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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 5・「竜玉の姫・屍竜の王」
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■第一九三夜:キミのための転生世界


「助かったよ、シオン!」


 駆けつけてきてくれた夜魔の姫に、アシュレは最大の感謝を込めて言った。


「そなたが発動した《魂》とわたしの《意志》が同期できた。星渡りアストラルストライドが使えたおかげでこのタイミングに間に合ったが、しかし、」


 がひゅう、と空を裂く音がして紫電の吐息ブレスの向こう側から竜変化ドラゴナイズしたウルドの爪牙そうがが襲いかかってきた。

 竜族は己の吐息ブレスが帯びる属性にはほぼ完全な耐性を持つ。

 いやむしろ吐息ブレスを追いかけるように放たれるその爪や牙は、同じく雷撃系の属性を帯びる攻撃だ。


「これが本気になったときの竜族の攻撃能力……」

「我々との一戦目で竜の皇女は己の竜玉を欠いていた。しかし、いまは違うと。そういうわけか」


 シオンは己の分身たるコウモリのヒラリを、密かにアシュレのフードのなかに託していた。

 だからアシュレとウルドが交した言葉の内容も、この祭壇の上で行われたやりとりもすべて把握している。


 がひゅいん、ぎいいいいん、とシオンの掲げるローズ・アブソリュートの横腹をウルドの爪が、牙が叩く。


「シオン?!」

「案ずるな。むしろ敵が雷撃とプラズマを得意とする雲竜クラウドドラゴンの血統で助かった。帯電している攻撃は、聖剣:ローズ・アブソリュートの刃が生み出す電磁の力場で攻撃の方向を逸らしやすい。が、わたしはハッキリ言ってディフェンスが得意ではないぞ。ケリをつけるなら早くしてくれ。ウルドを傷つけるな、しかしこちらに攻撃を通すな、などという無理難題そう長くは保たせられんぞ!」


 たしかにそうだった。

 聖剣:ローズ・アブソリュートによる広範囲超絶攻撃による殲滅戦を得意とするシオンは、なるほど防衛戦闘には一番不向きな兵種だ。

 超攻撃能力で一撃のもとにケリをつけるタイプの能力者であるシオンにとって、その《ちから》を封じたまま凌ぎ続ける動きというのは己の長所を殺す、相当に我慢を強いられる選択なのだ。


「そなたらの会話を聞いていた。《御方》は未完成だ。アシュレ、《魂》を使うことは許しがたいが事態が事態だ。相手の打ち込んできた縛鎖を逆手に取って、そのまま押し込め!」

「分かっている! 分かっているんだけど、」

「そうそんなんだよね。わかっていても、人生にはどうしようもないことがあるんだよねえええ?!」


 びゅんびょう、と大気を切り裂く不快な音がした。

 アシュレも、シオンも思わず転がり回避運動をする。

 刹那、ついさきほどまでふたりの首があった場所を、奇怪な姿をした大型の手裏剣が薙いだ。

 手斧の頭ほどの大きさもある蝶に似た独特のフォルム。

 その名も飛刃蝶ファルファッレと呼称されるこの手裏剣は、柱を始めとする遮蔽物の裏側に隠れた敵を土蜘蛛たちが効率的に狩り出すために生み出した暗殺用の武具のひとつであった。


 それが二枚同時にアシュレたちに襲いかかってきたのだ。

 しかも通り過ぎたはずのそれがどういう理屈でなのか、キリキリと音を立てながら返ってくる。


「イズマ?! イズマなのか?!」

「ほかにだれがいるっての、この場面で?」


 ほとんど叫びにも似たアシュレからの問いかけに、満面の笑みを浮かべて土蜘蛛の男は答えた。


「操られているのかッ」

「まあ先に陛下に傀儡針お渡ししたのはボクちんからなんですけどね?」

「なぜだ、イズマなぜッ?!」


 いまイズマの口を吐くセリフまで《御方》に操られていると考えれば、これが本当にイズマの本心で裏切りであるのかどうかは分からなかったが、いまのアシュレにはもはや余裕がなかった。


 自身はその《魂》の燃焼を使い、胸に直結された縛鎖を通じて《御方》との出力比べの真っ最中だ。

 ウルドの攻撃をシオンが凌いでくれている分の《ちから》をそちらに注げれば、絶対的な出力の関係で僅差でこれを打ち負かせる、とアシュレは踏んでいた。


 だがそれはその他、外部からの妨害がなかったら、という話に過ぎない。

 しかも《御方》たちの動力である竜玉はアシュレの《魂》のような現象ではない。

 それは数百数千、あるいはそれ以上の年月をかけて完成された技術であり、確固たる器物であった。

 瞬間的なピークパワーでは《魂》に劣っても、複数の竜玉が連動しながら生み出すエネルギーは安定的で長時間の使用に堪える。

 なにしろ《御方》たちはそれを動力に、数百年単位で活動することを前提に建造された自己修復型の移動式生産施設プラントなのだ。

 持久戦に持ち込まれれば勝ち目がないのはアシュレの方だった。


 それが分かっているから《御方》はイズマに攻撃を仕掛けさせ、《ちから》の分散を狙ってきている。

 しかも先ほどのように遠隔から、迂遠だが確実にアシュレの集中力を削ぐ手段で。


「だけどッ!」


 もちろんやられっぱなしでいるつもりは毛頭なかった。

 アシュレはすばやく腰に手挟んでいた手斧とダガーを引き抜くと、これに《ちから》を通す。

 手のなかで瞬時に手斧とダガーとが白熱し、飛来する飛刃蝶ファルファッレを迎え撃つ光刃となった。


 軌跡を読み、イズマの攻撃を迎撃する。

 ダガーは投げ、その隙を狙って手斧でもう一方の刃の蝶を受け止める。

 アシュレの正確な防御はイズマの攻撃を凌ぎ切った。


 はずだった。


 ドンッ、と光の刃を受けた飛刃蝶ファルファッレが爆発したのはそのときだ。

 分厚い刃は中空に整形されており、その内部に火薬と目くらまし的な粉塵が込められていたのだ。


 アシュレがダガーで迎撃した片一方は影響力の外にあったが、手斧で受けた側はそうはいかなかった。

 飛び散る鋼の破片は光刃が相殺してくれたが、込められていた粉塵までは防げなかった。


「これはッ、ぐうッ、目がッ?!」

「刃を狙うんじゃなくて操り糸のほうを切断すべきだったんだよ、アシュレくん。土蜘蛛が初撃に必殺のアーツを込めてこないとき、なにかあると用心しろってボクちん何度も教えたっしょ?」

「ぐ、あッ、あああああ──ッ」

「アシュレ?! ぐううう、この竜めが。しつこいぞッ!」


 アシュレの口をついた苦悶の叫びに、追いすがってくるウルドを振り払えずにいたシオンが歯がみした。


 一瞬で視界が真っ赤に染まった。

 刺すような痛みが眼球に突き立ち、もうまともに目を開いていられない。

 イズマは飛刃蝶ファルファッレの内部に目つぶしの粉末を忍ばせていたのだ。

 《魂》の発動を阻害する攻撃をアシュレが嫌って、必ず光刃系の異能で防御するであろうとイズマは踏んでいたのだ。


 アシュレは慌てて腰のポーチをまさぐった。

 解毒の霊薬エリキシルがあったはずだ。

 だが、視界がほとんど利かず、動揺のせいでうまく探せない。


「目を閉じて、瓶のカタチを指に覚え込ませろとも教えた。土蜘蛛を相手取るときは暗闇の中が圧倒的に多いこともあるけど、たとえ夜目が利いても視力そのものを封じられたら手も足も出なくなっちゃう。ボクちんたち土蜘蛛みたいに鋭敏な振動感知能力をキミたちは備えていないんだから」


 遠くで声がした。

 アシュレは《魂のちから》を縛鎖へと集中させながら、涙の止まらない目を必死に開いてイズマを探した。


 果たして、イズマは立っていた。

 攻撃はせず、なにか達観したように──これまでのすべての人類の悪行を記すと言われた魔導書グリモア:ビブロ・ヴァレリの娘の眼前に。

 それから続けた。

 

 なぜかアシュレを労るような口調で。


「でも、そんなレクチャももうなんの意味もなくなる。朝日に消える草の上の露のように。なんの意味もなさない、ただの思い出に変わる」

「イズマ、イズマ──ッ。なにをなにを言っているッ?! ボクは諦めない、諦めたりしないッ!」


 ようやく探り当てた解毒の霊薬エリキシルを顔面に浴びせかけ、目をしばたかせてアシュレは叫んだ。

 妨害さえなければ、たとえ複数の竜玉を相手取ってもこれをねじ伏せる自信が、このときのアシュレにはあったのだ。


「真っ向勝負なら、負けはしないッ!」

「いいやキミの負けだよ、アシュレくん。キミは時間を与えすぎた。《御方》はキミたちがここに達する以前から、そしてキミたちと戦っている間中、絶え間なく学習していたんだ。スノウちゃん──いいや、この魔導書グリモア:ビブロ・ヴァレリを使ってね?」

「なん……だと……?」


 驚愕するアシュレの耳に、もはや絶叫の息に達したスノウの悲鳴が飛び込んできた。

 再開された《星狩りの手》による無差別と言っていい激しい閲覧が、スノウの肉体と精神を限界まで追いつめていた。


 打ち掛け一枚を羽織っただけの真っ白な裸身が朱に染まり、びくりびくりと痙攣を繰り返す。

 全身は弓なりに反り返り、頭頂からつま先に至るまで極大の官能に貫かれている。

 桃色の舌が口腔から天に向かって突き出されて震え、口腔からは泣き声とともに唾液が絶え間なくこぼれ落ちる。


「スノウッ?! やめろッ!」

「それは無理というものだよ、アシュレくん。こいつらの本性は貪欲な学習機能なんだ。知りたくて知りたくてたまらない。なにについて? 世界について。なんのために? 決まってる、キミたち人類を救いたくて救いたくて堪らないんだ。だって、」


 だってそれこそが、コイツらがこの世界に誕生した、たったひとつの理由なんだもの。


「知る? 知りたくて堪らない? 知って、知ってどうするつもりだッ、ボクのことを、みんなのことを知って、コイツらはどうするつもりなんだッ?!」


 縛鎖を通じて感じる重圧の増大を感じながらアシュレは叫んだ。

 救う? 救うだって?

 イズマの口を借りてもたらされる《御方》の本性に、得体の知れぬ寒気を感じながら。


「もちろんアシュレくん、キミをしあわせにするんだよ」

「しあわせ? なにを言っているッ?! ボクのしあわせがなにか・・・は、ボクが決めることだッ!」

「うん、だいたい予想どおりのセリフだ。キミならきっとそう言うと思っていた。そうキミの幸福観はふつうの人間とはすこし違う。ふつうの人間はもっとスケールの小さな、ありふれたしあわせで簡単に満足してくれる。でもキミは違う。世界を相手取り、己の《意志》の輝きを示すことに得も言われぬ幸福を感じている。戦場を戦友ともと駆け抜け、世界の秘密を暴き、これを変革することに己の存在意義すら見出している……それは危険……だがだからこそ《魂》にまでキミは辿りつき得た」


 簡単に言うとね?


「キミはキミがキミ自身であることを捨てない。やめない。誰かに委託しない」

「イズマ? いや《御方》か、オマエはッ」


 アシュレの誰何すいかを莞爾と受け流して、その得体の知れぬモノは言った。


「だからキミを満足させるためには──完璧な《夢》じゃなくちゃならない。キミの欲望を満足させるだけの深い掘り込みが為された世界観でなくちゃならない。キミが疑問を感じない……いいや疑問を感じ世界の秘密に迫ろうとすればするだけ深遠な秘蹟があとからあとから姿を現す深い深い作り込まれた精緻な工芸品のごとき世界観でなければならない」


 だから、


「だから我々は学習する。学習した。そして完成させる。キミを満足させる《夢》を」

「な、に?」

「喜んでくれ。これが成果だ」


 これがキミのための転生世界リインカーネーション





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