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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:エピローグ・「星の通い路」
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■第二〇八夜:我は命じる



「その程度の想いなのか、とわたしは訊いているのだ、蛇の」


 諦めて己の境遇を受け入れるという蛇の姫に夜魔の姫がぶつけたのは、挑発的とも思えるような言葉だった。


「な、んだと」

「真にアシュレが愛しいと思うのであれば、四六時中ともにありたいと思うのが筋。それを恥だ外聞だと諦めてしまえる程度なのか、と問うたのだ。貴女の想いはその程度か」

「ちょっ、シオン?!」


 アシュレの制止も聞かず、シオンは今度は露骨にハッ、と鼻で笑った。

 こんなに嘲り方をするシオンをアシュレは初めて見た。


「我が美を前にして、そしてアシュレダウに心寄せるほかの女たちの想いに圧倒されて、己の境遇を受け入れることを認めたと、そういうわけだな蛇よ」

「なにをッ!」


 それまで穏やかだったマーヤの瞳が赤く変じた。

 シオンの物言いがあきらかに彼女の逆鱗に触れたのだ。


「姫は、姫はただ、アシュレダウとその戦隊のためを思い──あなたたちほかの女のためを思い、身を引いて、ここでせめて想いに浸れればそれで、」

「思い上がるな、蛇め。飲み水くらいなんとでもできるわ! 竜の聖域に湧く温泉を空輸することだってすでに可能だ。水源を確保できるのは貴様だけだと思うな!」

「どうしたんだシオン?! なんてことを言うんだ?!」


 ギリリリッ、とマーヤが歯を鳴らした。

 犬歯が……いや毒牙が現れ、蛇の巫女としての本性があらわになる。


「黙って聞いていれば言いたいことを言いたいように……ッ!」


 それでも言葉を呪詛には変えず、しかし激しい怒りをマーヤがあらわにした。

 それは押し殺し、飲み込んで、わずかな幸せで満足しようとした己自身の恋心の激しさ、その裏返しの発露であった。


「姫だって、できたら飛び込んで行きたい! アシュレダウのもとへ! いつだって愛されたい。制限なく制約なく……そのかいなに抱かれたい! でもでも、できないから、だからこうしてこんな寂しい場所で、ひとりで……たとえそれが器物に過ぎなくてもあのひとのモノであれば」


 先ほどとは別種の涙が蛇の姫の頬を流れ落ちていた。

 全身を縛する《フォーカス》がその肉体を戒め制限する。

 がしゃりがしゃり、と拘束具が鳴った。


 そしてその言葉を引き出したシオンの顔に浮かぶのは、どういうことか、穏やかな笑み。


「なにを嗤う! 姫を、姫を愚弄するか! 憐れむか、夜魔の!」


 噛みつかんばかりに喉を伸ばして吠えるマーヤに、シオンは一転、慈愛の笑みで語りかけた。


「言えたではないか、そなたの本心を」

「ッ?!」


 虚を突かれて蛇の姫は言葉を飲み込んだ。

 夜魔の姫は跪く。


「一緒にいたいのだろう、アシュレと」


 やさしく語りかけるシオンの言葉がすぐには理解できなかったのか、あるいは本心を暴かれたことから来る動揺からか、ぶるぶると震えてマーヤは荒い呼吸を繰り返し幾度も幾度もつばきを飲み込んだ。


「でも……でもできるはずがない。許されるはずがない。姫は汚れて、よごれて、」

「汚れている、というのがどういうことなのか定義がよくわからんが……たとえばこれはどうだ?」


 言うが早いかシオンは己のなかに潜む魔性の治具:ジャグリ・ジャグラの切っ先を突き出して見せた。

 痛みかそれ以外の感覚があるのか、うんっ、と小さな喘ぎがその唇から漏れる。


「これは……」

「いまでこそ白化しておとなしくなったが……これはとある土蜘蛛の姫巫女に突き込まれたものだ。人体を悪意を持って改変する《フォーカス》。わたしはこれを使って、さる夜魔の騎士に玩弄された。七日七晩休みなく絶え間なく。人前で、鏡の前で、その様子をつぶさに確認させられながら」

「七日七晩」

「太い鎖を結わえつけられ、抵抗も懇願こんがんも踏みにじられた。全身を淫靡な装飾品で飾り立てられ、とても口にできぬ場所をとても口にできぬ方法で玩弄された。もっともあれは……わたしに非があり、あの男がわたしに振るったものは暴力的でこそあれ愛だったが」


 もちろんその男とはアシュレダウではないぞ?

 その日々を思い出したのかすこし顔を上気させてシオンが告白した。


 ちらっと、一瞬だけアシュレのほうに視線を走らせたのは、アシュレのなかでいまも燻る消し去ることのできない嫉妬を確認したかったからかもしれない。

 挑発されているのは蛇の姫だけではなかったということだ。


「我が戦隊にいるのは、ほかにも大なり小なりわけありの女たちばかりだ。真騎士の……レーヴスラシスだけではないのか、そういう意味で純粋に『汚された経験』とやらがない、というのは?」


 あけすけすぎるシオンの言葉に、マーヤは完全に毒気を抜かれて夜魔の姫を見つめている。


「だがそんな汚れた……そなたの定義では隣りに立つ資格のないわたしに、我が主はご執心だ。むしろだからこそ愛してくれると、そう思うのはわたしの思い上がりか?」


 唐突に話を振られたアシュレは、しかし即答した。


「どうあれ関係ない。そんなことが理由じゃないよ、キミのことを想うのをやめられないのは」


 それ以上はどう答えていいのかわからず、アシュレはそっぽを向いた。

 そんなふたりの様子を見て、でも……という弱々しい反論をマーヤはした。


「でも、姫は……ふたりのようにはなれないと思う。ううん、そんなふうに強くは想ってもらえないだろうと、そういう意味で」


 ははは、とその自己否定を笑い飛ばしたのはまたもやシオンだった。


「夜魔の?! いまの笑いはどういう意味だ?!」

「案ずるな、と言っている。それはいま、そなたが置かれた状況がすでに杞憂であると証言している」

「いまの姫の状況?!」

「見るが良い、その白化した《フォーカス》を。がっちりそなたをくわえ込んで放そうとせぬではないか」

「?! でもそれはっ」

「聞かぬつもりだったが、聞こえてきたのでしかたがない、許せよ? 先ほどからそなたたちふたりが大声で話していたではないか。アシュレの心の奥深くに、姫を独占して束縛していたいという《ねがい》があるのだと」


 ボッ、と瞬間的にマーヤの頬が朱に染まり、さらにそれは顔全体に、そして耳朶までに伝播した。


「そ、それは」

「想われている、ということだ。すでにな」


 そんなめちゃくちゃな理屈があるだろうか、とアシュレは思った。

 でもどうしたら、と問いかけたマーヤにシオンは莞爾かんじと笑って見せた。


 それから告げた。

 叱咤するような強さで。


「アシュレッ、アシュレダウッ!」

「はいっ!」

「ならばその深層の《ねがい》より強くより深く想え! この姫と太陽の下で語り合うしあわせを。この娘──マイヤティティスに──真の恋と愛のなんたるかを教え込む名誉を想え!」

「!」


 シオンの号令にアシュレはすべてを理解した。


 わたしが見ていてやる、とシオンは言うのだ。

 《ねがい》を、いいや《意志》を研ぎ澄ませ、とそういうのだ。

 言葉にならぬ己の欲望のままにさせてはならない、と。

 曖昧模糊とした、そうであるがゆえに匿名の、だからこそ指摘を許さぬ卑怯な《ねがい》のままに、マーヤの束縛を許すなと。


 オマエの《意志》で彼女を解き放ち、その上で、自覚された思慕で縛り上げろとそういうのだ。


 オマエの責任にせよ、と。


 毎度のことながらとんでもないことを言い出すよ、ボクの一番のひとは。

 アシュレは苦笑して、そう思いながら《スピンドル》を励起させる。


 マーヤを自由にして、そのかわりに心を束縛することだけを、《意志》に命じながら。





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