■第二〇四夜:星を掴みとる者
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キュアザベインは成果を独り占めしなかった。
すぐに配下の者たちを呼び、自分と同じ手順で姫君たちから直接食事を受け取るように、ふたりの窮地をお救いするように、と命じた。
そしてそれはこれまでのところ大成功を収めている。
「まさか……こんな抜け道があったとは」
「誰かの食べさし……それってこの空中庭園ではゴミとして扱われていたんじゃないか、って気がついたのは、あのふたりだよ」
「盲点だったな」
「人類の王族も舞踏会やパーティーの料理はわざと大量に作り残して、施しとして市民に渡してやるのが慈善であると思ってるからね」
「ただこれは……」
「施し、ではない。なんとかみんなで食事できないか、とふたりが知恵を絞ってくれた結果さ」
アシュレは自らもサンドイッチを齧りながら言った。
ひとくち、ふたくち食べて、キュアザベインに渡す。
「さあ助けてくれ、友よ、キュアザ」
「オマエは食べきれるだろう、友よ、アシュレダウ」
「残念だけど、帰ったらパーティーなんだ。おなかを空かせておかなきゃならないんだ、頼むよ」
「ひどい友人もいたものだ」
言いながらキュアザベインはアシュレからのサンドイッチを受け取った。
むしゃりむしゃり、とわずか二口で食べきった。
「どうだい?」
「うまいな」
「じゃあ騎士たちも大喜びだ」
「それは……そうだろう。あれは要するにあのふたりの姫君と料理を介して接吻を交しているようなものだ。それは騎士であればだれでも熱狂する」
キュアザベインの解説に、アシュレはむせた。
胃の腑に収まりかけたパンのかけらが戻ってきた。
「どうした大丈夫か?」
「しまった、その発想はなかった」
なるほど視線の先ではキルシュとエステルを中心に、騎士たちが輪になって踊っている。
このやり方なら人間と変わらぬ食事を、自分たちも得ることができる。
なにより麗しの姫君たちと言葉を交すことも、触れ合うこともできる。
そしてその騎士たちからの大歓迎に、真騎士の妹たちはノリノリで応えていた。
そう彼女たちは希代の歌姫であり踊り手でもある──その血筋=真騎士の乙女なのだ。
自らがこれほどまでに求められているという事実に触れ、ふたりのなかの真騎士の血が励起したのだ。
汚泥の騎士たちが楽器を持ち出し伴奏が始まれば、即興の歌と踊りをふたりが披露する。
いったいどこの祝宴か、と見まごうばかりの喜びの連鎖がそこに生じ始めていた。
その様子を目を細め、感慨深げにキュアザベインは眺める。
「まさかこのような日が来るとは。しかしなぜだ、アシュレ。なぜ彼女たちは我々のためにここまでしてくれる」
まだ得心が行かない様子の汚泥の王にアシュレは苦笑した。
「キミたちにさらわれた直後、助け出したボクにふたりが教えてくれたんだ。キミや汚泥の騎士たちには見えるんだって。ボクらと同じ、英雄の輝きが」
「英雄の、輝き?」
「オーラみたいなもんだって言ってたナ。真騎士の乙女の特殊能力さ。彼女たちは容姿ではなくその輝きで相手を判断する」
「つまりそれが……彼女らの目に留まった、とそういうことなのか?」
「これも前に言わなかったっけ。キミたちが人間であれば、わからないよって。事実、ボクはキミのなかにそういう輝きを見出している」
「我が?」
「そうでなけりゃここまで信じないさ。ふたりを連れてくることもない。なにより友になんかなれるわけがない」
「では……まさか」
なにか思い当たったという顔のキュアザベインに、アシュレは指を突きつけて宣告した。
「うちの戦隊のだれひとりだって、捧げ物みたいなモノ扱いなんかさせやしない。キミたちのモノになどさせやしない。ただ……キミたちが人間に戻ったとき、あるいは戻れなかったとしても、それぞれが自然に惹かれ合って恋をするのは……しかたないんじゃないか」
「なん……だと……それは……そんなことがありえるのか、我らにも」
「ただし、ボクとキミが結論に辿り着くまでにあのふたりに限らず手を出したら、ボクが直々に滅ぼしてやるから憶えておけよ!」
ぐい、と指でキュアザベインの胸を突き、アシュレは凄みのある笑みを浮かべた。
それから彼の肩を抱くと、饗宴の様相を呈してきた舞台を見つめて言った。
「ヒトの騎士に戻ったとき、彼女たちから軽蔑されるような行いをするなって釘を刺しておいてくれ。そうじゃないとこの楽しくて美味なる宴も幻と消える。……世界のどこにも理想郷はないけれど、昨日よりも今日が、今日よりも明日が、すこしマシな世界になるようボクも頑張るから」
「星のように遠く儚い光だが──それだけにどんな宝石よりもまばゆく尊い」
「信じてみる価値、あるだろ?」
アシュレの問いかけに、不浄王は小さくだが頷いた。
「お前のその夢に賭けよう」
「おや、呼び方が変わったな。一歩前進だ」
「笑わせるな、こんな口先三寸で我の信頼を勝ち取ろうという男は、とんでもない詐欺師か、さもなければ星のように遠い望みさえ掴みとる真の英雄だけだ。いまはまだお前がどちらの側なのかわからないから、こう呼ぶしかないのだ」
「言ったな、このお。いいさ、見せてやる。実現して見せるとも」
だがなんにせよ、すこしずつなのは許してくれ、友よ。
そう言い置いて、その日のために、だれよりもまず自らが世界に挑んで行くと決めた男は、大きく伸びをして立ち上がった。
まだ彼には、その不条理から開放しなければならないヒトがいたのだ。
今回の更新短めですが、内容的には大変重要な部分でした。
明日明後日は土日ということで更新お休み頂いております。
どうぞよろしく。
このエピソード=エピローグはまだもうすこし続きます。
次は蛇の姫:マーヤのくだりです。
おたのしみに!




