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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 5・「竜玉の姫・屍竜の王」
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■第一九二夜:真のプレーヤー


 これまでの世界のあり方と、これからのそれを語る《御方》の声を、アシュレは伸し掛かるウルドに押さえつけられながら聞いている。


「わたしの伝えたいことが、わかってもらえただろうか」

「ああ、よくわかった。オマエたちの考えが」

「それは……わたしもうれしい」

「わかった……協調しよう」

「認識を改めなければならない、アシュレダウ。我々の想定より39分44秒も早い理解と決断だ」


 微笑む《御方》。

 同じ笑みをウルドも浮かべる。


 そこに異論を挟んだのは、いまだ《星狩りの手》に囚われたままのスノウだった。


「ダメーッ! アシュレ、騎士さま、そいつらと手を組んではダメ!! こいつらは狂ってる。こいつらの言う平穏っていうのは人間を植物みたいに────ッ」


 魔導書グリモアの娘は最後まで言葉を発することを許されなかった。

 途端に《星狩りの手》が運指を取り戻し、彼女の秘めたる記述をめくり変えし始めたからだ。


 あ、ああ、あああああああああああああ──アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああ────。 

 恥辱と官能に彩られた歌声がふたたび聖域を満たす。


 その様子をぼんやりと眺めていたアシュレが、視線を《御方》に……その意思を代行するイズマに向けた。

 あるいは胸に穿たれた杭と縛鎖を通じて《御方》の侵食はすでにアシュレを狂わせつつあったのか。


「ところで、さ」

「なんだい、アシュレ」

「訊きたいことがあるんだ」

「いいとも。答えられる限りのことを友であるキミに伝えよう」


 アシュレと《御方》の間に交される言葉はすでに親しい友人のものだ。

 イズマの顔に浮かぶのは、屈託ない笑顔。

 アシュレはその顔に残されたひとつだけになってしまった赤い瞳を覗き込んで、それから言った。


「キミたちは、ボクたち《スピンドル能力者》と《みんな》の間を取り持って、その垣根のない世界を築きたいってそう言うんだよね?」

「そうだよ、アシュレ。これまで世界は幾度となく間違えてきた。そのたびに世界の分断は進み、混迷カオスは増大してしまった」

「間違えた。混迷カオスは増大した」

「わたしたちは救いたいんだ、アシュレ。世界を、《みんな》を」


 そのためにキミの《ちから》を貸してくれるね?

 重ねられた問いかけに、こくりとアシュレは頷いた。

 イズマの肩越しに激しく首を振って抵抗の《意志》を示すスノウが見えた。


 自分を呼ぶ声が、大伽藍に反響して虚しく聞こえた。


「じゃあ……《ちから》を、《魂》を共有させてくれ。そして“真のプレーヤー”となるんだ」

「“真のプレーヤー”?」

「この世を変えていく者。その資格を得た者のことだ」

「なるほどそれが“プレイヤー”の意味。興味深い。でも、そのまえに、もうひとつだけ聞かせてくれ。友よ。キミたちは世界を正しく導こうとした。導こうとしている。それなのに……どうして……キミたちは」

「わたしたちは……?」

「《魂》に辿り着かなかったんだい?」


 アシュレの顔から笑みが消えた。

 

 次の瞬間、《御方》の瞳から光が失せた。

 なにを問われたのか理解できないという沈黙。


 それはアシュレが仕掛けた致命的な問答。


「だっておかしいじゃないか。キミたちが《ねがう世界》にこの世を作り替えるのに《魂》がいるなんておかしいじゃないか」


 アシュレは組み伏せられたまま、しかし堂々と言葉を発した。


「これは、ボクが辿り着くことを許されたこの輝きは、ボクたちが《意志》を手放さず世界の暗部を経めぐって、《そうするちから》に抗い続けた人々との関係の間に生じたものだ。それをどうしてオマエたちが欲する? オマエたちのために使うと思う?」

「アシュレダウ?」

「勘違いするんじゃあない。《御方》よ、我が宿敵よ。ボクは──わたしこそはオマエたちの仇敵だ。わたしはオマエたちと協調する方策を探しに来たのではない。わたしはオマエたちを──滅ぼしに来たんだ!」


 次の瞬間、アシュレはもう一度、《魂》を励起させた。

 ごうおう、と大気が渦を巻き、世界が唸りを上げた。


「ああ、あああああああああああああああああ」


 イズマに取り憑いていた《御方》の意思が悲鳴を上げる。

 両手で顔面を覆い、身を捩らせながら苦悶にのたうつ。


「スマウガルドをそうしたように、ウルドの心を囚われにし、その空隙にオマエのなかにある《ねがい》を差し込んで操った。そしてボクにも同じことをしようとした。ボクの精神だけをオマエは捕らえて切り離し、自分たちに都合のよい《夢》を見せて、《魂》だけを使えるようにしようとした」


 そうだな?

 胸に突き立った杭にあった《ちから》の集中の意味を読み取って、アシュレは《御方》たちの思惑を喝破した。


「ボクに現実と寸分違わぬ《夢》を見せ、自分たちの思惑を達成する道具にする。それがオマエたちの言う協調の正体だ」

「ちちち、ちがう、アシュレダウ。ご、誤解がある。われ、われ、は────」

「イズマの言葉を封じ、ウルドを操り、警告しようとしたスノウを陵辱し、言葉を殺した。それが証拠さ」 

「あああ」

「協調する、手を携える。世界を救う。そういう持ちかけ方をすればボクが歩み寄ると考えた。あるいはかつて世界を憂いて、その果てにオマエたちの秘密に辿り着いた人々にそうしたように」


 でも、ボクに同じやり方を仕掛けたのはよくなかった。


「ボクに杭を打ち込んだのはまずかった。直結者、と言っていたね。それが“真のプレイヤー”の証というわけだ。ボクと自分とを直接繋げて、我が者としようとしたのは間違いだった」


 アシュレは己の《魂》を最大顕現させる。

 それは輝きとなって縛鎖を伝わり、祭壇の下に眠る《御方》の巨躯を震わせた。


「このまま意識の在りかを焼き切ってやる」

「そそそそ、それは推奨デキない。内部記憶領域にある人格を全て消去する、こここコとになる」


 《御方》の言は一部にしても真実だった。

 事実、ウルドの意識は囚われたままだ。

 もっとも「先ほどまでアシュレと話していたウルド」が、最初から《御方》たちが演出した疑似人格でないとは言い切れないのだが。

 つまりアシュレを、世界で唯一の《魂》の持ち主をここへおびき寄せるための吊り餌でないとは断言できないのだ。


 しかしアシュレは、あのウルドが虚構の存在だとはとうてい思えなかった。


「ならば、オマエを組み伏せるのみ。制御系を押さえて────ッ!」


 アシュレの叫びに、それまで苦悶をあらわにしていた《御方》の動きが止まった。

 途端に、凄まじい重圧が縛鎖を通じてアシュレに流し込まれてきた。

 《魂のちから》が押し戻される?!


「なん、だ。これは。《魂》が……押されている。いや出力は互角か、わずかにボクが上回っているけれど。これはこの《ちから》は?!」

「初手では手加減した。そうでないとこの状況を作れなかったからだ」


 ふたたびあの仮面のごとき無表情な顔になり《御方》が言った。


「複数の竜玉の臨界活動フルドライブ

「バカな、ここまで──近づいていたのか」

「我々には常に時間が味方する」


 思わぬ反撃にアシュレは動転しかけた。

 だが──。


「負けるわけには、いかないッ!」


 がちん、と三度、頭のなかでなにかが噛み合う音がした。

 ぐぐん、と出力を上げる。

 これまで無意識に抑えていた《魂》の出力をアシュレが解放したのだ。

 それはアスカやアテルイ、レーヴ、そしてほかでもないスノウとシオンに懇願されたからだ。

 過剰な《魂》の使用は、世界に穴を開ける。

 実在する《夢》としての“理想郷ガーデン”への直通路。

 それが開いたときなにが起こるのかを、アシュレはついこの間、自ら思い知った。


 だがそれでも、そうであってもこの戦いに負けるわけにはいかなかった。


 おおおおおおおおおおおおおおおおおおお──────ッ!

 アシュレの喉から雄叫びが迸った。

 《意志》と肉体とを合一させウルドを跳ねのけようと試みる。

 しかし、


「アア、アアアアアアアアアアアア」


 突如としてウルドがもがき苦しみ始めた。

 その肉体が膨れ上がり、全身が鱗に覆われ、瞬く間に変形へんぎょうしていく。


「竜化?! そうだというのか!」

「竜玉は竜の肉体に極めて馴染む」


 あっという間に巨大な竜に変じたウルドが、なんとか拘束を逃れ跳び退るアシュレに追いすがりながら息を吸い込んだ。

 ひゅごう、と大量の大気が竜の巨躯の中に消え、変わりに真っ赤な口腔の奥で紫電が撓むのが見えた。


「くっ」


 アシュレはやむなく右手をかざしてこれを受ける。

 炎と熱、そして雷撃に対して強力な耐性を誇る竜皮の籠手:ガラング・ダーラはウルドの兄の遺骸をその素材としている。

 妹であるウルドが竜として同じ特性を引き継いでいるのであれば、彼女自身の吐息ブレスに高い抵抗を示すのは必然であった。

 が、それにしても生身の人間が籠手ひとつで竜の吐息ブレスに耐えようというのは、無謀が過ぎるハズだった。


 けれどもいまのアシュレはその胸の内側に、激しく渦を巻く現時空最強のエネルギーを宿していた。


「おおおッ!」


 《ちから》を右腕に集約し、紫電の吐息ブレスを相殺する結界を造り出す。

 しかし、竜皮の籠手:ガラング・ダーラは全身鎧の一部にしか実は過ぎない。

 攻撃を防ぐにせよ多大な《ちから》の集中が要求された。


 その隙に、縛鎖の側が《そうするちから》で押し返してくる。


「クソッ、これじゃあ……」


 ジリ貧だ。

 アシュレが苦戦に悪態を吐きかけたそのときだった。


「アシュレ、そなた、《魂》を使うなとあれほどわたしが頼み込んだのにッ!」


 荒れ狂う紫電の奔流とそれに押され膝をつくアシュレの間に割り込むものがあった。

 暴風に嬲られた黒髪とスカートが翻り、彼女の持つ高貴なバラの薫りが鼻腔に流れ込んでくる。


「シオン!」

「まったく聖剣:ローズ・アブソリュートを床に投げっぱなしにして。わたしも剣もお冠だぞ。まだ正式には認められていないとはいえ、そなた仮にも使い手のひとりであると言うなら、もうすこし丁重に扱え! 正式な所有物であるわたしに関してはもっとだ。最近扱いが雑だぞ?!」


 出番を待ちわびた名優のように、アシュレの愛する“叛逆のいばら姫”が祭壇へと駆け上がってきてくれたのだ。







ここまでお読みくださりありがとうございます。


ぐぎゃあああああ、原稿が切れたあああああん。

金曜日までもつかなー、とか甘い幻想でした。

ゴメン(エー)。


というわけであとほんとにもうちょっとなんですが、再開はお待ちください!

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