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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:エピローグ・「星の通い路」
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■第二〇五夜:懺悔の時間


         ※


「シオン、キミに謝らなければならないことがあるんだ」

「女絡みだな?」


 切り出した途端に核心を言い当てられ、アシュレはたじろいた。

 ふー、と隣りのシオンが深くため息をつく。


 アシュレたちが幕舎を張る宮殿パレス前は、忙しそうな戦隊のメンバーたちでごった返している。


 急遽、汚泥ウーズの騎士たちとの親睦会が決まったのだ。

 キルシュとエステルによるお食事会で、汚泥ウーズの騎士たちとアシュレたち戦隊との間で一気に親睦を深めようという機運が高まったのだ。


 とはいっても戦隊の構成人数の五倍以上の規模を誇る汚泥ウーズの騎士たちに、一時に押し掛けられても困る。


 今回は王であるキュアザベインと選り抜きの精鋭数名という内容で落ち着いたが、賓客をもてなす料理を仕立てるアテルイ以下、真騎士の妹たちは調理に会場設営にとおおわらわだ。

 楽しげなのは、料理できればしあわせという希有な豚鬼王オークキング:ゴウルドベルド、ただひとりだ。


 真騎士の妹たちをまとめるレーヴだけは当然だが、キルシュとエステリンゼが汚泥ウーズの騎士たちから受けた仕打ちについて許容したわけではないようで、食肉用の鳥や果実の採取を手伝ったきり姿をくらませてしまった。


 そして祝宴の大規模な部分……座席やテーブルの製造など力仕事と工作はノーマンが、会の司会進行や給仕の礼儀作法や配膳のタイミング指導は、バラージェ家の執事であるバートンが担当する。

 このあたりはカテル病院騎士団筆頭と、小なりとはいえ古き貴族の名門であるバラージェ家の執事を長く務めたふたりだ。

 抜かりはない。



 土蜘蛛の姫巫女姉妹は地下帝国に赴き、汚泥ウーズの騎士たちの検疫を進めてくれているいる。

 彼ら自身に悪気がなくとも、地下世界にはどのような病魔が潜んでいるかわからない。

 そこからの来訪者となれば、これは必須事項だった。


 いまのところふたりからは、危険な病魔や寄生虫の報告はない。

 汚泥ウーズの騎士たち自身も不潔を好むわけでは決してないのだ。

 ただこれまでは種として練り浸けられた《ねがい》が、彼らにそう強いていただけで。

 キュアザベインの肉体を宿主とするウジたちも、取り込まれた腐肉を食し浄化するだけで、危険性はないとのことだった。

 消毒のための薬草酒の噴霧なども進んで受け入れてくれていると聞く。


 このあたりがスムーズに運んだのは、事前にキルシュとエステルが食事と歌と踊りを振る舞ってくれたところが大きい。

 あの体験をもう一度、いやこれから幾度も味わえるのか、という期待が汚泥ウーズの騎士たちの態度を軟化させていた。


 もとより彼らは自分たちの文化を、人間性の象徴として重要視してきた種だ。

 歌や踊り……そして美食、つまるところ文化の薫りについては極めて敏感であり、その摂取機会には貪欲であった。

 渇望されていたのである。

 

 そういうわけで宮殿パレスの前庭は、いまや戦時かと見まごうような喧騒に包まれていた。


 さて、その場面からどうして我らがアシュレは距離を取り、いや立ち去ろうとしていたのか。

 ただひとり、夜魔の姫:シオンだけを供として。


「なんで……その……女性関係だとわかったのかな?」

「そなたが困ったことになるのは相手が世界か、女だったときだけだ。そして世界が相手であれば謝った程度で済む話ではないし、そもそもそんな大事であれば胸を張ることはあっても、頭を下げたりはしまい。だとしたら結論はひとつだけだ」


 違うか?

 ジト目で問い詰められ、アシュレは斜めに傾いだ。


「図星、だな?」

「はい……」


 うなだれて反省を示すヒトの騎士を、シオンは両手を腰にやって眺めた。

 困ったものだ、と呟く。


「おおかた上水道……飲料水の関係だろう?」 

「うぐっ、的確……なぜそれを」

「我らが……わたしとスノウが件のバラの神殿の奥で可能性世界に囚われていたころの話は、アテルイから詳細な報告を受けている。アレは人間にはしておくのが惜しいほどの勤勉さで記録をつけてくれていた。数字に正確で私情を挟まぬレポートで情勢の把握に大いに助かった。ただ、」

「ただ?」

「そのなかで記述に曖昧な部分がいくつかあった。上水道の源泉の件、豚鬼王オークキング:ゴウルドベルドとの会敵かいてき時のこと、下水道と汚泥ウーズの騎士たちとの交戦に至る経緯。あと真騎士の妹たちと下水道でなにがあったのか」


 ギクギクギクッ、とアシュレは心臓に奇妙な拍動を感じた。

 不整脈、かな?


「ぜんぶ女絡みであろう?」


 やぶ蛇だった。

 自然に両手両膝を地面に突いてしまう。


 アシュレとしては、今回シオンに話そうと思っていたのは蛇の姫:マイヤティティス・ジャルジャジュールのことだけだった。

 決してやましい気持ちからのことではないが、真騎士の妹ふたり=キルシュとエステルのことについては他言すべきではないという判断がアシュレにはあった。


 保身のためでは断じてない。

 あんなことが露見したら、ふたりの将来はめちゃくちゃになってしまうからだ。

 そんなアシュレの葛藤を夜魔の姫は冷徹に見下ろした。


「真騎士の妹たち……キルシュローゼとエステリンゼのことは勘づいていた。露骨にそなたへ思慕を向けておるではないか。しかも距離感がおかしい。真騎士の乙女たちは自分の売り込み方をよく知っている。本当は相当に身持ちの固い種族なのだぞ。それがそなたには主を慕う子犬のようにじゃれて、肌を触れ合わせて、従者ですからと来たものだ。騎士さままではわかるが、兄さまときた。あれでなにかあったことに気がつかない女がいたら、見てみたいものだ」

「もうしわけ、ございません」

「しかし、だ」


 ふん、と頽れたアシュレに鼻息を吹きかけシオンが言った。


「それはもうよい。というか竜の聖域に出向くより以前、水着姿で件の海トカゲを始末する際に許したはずだ」


 意外過ぎる許しに、アシュレは信じられないという表情で面を上げた。


「そんな顔をするな。窮地きゅうちにあったふたりを、そなたは放っておくことができなかった。そして助ける過程で……なんらかの関係を結ばざるを得なかった。それが私欲に基づく不純なものであったなら、まだまだ未熟とは言え真騎士の乙女であるキルシュとエステルのふたりがそなたを兄と慕ったりしまい。むしろ逆で、わたしがそなたを責めたら庇いに飛び出してくるのではないか?」


 実際にその場面を見ていたのではないか、と思えるほど正確に事実を言い当てるシオンに、アシュレは驚愕するしかなかった。

 

「わたしを意地悪な姑役に仕立て上げたくないのであれば、キリキリ立つが良い」

「わかった。でも、どうしてそこまでわかるんだい?」


 促され立ち上がりながら、アシュレは訊いた。

 対するシオンの答えは極めてシンプルだった。


「聞いた。ふたりから。直接」

「えっ?!」

「レーヴとアスカリヤ殿下には許しを得たけれど、と前置きして膝をついて懺悔したのだ、ふたりから進んで、だぞ。わたしが謝れと促したわけではない。シオンザフィル殿下に申し上げなければならないことがあります、と」

「いつ?」

「竜の聖域からの帰還時、物資の支援でふたりが飛んで来ただろう? そのときに、だ」


 めまいがしてアシュレは倒れそうになった。

 知らなかったのだ、まったく。


「すがりついて懇願されたよ。悪いのはわたしたちふたりで、そなたは必死に戦い庇ってくれたと、ただただわたしたちを救うためだったと」

「キルシュ、エステル……」

「そのせいで恋をしてしまったと、想ってしまったと。もしこの想いを断ち切れと仰るなら、いまここで殺してくださいとまで言われた。そなたの一番であるわたしにはその権利があると」


 アシュレには息を呑むことしかできない。

 呆れたようにシオンは続けた。


「聖剣:ローズ・アブソリュートを前にして、ふたりは微動だにせず、揺らがぬ瞳でわたしを見上げていた。斬れるか、そんな娘たちを? 認めるしかなかったさ」

「ホントにごめん」

「そなた軽々しく謝るのはやめることだ。それはあの娘たちの本気を侮辱することだぞ。ふたりの思慕を知ってそれを受け入れると決めたなら、男は決して頭を下げてはならん」

「そうじゃなくて、きみに伝えるのがふたりより遅くなったことについてだよ。いの一番に伝えるべきだった。ボクの口から」


 ふうん、とシオンは目を細め、顎をしゃくってアシュレを見上げた。


「ふん、道理をわきまえた物言いだ。わかった謝罪を受け入れよう」

「申し訳ないことをした」

「ふたりのこと、大事にしてやるがよい」

「わかった。ただ、その、ボクはまだ彼女たちを自由にすることを諦めたわけじゃないんだ。竜の皇女:ウルドのこともそうだけれど」


 心からの決意をアシュレは話したはずだ。

 だが夜魔の姫はポカーンと口を開けて、呆れたことを示した。


「えっ、なんかボクいま変なことを言った?!」

「そなた、ほんとうに自覚がないのだな」

「どういうこと?!」

「女心がわかっていないというか……自分の自由のために戦ってくれる男にこそ、女は自由を奪われたいと強く想ってしまうものなのだと、なぜ理解せん? 自らの選択肢や尊厳のために命を賭けてくれる男にこそ、女は選択肢を奪われ、すべてを差し上げたいと感じるのだと……まだわからんのか? 罪深いというのはそういうところだ」


 ずばりと言い当てられ、アシュレは驚愕に目を見開いて固まった。

 その顔を凝視していたシオンが、我慢できないという様子で吹き出した。


「そ、な、た。それは反則だぞ、その顔!」

「ちょっとまってください、いまの笑うところ?!」


 理屈が理解できずにアシュレは頭を抱えてウロウロ歩くしかできなくなった。

 シオンがまた盛大にため息をつく。

 それから言った。


「で、」


 今度はどこの女だ?

 説明するより会ってもらったほうが早い、とアシュレはここでようやく気がついた。





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