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■第三三夜:扉の向こう側へ


「そういうことであれば、我らも扉の守を立てたい」


 法王庁側の対応を受けたアシュレの申し出に、またも聖騎士パラディン勢が色めき立ったが、法王本人から厳しくたしなめられた手前、そのどよめきは明確な言葉にはならなかった。


 が、自分たちの驚きと動揺がまだまだ序の口であることを、人類圏の者どもは直後に思い知ることになる。

 驚愕というものは、その後に続いた事件のことを言うのだ。


「こちらが守を立てたのであるから、それが平等というものでしょう。そのようになさいませ」

「ではお言葉の通りに。シオン、頼むよ」

「承知した」


 アシュレの呼びかけに応え現れた者の姿を見たとき、竜の襲来を受けてさえ臆することなく応戦に駆けつけた法王庁の勇者たちが、完全に言葉を無くし沈黙した。

 静寂しじまと言うには、あまりに強大な感情を内包した沈黙。


 これは、と漏らしたのは法王本人であった。


「シオンザフィル。シオンザフィル・イオテ・ベリオーニ。ガイゼルロンの大公息女……」


 “叛逆のいばら姫”。

 夜魔の姫が冠するふたつ名を呼んだ法王に対し、シオンは咲き誇るような微笑みを持って返した。

 

「我がふたつ名をご存知とは、さすがにエクストラム法王庁の頂点に座られる方だけはある」

「まさか聖騎士パラディン:バラージェの討伐対象であったはずのあなたが直接ここに乗り込んでこられるとは……いまだ第一級の神敵認定は覆ってはおりませんよ」

「たしかに我と法王猊下、加えて聖堂騎士団の面々にあられては、多少の遺恨もある間がらではあったな。が、それも昔のこと。いまはそのような過去のしがらみに囚われているときではない」


 優雅とも言える振る舞いで周囲を睥睨しながら、シオンが夜魔の貴族の礼を披露した。


「では改めて名乗らせてもらおう。我こそは“叛逆のいばら姫”:シオンザフィル。シオンザフィル・イオテ・ベリオーニ・ガイゼルロン。人類との共存のため推参つかまつった」


 おお、とも、うむう、ともつかないうめきがそのやりとりを見ていた周囲の騎士たち衛兵たちの間から漏れた。


 無理もないことだ。

 ガイゼルロンといえばいま人類圏への大侵攻をしかけてきている夜魔の首魁:スカルベリの家の名であり、レダマリアの呟きが真であるならば彼女はスカルベリの息女、夜魔の大公にして真祖の娘なのだ。

 聖騎士パラディンたちのなかには聖遺物監理課秘蔵の禁書のなかに、その姿形と名前とを認めた者もすくなからずいるであろう。


「馬鹿な、ここは法王庁の最深部。夜魔の血脈がどうして入り込めた。結界が、魔を退ける結界が」

「さて不思議なこともあるものだ。以前は感じた頭痛や悪寒のようなものを今回はついぞ感じなかった。もっともそれ以前に、そなたらが聖遺物と呼ぶこの聖なる籠手:ハンズ・オブ・グローリーも我を主と真の主と認めてくれているし、なにより──見るが良い」


 言いながら夜魔の姫は己が佩剣を掲げて見せた。

 ザザザッ、と騎士たちが身構える。

 ヴン、と大剣は唸りを上げて燐光を纏う。


 その剣の正体について答えたのは、人類の側、ほかならぬ聖騎士パラディンたちであった。


「まさか、それは聖剣:ローズ・アブソリュート。伝説は本当だったというのか」

「人類圏の至宝、人理の守護の剣……」


 返せバケモノめ、といううめきがだれのものだったのかはわからない。


 しかし聴力に優れる夜魔の姫は、そのかすかな呪詛を聞き逃さなかった。

 

 よろしい、とアシュレの側に歩み寄り、扉の前に四騎士と並びながら頷いた。

 輝ける大剣を床に振り降ろす。

 突くには向いていない形状を持つ聖剣:ローズ・アブソリュートの刃はしかし、まるで泥土に杭を差し込むようにあまりに容易く、固い大理石の床に突き立った。


「ではだれでもよい。この剣を持ち帰ってみせよ、人類の側に」


 できるものであれば。

 事も無げに言ってシオンは四騎士の隣りに立った。


 果たして命を賭けて聖剣の奪還に挑む者は──現れなかった。


 いや居なくはなかったのだ。

 ただ夜魔の姫の挑発にそのような無謀を試そうとした者を、四騎士の男がたしなめたのだ。


「止すがいい。いまは夜魔の軍勢との決戦に備えるとき。貴君らの命は人類圏のために使うべきである」


 エクストラム法王庁に仕える最高位の騎士に言われ、聖騎士パラディンたちが押し黙った。

 いまこの場に顔を揃える騎士たちのうち何名かは確実に、聖騎士パラディン昇級試験の際、このウォレスと対峙している。

 彼は試験官であり、騎士たちの器を計る者である。


 その者が言外に言ったのだ。

 オマエたちでは無理だと。


 なによりエクストラム騎士の最高峰である自分自身が、眼前にあり夜魔の姫が返すと言い放った聖剣の奪還を試みなかった。


 冷静に、正確に、自らが聖剣に値しないことを認めたのである。

 であれはもはや異論を挟む余地などどこにもないことを、騎士たちは身を持って知っていた。


「さすがは人類圏最強・最精鋭を謳われる聖堂騎士団の騎士たちである。よく自らを知っているな」

「平時であればその言葉の意味を問い質し、事と次第によっては切り捨てるところではあるが……いまはそのときではない。この場は預けよう」


 口数すくない宗教騎士団の男が、低くシオンにだけ聞こえるように囁いた。

 シオンは小さく吹き出し、付け加えた。


「失礼な意味に聞こえたなら謝罪しよう。我ら夜魔は能力のあるなし、またその高さについて絶対的な評価を下すクセがある。いまの言葉、断じて皮肉ではないよ」

 

 そう聞こえたのであれば我が不徳の致すとことである。

 非を認めたシオンにちらり、とこれも一瞥だけを与えて四騎士の男は正面に目を向けた。

 もはや聖務以外眼中になし、という表情。

  

「では、バラージェ卿、今回の参陣に関する詳細な契約と公文章発行の件について詰めて参りましょう」


 四騎士と夜魔の姫、そして臣下たちとの間で交された緊迫感あるやり取りなど気にした様子もなく、レダマリア=女法王は自室のさらに奥にある極めて私的な空間へとアシュレを誘った。


「行ってくる」


 扉の守を買って出てくれた夜魔の姫にそう言い残し、ヒトの騎士は法王の後を追う。

 この契約が人間とそれ以外の人類たちの、共存への橋渡しとなってくれることを祈りながら。





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