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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:エピローグ・「星の通い路」
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■第一九七夜:伝説のパロ・スペシャル



「と、いうわけで我はいまこうして、だな、貴様の腕のなかにいると、そういうわけだ」


 どういうわけだかいまいち飲み込めないが、どうやらウルドを始めとした三人の美姫たちは、命を賭けて戦い自分たちを救ってくれたふたりの英雄を自ら慰労したいと、わざわざこちらに来てくれたらしかった。


 もちろんそこは適切な服装……水着姿で、だが。


 もっともそれは夜魔や竜族の倫理観に基づくものに過ぎない。

 人間という種族、すくなくともイダレイア半島における一般的な人類の感覚からすればそれは下着姿と変わらない、いやむしろ下着より遥かに過激な衣装と表現しても過言ではない。


 シオンの水着姿は幾度か目にしたことのあるアシュレだが、スノウのそれは件の海トカゲ撃破時の作戦で遠目でしか見た記憶はないし、ウルドのものについては完全に初見だ。

 

 その三名のうちふたりがいま、アシュレにぴったりと身を寄せてきている。


 右手にスノウ。

 左手にウルド。

 互いの肌が触れ合って体温も《スピンドル》の薫りも、強く感じる。


 正直、拍動と血流が抑えきれなくて、めまいがして、くらくらする。


 ウルドはあの竜たちの聖域で起きた出来事をアシュレに正確に伝えたいと訴え、このポジションに収まった。

 竜の皇女の切実な訴え──想い人であり肉親であった男の死と真意を伝えたいという願い──をアシュレは無下に断れなかった。


 身を寄せるウルドの肉体からは彼女の《スピンドル》の薫り=ヒノキを中心に他の森の木々を足したような、すがすがしい薫りが匂い立つ。

 清廉な《スピンドル》の薫りには、嗅ぐだけで心身を清めてくれるかのごとき《ちから》があった。

 そのおかげでいまアシュレはなんとか理性を保っていられる。


 本当になんとか、だ。


「《御方》の内部で起きていたことは、いま告げたので全部だ。スマウガルドは……あのひとはわたしを本当に愛してくれていた。我が身を挺してわたしを守ってくれた。そして……彼は行ってしまった。こんどこそ本当に、あの《御方》に囚われていた死者の姿見としての彼の記憶まで完全に……光に還ってしまった」


 だから、彼の話はここで終わり。


「ここからは我と……貴様……いやそなた……ううん、オマエとの話になる」


 ごくり、と決意したように喉を鳴らして唾を飲み込み、ウルドがアシュレの肩から憂いに満ちた瞳を持ち上げた。


「我はオマエの活躍でこうして晴れて自由の身となることができた。《御方》の束縛から、我は逃れることができたのだ。だ、が。オマエは、アシュレダウ──《御方》に接続されたままだった我を救い出すため、《魂》を用いて、この縛鎖に《ちから》を伝動させた」


 そうだな?

 じゃらり、とウルドが胸の谷間に続く縛鎖を持ち上げた。

 どす黒かったそれはいまや、完全に白化し一種の美術品めいた存在感を獲得している。

 磨き抜かれた大理石のごとき、ある種の美すらそこにはある。


 ただ……それがいまだ依然としてウルドの肉体に潜り込み、以前に増してがっちりと癒着してしまっていることを除けば。


 ごくり、とアシュレはつばきを飲み込んだ。

 あの絶望的な戦いの最中、イズマが口走っていたことを思い出したのだ。


『あの縛鎖が白化したら終わり』


 みたいなことをイズマは言っていなかったか?

 問題だった。 


「あの縛鎖──ボクの胸に突き込まれていた代物は、《魂》の伝達に堪えきれず燃え尽きたみたいなんだけど……」


 アシュレは、ほかならぬウルドの手によって打ち込まれた縛鎖の跡に、手を当ててみた。

 そこには完治した火傷の痕のように、わずかに痣が残るばかりだ。


 あのときウルドは先に突き込まれていた杭と縛鎖を通じて、《御方》によって操られ、裏切りを強要された。

 不意打ちでアシュレの胸に自らと同じ杭と縛鎖を突き刺したのだ。


 だが、アシュレの伝達した《魂のちから》はその繋がりを断ち切った。

 はずなのだが……ウルドのものはそうはいかなかったようだ。


「我の方は《御方》が間に挟まっていたせいか……杭も鎖も、ばっちり残ってしまったな? 肝心の《御方》の意思に関しては燃やし尽くせたようだが……不具合が残ったか」


 まいったな、とウルドが深刻なため息をついた。

 これはどういうことなんでしょう? 

 嫌な予感がして、アシュレはおそるおそるイズマの方を見やった。


 この手の問題でイズマ以上の知識の持ち主はいなかったからだ。

 

「イダダダダダダダ、イダダダダダダダ、姫、ごめんなひゃいごめんなひゃい」

「遠慮するなイズマ。ご褒美が欲しかったのだろう? 幾らでも食らわせてやろうではないかこのクソたわけ! 策なら策だと最初から言わんか! 悠長に四行詩などキメてるヒマがあるなら、わかりやすいメッセージくらい残せ! スノウにあんな仕打ちを……許さんぞ!」


 だがそのときにはすでにシオンがイズマの背中に逆向きに飛び乗って、その両腕に逆枝を食らわせるように背面へとねじり上げ……アシュレには理解しがたい怪奇な関節技をキメていた。


 自重を利用して相手の両腕と膝関節を極め、背骨にも負荷をかけながら、身体の自由を奪って極大の苦痛を与え続ける……これこそは古代アガンティリス期に起源を持つという格闘技:パンクラチオンの奥義のひとつ:パロ・スペシャル。

 法王庁の近隣の村にいまもその名を残す格闘技の天才:パロが考案したという伝説の必殺技フィニッシュ・ホールドであった。


 マヂか、スゲエ。


 といっても土蜘蛛暗殺術の達人であるイズマであれば、シオンの技から抜け出すのはそう難しくはないハズだが、されるに任せているのは、ヘタに抵抗するとその後が恐いことを熟知しているからだろう。

 シオンとの付き合いの長さを物語る見事な処世術。

 あるいは……体勢的にシオンのお尻が頭上に乗るカタチなのもポインツなのか?


 しかし痛いのは間違いないらしい。

 事実、シオンの責めは段々と過激になっているし。


 そのとき、縋るようなイズマの目線と、アシュレのそれがビタリと合った。

 キミにもいずれわかる日が来る、とその目が告げていた。


「えっ……とお」

 

 一瞬の間。

 次の瞬間、鞭で一撃するようなシオンの叱咤が轟いた!


「さあ解説するが良い! 件の縛鎖の白化について、アシュレが問うておるぞ!」

「イダダダダダダダ、こ、答える、答えるマス!」


 足を絡められ固められて二脚で立ち続けるしかないイズマに、飛び乗ったシオンが、ゆっさゆっさと揺さぶりをかける。

 そのたびにイズマの両腕は締め上げられ、喉からは哀願めいた悲鳴が上がった。


 尋問の意図以外に、明らかに別の怒りがそこには乗っている。


「なんのかんのと言っても今回の最大の功労者だから、と慰労に参ってみれば覗きの参段をしておるとは……死ね、死んでしまえ!」

「ギョワーッ?!」

「ホレホレホレホレッ!」


 すでになにか別の段階ステージに至ってしまった感のあるふたりに、アシュレは再度、声をかけた。

 話がまったく進まないからだ。


「えっとその、この現象について……イズマはわかります?」

「あぁっ」


 そのとき、ウルドが小さく悲鳴を上げた。

 竜族の皇女というウルドの出自からは考えられない、初めて男性に触れられてしまったか弱い乙女のような。


 アシュレはそっと持ち上げたつもりだったが、ウルドにとってそれは電流を流されるかのごとく感じてしまうことらしかった。


 雲竜クラウド・ドラゴンである彼女は雷竜のさらに上位に座す。

 プラズマと電撃、またそれに伴う高熱や火炎に対しほぼ無敵というまさに皇女にふさわしい種族特性を持っており、そのせいでいままで電流を流されるような体験がまるでないのだ。

 だが、だからこそその衝撃は劇的で、抵抗の仕方が分からぬものらしい。


 びくく、と全身を震わせ、苦しげに身をアシュレの肩に預けてくる。


「ウルド?! しっかりしっかりして!」

「くる、し。苦しいのだ。触れられると……電流を流されるように感じて、胸の奥が締めつけられて……甘いのに苦しい……。敏感で弱い場所を捻り上がられるような……。おかしい。変だ……カラダの芯が……痺れる」


 窮状きゅうじょうを訴えるウルドの切実な様子に、アシュレは縋るような思いで再びイズマに問いかけた。


 だがそこには同じく、しかしまったく異なる窮状きゅうじょうに苦しむ土蜘蛛王の姿があった。


「いやそれわ、イダダダダダダダ、姫、姫ェ、ギブギブです! それいじょうわああ、関節関節、関節がが増えちゃう! イダダダダダダダッ」

「ナニを言うか口先三寸男めが! 貴様のせいで今回、我らがどんな目に遭ったか! 増えろ! 増やしてしまえ、関節ッ!」

「たすけ、助けてアシュレくん! なんかなんか今回の姫、キツイ、当たりがキツイんだよ! イダダダダダダダッ」

「シオン、気持ちは分かるけどごめん、すこしだけお願いだ」


 このままでは埒があかない。

 アシュレはイズマに成り代わり、シオンに懇願することにした。

 手を合わせて拝むと、夜魔の姫はぷいっとそっぽを向いて鼻を鳴らした。


 なるほど、相当にご機嫌斜めらしい。

 しかもどうやらそれは、イズマにだけ原因があるわけではなさそうだ。


 たしかに……アシュレの右手には齧りつくように震えるスノウが、左肩にはくったりと熱く漏れ出る吐息を隠せないウルドが、しなだれかかっているわけで。

 オマエの誠実さとはなにかと問われたら、返す言葉がないアシュレだ。


 あるいはいまイズマが受けている罰は、アシュレへの見せしめでもあるのか。

 そう考えるとすべてがしっくりくる気がする。

 つまるところシオンは焼き餅を焼いてくれているのだ。

 もちろん誇り高い夜魔の姫が、竜の皇女と義妹の前でそんなことを認めるはずもなかったが。 


 なんにせよ自分がいまおかれている状況と、イズマの窮地きゅうちは無関係ではあるまい。

 アシュレは察し、心のなかでイズマに手を合わせた。


 ゴメン。


 ただそれでも嘆願には効果があったらしく、シオンによる犠牲者イズマへの追求にはいくぶん手心が加わったようだ。


「イダダダダ、えっとですねそれはですね。その縛鎖の白化についてはですね、まず完全にウルドちゃんとの接合が終わってしまったという意味でして……イダダダダダダダッ、姫、姫ェ! ちょいまちマヂまってまって、説明まだあるんだから!」

「完全に接合済みィ?! どういうことだ、説明せよ!」


 手心は嘘だった。

 スマン、イズマ。


「だーかーらー、いまからそれをイダダダダダダダッ、説明するって言ってるでしょ!」

「ことと次第によってはただではおかんぞ。ウルド殿下はある意味でオマエの犠牲者でもあるのだからな!」

「いいいいやそれは冤罪、冤罪だから!」

「キリキリ説明せよ!」

「しますします、しますって! だーかーらー、もうちょい緩めてパロ・スペシャル! ホントに喋れないから! シャレになってねーから!」


 渋々という感じで力の入れ具合をシオンが加減する。

 ホッと息をついて、しかし両腕を極められた……威嚇するバッタみたいなあの奇妙な立ち姿のまま、イズマは解説を始めた。




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