■第一九八夜:鎖は白く、肌(はだえ)は朱けに
「えっとですねえ。つまりアシュレくんは自分に打ち込まれた杭と縛鎖を逆手に取って《御方》を制圧したワケです。いろいろ苦難はあったけど、《魂のちから》で敵を圧倒したと。それは大成功だった」
おうそうであるな、とイズマの上でシオンが顎をしゃくった。
「それがなぜウルド殿下に結わえつけられた縛鎖の白化と繋がるのか?」
「姫ェ、今日はなんかせっかちじゃないです? もしかしてあの日? イダダダダダダダッ?!」
「ねえイズマもシオンも頼むから話を前に進めてくれないかな。その……ウルドが限界っぽいんだ」
まるで喜劇のようなやり取りを続けていたイズマとシオンとが、器用に互いを覗き込む。
だそうですよ、へらら、と笑うイズマ。
その軽薄極まる笑顔からしかめっ面で目を逸らしながら、シオンが大幅に束縛を緩めた。
「ヒュー、助かったぜ、アシュレくん。あんがとね!」
「それより説明を早く」
「うんそれだ。《御方》を圧倒して制圧したってことは、つまるところアシュレくんは《御方》のシステムを個人適合化したってことなんですよ。えっとこれは《フォーカス》と、その試練に打ち勝った状態だと思えば間違いない?」
「えっ?! 《フォーカス》と同じ? 同じって言った?」
「言わなかったけ? 《フォーカス》って《御方》の備品なんだよ、もともとが」
「それはすでに知っていたケド……まさか《御方》本体まで……」
「そりゃ同じ規格で動くんだもの。《フォーカス》と《御方》の間にある導線はボクちんたちが《スピンドル導線》と呼ぶエネルギーラインと同じものだし、それを通じて各部に命令を伝達する《御方》は《フォーカス》の親玉と言えないこともないわけさ。まあ《御方》を制御してる内部構造物である《星狩りの手》は半端じゃねえ複雑さなんですが、それも《魂》が相手じゃあなあ」
つまり、だ。
イズマは首だけアシュレの方を向いて告げた。
「つまり、あのときのキミはその導線を縛鎖を通じて繋げ合わせていたわけだね、《御方》と。まあ向こうはキミを制圧する気満々だったようだけど、そうは問屋が卸さなかった。ボクちんたちの策と反攻のほうが上手だったからネ? 《魂》が放つエネルギーの奔流を受け消し飛んだ。アレを《御方》の想念と呼んでいいなら。キミに突き込んだ直結用のケーブルはその導線になって同じく蒸散した」
「でもだったらなぜ?」
ウルドの縛鎖だけが残って、白化してしまったんだろう。
アシュレの呟きに似た問いかけを、イズマは聞き逃さなかった。
口をヘの字に曲げて、呆れたことを露骨に示した。
「察しが悪ィなあ」
「察し?」
「つまるところチミは《御方》を制圧して、ただの《フォーカス》同然にしちまったんだ。その内部に眠る複数の竜玉まで含めてネ? で当然、そのとき《御方》に接続されていたオプションとしての《フォーカス》の名義も、キミに書き替わった。だけどキミがケーブル越しに標的にしたのは《御方》本体だから、ほかの部分への影響は減衰するのが当然だ。だから影響は受けても消滅には至らず、しかし《スピンドル》や《ねがい》を超える強力な《魂》の《伝達》を受けて個人適合化が一瞬で進行、固定化された。すると……どうなる?」
「えっ?」
一瞬なにを言われたのかわからず、アシュレはイズマを凝視した。
いや正確には言われたことは、すぐにわかった。
わかったのだ、
ただそれをすぐにも「応、了解」と受け止める心の準備がアシュレにはなかったのだ。
なぜってそれはつまり、
「じゃあまさか……この縛鎖の持ち主はいまボクなのか……ウルドを縛りつけているこの……鎖は……」
あうっ、とその瞬間、ウルドの身体が跳ねた。
縛鎖に軽く触れただけのアシュレの指の感触が、衝撃に変換され伝達されたのだ。
ウルドは息も絶え絶えで、もはや抵抗する術すらなく、アシュレにすがりついて許しを乞うしかできないらしい。
「お、ねがいだ、触れないで、もう触れないでくれ……これ以上おかしくしないで、くれ。後生だ」
目に涙をいっぱいに溜め、哀願するようにウルドが言う。
さあ、と自分でも血の気が引くのがわかった。
「まて。まってくれ、これは、それは、そんなのはいくらなんでも……」
「ガッチャ!、ってやつ? まーいーんじゃねーすか、なんかまんざらでもないんでしょウルドちゃんも? それにしても竜の姫君まで我がモノにしちゃうなんて、いーけないんだ、アシュレくんたらホントにスケこま──イダダダダダダダッ! イダダダダダダダダダダダだッ! 姫、姫なぜっ、いまボクちんめちゃくちゃ分かりやすく説明した、したじゃないですかっ?!」
「バカもーん、ウルド殿下の心中を察さぬか! つまりいまあの縛鎖の主はアシュレだということだろう? ではそれを解除するにはどうすればいいのかと問うておるのだ我らは! この馬鹿たれめが!」
「いやだからそれは前も言ったけど、無理! 無理なんですって! アレは白化してしまったら最後……対象ごと破壊するつもりで焼き切らなきゃ外れねーんだってば。それを直で実行したアシュレくんが《御方》をどうしたか、どうなったかを見たらわかるでショ?! しかも今回の個人適合化は《魂》で認証されたんだ。世界にひとつしかない超エネルギーで固定化されたんです、解除は事実上永久に不可能!」
すうっ、と絶望に息を呑む音が一瞬、場を支配した。
ひとりはアシュレ。
もうひとつはシオンのものだった。
「ということは……なにか……ウルド殿下は」
「だーかーら、さっきから言ってるでしょ! もう完全にアシュレくんのもんなんです。つかウルド殿下はいままでは竜玉なしでムリクリ竜化してたわけだけど、今後は複数の竜玉とアシュレくんの《ちから》を借りてより強大な姿になれるわけで、悪いことばかりじゃないってイダダダダダダダッ?!」
くらり、とウルドが気絶した。
アシュレは慌てて抱き止める。
ぎっしぎっしとイズマを背上からシオンが容赦なく責めた。
「折れる折れる、折れちゃうって姫! なんでどうしてそんなに怒るのッ?!」
「バッカモーン、わたしは怒ってなどおらぬ! ウルド殿下の心中を思い、猛り狂っておるのだ!」
「猛り狂う、は激しく怒ることコトの言い換えデスヨネ?!」
逆関節をキメ締め上げるシオンと、その猛攻に泣かされるイズマの阿鼻叫喚の時間無制限デスマッチがはじまった。
もっとも一方的に攻めているのはシオンなのだが。
「ウルド……ウルドごめんよ。こんな、こんなことになるなんて……くそう、ボクがもうすこし注意深ければ……」
狂乱のビッグマッチを横目に、アシュレはくったりと身体を預けてくるウルドに謝罪した。
聞こえているかどうかは問題ではない。
なんとか問題を解決して彼女を自由にしなければ、という使命感が彼を突き動かしていた。
「イズマはああ言ったけれど……きっとなにかやり方があるはずだ。この縛鎖が《フォーカス》だというのであれば、言うことを聞かせるための方策がきっとあるはずなんだ。これらは神器でもなんでもない、人類が造り上げた道具に過ぎないんだから」
言い含めるように告げたアシュレに、ウルドはうっすらと目を開いて問うた。
「ひとつだけきかせてくれ」と震える唇が動いた。
いいとも、と答えたアシュレは、続く言葉に呼吸が止まった。
「貴様は……オマエは嫌か? その……我を所有することは嫌だと、そう言っているのか」
「?! な、んて言ったの、ウルド」
アシュレは絶句した。
なにを言われたのか、こんどこそ理解出来ずに。
そんなヒトの騎士の驚愕を見たウルドは、物憂げに続けた。
いつも燦然のソウルスピナをお読みくださりありがとうございます。
本作は基本的に作者の手元に原稿がある限り、土日祝を除く平日に更新されます。
んが、本日に限り2回の更新を予定しています。あんまりにキリが悪いので。
それではこれからも、どうぞよろしくです!




