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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 5・「竜玉の姫・屍竜の王」
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■第一七五夜:《ねがい》のケダモノ



「たしかに……言われてみたらなんか変だ。わたしだってお姫さまみたいな暮らしに憧れたことくらいあるもん。そうか。どうせだったら自分がなりたいよねえ、王さまには。これ変だよ」

「であろう? たしかに王の仕事はなかなか面倒なことも多い。特に統治の問題は悩ましいことではある。しかし慣れれば遊戯ゲームと変わらん。盤上で駒を操作するごときものだ。そのほかの些事など園丁ガーデナー土くれファッジ、それこそ臣民たちに任せておけばよいことなのである」


 王さまの語る統治哲学対してはにわかに肯定できないものを感じながらも、共感できる部分もかなりある。

 スノウはなんども頷いた。

 王さまやプリンセスに、一度も憧れたことがない人間などいないという意味での、賛意の表明だ。


 一方スノウからの肯定を受け、王さまの弁舌はますます滑べやかになり、その主張はもはや演説の域に達していた。

 そう王とは臣下からの心からの同意、賛意、拍手喝采を浴びて輝くものなのだ。

 草原はいまや劇場空間であった。


「であればなぜ、かつてこの世界を望んだ者どもは、その権力の集中を許したのか。だれかに(・・・・)(ちから)を託したのか。具体的に言えば、絶大なる《ちから》の集中を我ら竜に許したのか? なんのために?」

「我ら竜族って……あっ、そうなんだ?! 王さまって竜族のヒトだったんだ!」

「それは……我が最初に言ったな、出会ったときに」


 いまさらながら王さまを竜族と認識して、スノウが驚いて見せた。

 王さまは驚愕の表情を浮かべて見せた。

 そなたは鋭いのか鈍いのか、ぜんぜんわからんな。

 良い感じに乗ってきたところに水を差され、困惑顔で呟く。

 スノウは失敗を目撃された猫のような動きをした。


「そ、それだけミステリアスな存在ってことで」

「ものは言いようか。まあそれがそなたの魅力であるのは、たしかであろうな。それをミステリアスと表現して良いかどうかはわからぬが」

「えへへ、それほどでも」


 王さまからのツッコミを、スノウは若さという名の《ちから》で無理やりぶっちぎった。

 その上あまりの図々しさに呆気にとられる美丈夫を、これまた見て見ないふりという高等技術を用いて振り切る。

 すばやく話題をもとに戻す。


「でもそうか。たしかになんでそんなことを許したんだろう。なんでそんな《ねがい》を持ったんだろう。だって……だってだれだって自分より他者が抜きん出ることには、後ろ暗い感情を持ってるはずだもの。それこそ聖人さまとかでない限り、たとえ口に出さなくっても心のどこかに嫉ましいって感情はあるはずだもの。そんなわたしたちがどうしてだれかを──世界に選ばれた数人を王さまにしよう・・・・・・・だなんて《ねがった》んだろう?」


 王さまからの追求から逃れるべく思考を巡らせながら歩いていたスノウが、突然立ち止まった広くてたくましい背中にぶつかったのは、その時だった。

 わあ、と悲鳴が口を吐く。


「なんで急に立ち止るの?! あぶないよ! 鼻ぶつけた!」

「しっ。そなたしばらく静かにするが良い。ケダモノだ」

「ケダモノ?」


 涙目で訴えかけるスノウからの非難には応じず、王さまは前方の丘、その稜線を指さした。


 世界はいつのまにか黄昏に向かいつつあった。

 青空は色合いを変じ、太陽は丘陵の境、その向こうへと退きつつある。

 空にはすでに無数の星々が姿を現し始めている。


 その暮れなずんでいく世界の光と影を分ける境界線上に、二頭の不思議な生き物がいつのまにか姿を現していた。

 ケダモノと王さまが呼んだ生物だ。

 それを見た瞬間、ぶるり、と悪寒が背筋を這い登るのをスノウは感じた。


 一見で、それがただの野生動物ではないことがわかった。

 王さまが静かにしろと警告した意味がわかった。


 二匹のケダモノはあえて言うなら鹿に似た姿をしていた。

 だが鹿であるはずがなかった。

 

 雄であろう一頭は立派な角を備えていた。


 スノウはトラントリムの森や雪原で、何度かヘラジカを見かけたことがある。

 深く柔らかい新雪をものともせず疾駆する巨大なヘラジカの雄の頭頂には、息を呑むほど立派な角が備わっている。

 それはまさに宝冠とたとえるべきものだが、視線の先に佇むケダモノにもそれがあった。


 ただしそれは生い茂る巨木の枝のように複雑に分岐し絡み合ったもので、さらに光で出来ていた。

 風にそよぐ産毛の一本一本まで、滲み出るような輝きで構成されていた。


 そばに控えるもう一頭も、鹿では有り得ない異相を持っていた。


 まるでウマのごとき長きたてがみ。

 それもおとぎ話のなかの姫君のごとき長さと豊かさ、美しさを兼ね備えるものであった。

 そして当然のようにそのたてがみも、雄の備える光の角と同様、輝きで出来ていた。


 二頭の蹄もやはり光を放っていた。

 蹄のカタチも普通ではありえなかった。

 翼が生えてのである。


 空を飛んでしまいそうな、宙を駆けてしまいそうな、そんな感慨を抱かせる異相であった。


 だが真に魔導書グリモアの娘を震え上がらせたのは、そんなことではなかった。

 ケダモノたちは、もっと特徴的で象徴的な器官を持っていたのだ。


 それは顔である。

 好々爺のそれ。

 年老いた魔女の相貌。


 目を閉じたデスマスク。

 片や微笑みの、片や嘆きの顔を持つケダモノたち。


 そしてふたつのデスマスクの額には、まぶたのない巨大な眼がひとつずつあり、それがじっとスノウを凝視していた。





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