騎士を夢見る少年
12話です。
エレクシア聖王国、ラの国の首都『自由交易都市セントラルシティ』は未曽有の危機に襲われた。
かつていくつもの文明を滅ぼしてきた人類の天敵、101体の悪鬼の襲撃を受けたのだ。
だが、月の民より伝説に語られる6人勇者を探しだす使命を受けた王女アズサと、彼女によって見出された3人の勇者達の活躍により悪鬼は倒され、今日もまたいつもと変わらぬ平穏な一日を迎えたのだった。
そんな中、光の勇者ラフィートとメガネをかけた少年フィルムは何かに追われるように人波を掻き分け疾走する。
「いやあ、みんなしつこくってさあ。抜け出すのも一苦労さ、ハハッこれにはさすがのボクも苦笑い」
ずれたメガネをかけ直しながらフィルムは笑っているがラフィートは息も絶え絶えで笑い話ではない。それもそのはず、2人は軽くハーフマラソンよろしく公道を延々と走り続けていたのだ。
「はあはあ、お前な・・・なんな、んだよホント」
「だらしないなあ、これしきのジョギングでもうバテたのかい?」
「うるせえ・・・こっちは朝飯抜きでしごかれてたんだっての。大体何で俺まで逃げなきゃいけなかったんだよ」
と、言うラフィートのお腹の虫がぐぅぅっと鳴るのを見てフィルムも自分のお腹をさする。
「んー、そう言えばボクもお腹空いたなあ。ねえどっかで何か食べようよ」
「・・・聞いてる?人の話」
「あッボク、ハンバーガーがいい。ハンバーガーが食べたい」
フィルムは目についたハンバーガーショップ『ヨッテキナバーガー』を指差す。
「ああ、まあいいか。俺も腹ペコぺコだし」
とにかく一休みしたいラフィートはフィルムに促されるまま店内へと足を向けるのだった。
「いらっしゃいませー」
スマイル無料の店員に注文し、二人は席に着く。
「・・・お前なあ、ラッキーセットなんか頼むなよ、さすがにはずかしいぞ」
フィルムが頼んだのはお子様向けのおまけのついたセットメニュ-だった。
「えー、だってこのキーホルダーかわいくないですか?見てたら欲しくなっちゃって、えへへ」
「かわいいか?それ」
どことなくさち薄そうな顔をしたゆるキャラで、『ムラッキー君』という名前らしいという事くらいしかフィルムもキャラクターの詳細は知らないらしかった。
あっという間にポテトを平らげて、いよいよハンバーガーへと手を伸ばすフィルムにラフィートはどう切り出そうかと思案していた。
以前フィルムと会った時に彼は自分を『騎士の勇者』だと言った。だが語り継がれる6人の勇者の中に『騎士の勇者』などいない。レキア達は「子供のごっこ遊びだろう」と一笑するがアズサは「ぜひ会ってみたい」と言うのだ。
とは言え、堅物騎士のタカラではないが素性の知れない相手をアズサに合わせるわけにはいかない。ストローを加えながらうんうんと唸っていると、はたと思いつく。
「そうだ、ブレイブフォンでこいつをスキャンすれば本当に勇者かどうかわかるんじゃないか?」
ポケットの中にある今朝手に入れたエレクトロニック・ムラサト製の超新世代型携帯通話魔導器、
通称ブレイブフォンを手に取る。このケータイにはカメラで写した相手のステータスを表示するスキャン機能があるのだ。
ラフィートはフィルムに気付かれないようにカメラを向け、スキャンを開始する。
「・・・え?」
ブレイブフォンに映し出されたステータス画面には何も表示されていない。首を傾げるラフィートの脳裏に「盗撮しようものなら即座に通報」と言うハルカの言葉が甦る。スキャンは本来悪鬼に対して使うものなのだ。その為防犯装置が取り付けられていた。
「や、やべッまたタカラのおっさんにしごかれるッ」
慌ててアプリを終了させるが今朝の時と違いアラートが鳴らない。
「・・・あれ?どういう事?」
不審に思い、画面をトントン突っつくと画面は微笑むアズサの待ち受けに映りかわり、特に異常は無かった。
「なんですかそれ、ケータイ?でも見た事無いモデルだなあ」
ラフィートの手にあるブレイブフォンに興味津々のフィルムが身を乗り出してのぞき込んでくる。
「わあカワイイ娘だなあ。彼女さんですか?君もスミに置けないなあ、このこのお」
「そんな・・・事も無くも無いかなあ、なんてアハハ」
そんな訳ないのだが否定してしまうのもなんか嫌だったので曖昧に言葉を濁す。
「あれ~、でもこの娘どこかで見た事があるような、無いような?」
「ま、まあ俺の彼女の事はどうでもいいじゃないか」
しれっとアズサを彼女呼ばわりしてしまったが内心、キョーマあたりに聞かれたらまたねちねち嫌味を言われそうだな、と冷や汗をかくのだった。
「それで・・・」
ケータイをポケットに押し込みつつ話を戻し、フィルムに問いかけてみる。
「それでお前、何やってたんだ?この前も追いかけられてたみたいだけど。あのおっかない人達ってお前の知り合いなんだろ?なんで逃げてんだ」
「フッ愚問だなあラフィートくん。そんなの決まっているじゃあないか。ボクは正義の騎士の勇者!ボクのやる事はいつだってジャスティスさ」
フィルムはビシッとポーズを決めるが、まったく意味が分からない。
絶句するラフィートとの間に流れる沈黙に耐えかねたのかフィルムは居住まいを正し、コホンっと一つせき払いをして「えっと・・・」と続ける。
「君には前にも話したと思うけどボクはあるお方のお手伝いをしたいんだ。その方はボクに何もしなくていいって仰るんだけどお世話になっている以上何かしたい。だからこっそり抜け出そうとしたんだけど、見つかっちゃって。みんなボクを連れ戻そうと追いかけてきてたんだ」
「あの方?」
「うん、ボク達を匿ってくれた恩人なんだ。何か恩返しをしたいけどみんなボクを子ども扱いしてまともに取り合ってくれないんだ」
「僕達?」
複数形なのが気になって聞き返すとフィルムはバツが悪そうに「あっ」と小さく息を漏らす。
「う・・・まあ君ならいいか。ボクには姉さまがいるんだ。姉さまはある事があってとても傷ついていたんだ。だけどボクじゃあ何もしてあげられなくて・・・あの方はそんな姉さまに優しくしてくれて、ボク達姉弟を引き取ってくれたんだ」
だからッと、フィルムは両手で握りこぶしを作り振り上げる。
「だからボクはあの方の騎士になる!そう決めたんだ」
「・・・あのさ、騎士って簡単になれるものなのか?タカ・・・俺の知り合いの騎士の人に聞いたんだけど騎士になる為にはいろいろあるんじゃないのか」
ラフィートの問いにファイルはフッと口元を緩め、チッチッチッと人差し指を振る。
「へえ、意外だな君にも騎士の知り合いがいるんだ。でもね、確かに騎士になるには難しい試練があるけど、こう見えてボクはかの誰もが憧れる騎士学園都市出身なのさ」
「な、なんだってー!・・・ナイトアカデミアってなに?」
ガクッとフィルムは肩を落とす。
「知らないのかい?まあ、この国じゃああんまり知られていないみたいだけどさあ。騎士学園都市はその名の通り騎士を育成する都市でね。入学する事は騎士を目指す者の夢であり、誉れであるんだ。ボクもいつかは教官みたいな立派な騎士になるんだ」
なるほど、と相づちを打ちつつラフィートは考える。
(騎士の学校って事は当然タカラのおっさんも知ってるはずだよな。でもタカラのおっさんはフィルムの事を知らないって言ってたし。噓をついているのか?そうは見えないけどなあ)
ふと、疑問がよぎる。
「いや待て、騎士学園出身?ってお前いくつだよ」
「17才でっす」
「おぅいッ」
フィルムはどう見たって12,3才にしか見えない。これは明らかにおかしい。
「ボ、ボクの年齢なんてどうでもいいじゃないですか。肝心なのはボクが勇者であるという事です」
その勇者であるかどうかだって十分怪しいのだ。
「うーん・・・やっぱりアズサに会わせなきゃダメかな」
アズサの神眼なら一目で見抜けるはずだ。それで本当に勇者ならそれで良し。そうでなくても彼の正体は分かるだろう。
「ところで・・・」
ラフィートがナゲットをつまんでいるとジャラジャラとカップに残った氷をストローでかき混ぜながらフィルムがラフィートに尋ねる。
「さっきからボクの事ばかり話してるけど、君の事も聞きたいなあ」
「ん、そうだっけ。うーん・・・」
ここまで一方的にフィルムの身の上を聞きだした手前、自分も身を明かさなければフェアではないか。とラフィートは自らの事を話す。
「・・・え?ええーッ!!勇者!?君があの光の勇者なのかい!!?」
「シーッ声がでかいって」
こんな場所で周囲の人達に自分の身元を知られればいつぞやの大騒動になりかねない。フィルムの口をふさぎ身をかがめる。そっと周囲を見渡すも丁度昼時を過ぎ、客もまばらな店内だったのが幸いし、変に悪目立ちする事はなかった。
ふぅっと一息つくと、フィルムのラフィートを見る目が爛々と輝いているのに気付く。
「な、なんだよ。そんな目で見んなよ」
「だって・・・だって、ああもうこれってまさに運命だよね。まさかこんな形で勇者同士が出会うなんて!!」
「運命ってそんな大げさだな」
「ラフィートくん・・・いや、センパイと呼ばせてください!」
「せ、先輩ぃ!?なぜそうなる」
と、言いつつもまんざらではない様子のラフィートは照れ隠しにハンバーガーを頬張るのだった。
「それでセンパイはこんな真昼間から何をされていたのですか?パトロールですか?パトロールですね。センパイはまさに正義の体現者、これにはさすがのボクもマジリスペクト」
「いや・・・まあ・・・うん」
散歩していただけとは言い出しにくくなった。
「センパイ!ボクもセンパイのパトロールにお供してもいいですか?いいですよね」
「は?いやいや、良いか悪いかってかお前、何か用事があったんじゃないのか」
「ありますよ。ですからセンパイに勇者としてのジャスティスを学び、はやく一人前の勇者になりたいのです」
ラフィ-トは「うーん」と首を捻りどうしたものかと考える。実際パトロールなんてしてないし、誰かに何かを教えられるほどの立場でもない。だがついて来てくれるっていうのならそのままアズサのもとに連れていける。
パトロールと称してその辺を適当に散策してアズサに会わせよう。
そう結論を出してフィルムの申し出を受ける事にする。
「やった!じゃあ早速行きましょう。ジャスティスは待ってはくれませんよ」
「ちょっ待てって、俺まだ食ってるのに」
フィルムは有無を言わさずラフィートを掴んで店を飛び出す。
光の勇者と騎士を夢見る少年のジャスティス道中記、ラフィートが自らの考えの甘さに気付くのにさほどの時間もかからなかったのは言うまでもない。
つづく
ありがとうございました。次回13話をお楽しみに。