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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:エピローグ・「星の通い路」
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■第二〇九夜:在り方は謎めいて


         ※


「結局……一部残ってしまったのだな」


 刑具の姿をした《フォーカス》から解き放たれた蛇の姫は、およそ百年ぶりになる己の姿をしげしげと眺めて感想を述べた。


 その眼前では驚愕と羞恥の表情を見られぬように深くうなだれ、四肢を地面についたアシュレが頽れている。


「これは結局なんだ……《意志》を振り絞ってみましたが、やはりこの美姫を完全に手放すのは惜しい、とアシュレ、そなたの心の奥底が想っている、という解釈で間違いないか?」

「いや、あの……それは……」

「まあ気持ちはわからなくもない。百年も囚われていたとは信じがたい美しさ。また我が戦隊には珍しい、深窓の令嬢というのがぴったりの……」

「あのスミマセン、シオンさん、胸が痛いので……」


 騎士としてはなんとも認めがたいところだが、シオンの指摘はおおよそのところ正解であろうと受け入れるしかないアシュレだ。


「ごめん、マーヤ……不完全だ」


 だが、ヒトの騎士の謝罪を受けた蛇の姫はとんでもない、と首を振った。


「装身具と思えば……これはむしろ美しい。我ら蛇の巫女の文化では愛する者から贈られたブローチや宝飾品は、こうして肌に直接縫い止めるのが文化。むしろこれはギフトでは?」

「は? 文……化?」

「我ら蛇の巫女は求愛を捧げられた男子に対し、己が肉体の一部を加工した宝飾品をその受諾の返答として贈るのがしきたり。そして男子はそのさらに返答として、選り抜きの宝飾品を贈る。姫君たちが捧げた欠損を補うものとしての、約束の品を」


 どこか夢見るように話してくれるマーヤの顔を、アシュレは呆然と見つめた。


「いまだ姫の肉体のそこここに深々と食い入る《フォーカス》のかけらたちは、その……つまり……貴公が、アシュレダウが姫を手放したくないと心の底で望んでくれているということで間違いないのだろ?」

「えっと、ああええまあ、おそらくは」


 曖昧に答えるしかないアシュレに対し、蛇の巫女はまるで愛の告白を受けたかのように頬を染め、両手で顔を覆った。


「マーヤ」

「うれしい」


 うれしいうれしいうれしい、となんども繰り返して呟くマーヤに、アシュレは驚かされるばかりだ。


「嫌、ではないの?」

「どうして?」


 隠していた美貌びぼうをあきらかにして、本当にわからないという表情で蛇の巫女は問い返しすらするのだ。


「どうして嫌だなどと? むしろ、むしろこれこそ姫の一番の望み。ああ、こんなこんな我がままが許されるなどと……」


 ぽろぽろと真珠のような涙をこぼしながら、蛇の姫はシオンを振り仰いだ。


「感謝する、夜魔の姫、シオンザフィル殿下。貴女はわたしの怒りに火を着けるふりをして、これまで呑み込んできた、決して叶わぬだろうと、いや決して叶えてはならぬだろうと押し込めてきた想いを、言葉にすることを許してくださった。そしてそれがまさか叶うなどと……」

「完全なカタチではないが」

「とんでもない。これでいい、いえこれがよいのです。蛇の女にとって愛は束縛。愛する男に奪われる自由こそ至上のもの」


 姫は、だから、これまで生きてきた人生のなかで、いまいちばんしあわせなのです。


 なんの陰りもなく心の底から発されたその言葉にアシュレは圧倒され、尻餅をついた格好のまま、かたわらのシオンを見上げた。

 特徴的な眉をついと持ち上げ、シオンが顎をしゃくって促した。

 いつまでこの美姫をこんな格好のままにさせておくつもりだ、というそれは合図だった。


 アシュレは慌ててマントでマーヤを包んでやる。

 いかに蛇の巫女たちが竜族に比肩し得る、強大な魔の氏族といえど百年に渡る拘束はマーヤの肉体から大きく力を奪っていた。

 痩せ細った手足は自立歩行を困難にしていた。

 それでも外観の美を保てているのは、彼女が歪められた女性と母性を《ねがい》によって練りつけられた蛇の巫女だからに過ぎない。


 アシュレは肉体を優しく包むと横抱きに抱え上げた。


「軽い……」

「あう、貴公、我が騎士殿。その、姫、恥ずかしい」


 恥じらいアシュレの首筋に顔を埋める蛇の姫からは、竜涎香にハーブを混ぜたような薫りがした。


「これがマーヤの薫り」

「あ、あの騎士殿、そ、そのようにあからさまに……シオンザフィル殿下が見ておられる。恥ずかしい」


 指摘され、アシュレは慌てて襟を正した。

 たしかにいきなり女性の体臭──いや《スピンドル》の薫りなのだが──嗅ぐのはどうしたって礼儀を欠いている。


「失礼」

「いや、ううん、嫌ではないのだ。ただ姫はその、なんというか一族でもかなり物おじしてしまう方で……こんなのすべてが初めてでどどど、どうすればいいのか」

「とりあえず帰ろう、アシュレ。マイヤティティス姫殿下も。我らの戦隊の基地ホーム、ベースキャンプへ」

 

 促すシオンに、マーヤは弾かれたように顔を上げて言い募った。


「そうだ、シオンザフィル殿下」

「なにかな、蛇の。わたしのことは今後はどうかシオンとだけ」

「いきなり愛称で? で、ではシオン殿下」

「なんだろうか?」

「その……不躾で失礼だが……殿下の肉体に潜り込んでいる《フォーカス》をいま一度見せてはもらえまいか」

「ジャグリ・ジャグラを? それは構わないが……むううまくいくか?」


 どういう話の流れか、アシュレは見守ることしかできない。

 シオンが胸を張って見せるが、先ほどはうまくいったものが、今回は出てこようとしない。


「おいアシュレ、頼む」

「え、ここでいま、ですか?」

「姫殿下のご要望だ」


 なにがどうなっているのかわからないが、アシュレはその申し出を渋々了承した。

 魔性の治具:ジャグリ・ジャグラは白化し、完全にアシュレのものとなったいまも、アシュレの《意志》に関わらず自動的にシオンの肉体を改変し続けている。

 アシュレからしてみればそれを他者に見せるのは、己の心の奥底にある不埒な望みを言い当てられているかのような、そういう居心地の悪さがあるのだ。


 しかし当のシオンにやれと言われたら、それはやるしかない。


 左手の前腕のあたりに指を滑らすと、びゅうと巻物スクロール状の竜皮が、書き込み指示をしやすい位置に現れる。


 これでアシュレはジャグリ・ジャグラに指示を与えて操る。

 触れれば感触もあり、光沢も材質もどう見ても竜の皮にしか感じられないが、これが自分たちの頭のなかにだけある概念状の存在でしかない。

 それはシオンのなかに潜り込んでいるジャグリ・ジャグラ本体もそうだ。


 人間の認知を操作する技術。

 そしてジャグリ・ジャグラ本体はつまるところ、アシュレたちこの世界の人類の体内に無数に入り込んでいる“接続子ハーネス”を励起させ存在を書き換える命令コードの群だ。 


 それは《御方》を通じ流し込まれた《ねがい》によって、魔の十一氏族がこの世に生まれ出でた秘事、そのダウンサイジング版なのだ。


 うんっ、とシオンが指を噛んで声を殺した。

 ぞぶぞぶぞぶ、と音を立て、シオンの肉体のそこかしこから潜航していたジャグリ・ジャグラが姿を現した。


 その姿をマーヤは食い入るように見つめる。

 それから言った。


「なんて優美な。美しい。そして……羨ましい」

「な、に? 蛇の姫よ、いまなんと言った?」

「嫉妬するほどに羨ましい。そう姫は思う」


 抗いがたい感覚に身を捩らせながら、シオンが問う。

 それに対する蛇の姫の返答は、アシュレたちの予想を超えるものだった。


「嫉妬する、だと。これを、か」

「さっきふたりは姫にこう言った。姫がこの《フォーカス》から完全に自由になれなかったのは、アシュレダウが姫のことを心の底では手放したくないと想ってくれているからだと」

「たしかに、そんなことを言ったが……」


 だとしたら、と蛇の姫は推論を続けた。


「だとしたら、シオン殿下のそれは……彼が、アシュレダウがシオン殿下を絶対に手放したくないという証拠にほかならない!」


 いきなり第三者に指弾され、たじろいたのはアシュレだけではなかった。


「ななああ、なななななーッ?!」

「まさか気付いてなかったのであるか? シオン殿下もアシュレダウも?! それはちょっと能天気が過ぎるというもの」

「まてまてまてまて、待つが良い。だってこれはジャグリ・ジャグラはそういう特性の《フォーカス》で!」

「白化していると言うのであれば、それは姫に食い入るこれと同じくすでにアシュレダウのものであるという証。それがこんなに大量に肉体の奥の奥まで潜り込んで、いまなお健在ということは……」

「なう?!」

「……これは……あのモノどもを抜き取ろうと試みられたことはあるのか、騎士殿?」

「えっ、いやそれは……なんども試したけど」

「すこしは除去できた? 姫のときのように?」


 いったいどうしてこうなった。

 アシュレとシオンは顔を見合わせた。

 図らずもふたりがふたりとも顔が真っ赤だ。


 アシュレはともかくシオンがこんな表情をするのは極めて珍しい。


「どうだ、外せたのか?」

「いえあのまったく……ダメでした」

「こ、これはすでにわたしの肉体に癒着しているからで……いやまさかそんな……」


 ふたりのやりとりを見た蛇の姫は唇を引き結び、キリキリと眉を吊り上げた。


「許せぬ!」

「わあ?!」

「なにいい?!」

「許せぬと姫は言ったのだ。そんなに深く所有してもらえているなんて……羨ましい、羨ましすぎる! 姫も! 姫も! アシュレダウ! こんな程度では許せぬ!」


 戻せ、もどせ、とエビのように腕のなかで飛び跳ね始めたマーヤを、アシュレは必死に押さえつけ、駆け出さなければならなかった。


 みんなの待つベースキャンプへ。


 もしいまあの刑具にふたたびマーヤを戻してしまったら、二度と解放してあげられない気がしたのだ。

 



ここまで燦然のソウルスピナをお読みくださりありがとございます!


さてここまで続けてきた第七話エピローグですが、ちょうどストックが尽きたのと、次の回からエピローグの最大の難所(エピローグに難所?)であるイリスベルダの居場所を探る場面になります!


なるべく早く続きをお届けするべく前進しますが、もしかしたらしばらくお待ちください?


その間にいいねとか押すと、おっさんの眉毛がびくく、とか動くようです!

どうぞよろしく!

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