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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 5・「竜玉の姫・屍竜の王」
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■第一九一夜: F.T.A.L.


         ※


「ぐうう、これはウルド……なぜなんだ」


 アシュレは胸に杭を打たれ縛鎖で繋がれて、祭壇の床に組み伏せられている。

 伸し掛かるのは竜の皇女:ウルド。

 アシュレの胸に杭を突き立てたのも彼女だ。


 どうしてこんなことになってしまったのか、アシュレにはさっぱりわからない。

 ただひとつ言えることはウルドは豹変した。

 先ほどまでとは別人になってしまったかのように、その瞳からは《意志》の働きが失せ、かわりに妖しげで艶めかしい光だけが宿っている。


「ウルド、離せ、放してくれ! これ以上はいくらきみでも許せなくなる!」

「ほしいの、アシュレ、あなたが。あなたのもつたましいが」

「たましい?! 《魂》ッ?! なにを言っているんだ?!」

「言っただろアシュレくん。《御方》たちはずっと望んでいたんだ。自分たちを究極の存在に押し上げる《ちから》を」


 問いかけるアシュレに対する答えは別のところから来た。

 イズマだった。

 

 離れた場所に立ち、横臥するアシュレを見下ろして……怖いほど静かな瞳で解説した。


「自分たちを究極の存在にする《ちから》を?! それって……まさか《魂》のことなのか?!」

「ほかのなにがあんのさ。こいつらは何百年も何千年もそれを探して試行錯誤してきたんだ。人類を真に救い得る究極のエネルギー源としての《魂》の実現をね」


 なめらかに説明するイズマに、アシュレは強い違和感を抱いた。


「あなたは本当にイズマ、なのか?」

「『我々だ』とでも答えるべきか、若き騎士よ」


 アシュレは今度こそ言葉を失った。

 イズマの口から漏れたのは、まったく聞いたことのない老爺の声だったからだ。

 深みのある、心の奥底に響く、しかしどこか空疎でうつろな。


「だれだあなた……いいやだれだオマエはッ?!」

「人類救済機構・環境調整機関・執行部門第二三六世代型自律構成執行代理体──この世界観では広く《御方》と呼称されている」

「《御方》……ッ?!」

「若き騎士よ、貴公には我が義体の“庭園ガーデン”への復帰に関する協力を要請する。我々は協調できる」

「なに、を言っている?!」


 驚愕に打たれながら、しかしアシュレはすでに理解に及んでいる。

 間違いない。

 いま自分が言葉を交している存在、これは《御方》の意思なのだ。

 まだ眠れる《御方》のなかに巣くうものが、イズマを通じて、傀儡針を用いてアシュレに話しかけているのだ。

 

 人類救済機構。

 環境調整機関。

 執行部門。

 第二三六世代型自律構成執行代理体。


 発される単語の群れがゾディアック大陸の世界観との間にひどい齟齬そごを感じるのは、それらの言葉たちが恐らくはまだ、この時代の様式に最適化されていないからなのだ。

 もうすこし込み入った表現をするなら、経年様式偽装が為されていない。


 《御方》たちはこの時代に介入する際、常に《みんなのねがい》に配慮してきた。

 この幻想世界を望んだ人々の美意識を壊さぬよう、まるで職人たちが工芸品に古びの加工を施し制作年代を偽るように。


 だが、この《御方》は未完成の状態で“庭園ガーデン”から切り離され、竜族の聖域の祭壇として扱われてきた経緯がある。

 そのため単語のひとつひとつが初期設定状態のまま──《御方》たちが設計された時代=古エフタルそのままの──剥き出しの部分があるのだ。


 Fractal Talk Adjustment Language ── F.T.A.L.

 そうこの言語が呼ばれていた時代のままの。


 なにを言っているのかさっぱりわからないが、これまで《御方》たちがこの世界をどんな目的を持って改変してきたのかについて、すでに相当な部分知り得ているアシュレには十分にニュアンスが伝わった。


 それぞれの名称から《御方》とそれを設計した人々の思惑は容易に想像できる。


「協調できるだとッ?! ふざけるなッ、オマエたちと協調できることなどなにもない! ヒトを人間を──土蜘蛛や夜魔や竜たちを勝手に書き換えて、人々から《意志》を奪い、世界をこんなふうにして神を気取って振る舞うオマエたちと、協調できることなどなにひとつないッ!」

「我々は貴公が望む事象の内、約92.7%を委託代行実行実現できると数十万回に渡る模擬試行の末に結論している。再考を求める。協調せよ」

「委託代行?! ふざけるなアアアアア────ッ!!」


 時代は、その世界を生きる人間がその《意志》で切り拓いていくものだという自負がアシュレにはある。

 それはかつてもっとぼんやりとした思いでしかなかった。

 若者の誰もが一度は抱く感傷と思い上がりに満ちた。


 けれども、いまアシュレのなかに宿る想いは違う。

 それは戦友たちとともに幾多の戦場を潜り抜け、同じく“理想郷ガーデン”や《御方》や《そうする力》に抗い敗れてきた先人たちとの対決を経て、鍛え上げられ研ぎ澄まされた《意志》だった。

 

 考えることを、自分たちの人生を、自分たちの《意志》を持って世界と対峙することを放棄することはできない。

 責任を誰かに委託し、行いを代行によって肩代わりしてもらって、その先になにが残るのか。

 しかも託す相手は人間ですらない。

 自らが承認する必要も、それによって生じる責任すら負う必要はない。


 秘密裏に、無意識のうちにその後ろ暗くも怠惰で甘美な取引は行われて、世界は《みんなのねがい》の通りに改変されていく。


 ふざけるな、とアシュレは思う。

 それではより良い明日を目指してここまで戦ってきた人々の、《意志》ある戦いの意味はどこにある。

 世界の暗部と戦い、光り溢れる大地を取り戻そうとしてきた《スピンドル能力者》たちの、《意志》ある者たちの闘いにはどんな意味が?


「無意味だ、アシュレダウ。もはや《スピンドル能力者》の時代ではない。世界はすでに《意志》を必要としていない」


 協調せよ、と《御方》は繰り返した。


「これまでのキミたちの闘いに敬意を表する。それゆえに我々は報いたい。分断のときこれまで。統一王朝の《夢》をもう一度。わかりあうときが来た────」

「わかりあう?」

「然り。理解の刻、来れり。世界は再びひとつとなる」


 わかるだろう。

 だんだんと人間の口調を《御方》が学んでいく。

 アシュレとの会話のなかで、彼の心にもっとも響くカタチをこの《御方》は自動学習しているのだ。

 リアルタイムで、瞬く間に。


「世界がひとつに?」

「然り。そこにはもう差別も貧困もない。協調し、響き合う世界──それがキミの望みだ」


 ちがうかな?

 どこか夜魔の騎士:ユガディールを思わせる声色で《御方》が問うた。

 ふ、とアシュレは微笑む。

 肉体から力が抜ける。


 アシュレに馬乗りになっていたウルドが蕩けるように笑顔を広げた。


「わかりあえた」

「ああ、よくわかったよウルド」


 アシュレはさらに力を抜いて、深呼吸した。


 《御方》たちは望んでいる。

 《スピンドル能力者》とただの人間──《意志》を放棄した多くの人々の和解を。

 世界のあり方を正そうとする《スピンドル能力者》たちの抗いと闘いを、だから無意味と呼んだ。


 なるほど、とアシュレは合点した。





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