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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:エピローグ・「星の通い路」
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■第二〇三夜:妹たちからの提案




「ボクがキミたちを人間に戻すという望みを持っていることを、前にも話したね?」

「ああ、それは聞いた。それこそ絵空事のような、だがだからこそ尊い夢だと我は思う」

「今回ボクが制圧した《御方》にはそのための設備と能力がある──まだ完全にその能力を調べ尽くしてないから断言はできないけれど──と言ったら?」

「なに?」

「キミたちを汚泥ウーズに変えたかもしれないからくり、その元凶を、ボクは今回、手中に収めたのかもしれないって言ったんだ」

「なん……だと」


 さすがの汚泥ウーズキングもこれには色を失った。

 しきりに瞬きを繰り返す。


「では、まさか……戻れると、そう言うのか?」

「調べてみないと断言できない。ただ、その調査にキミに立ち会ってもらいたいんだ、キュアザベイン。調べよう、ボクたちで。その方策はないのか、あるのか、ハッキリと突き詰めよう」


 絶句してキュアザが首を振った。

 信じられん、と。

 否定の意味ではなく、突如もたらされた希望が現実のことだとは理解できないという様子で。


「つまり……アシュレダウ、貴公は貴公が手に入れたこの世界の秘密、その中枢を我らと共有すると、そう言っているのだな? なにひとつ包み隠さず、我らとともに方策を模索すると、そう申し出てくれているのだな?」

「そうだ、我が友よ。最初からそう言っているんだ」


 顎に手をやる汚泥ウーズの王の手が震えていた。

 アシュレは迷いなく手を差し出す。

 驚いたように身を固くしたキュアザベインだったが、ヒトの騎士の真意に触れ、自らも右手を差し出し、これに応えた。


「でも、それにしたって時間はかかる。間違いなく。膨大な《ねがい》によって支払われた代価をボク自身が支払いきれるのか、そこも問題だしね。ひとりふたりを戻せたとして……その対価がどれほどのものなのか想像もできない」

「《フォーカス》はその効果に等しいだけの対価を要求する……」

「人間ひとりを組み換えるのにどれくらいのエネルギーが必要とされるのか、こればかりはやってみないとわからないんだ」

「つまり……貴公は我が身を危うくしてまで、我らを救いたいと言ってくれるのか?」

「言っておくけど捨て身とか、自己犠牲とかってことをボクはしないよ? ただ方策があるのなら、可能性があるのなら、考え続ける。どうにかしてそれを実現する方法があるはずだ。なぜなら、」

「我々はかつて、そうやってこの姿にされたのだから」

「そう、さすがだキュアザ」

「アシュレダウ、いやアシュレ、我はようやくオマエという男を理解できたらしい」

「あ、貴公からオマエになった」

「おっと失礼」

「いやそっちのほうがいい。志を共にする相手にいつまでも貴公とか、敬称で呼ばれたくはないもの」


 アシュレの軽口に、ふふ、とキュアザベインは笑った。


「わかった。委細承知した。我はこれよりオマエと運命を共にする」

「キュアザってちょっと大仰だよね。おおげさ」

「なにぃ? これでも我は王であるぞ?」


 はは、ははは、と快活な笑いが互いの喉から漏れ出た。

 種も違う、歳も何百年も違う騎士ふたりがまるで生まれたときからの親友のように笑い合う。

 その様子を不思議そうに見つめていたのは真騎士の妹たち……汚泥ウーズの騎士たちとは因縁浅からぬキルシュローゼとエステリンゼのふたりだった。


「ん、おお姫君たちではないか。どうしたアシュレ、なぜふたりを連れてきた?」


 かつてふたりをこの地下帝国へと連れ去ったのは、ほかでもないキュアザベインとその配下の騎士たちなのだがその言わば犠牲者であるふたりがアシュレの随伴として現れたことには、さすがの汚泥ウーズの王も理解の及ばぬところがあるようだった。


 なぜなら自分たち汚泥ウーズに対し、一番嫌悪感と恐怖を抱いていいるのはその脅威を実体験した当のふたり、キルシュとエステルにほかならなかったハズだからだ。


「じつは……ボクもまだ早いとは言ったんだけれど……どうしても試してみたいことがあるらしいんだ」

「試して、みたいこと?」


 うん、と頷いてアシュレはキュアザに計画を話した。


「食事? ともに? 我らと……あの姫君たちが?」

「うん。ボクとキミとが汚泥ウーズの騎士たちを人間に戻す試みを模索する間の話なんだ。ボクらの試みについてキミは納得して理解して協力してくれるものと疑わない、でも……」

「なるほど、すでにそこまで考えていたのかアシュレ」

「うん。だれしもが理想だけを夢見て歩いていけるわけじゃない。キミがそうであってもキミの配下の騎士たちまでもがそうだとは……限らない」


 そうだろ? とアシュレはキュアザの金色の瞳を覗き込んだ。

 言われるまでもない、と汚泥ウーズの王は頷いた。

 それは先ほど自分自身がアシュレに諭したことだ。

 ここは理想郷ではない、と。


「キミたちに会ったときからずっと考えていたんだ。キミたちはどんなものなら食べられるのかって……キュアザ、キミは言ったね? 我らは不浄のものしか口にできぬと」

「たしかに、たしかにそう伝えたな、アシュレ」

「その不浄のものってどういう定義なんだろうって、ずっと考えていたんだ」

「不浄のものの定義?」

「たとえば……すまない現実を直視して話をするね? 歯に衣は着せずに言う。排泄物や捨てられゴミとして扱われたもの。それが不浄の定義。どうかな?」


 なるほど、と腕組みし直してキュアザベインが頷いた。

 それは続けてくれというサインでもある。

 アシュレも同じく頷き返し、これに応じた。


「だからキミたちは……拉致したキルシュとエステルにあんな仕打ちをした。身体感覚を狂わせる《フォーカス》で……」


 びくく、と話題にされたふたりが向こうで飛び上がった。

 そちらを一瞥いちべつした不浄王は、わずかに頭を垂れた。


「性急だったと反省している。しかし、」

「わかっている。キミたちは追いつめられていた。飢えていて、種の存続も危うかった。ふたりが受けた行いを許すことはできないが、その件を責めに来たのではないし、それについてボクたちがキミたちを指弾することは今後もない。互いが良好な関係を築けていけるなら」

「それで?」


 話の要旨が掴めず、キュアザベインは焦れたように言った。

 まかせてくれ、とアシュレは請け負った。


「種の存続の話をいまここですることはできない。それはどちらかというとボクとキミとが行う《御方》を使った試みの方の課題だ。そうではなく、」

「あのっ、お、お食事の件で、なんとかならないかなって思って。思いついたことがあるっていうか」


 突撃するような勢いで真騎士の妹のうちのひとり:キルシュが話に割って入ってきた。

 驚いたようにキュアザベインの真球を描く瞳がそちらに動いた。

 首の位置は変わらず、体表を目だけが移動したのだ。


「ひゃっ」

「すまない。驚きのあまり身体操作を怠った。普段はなるべく意識しているのだが」


 人の仕草を真似るように。

 どこか寂寞とした口調で汚泥ウーズの王は付け加えた。


「そ、それはもしかして……ヒトであったことを忘れてしまうからですの?」


 遠巻きに距離を取ったままだが、問いかけたのは今度は真騎士の乙女のもうひとり:エステルだった。


「いかにも。いかにもそうだ」

「この……変わっているけど素晴らしい壁画や玉座……それから宝物で構築された貴方がたの骨格も……もしかしたらそのため?」


 汚泥ウーズの王に正対され、恐縮した様子でおずおずと問いかけるキルシュに、キュアザベインは目を見開いた。

 眼球がせり出したので間違いないだろう。


「そうだ。そのとおり……いや骨格はそう意識したからだとしか言えんが……そうか壁画や玉座、住まいも……たしかに我らがそれを求め、文化を失うことを恐れたのはそれが我々汚泥ウーズの民を人間・・として留めてくれる……存在証明アイデンティだったからなのかもしれぬ」


 いまさらながらに気がついた、とそういう様子で汚泥ウーズの王は自身の骨格を、玉座を、そして天を覆う大ドームに描かれた壁画をまじまじと見つめた。


「負うた子に教えられる、ということわざがあるが……いまのはまさにそれか」

「ヒトであることを、忘れたくなかったから?」


 問うたアシュレに、キュアザベインは絶句した。

 それから認めた。

 ああそうだ、我らが文化にしがみついたのは、それを失うことを恐れたのは、まさに。


「忘れたくなかったのだ」


 呆然として、汚泥ウーズの王は繰り返した。

 キルシュとエステルが互いに顔を見合わせ、硬いが確信に満ちた笑みを広げた。


「だったら、です」

「ご提案がありますの」


 交互にふたりが言う。


汚泥ウーズの……騎士さま? たち……そのいまから、わたしたちと」

「お茶会をなさいませんこと? あ、いえお茶は水筒のものしかございませんが、お食事はこちらのバスケットに」

「たーくさん詰めてきましたから!」


 どういうことだこれは、とキュアザベインがアシュレを振り返った。

 どうもこうも、とアシュレは肩をすくめて見せた。


「ボクが困ってたらふたりがやってきて、相談に乗ってくれたんだ。想像以上に良いアイディアだったから試そうと思ってね」

「試す?」

「してたろ、食事の話」

「アシュレダウ、これは遠回しな嫌がらせか? 伝えたはずだ、我らは──」


 詰め寄りかけたキュアザベインをアシュレは指を立てて制した。

 その背後ではバスケットを開いたふたりが、持参したサンドイッチをぱくり、と頬張った。

 どういうことだ。

 キュアザベインは思わずその姿を凝視する。


 だが事態は彼の考えのさらに上を悠々と飛び越えていく。

 

 歩み寄ってくる、姫君たちが。

 汚泥ウーズの騎士の首魁であるキュアザベインのもとに。

 彼女らと視線を合わせるためには、長身のキュアザは膝をつかねばならない。

 八本の脚を折り、騎士の膝立ちの姿勢めいてふたりと視線を合わせた汚泥ウーズの王に、真騎士の妹たちは震える手で、差し出した。


 いましがた自分たちがひと齧り分だけ口にしたサンドイッチを。


「これ、あの……」

「わ、わたくしたち、いま摂生ダイエット中ですの。よ、よろしかったら騎士さま、お食べになってくださいまし」

「た、助けて欲しいな。こんなにたくさんは食べられないんだけど、全部の味を食べたいの。そうでないなら捨てなくちゃならなくなる」


 演技指導が徹底されていない棒読みのセリフ。


 キュアザベインは食べさしを差し出す姫君ふたりを見、差し出された見事な、しかしどちらも一口分くっきりした歯形に噛み取られたサンドイッチを見、そしてふたりの言のとおり、少女たちが食べきれないほどの量と種類が詰め込まれたバスケットの中身を凝視した。


 それから言った。


「お助けする、我が、おふたりを?」

「お願いできる?」

「助けてくださいます?」


 訳がわからない、とキュアザが開けた口に、意を決したキルシュがサンドイッチを突き込んだ。

 続けてエステルが。


 アシュレは汚泥ウーズの王が目を白黒させるのを初めて見た。







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