■第二十五夜:薄氷の上を
※
バートンは燃え盛るカテル市中を市民に紛れて移動した。
カテル病院騎士団の人員配置は奇襲を受けたとはとても思えぬほど的確で、采配も迅速だった。
だが、その市民誘導と(おそらくは平時のうちから繰り返されてきた避難訓練のせいであろう)群衆の動きに、バートンは奇妙な違和感を覚えた。
つまり、カテル島中腹に並び立つ教会病院施設群への誘導量の少なさに、である。
それは誘導に当たるカテル病院騎士団の面々が見せる市民たちへの真摯さ、必死さ――弱者には手を貸し、年寄りや子供たちを背負い――そして、騎士団員たちに市民が寄せる信頼、信用から決して保身的な意味合いでの措置ではないことがバートンには手に取るようにわかった。
そこから、教会の心臓部とも呼べる病院施設が市街地からかなり離れている理由をも推察できた。
危険なのだ。
大軍を相手取った篭城戦ならば、おそらく市民誘導はこのカタチではなかったハズだ。
しかし、市中を含むカテル島全域に敵の強力な異能者集団が侵入した。
それは重要な戦略拠点が真っ先に攻撃対象になる、という意味だ。
示威行動でない限り、防御を固めた敵要塞を打ち砕くために異能者たちは戦線投入されるのではない。
相手のもっとも弱く、重要な器官をピンポイントで破壊する。
それが《スピンドル》能力者たちの戦争だ。
長くバラージェ家の主:グレスナウとともにあり、なおかつ無能力者でありながら死地を潜り抜けてきたがゆえ――バートンは、そのことを身をもって知り抜いている。
だからこそ見えてくる線がある――そういうことを。
バートンは影を巧みに選び、誘導とヒトの流れを外れ、カテル病院騎士団の本拠に迫った。
途中に設けられた山門の扉はみな開け放たれているが駐留の兵士が十名はいる。
馬は装甲されておらず、連絡目的であると知れる。
さらに山門上には篝火。
光による通信網。
この配置は現状を的確に司令部に伝達するためのやり方だ。
民間人の通行を妨げる目的ではない。
そうしたいならば、まず門を閉じればよい。
だが、彼らはそうしない。
なぜか。
それは異能者相手には、その程度の障害など意味がない、と知るからだ。
バートンはますます、ことの重要性を悟る。
夜陰に紛れる外套の内側に着込まれているのはグレーテル派の僧服だ。
法王庁側が用意した古着。
準備も抜かりない。
山道の往来は予想よりもかなりある。
怪我人の救護に当たる人員や薬剤の搬送を人力で行うからだ。
石畳に積もった雪に大型の荷車は危なくて使えない。
すべてが人力だ。
これまでの経験上、このような施設の要所には《スピンドル》能力者を感知する結界が張られていることが多い。
グレーテル派の首長であるダシュカマリエは法王庁が公認する預言者だ。
必ず、そのような仕掛けがあるだろう。
万全の備えだ。
だが、だからこそ、バートンのような無能力者は死角となる。
バートンの採用した方法では、たとえ小戦隊といえども、武装集団を送り込むことはできない。
だが、武器も異能も持たないオイボレひとりなら、どうか?
堂々と姿をさらした僧侶としてなら?
兵士たち全員がいままさに眼前に迫る敵の、夜魔の、異能力者の脅威に注意を割いているこの瞬間ならば?
そうやって、バートンはカテル病院騎士団の中枢に入り込んでいった。
決して焦らない。
院内の雑事、雑用を手伝い、その構造と指揮系統を熟知していく。
ヒトに紛れる術、路傍の石と見なされる術にバートンは習熟している。
隠れる必要はない。だれかの顔見知り、とるに足らない存在、いま注意すべき存在でなくなればいいだけのことだ。
物語の背景に溶け込む重要ではない他者。
だれにとっても、の。
一晩を院内で明かした。
さすがに当直だった僧たちの疲労は濃い。
交代制。
望んでいた展開だ。
バートンは夜明け、要員交代間際を狙う。
食料搬入の仕事を率先する。
割り振られた仕事に、あまり熱心ではない人間はどんな組織にも必ず一定の割合でいる。
格下と見られがちな仕事ならなおのことだ。
運ぶだけ、片づけるだけ。
どうでもいいような後始末をするだけ。
そう思われがちな仕事だ。
特別な能力も才能も必要ないと思われがちの仕事。
だが、だれかが、やらなければならない仕事。
相手の苦労をねぎらい、交代を持ちかける。
顔色が悪いんじゃないのか? そうじゃないかい? そうだろう? 少し休んだほうがいい。
これはわしが運んでおくから。
一度きりのことだ。
オマエさんは働き過ぎだ。
だれも知らなくてもわしは知っとるよ。
職務への義務感という天秤が、バートンが言葉を積むたびに傾いてゆく。
相手の『自分はもっと評価されていい』という欲求は『だからコイツの言う通り休んでいい』という自己正当化へ容易に結びつく。
これがバートンの戦い方だ。
労せずして、地下施設に入り込む。
武器も帯びず、異能者でもない。ちょっとばかり親切な、くたびれたじいさんだ。物資搬入担当の男が体調を崩した。
それは後で調べてもわかる。
本人が自己正当化するために、そう言うからだ。
さて、とバートンは思う。
あとは話のわかる人間を捕まえなくてはならない。
いや、と訂正する。
責任のある立場、かつ、アシュレを知己とし、さらに取引に応じることのできる人間を見抜き“捕まらなくては”ならない。
生きて、現状を伝達しなければ。
びり、と地下通路の空気が小さく震えた。
儀式開始から丸六日目の朝のことだ。
※
「どうもカテル島近海に夜魔の艦艇が一隻、特殊な結界で身を隠したまま潜んでいるみたいだね。ザベル氏を片腕にした上級夜魔級の能力者が最低あとひとりはいる。大型の拠点攻撃用異能を使用してくる可能性が非常に高いよ」
ノーマンはイズマによって捕らえられた月下騎士の尋問に立ち合った。
それは聞き取りというより拷問に近いもので、頭蓋に差し込んだ糸で操作し口を割らせる、およそ人道を外れた行いだった。
夜魔の口を割らせるなど、尋常のことではない。
土蜘蛛のなかでもここまで卓越した使い手はそうはいない。
イズマの積んできた経験と歩んできた道のりの険しさ、そして土蜘蛛たちの社会の闇をまざまざと見せつけられる思いだった。
月下騎士は苦悶の果てに情報を吐かされ、火刑になった。
あまりにも鮮やかで躊躇いのないイズマの所業だった。
なるほど土蜘蛛の本性をうかがわせる手慣れた所作。
だが、イズマの見せたその悪逆非道とも思われる行いを見てさえ、ノーマンの精神にゆらぎはない。
カテル病院騎士団は異教徒や夜魔だけでなく、医療集団として病魔とも闘い続けてきた集団である。
人体学の習得と、その実践――すなわち解剖や外科手術はことカテル病院騎士団に関するかぎり、必須条件であった。
顔色ひとつ変えず、イズマの報告を聞き、ノーマンは言った。
「なぜ、初手で仕掛けなかったのだろうな」
「夜魔たちだってバカじゃない。仕込みに時間のかかる拠点攻撃用の異能を準備している間に、アシュレの〈シヴニール〉みたいので狙撃されたら、完全にオシマイだって知っているのさ。
強い《スピンドル》能力を励起させるということは、それだけ強大なエネルギーが集中するってことでしょ? 嫌でも位置がわかっちゃう。
相手に長射程攻撃や、転移、飛行能力があると、その行使準備の間、使用者は無防備になってしまうんだ。
だから、運用には慎重なんだよ」
月齢や星の運行に縛られるし、なにより《スピンドル》が最大励起できる場所じゃなければならない。
今回の場合だとカテル島の周囲の海域――たぶん、一ギトレル以内にいなけりゃならない。
「たとえば、ボクちんの《クローリング・インフェルノ》は術者が地面に触れて誘導しなくちゃだめなんだ。
拠点攻撃型の異能の多くは、どんなに早くても半刻、下手すりゃ一日がかりの準備が必要。
こちらの手が読めないのに、そんな危ない判断はしないよ。
それに奴らは今回の侵攻、勝つ気でいた。
いや、もしかしたら、まだそうかも。
狩りを楽しみに来た連中が、狩り場を荒らしたりはしないだろ?」
ふ、と小馬鹿にするようにイズマが笑う。
それは夜魔たちに対してだけではなく、ノーマンたちカテル病院騎士団に対して浴びせられた嘲笑のように感じられた。
「実際、ボクちんたちがいなかったら、けっこう危なかったと思わないかい?」とはイズマも訊かなかった。
ただ、ノーマンに思考を促すような視線を投げかけただけだ。
ちり、とその無言の揶揄がノーマンの勘に障った。
ノーマンはいぶかしく思う。
たしかにイズマは能天気で耳を疑うような発言と目を疑うような行動をとりがちだ。
だが、このように他者の尊厳に安易に触れるような態度をとるような男ではない。
そうノーマンはイズマを評価していた。
自らの窮状を笑いに変えてしまうことはあっても、他者の窮状を笑いものにするような男ではなかった、と。
他の団員を部屋から出しておいてよかった。
そうノーマンは思い、しかし、その疑念を口には出さなかった。
朴念仁を通す。
少なくともイズマの分析は正しかった。
もし、カテル病院騎士団員たちだけでことに当たっていたなら、この侵攻は夜魔側の圧勝に終わっていた可能性があった。
事実、アシュレたちの加勢があったにも関わらず、能力者のうちひとりが命を奪われ、二名の重傷者のうちひとりは騎士団長:ザベルザフトだ。
その左腕はもう戻ってこない。
完全に失われた器官を再生させることは、高位の異能者にとっても自らの身体部位を代償とするほど危険な治療行為なのだ。
さらに衛星都市:ラダコーナに至っては陥落は免れなかっただろう。
夜魔の下僕と化した住民たちに月下騎士団の猛威が加われば、急派した二名の《スピンドル》能力者たちが持ちこたえられたかどうか。
正直に言って確信がない。
戦力分散の愚を犯すことになるからといって、時刻とともに戦力を増強していく夜魔を放置しておくわけにはいかない。
いかなかった。
苦渋の選択だ。
過去にない夜魔たちの組織的行動が背景にはあった。
その窮地を救ったのはイズマの活躍だ。
そして、今回の交戦での最大戦果はアシュレとシオンのふたりによるものだ。
だが、ノーマンは現実を認めてなお、戦う。それが騎士だ。
過程はともかく、現在、敵勢力が相当に消耗・疲弊していることは間違いない。
必ず押し返せるとノーマンは確信していた。仇討ちの機会は必ず巡ってくるし、それはそう遠いことではない。
むしろ、ノーマンは別勢力の動きを警戒していた。
例えば土蜘蛛の。
勝てる、勝機がある、と意識が固まりつつあるときほど、不意に突き込まれる横槍は効果的に働くからだ。
「アシュレとシオン殿下が二匹、我々が一匹、貴君たちの協力でまた一匹。
下僕に関してはほとんど撲滅した。
これは数千から一万の軍団に匹敵する通常戦力を全滅させたのと同義と見なされる戦果だ。
夜魔たちの戦力も無尽蔵ではない。
相当な痛手のはずだ。
それでもまだ、奴らは諦めていない、と貴君は言うのか」
違和感があった。
だからノーマンは捕虜を連れ帰ったイズマに対し「貴君」と呼びかけた。
どうも、行動の端々に現れるとげとげしさが引っかかっていた。
「諦めてなんかいないさ。と、いうか諦めるわけがない。
相手は人類を家畜や獲物と見なしている連中なんだよ?
そいつらに追い詰められて、そのままにしておけるほど奴らのプライドは安くないさ。
やつらは、ボクちんたちとその家畜くんたちが共闘していることを知ったんだ。次は死に物狂いで来るさ……それに、もしかしたらデカイ切り札を、まだ持っているかも、だし?」
共闘者であるカテル病院騎士団を指して家畜、と呼んだことをイズマは気にも留めていない様子だった。
だが、ノーマンはまたも言及を控えた。
イズマは自らの推論を続ける。
「もし、洋上で待機している連中が仕掛けてくるなら、それが失敗に終わった瞬間だろうね。それも、替えの効かない相手の重要器官を狙いすまして。つまり、ここを突き止めてから、だろうね」
そうイズマは自説を締めくくった。
「シオン殿下の意見が聞きたいところだな」
カテル市を襲った上級夜魔:ヴァイツは騎士団長:ザベルの左腕を奪っていった。
もう数秒留まっていたなら、腕だけでなくザベルの首級を取れていたかもしれない。
それなのに即座に撤退した。
いかに間に新手の能力者――ジゼルとラーンが立ち塞がったからといって、引き際があまりに潔すぎた。
目的は果たしたと言わんばかりだ。
報告を受けたノーマンはそこも引っかかっていた。
「それよか、法王庁の特使さんたち――ジゼルテレジアちゃんに、ベネストス枢機卿だっけ? 陽のあるうちに退避勧告したほうがいいんじゃない? この海域から逃れれば波だって大したことないし」
イズマが政治的な判断を口にした。
ノーマンはその隠された意図に気がつき、口を歪めて笑った。
「法王庁特使を餌に使え、というのか?」
「? ノーマンのいうことが、ボクちんにはよくわかんないなあ? カテルに留まるのは純粋に危なくない? それにこれ以上、要人警護に割く人員なんてカテル島にはないでしょう?」
いつもの軽薄な笑みに悪意が乗って、酷薄なものとなっている。
つまりイズマはこう言っているのだ。
夜魔の艦艇が陣取っているであろう海域に、法王庁の使節を漕ぎ出させて強行偵察に替えてしまえ、と。
それはチェス・サーヴィスでいうなら、堅固に固められた敵の城塞に自滅覚悟でクィーンを突撃させ、突破口を切り開くようなものだ。
たしかに昨夜、法王庁の特使たちはカテル側について戦った。
イクス教徒として、また人類として当然の態度であったかもしれないが、それはイコール味方となったということと同義ではない。
戦場で一時的に手を取り合えても、属する集団の信ずるところが別である以上、胸襟を開いてわかり合うというわけにはいかないのだ。
国家に真の友人はいない。
それが外交の本質であり鉄則だ。
だが、それでもなお口にすることを憚れるような考えというものはある。
為政者には、ときに必要なセンスであったとしても、だ。
そして、イズマの提案は恐ろしく魅力的ではあった。
夜魔たちが反応すれば悪くても双方の戦力を減じ、場合によっては援護・救出を大儀にこれを同時に(巻き添えとして)屠ることができる。
夜魔の災禍に襲われた場合、友軍を巻き添えにしてでも殲滅すべし、とは他ならぬエクストラム聖堂騎士団の訓示だ。
禍根を残さぬ最適な処置かもしれない。
夜魔側からの反応がなければ、それはそれでよかった。
政治的判断においてもっとも重要な時間的猶予を稼ぐことができ、あわよくば儀式の終了にこぎ着けられる。
ダシュカマリエが復帰すれば、政治的落とし所を作り出すことは比較的容易だ。
処置を終えたイリスとアシュレを一時的にでもイズマの転移で移送すれば、法王庁が食い下がってきても揉み消せる。
いくら状況証拠を積み重ねたところで、決定的な証拠がないのだから。
ここはエクストラム法王庁ではない。
独立自治権を持つ、それも西方世界最強の宗教騎士団の本拠地だ。
いくら「緋衣の君主」と徒名される枢機卿といっても、好き勝手に振る舞うことはできない。
権威で上回っていても、真に最強の、文字通り問答無用の権力である暴力はカテル側に分がある。
武人の判断力や生死観にラーンベルトが疎ければ、話はそうではないかもしれないが、還暦を目の前に現役を努め続ける男だ。
昨夜、自ら前線に飛び込んだ気骨を見るにつけ、その意味は充分に理解しているであろう。
そしてなにより、カテル側からその提案をするだけで、相手は「判断」を迫られる。
公式の打診であればなののことだ。
直後に使節の下級構成員たちにそれを流布しておけば完璧だ。
宗教的な結びつきがあったとしても組織は、しょせん一枚岩ではいられない。
危険な戦場から自分たちだけは安全に退去できるという道を示されているのに、それを選択しない上層部を彼ら下級構成員たちがどう「判断」するか。
常に戦地とともにあるカテル病院騎士団のような結束が、彼らにもあるものかどうか。
祖国を遠く離れた異郷の地で、予期せぬ脅威・惨劇の夜に遭遇した彼らの心中が、ノーマンには手に取るようにわかる。
恐れを知らぬことと、恐れを克服することのできる者の間には大きな違いがある。
ノーマンは後者だった。
それを『問え』とイズマは言っているのだ。
「なるほど……貴君の主張はもっともだ」
騎士団長:ザベルザフトの負傷に際し、ノーマンは非公式ながら一時的な前線指揮権を預かっていた。
公式の発布、最終承認はザベルがその名において行うものの、戦時における判断を一任されたのだ。
そして、ノーマンはイズマの提案を採用する。
「へえ、話が判るじゃん、カテル病院騎士」
イズマが感心したようにつぶやいた。
ノーマンが視線を向ける。
男ふたりの間で、目に見えぬ火花が散ったように感じられた。
さっそく公式の書類が作られた。
格上にあたる法王庁への退避勧告を告げる書類だ。
署名・捺印だけはザベルが行わなければならない。
使者が走った。
そこまでしてから、ノーマンはイズマに向き直った。
「それにしても、月下騎士団だけではない――土蜘蛛の凶手まで捕らえて手駒に加えるとは……大した手腕だな。仲間を救ってもらった恩義もある。礼を述べさせてもらおう」
遅ればせながらノーマンが言った。
それにイズマは笑みを作って応じた。
「いいって、いいって、ボクちんたち、仲間でしょ、仲間」
土蜘蛛版のチェス・サーヴィスみたいなゲームがあってね。
取った敵の駒を自分の手駒に使えるのさ、とひとくさりし、ひらひらと手を振って見せるその態度は、いつものイズマのようだ。
「夜魔の首領の動向について、シオン殿下と対策を協議したい。貴君、昨夜どころか数日前から働きづめだろう? それまでわずかだが、休息を取ったらどうだ? 連絡は、この使い魔――カーミラを通して、わたしがつけておこう」
んー、とイズマはノーマンの申し出にそっけなく伸びをしながら答えた。
「そーさせてもらおうかねー。じつはここ数週間、あれこれ策を巡らせててさー。身体が凝っちゃってしかたないんだよねー。お言葉に甘えちゃおうかなー」
旧交を温めたいしね、と顎をしゃくると部屋の入り口に待機するエレを指した。
エレの瞳は虚ろで、イズマに生気の感じられない笑みを送るだけだ。
肉体、精神にいたるまで完全にイズマの掌握下にあるように思える。
なるほど、とノーマンは頷く。
その意味するところはわかる、というジェスチャーだった。
「マッサージを頼むことにするよ。個室を一部屋借りるから、なんかあったら呼んで」
こっちでよかったっんだっけ? そう言いながらエレの肩を抱きイズマが向かった空き部屋は、昨夜戦死した上級騎士のものだ。
戦時であるから簡易だが、そのベッドには喪章が飾られているはずだ。
遺体は、ない。
夜魔との交戦で死んだ人間は、必ず荼毘に伏される。
生き残ったパートナーが自らの手で同僚を燃やしたのだ。
灰すら残らなかった。
そこに虜囚とした女を引き連れて籠ることが、なにを意味するかは明白だった。
表面的にはイズマのいつもの奇行に見えた。
だが、ノーマンは違和感がはっきりとした疑念となってカタチを得るのを感じた。
アシュレとシオンをどう立ち回らせるか、ここが正念場だった。
そうすべく行動を起した。




