ける。

「はて、何の話だったかな?」

「とぼけないで!あんた、姫ちゃんに招待状を送って来たでしょうが。何企んでんだか知らないけど、あたしの目の黒いうちは兄貴の勝手にはさせないわよ」

「企むとは人聞きの悪い。俺はただ、この町を救ってくれた勇者諸君に感謝を込めて、ささやかながらパーティを開こうというだけだ」

「そう言って勇者を出しにして姫ちゃんに近づこうって魂胆が見え見えなのよ。そんな事あたしがさせないんだから!」

「ククッお前にそれが出来るのかな?」

「あによ、当然でしょ。あたしは姫ちゃんの従者としてお守りするって誓ったんだから。特に兄貴みたいな悪徳野郎からね!」

「ほう、それは結構。だがお前は従者の前にムラサトの人間だ。なら分かるだろう、ムラサトは決して貸しは作っても借りは作らない」

「ッ!?」

「お前は俺に借りがある。先の戦いで軍を動かし姫君の危機をお救いしたのは俺だ。お前が姫君の従者であるなら尚更俺に借りを返さなければならない。違うか?」

「あ、あれは・・・そうよ、そもそもゲートを閉じさせたのは兄貴だって聞いてるわよ。あれが無ければ姫ちゃん達はちゃんと逃げられたはずなんだから」

「姫君はご自身のみが逃げる事を良しとはしなかっただろう。だが、あの悪鬼とかいう化け物相手に戦力は足りなかった。となれば援軍は是が非にもほしい所だっただろう。そこへ俺が軍を動かせば姫君との間に縁が出来る。それを取り持つのはお前だ。俺に貸しを作ったお前は俺に協力せざるを得まい」

 中央都市セントラルの戦いにおいて中央都市防衛軍の援護なくして勝利は厳しかった。そしてその軍の中にムラサトの私兵が紛れていた事はハルカも気付いていた。

「兄貴・・・やっぱり最初っから計算ずくか」

「お前が同乗していてくれて実に好都合だったよ。大方、俺が姫君に手出しさせないように止めるつもりだったのだろうがな」

 クックッと笑うカナタに言い返す事も出来ず、ギリリッと歯ぎしりするハルカは大きく息を吐く。

「あー、もう分かったわよ。パーティーでなんでも好きにしたらいいじゃない。ただし!それで貸し借り無しだかんね。それ以上は姫ちゃんに手出しはさせないから!!」

「結構」

 と、カナタが話を打ち切ると、それを待っていたかのようにシエルフィが戻ってくる。

「お待たせいたしました」

「お、来た来た♪」

 カナタが「待ってました」っと手を合わせる。

「ふん、行くわよレキア」

「ああ」

 帰ろうとするハルカを「待て」とカナタが呼び止める。

「ハルカ、せっかく戻ってきたんだ。母さんに会っていけよ」

 ドアノブに手をかけたまましばらく動きを止めていたハルカは「・・・わかってるわよ」と呟くと、踵を返してカナタの机へと歩みを進め、今まさにお土産の包みに手を伸ばそうとしていたカナタからひょいっと包みを奪い取る。

「あ、あれ?」

「じゃあねバカ兄貴」

 そうして部屋を出て行こうとするハルカをカナタが再び呼び止める。

「ハルカちゃん、そのお土産置いていってもいいんだよ?」

「は?なんであたしが兄貴なんぞにお土産をあげなきゃなんないのよ。これはお母さんにあげるために買ってきたの。じゃあね」

 そう言うとハルカは振り向きざまにカナタにあかんべえして出て行った。

 取り残されたカナタは熱々のほうじ茶が注がれた湯呑を恨めしそうに見つめると、内線電話に手を伸ばす。

「あー、私だ。至急ユノハナ温泉饅頭を手配してくれたまえ。大至急だ!」

 その様子を見てシエルフィはやれやれと吐息を吐くのだった。



 無言でエレベーターへ乗り込むハルカを追ってレキアもエレベーターへ乗り込む。

「・・・」

 なんて声をかけたものかと考えていると、ハルカはレキアに抱きつくようにもたれかかって来た。

「えっ・・・あ、あの・・・ハルカ?」

 想像すらしていなかった展開にレキアがしどろもどろになっていると、「これで良し」っと言ってハルカは身体を離す。

「・・・これは?」

 いつの間にかセーフティーベルトを締められていて困惑するレキア。

 ハルカもレキアの隣に立ってセーフティーベルトを締める。

「さあレキア行くわよ♪」

 ハルカの合図に合わせて表示パネルがカウントダウンを始める。

「え?え?なにこれ?」

 エレベーター内の壁がフッと外の景色を写しだし、まるで外に放りだされた錯覚に陥る。

「うわッ外!?いや映像?高ッえ、落ちる!?」

 表示パネルのカウントが、3・・・2・・・1、と変わり、0になると同時に≪ポーン≫っという音が鳴り、ガクンとゴンドラが落下を始める。

 

『う・・・ぅぎやあああああああああああーッ!!!!!!!』


 超高層ビル64階からのフリーフォール。太陽が傾き始めた中央都市の空にレキアの絶叫が響くのだった。




「うへえ・・・ひどい目に会った。やっぱりバカなんじゃねえのかお前んとこの兄貴は」

 よろよろとふらつく足取りでムラサトビルから出てきたレキアは先にいるハルカに追い付く。

「あれしきのアトラクションでこのざまとは情けないぞー」

「うるせえ」

 返す言葉もないレキアはせめてもの強がりを見せるが、黄昏に憂いを帯びた笑みを浮かべるハルカの表情にドキッとして人差し指で頬をかく。

 遠くで歩行者天国の終わりを告げる鐘の音が響く。

「・・・お祭りももう終りね」

「そうだな・・・」



 お祭り見物を終えた人達が家路につくのを横目に見ながら二人は駅前広場までやって来た。

「さて、と。じゃ、あたしは一度実家に帰るわ」

「実家?また戻んのか」

「ん、違う違う。あれは会社。ムラサトの実家は南区にあるのよ」

「南区か、遠いな。今日中につけんのか?」

「さすがに無理ね。別に急いでないからいいけど。でもしばらくはこっちに戻れないと思うから姫ちゃん達にはよろしく言っておいて」

「んだよ、乗り掛かった舟だし俺も付き合うぜ」

「いいの。一人で帰れるから。パーティーの日、土曜までには戻るからお姉さんいなくても寂しがってちゃダメよ?」

「バカが、そんなガキじゃねえよ。行くならさっさと行っちまえ」

「ふふふ、じゃあ後はお願いね。ああ、その荷物は宅配便で実家うちに送っといて」

 そう言ってハルカはレキアに手を振ると駅へと歩いて行った。

 レキアはハルカが見えなくなるまで見送ると、ふうっとため息をつき夜の帳の下りた空を見上げる。そこで、はたと気付く。


「あ・・・荷物の配送代、俺が払うのか?」




                                            つづく

ありがとうございました。

次回15話をお楽しみに。

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