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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 5・「竜玉の姫・屍竜の王」
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■第一八一夜:有り得ざる者ども


         ※



書き換えリライトした。他者を。特に人間を選んで──許されざる有り得ざる者どもに」


 以前にわたしが、そう語ったことを憶えているか?

 ほとんど絞り出すようにウルドは言った。


 在りし日の想い人のこと、しかもその豹変について語ることは非常な苦痛を伴うのだろう。

 それはアシュレにも容易に想像できた。


 あるいはその男の屍──《夢》の遺骸に敗れ、胸郭に打ちこまれた杭が実際に痛むのか。

 ともかくほとんど囁きのような竜の皇女の言葉を聞き漏らすまいと、アシュレは耳を傾け続ける。

 道はまだずっと奥まで続いている。


「許されざる有り得ざる者ども、というのは?」

「言葉の通り、人間でもケダモノでもない……。あの日わたしが目の当たりにしたのは、植物のような、木々のごとき、あるいは器物と交わってねじくれ狂ってしまった者たちのことだ」

「ねじくれ狂ってしまった?」

「言葉は通じない。いや通じているように思えるときもあるのだが、それはうわべだけのこと。彼らの言葉は音としての羅列に過ぎなくてその意味や……意思の疎通はできない。わかり合えたように思えても、それはまったく異なる思考形態を通して、まるきり違うやり方で表現されてしまう」

「まったく異なる思考形態。まるきり違うやり方で表現」


 ウルドの言葉の意味を正確に捕らえようと復唱するアシュレに、そうだな、とウルドは例を示してくれた。


「そうだなたとえば……わたしが貴様に『愛している』と伝えたとしよう」

「えっ?」


 不意打ちの告白とその声の切実さに胸を突かれ、アシュレは一瞬、本気で驚いてしまった。


「なんだ? ほ、本気にするな! いいい、いまのは単なるたとえだバカ!」

「あああ、そうですか」


 周囲を警戒するふりをしてアシュレはウルドから目を逸らした。

 ウルドの告白の言葉に無視できない切実さが乗せられていたような気がして、とっさに意識してしまった自分が恥ずかしい。


「貴様……妙なところを勘ぐるクセがあるな」

「それどういう意味?」

「わたしは貴様のように始終ラブロマ時空に生きてはいないという意味だ」

「ラブロマ時空ッ?!」


 予期せぬ指摘に動揺するアシュレに対し、まったく話が脱線したではないか、と鼻を鳴らし憤慨を示すと、ウルドはたとえ話を再開した。


「とりあえずわたしが『愛している』と伝えたとしよう、という話だ。その許されざる有り得ざる者たちに対してな。そのとき起きた、有り得ない反応についての話だ」


 竜の皇女が植物のごとき姿となったねじくれた者どもに愛を告げる。

 どうやったらそんな状況になるのかわからないが、アシュレはウルドの続きを待つことにした。

 やぶ蛇はごめんなので、ふうんともうむんともつかない曖昧な声で相づちを打つ。


「もし、もしもだ。たとえば普通は……仮に貴様がわたしからの告白を受けた男だったらどう感じる? 普通の男であれば、どう返答する? 普通の男子のサンプルとして答えるがよい」

「えっ? ボクがきみから告白を受けたらってこと?」

「た、たとえだたとえ! さ、さっきからずっと、たとえ話だと言っているではないか。そういう劇だと思って考えてみるが良い。想像力を働かせよ」


 なにかいきなりすごい無茶ぶりをされたような気もするが、アシュレはそういう場面を想定したみた。


「うーん……」

「どうだ?」

「いやそうだなあ……まず素直にとてもうれしいと感じるんじゃないか。その……きみみたいなコに愛を打ち明けられて悪い気がする男はまずいないだろうし、同じく愛を持って応えたいと思ってしまう……と思う」

「具体的には?」

「え、具体的って言うのは」

「セリフだセリフ。自分が劇作家だと仮定せよ」

「劇作家って……ボクは騎士なんだけどなあ」


 ホントに応用の聞かぬ奴だな、とウルドが口をヘの字に曲げてそっぽを向いた。

 怒っているのか顔色が赤い。

 いやあそんなこと言われても、とアシュレは困ってみせることしかできない。


「そう、そうだなあ。ボクだったら……。本気で想ってしまうけれど……それでも構わないのかい、とそう訊くだろう。想う心がきみをめちゃくちゃにするけれど後悔はないのかい──そんな答え方になるかな」


 想像力の限りを使って、できる限り誠実にアシュレは答えた。

 もし仮に、いまアシュレが自分に愛を注いでくれている女性たちのだれとも関係を持っていなくて、ウルドのような気高い女性から思慕の想いを告白されたとしたら、それくらいは口走ってしまう気がした。


 だから言葉の後半はたとえ話として語ったというより、アシュレの本音と言ったほうがいい。

 すくなくとも先ほどアシュレがウルドの言葉に見出したような切実さを、そこに乗せることができたとアシュレは思った。


 ところが渾身のたとえ話を聞かされたウルドの挙動は明らかにおかしかった。

 先ほどにも増して顔を赤らめ、うつむいてしまった。

 覗き込むと視線が定まらず動転したように瞳があちこちを見ている。


「なに? どうしたの?」

「き、貴様は……す、好いた女をめ、めちゃくちゃにするのか? そういうそういう嗜好か」

「いやちょっとまってくれ誤解しないで。いまのはたとえだから、たとえ話! ただまあその……きみみたいな女性から、皇女の方から愛を告げられたら、それくらいにはなると思うんだよ男であれば。理性を保つのが難しいってたとえで!」

「そうか、そうだな皇女だし、我は竜だし! 美麗であるし! ヒトの騎士では理性を保つのは難しいか。そうか、そそうなのか、そんなにそんなにか……」

「ウルド、さん?」

「ひゃう! ちが、ちがうぞ誤解するな極めて極めて重要なサンプルであったから、こうなんというかちょっと混乱しただけだからな。あくまであくまで重要な今後の参考だというだけのことだ」


 早口で言い訳を並べるウルドに、どういう言葉をかければいいのかわからずアシュレは閉口した。

 勝手に無茶ぶりをして、勝手に期待して、勝手に動転して。

 お話を脱線させてるのはどちらのほうだ?


 話が進まないどころか、脱線脱輪した馬車が横転してしまっている。 


「いやそうかめちゃくちゃに、めちゃくちゃになあ……」

「ウルド? 大丈夫? お話続いている?」


 まだひとりの世界から帰還しない竜の皇女に、アシュレは水を向けてみた。

 何度も言うが時間がないのだ。


「あああ、そうだなたとえ話のことだった。そう普通の相手であればいまの貴様のように我のような見目麗しい姫に愛を告白されたら押し倒してむちゃくちゃに……ではなく! 愛を持って応じるのが普通であろう。慈しみ愛おしみときには力づくで組み伏せたり……するところであろう。すくなくとも貴様はするであろう」


 力づくで組み伏せたりするのは愛なのか、とアシュレは一瞬疑問に思ったが、たしかにアシュレの言うめちゃくちゃにしてしまうという言葉のなかにそれは含まれている気がしたので、あえて指摘はやめておいた。

 相手は竜族だし彼女たちの恋愛観のなかでは「組み伏せてでもアナタが欲しい」というのはどうやら最上位の愛の告白に当たるらしいから、この解釈も間違ってはないのだろう。

 たぶん。


 しかし、だとするとスマウガルドによって書き換えられてしまったという有り得ざる者どもは、それとはまったく違う反応をするのだ。


 アシュレの言うところの想いが募りすぎてむちゃくちゃにしてしまうとか、竜たちの独特な愛情表現とも違うなにかが、告白に対する返答として帰ってくる。


 だからウルドは、このたとえをアシュレにぶつけてきたのだ。

 彼女がかつて遭遇した有り得ざる者どもの異質さについて、鮮やかに伝えるために。


「じゃあきみの言う有り得ざる者どもたちは、きみからの愛の告白をどう捉えるの? どんな返事をするの?」


 このままだと時間がいくらあっても足りないと見たアシュレは、待つばかりでなく、率直に聞いてみることにした。

 うん、とウルドは頷いた。

 そうそれだ、と。


「奴らは植えようとしてくる」

「植える?」

「奴らの種を、だ」

「種? 植物みたいな?」

「植物のような。しかもつぶてのように重く鋭いそれを投げつけてくる。あるものは口腔から吹き矢のように。あるものは投げ矢ダーツ)のようにその手で果実をもぎり握って、投じて。最悪な者は全身を自ら爆ぜさせ、周囲にばらまく」

「自らもぎる?! 爆ぜる?!」


 ある種の植物が子孫を残すために自らの種子をユニークな方法で遠方へ運ぶことを、アシュレはアカデミーでの授業で習ったし、それ以前に山野で実物を見て知っていた。


 たとえばタンポポは綿毛を使い風に種子を委ねて運ばすし、カエデの仲間は羽の生えた種を宙に飛ばす。

 オナモミに代表されるカギつきの種子たちは草むらに入れば衣服にまとわりついてくるし、ヒツジたちは草むらに突っ込んでは、羊毛にそれをくっつけて草原を走りまわる。

 全身を爆ぜさせる例として最も身近なのは、スミレだろう。

 あの可憐は野の花は種子の詰まった鞘が十分に成熟すると、ほんのわずかな衝撃で爆ぜ、種をあちらにこちらにと飛ばす。


 それらはすべて植物たちが子孫を残し反映するための手段なのだが……それを人類が行うとなると話は別だ。

 くちづけした途端に口腔から種子を射掛けられたり、投げ矢ダーツの的にされたり、眼前で爆散した相手の種を全身に浴び、その刺に穿たれたりしたいと思う人間は居まい。


「それはなんというか本当、なのかい?」

「もちろんだ。ああ、勘違いするな? わたしは愛を告げたわけではないぞ。ただスマウガルドの所業の犠牲者たちを救おうと試みたとき、受けた仕打ちを話しているだけだ。言葉は通じず、治療法を探すと呼びかけたわたしに、彼らは種を植えようとした。せめてヒトとして死なせてやりたかった。だが……わたしには助けることができなかった。言葉を届けることさえ。すでにあれらは根底から書き換えられてしまっていた」

「彼らを助けようとして受けた仕打ち……。でもだとしたら彼らはきみをどうしたかったんだろう? いやそれ以前にいったいぜんたいなにをどうしたら、そんな反応になるんだ?」

「それがわかれば苦労はない。わたしには彼ら彼女らを鏖殺するしか手だてが残されていなかった。むごいことをしたと自分でもわかっている。だがあのように成り果てたまま生きていることのほうがむごい。すくなくともあのときのわたしはそう感じたのだ」

「そういう改変をスマウガルドがしたっていうんだな」


 文字通りの意味で植物人間にされてしまった人々のことを考えながら、アシュレは続けた。 

 脳裏にあったのはトラントリムで出逢った夜魔の騎士にして王:ユガディールのことだ。


 トラントリムでシオンを賭けて戦った闘技場での、最後の場面。

 ユガディールの頭部を割り裂いて姿を現した“理想郷ガーデン”の花──バロメッツ。

 ウルドの話すスマウガルドの所業に、どこか似た匂いをアシュレは嗅ぎ取っていた。


「ねえウルド……彼ら彼女らの色は……どんなだった? 種の」

「色? 種の?」

「ああ、それだけじゃない。肉体とか実際の肉の色とか、血液とか」


 妙なことを訊く、とウルドは一瞬いぶかしげな顔をしたが教えてくれた。


「白だ。純白であったよ」

「白。まるでミルクのような? 波に洗われた骨のような?」

「そう、そうだ。血液はミルクそっくりの匂いが……ちょっと青臭いところもあったが……おいアシュレなぜ知っている?」

「やはりな」


 そういうことか。

 アシュレは自らの推測の正しさに何度も首肯した。

 どういうことかわからず、ウルドは眉根を寄せる。


「アシュレ?」

「いいんだウルド。説明するととても長い。それに先にボクが口を挟んでしまうと、大事なことを見落とす可能性が出てきた。ボクの知っていることは後で語ろう。いまはどうかきみのことを、きみの体験を、きみの知るスマウガルドの所業を教えてくれ」


 真剣に言ったアシュレを一秒だけ見つめ、竜の皇女は頷いた。

 どうやら貴様はわたしが思う以上に、この件について精通しているのだな、と呟いて。





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