Pの憂鬱
10話です。よろしくお願いします。
エレクシア聖王国の10の国の一つ、ラの国。
その首都『自由交易都市セントラルシティ』のテレビ局、セントラル中央テレビ局内の編集室に一冊の週刊誌を忌々し気に見つめる男がいた。
彼の名はフォトー。セントラル中央テレビ(CCT)のプロデューサーである。
「くそッこっちが編集作業してる間にすっぱ抜かれちまった。だから勇者達の近辺取材に人を回せっつてんのによ」
中央都市を襲った悪鬼トレインとアズサ姫率いる勇者隊の戦いを独占生中継する事が出来たものの、その後の対応が遅れ、競合他社にスクープを先取りされる事になってしまった。
もちろんCCTも連日放送している『中央都市の戦い』の映像は視聴率を十分に取れている。とはいえさすがに視聴者も見飽き始めている感も否めない。
「せめて姫殿下に独占インタビューできていればな」
モニターに映るアズサの顔を見ながらため息を吐く。
アズサへの取材は護衛騎士タカラによって何処の局もことごとく追い返されている。その中でCCTは先の戦闘の映像を持っている事もあってアズサから、「機会があれば」と社交辞令を貰っている。社交辞令とは言え約束は約束。何とかこれをうまく使いたいとフォト―は思案しているのだった。
「あの悪鬼とかいう化け物、また出てこねえかな。そうなりゃまたスクープ間違いなし・・・うひひ」
「フォトP不謹慎ですよ~」
「んあ?んだミッコ、戻ってたのか」
フォト―の後ろから声をかけた女性はカメラマンのミツコ。『中央都市の戦い』時にはあいにくロケに出ていた為現場に居合わせなかったが、すっかり勇者達の戦いに魅せられた一人である。
「あっ!今の!レキア様のアップ、画像下さい!!あっ、ここ!いいですか、ここでレキア様が悪鬼の死角に入って射線を通したんですよ!で、次の瞬間には・・・」
ミツコは鼻息荒くレキアの動きを事細かく説明し始める。
「母性本能をくすぐるキョーマ君もいいんだけど、やっぱりニヒルなレキア様が勇者の中で一番だと思うんですよ~。え?ラフィート君ですか?うーん・・・悪くはないんだけどちょっと頼りないかなあ」
「うるせえよ。たく、いい年してミーハーなんだからよ」
目を輝かせ、くどくどと語りだしたミツコにフォト―はげんなりとした顔をする。それは局内の女子アナ達も同じような口論をしていたからだ。
「ちょっ、年の事はッそれに私は四捨五入すればまだ二十歳なんですからねッ!!」
「へいへい、もう何年も前から聞き飽きたよ。にしても、例のテロに話題を持っていかれちまったよな。せっかく編集終わったってのに特番はそっちがメインだってよ」
「テロ?ああ、国境のあれですか」
ラの国とヤの国の境目にある小さな町で起こった反王政派のテロリスト『夜明けの解放者』と聖王国軍国境警備隊との間で起こった武力衝突は遠く離れたここ中央都市でも騒然となっていた。
「おかげでスタッフの大半がそっちに行っちまった」
「ああなるほど、だからフォトP一人で編集室に籠っていたんですね・・・ハブP]
「ハブられてねえから。こっちはこっちの仕事してんだよ、だいたい王族の肖像権ってのは権利関係が厳しすぎんだよ。許可申請通すのにくそ面倒ったらありゃしねえ。たく、その上ちょっとでも映像を加工しようものならスパッ!っと首が飛びかねねえ」
自分の首を切る仕草をしておどけてみせるフォト―だったが、当のミツコは今落としたレキアの画像をケータイの待ち受けに設定するのに夢中でフォト―を見ていなかった。
「・・・で、フォトPはこのまま泣き寝入りですか?」
「あ?」
ミツコは視線をケータイから離さないまま囁く。
「せっかくお姫様が目の前にぶら下がっているのに指をくわえて見てるんですか?フォトPともあろう人が」
「てめっ俺を煽ってんのか」
「ふふっそうですよ。一人でこんな所に引きこもったって誰も相手になんかしてくれませんよ。やってやりましょうよ、スクープをものにして男フォト―ここに在りってってところを見せつけてやりましょうよ」
「お前・・・それを言うためにわざわざ?」
ミツコは視線をケータイからフォト―に移し頷いてみせる。
「フォトPが一人で腐ってるって聞きました。それでどうするんです?やるんですか、やらないんですか?」
思わぬ叱咤激励に感動しつつ照れ隠しに咳払いする。
「しかしなあ・・・ガードが堅いんだよ。どこも取材拒否られてるみてえだからな」
「でもフォトPは映を取れてるじゃないですか」
「これはまあドサクサまぎれだったし、姫殿下の許可ももらったからな」
「それですよ!」
「は?どれだよ」
目を輝かせずずいっと顔を寄せるミツコを片手で押し返す。
「CCTだけなんでしょ?姫さまと直接交渉できてるのは」
「まあな、機会があればってアポも取っているが、社交辞令みてえなもんで確約じゃねえからな」
「社交辞令でも約束は約束ですよ。やりましょうよ、とにかく一度問い合わせてさ。いつものフォトPらしく押して押していきましょうよ」
「いつもの俺か・・・」
フォト―はミツコが自分とまったく同じ事を考えていた事に驚きつつもいつの間にか自分が消極的になっていたと気づかされた。
「すまねえ、俺ぁ編集室に入り浸ってたせいでふてくされていたみてえだ。おかげで目が覚めた思いだぜ。自由の国のジャーナリスト魂ってもんを見せてやんぜ」
「はいいはーい、密着取材を希望しまーす!」
ミツコはピョンピョンと飛び跳ねながら手を上げる。
「うえへへっへぇ、レキア様に密着・・・しちゃったりとか~?なんつって」
薄気味悪く笑みを浮かべるミツコにフォト―はため息を吐く。
「お前・・・人を焚きつけておいてそれが目的かよ」
「取材ですか?」
ハーブティーを啜りながらアズサはタカラに聞き返す。
「はい。例のCCTのプロデューサーから要請が来ておりまして、いつもなら門前払いにするところですが姫様と約束したと食い下がってきまして・・・いかがいたしましょうか」
「・・・確かにあの時は立て込んでいたとは言え、彼らとは約束をしましたね」
「お言葉ですが、あのようなものはその場しのぎのリップサービスのようなものです。お気になさる必要は無いかと」
「いいえタカラ、どの様な約束であれそれを違えることは聖王家の名を汚す事になります」
「うぅ、それは・・・」
それでも渋い顔を更にしかめるタカラにアズサはフフッと微笑んで見せる。
「それにこれはいい機会かもしれません。彼らに勇者達の活躍を見てもらい、それを世界に広めてもらえれば私達にとっても悪い話ではありません」
絶望を広め、邪気を集めようとする者達がいる。
「邪神教団・・・彼らの目的は分かりませんが、いえおそらくは邪神の復活が彼らの目論みでしょう。理由はどうあれ、それは何としても阻止しなければなりません。その為には希望を失ってはならないのです」
邪神教団。
ラフィートが未来の世界で出会ったという狂信者達。大まかな事情はタカラも聞かされている。だが現実にはそのような組織は姿を見せていない。彼らは闇に潜み、機会を窺っているのだろう。
希望を失い、絶望に落ちた人間から邪鬼と呼ばれる魔物が生まれる。故にアズサはメディアを利用し人々に勇者を見せようというのだ。
「ですがそれは諸刃の剣かもしれませんぞ。勇者達が不甲斐ない戦いを見せれば人々は失望する事でしょう。そうなれば元の木阿弥」
「そうならない為にタカラ、あなたに期待しているのですよ。勇者達を鍛え、導いてあげて下さいね」
アズサの言葉にタカラはカアッと胸が熱くなるのを感じる。
「はっ、お任せください。この騎士タカラ、姫様のご期待に必ずや応えて見せましょう」
勇者達のあずかり知らぬところで鬼教官のやる気に火がついてしまったようだ。
「それでは先方にはどのように伝えましょうか」
「都合の合う日はあるのですか?」
「そうですね・・・来週の土曜などはいかがでしょう。この日なら特に予定は入っておりませんが」
「え、予定はないのです?」
この少女は予定があろうとわずかでも時間が空けば情報局で資料の山に埋もれてしまうのだ。タカラが止めなければぶっ倒れるまで資料を読み漁ってしまう事もしばしばだ。予定が何も無いとなれば一日中引き籠る事だろう。
「この日にしましょう。いいですね」
「え・・・えぇ」
至極残念そうに頷くアズサにタカラはやれやれとかぶりを振る。
だが、のちにアズサのもとに届けられる一通の招待状によってその日は騒乱の一日となる事を、この時のアズサは知る由もなかった・・・
つづく
いかがでしたでしょうか。次回11話もお楽しみに。