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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 5・「竜玉の姫・屍竜の王」
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■第一七八夜:なにゆえ我ら生まれ落ちしか

         ※


「我々はなんのために生まれてきたのだろうか、とスマウガルドは言った」


 抱きかかえられたまま、うわごとのように竜の皇女は呟いた。

 ウルドの語りは続いている。


 アシュレは駆けながら、その言葉を聞いている。


 本来であれば、いずこか落ち着ける場所に腰を下ろし傾聴すべきであったろう。

 しかし、アシュレには時間がなかった。

 正確には時間がないのはスノウにとってのなのだが、同じことだ。


 だから駆ける。

 疾駆する。

 しながらも聞く。


「なんのために生まれてきたのか?」

「おかしな奴だろう? ほかの種ならいざ知らず、我らは竜ぞ? 王として定められてこの世界に生まれ出でた。その竜族にあって王の名を冠する男が『なんのためにか』と問うたのだ。笑えるだろう? わたしも笑ったさ、初めてそのセリフをきゃつめの口から聞いたときは」


 ヒトの騎士の問いかけに応えながら、竜の皇女は微苦笑してみせた。

 すでに涙は止まっていたが、口調からあの傲慢さは失せている。

 我ではなくわたし、と自分のことを呼ぶ。

 あるいはこちらがウルド本来の気質であったか。


「はじめは、ほんとうにどうかしたのだ思った。それからさては怖じ気づいたのだろうと勘ぐった。なにしろあの男がそんな世迷言を言い放ったのは、わたしがきゃつとわたしそれぞれの領土を賭けての戦いを挑んだときだ。第一次会戦だよ」

「領土を賭けて……。第一次会戦?」

「我らが竜は欲するものを賭けて戦うとき、正々堂々と宣戦布告し一騎打ちで戦う。相手を打ち負かし己の実力を認めさせた側がそれを得る。これを会戦と言う。そしてこれがなによりも大事なのだが……殺し合いにまで至ることはまずない」


 初めて聞く竜たちの生態にアシュレは目を見開いた。

 なんだ? とすこし呆れた様子でウルドが片眉を上げる。


「まさか我らが相手をくびり殺してすべてを奪い去る、傲慢で残忍な種族とでも思っていたか?」

「いや……えっと……ごめん正直に言う。そうだとばかり思っていた。違うのか」

「違うとも。我らは竜族の血すべてに敬意を払う。なにしろすでに、この世にはわずかに数えるほどしか本物の竜はいないのだ。おそらくチェスの片側の軍勢ほどしか残っておるまいよ。もともと希少種ではあったが、全盛期から見ればその数は壊滅的だ。両の手の指には余るが、二巡するほどはではない。つまりとても少ないのだ。そして我らは互いが真の王者足らんと欲するだけで、種を絶やしたいわけではない」


 ウルドの言葉にアシュレは胸を突かれたような思いを味わった。

 確かに竜たちのことを、もっと尊大で冷酷な生き物だと考えていた自分がいた。


 粗暴で横暴で他者の存在を斟酌しんしゃくしない──つまり暴君の化身だと。


 しかし実際は違うとウルドは言うのだ。

 互いの要求を先に突きつけ合い、その上で王だけが戦うという竜族の戦争のあり方は、領地や相手の存在を賭けて行う闘争のカタチとして洗練の極みにあるとさえアシュレには感じられた。


「つまり……互いの要求を突き合わせ妥協できる条件を見いだしたら、それを賭けて一騎打ちの試合をするんだね。騎士たちが馬上競技会トーナメントでそれぞれの実力を競い合うように、互いの実力を示し合う。それがきみたち竜の会戦か」

「貴様のたとえはよくわからんが、まあ近しい。ただ試合と言っても本気だぞ。爪牙を奮って傷つけ合うし吐息ブレスも使う。そのせいで深い傷を負うこともある。深手を負う前に負けを認める竜は滅多にいないからな。命がけであることは変わらんぞ」


 ウルドの言う命がけの戦いというものを、アシュレは昨晩の体験に照らし合わせて想像した。


「なるほど、そこまでのものなのか。ボクたち騎士同士の馬上競技会トーナメントも戯れというには危険であることは変わりないけれど、きみたち竜族のそれとは比べものにならないことは認めるよ」

「素直でよろしい。なにしろ我らが賭けるものは賞金やトロフィーではない。自らの所領や領民ときには自分自身、その純潔であったりするのだから」


 黙っていたらウルドは見目麗しい姫君そのものだ。

 その彼女の口から飛び出した純潔をも賭けるという発言に、アシュレはつんのめりかけるほど驚いた。


「えええっ?」

「なんだ貴様、本当にいままで知らずにいたのか。道理で……。あのなアシュレダウ、我ら竜族は恋路の行方も誇りある一騎打ちで決める。領土のそれなどとは違って、これには三本を先取しなければならない特別な取り決めがあるが。なにしろ己の尊厳も誇りも名誉も投げ出して、心身ともに屈服と征服を許し、相手に子種を与えたり、子を身ごもることを承諾するわけだからな」

「え、じゃあ竜族の恋は力づくってことなのか?」

「ナニを言っている? 己より実力の劣る男に操ももちろんだが、心を許すような乙女はおらん。そうだろ?」


 ウルドからの断言めいた問いかけに、アシュレはさかんに目をしばたかせた。

 種族が違えば恋愛観が変わるのは当然なのだが。

 そう言えばイズマたち土蜘蛛の間では、相手の恋人や奥方を寝取るのが至上の愛だとかなんとか言っていた気がする。

 あれも親族婚・兄妹婚が多く血の濃くなりがちな土蜘蛛の社会では必要なことなんだヨと、イズマはうそぶいていたけれど。


「まあそう簡単に三本を先取することはできん。竜族はそれぞれが強大な《ちから》を持っているし、この手の戦いは十年単位の間隔で行われるのが常だ。相手の傷が癒えていないところへ追い討ちを試みるのは最低の行いと見なされるからな。それにたいがいがた三本が決まるまえに横合いからライバルが現れては、込み入った話になる」


 争点となったのが強く誇り高く見目麗しい乙女の場合は、特にそうだ。


「強く誇り高く見目麗しい……」


 アシュレは思わずウルドの顔を覗き込んだ。

 なんだそんなに露骨に褒めるな、とウルドははにかんで笑った。


「たしかにわたしはずいぶんと人気があった。ひっきりなしに求愛されたものだ。つまり決闘を申し込まれていたわけだな」


 ぜんぶ蹴散らしてやったが。

 自慢気に言うウルドにアシュレはどう答えていいのかわからなかった。


 並み居る王族たちを相手取り、高笑いしながら件の愛刀で次々と峰打ちにしていくウルドの姿が、まぶたの裏側にありありと浮かんだからだ。 

 だからウルドの小さな呟きを聞き逃した。

 うつむいて、唇だけ動かして彼女はこう言ったのだ。


「まあ……不覚を取ったとはいえ、ヒトの子に三度先取を許してしまったのだがな」


 あまりのことに呆然としていたアシュレは、まったく気がつかなかった。

 ウルドから睨まれていることに気づいたのは、すこししてからだ。


「え、っと。どうかした?」

「貴様……まあ、いいか。ヒトと竜とではそもそも成立などせん話だ」

「え?」

「聞かなかったことにせよ。それでスマウガルドの話だったな?」


 なぜか諦めたような口調で不機嫌げに眉を寄せ、ウルドが話を戻した。

 なにを聞かなかったことにせよと言われたのかアシュレにはさっぱりわからないのだが、忘れろというのだから些事なのだろう。


 そうたしかにいま優先すべきは、スマウガルドのことだ。








さて今夜からまたチマチマ更新していこうかなと思ってます。


待った? 待ってない?


まあとにかく4月中にこのエピソード終わらせるべく進めていきまつ。

GWにはかかりたくないなあw

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