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■第八夜:噛み砕く微笑み

         ※


 一昼夜、考えてみてくれ、とダシュカマリエは言った。


 けっきょくアシュレは昨夜、一睡もできていない。

 あてがわれたあの訓練場の宿舎で椅子に座したまま、夜を明かしてしまった。


 カテル島は風に恵まれた土地柄で、穀物をくのに風車を使う。

 その軋みと唸りが、ときどき離れた宿舎にも風に乗って届いてくる。

 それ自体はヒトの営みを感じさせるもので、アシュレにとって不快ではなかったが、昨夜ばかりはそれすらかんさわったのだ。


 昨夜、ダシュカマリエに見せられたカテル島の秘密、そして、《ねがい》の《ちから》によって肉体を蝕まれ、じ切られるような苦痛に耐えるイリスの姿が、脳裏に交互に去来し、アシュレをさいなんだ。

 イズマに相談したかったが、こちらはいつの間にか、あの広間からいなくなってしまっていて、ついに果たせなかった。

 それも響いていたのだろう。


「一睡もしなかったな」

 対岸の長椅子に身体を横座りにして、シオンがいた。

 正装から楽な部屋着に着替え、ガウンをまとっている。

 長椅子には羊の毛皮を敷き、ブランケットに身体を包んでいる。


「ごめん、つきあわせちゃったね」

「わたしも、同じ気分だったさ」

 卓上に並べられた軽食は、ほとんど手付かずのまま冷めてしまった。

 燭台しょくだい蝋燭ろうそくは、燃え尽きる寸前だ。


「せめて茶だけでも点てなおそう」

 言いながらシオンが立ち上がる。

 アシュレはこれまでの経験で、シオンの入れてくれるお茶だけは天才的だと認めているから、ありがたかった。

 それ以外の家事は……お互いの今後をかんがみて、言及を控える。

 裁縫さいほう刺繍ししゅうはどうなのだろうか。

 恐くて聞けない。


 いや、本当は古き血統に連なる夜魔の姫が、自分の世話をあれこれ焼いてくれている現状のほうが、奇跡に近いのだ。

 そうアシュレは思いいたる。

 たしかに普通、あることではない。

 ボクたちはすでに、ある意味で“奇跡を生きている”のだ。

 己の胸を走るあの大きな傷痕を思いだし、アシュレは改めてそれを実感する。

 自然に礼が口をついた。


「ありがとう」

「アシュレ……そなただけが背負うことではないからな。最後まで、ともにわたしはおるからな」

 茶を点てるため厨房ちゅうぼうに向かうシオンが去り際、ささやいた。

 不意に胸の奥に熱があふれてきて、アシュレは涙をこぼしそうになる。

 まるで女のコのようだと自嘲じちょうする。

 アシュレはまだ、“悪”どころか、男にさえなり切れていない。


挿絵(By みてみん)


 自ら“悪”になる――。

 たしか、以前、アシュレはイリスに、そんなことを言った。

 カテル島へ向かう船――エポラール号のなかで、だ。


「ボクは“悪い男”になる、か。――むずかしいんだな」

 アシュレの定義した“悪い男”とは、本当に大切なものを護るため、あえて正しい側から誤った側にさえ踏み出せる男のことだった。

 そして、そのことに後ろ指を指されても、笑い飛ばせてしまうような男のことだ。

 たったひとりでも、歩み出していける男のことだった。

 まだ、自分はその定義を現実として生きてはいない。

 決意を固めることと、成し遂げることの違いを、あらためて思い知らされる。


 アシュレは窓を開け放つ。

 宿舎は生活に不自由はないが、邸宅ではないためガラス窓などはまっていない。

 上がってきた朝日を浴びるべく、アシュレは鎧戸をさらに押し開けた。


 ファルーシュ海の美しい光景が飛び込んできた。

 ちらほらと頭頂に雪化粧した島々が朝日に輝く。

 例年にはない光景――異常気象だ。


 夜明けと同時に、人々の営みはとっくの昔に始まっている。

 農閑のうかん期といえど、豚と羊をはじめとした家畜たちの世話、葡萄の枝の剪定せんてい、冬と強い風に備える家の修繕しゅうぜん

 日々の暮らしは待ったなしだ。


 ボクたちの《意志》――《スピンドル》だけが世界を動かしているわけではない。

 おなじように《ねがい》だけが、この世界の動力ではない。

 その光景に、アシュレは自分と、いま自分に繋がる膨大で広大なすべてを感じる。


『子は育つものです。父母から、周囲の人々から、環境から教えられ、学び取って。その努力を経ぬままに、それを敵と見なすことはボクにはできない』

 ボクが言ったことじゃないか。

 アシュレは深呼吸して、小さく笑った。


 そうだ。

 試すことなく、試みることなく、結論することなどできはしない。

 もし、すべてが悪い目に出たとき、ボクがどうするのか、そのことさえ決めればいいことだ。

 なんども自問することになるだろう。

 なんども決断を迫られるだろう。

 もしかしたら、決定的な“悪”に自分は成り果ててしまうかもしれない。

 自らが目指すそれではなく、だれかの思い描いた――理想的な焦点としての“悪”に。

 たとえば、あの降臨王:グランのように。

 望むと望まざるとに関わらず。


 ただ、だからこそ、そのすべてを己の《意志》において行う。

 このままならぬ世界において。

 いかなる理不尽にさらされようと。


 重要なことは決断を手放さないことだ。


 そのことを、まずボクが覚悟することだ。

 そして“その覚悟を生きる”ことだ。

 明確な作戦と、それを貫くに足る戦力を――我が物とすることだ。

 現実に抗うための。

 

 そう決意すれば――世界は驚くほど澄んで見えた。


 もちろん、不安も焦燥もなくならない。

 怯えも、理不尽に対する怒りも消えはしない。

 ただ、それでも。


「それでも、ボクは――」

 まなじりを固めたアシュレの視線の先で、だれかが手を振っているのが目に入った。

 斜面の下から上がってきている。

 あきらかにアシュレに向かって手を振っている。

 笑顔で、なにか手に抱え、ミルクだろうか容器をぶら下げて。


 イズマだった。転びそうになり慌てて体勢を立て直す。

 ひょろりと伸びた長い手足が道化師みたいだ。


挿絵(By みてみん)


 あはっ、とアシュレの口から笑い声が漏れた。


 そうだった、とアシュレは思う。

 国ひとつ滅ぼすほどの“悪”を引き受けてなお、笑うことのできる男が、そこにはいたのだ。

 アシュレが手を振り返すと、さらに笑みを広げ、陽気になったクモみたいな、そんなうまく形容できない格好で走ってきた。

 あははっ、とアシュレはまた笑った。


 そのときにはもう、アシュレの心は定まっていた。



         ※



 その日の正午、アシュレはダシュカマリエに計画の受諾じゅだくを伝えた。

 もちろん、来意を手紙にしてからだ。


 大司教は計画の中心人物であり、自身が儀式に参加している間の業務の引き継ぎ・割り振りを行っている最中だった。


 カテル島は南側を天として見た時、逆L字型に近いカタチをしており、その東のほぼ突端に島最大の都市:カテルは存在する。

 軍事面での要である騎士団は、そこに各国、出身者の国別に騎士館を持つためダシュカはそちらに出向いていた。


 儀式間は、その護衛任務にノーマンが当たる。

 その了承は大司教からの要請があって後、騎士団長からの任命というカタチで成されなければならない。

 カテル病院騎士団は組織だ。

 面倒でも手続きを踏まなくてはならなかった。


「予想よりずっと早い決断だ。アシュレダウ、わたしはキミをすこし見くびっていたかもしれないな」

 相変わらず歯に衣を着せる様子もなく、はっきりとダシュカは言った。

「悩むことでイリスを救えるなら、そうしたでしょうが。

 それに、責任の所在を明言したのに、いざことに及べば実行できぬ、では騎士としては失格です――為政者であればそれもあるいはひとつの手かもしれませんが」

「己の発言に――その責任に拘泥しているだけであるのなら、若いな、と笑うところだが、己が規定する“悪”を認め、現実を前にして、つまり、毒と承知したうえで――それすら飲み干そうというのならば、貴君はすでに“男”であると、わたしは評さざるをえない」


 ダシュカマリエの評価に、アシュレは高揚を隠せない。


「ありがとうございます。められたのだと解釈しておきます。

 ところで大司教のおっしゃるところの“男”とはどういう存在ですか? 

 よろしければ、後学のためにお聞かせくださいませんか?」

「恋愛対象である、という意味だ、アシュレダウ」


 さらり、と変わらぬ様子で無数の書類を決裁しながら、ダシュカは言った。

 アシュレはまた間抜けな顔をさらすハメになる。

 書類をまとめる秘書官がちらり、と流した瞳のなかに、こらえた笑いを見出してしまう。


「大司教猊下の冗談は、毒がキツ過ぎます」

「本音だからな。心に決めた男がいなかったなら、この場で恋に落ちていただろう」

 こじんまりとした執務室の巨大な机上に積まれた書類の束をまたたく間に切り崩し、ダシュカは秘書官に退出を命じた。

 客人への茶はわたしが入れる、と言って。


 シオンとイズマは同行していない。

 イズマは朝食をすませると、用事があると言い置いてまた出ていってしまった。

 シオンは宿舎にいる。


 決断を告げるだけだ。

 子供ではないのだから、付き添いはいらない。

 それに、いかに重鎮たちの理解を得ているとはいえ、イズマもシオンも本来なら人類の仇敵なのだ。

 騎士団の人間ばかりでなく、商用で訪れる者も多い市街地中心部へは姿を見せないほうが賢明だったろう。


 ただ、そのせいで思いがけず、アシュレはダシュカとふたりきりになってしまった。

 ノーマンは騎士本館で手続きの最中だ。

 これは想定外のシチュエーションだ。


 銀の仮面に顔の半分を覆われているとはいえ、ダシュカが相当な美貌の持ち主であることはその仮面からのぞく相貌そうぼう鼻梁びりょうの尖端、唇と頬、そして顎から首筋へラインの見事さから、まず間違いないことだった。


 三十に達してはいると聞かされていたが、年齢を感じさせない硬質な美が、その法衣の上からでもうかがえた。

 なぜかどぎまぎし、さらには宗教的な意味での上位者からのもてなしを受け、アシュレは恐縮してしまう。


「大司教猊下は、気さくな方ですね。法王庁のお歴々とはだいぶちがう」

「実践主義者なだけだよ、アシュレダウ。ここカテル島は、あらゆる意味で現場なのだ。手が空いているものは上役であろうと使う。そうでなければ回らない。言を左右に、立場を考えて――などというヒマがないだけさ」


 アラムとの交戦という意味でも、病魔との戦いという意味でも、カテル病院騎士団は最前線にあったのである。

 アシュレはそのことを再度、身に染みて理解した。


 点てられた茶はハーブティーだった。

 茶葉は嗜好しこう品であり、高価だったから、大司教位にある人間が庶民の飲むような薬草茶を飲んでいることにも、アシュレは好感を抱いた。


「おいしい」

「そうかね。それはよかった。わたしの菜園のものだ。加工、保存もすべて自前だよ」

 最前線で鍛え上げられたカテル病院騎士団においてさえ、正式に認められた《スピンドル》能力者は十名程度。

 そのなかにダシュカマリエの名も当然ある。


 そして、その多くが前衛・戦闘職であり、さらには治療系の異能は極度の消耗を強いるため、付属の病院でも異能による治療は緊急的、例外的措置なのである。

 つまり外科手術と内科的継続治療、そして、投薬がその基礎を成していることは、他の病院施設と同じなのだ。 

 この時代の薬学、特に治療目的のそれは半分以上、薬草学とその根幹を同じとしていると言ってよい。


 ダシュカの点ててくれたハーブティーの薫りのよさ、甘味の引き出しかたは、シオンのそれに匹敵するほどだった。

 そして、このハーブ類はすべて、ダシュカの手によるもの。

 それはつまり、ダシュカがハーブの育成から加工、保存、そして有効成分の抽出にいたるまで天才級の腕前を持つということになる。

 アシュレはダシュカを信頼に足る人物だと、それだけで思う。

 地道で、果てのない仕事をそれでもコツコツと続けていくことは、口先だけの理想では到底、不可能だからだ。


「それで、承諾しょうだくに関して、ひとつだけある条件とは?」

「イリスとの面会です」

 彼女の意志を、直接確かめたい。アシュレは言った。

 ぱちくり、とダシュカの瞳が瞬きした。

 驚いたのである。

「それは、そうだ。まったく、アシュレダウ、キミの言う通りだ」

 思いもよらなかったな、という口ぶりだった。

「当然の権利、というやつだ」


         ※


 その面会にはシオンも同行することになった。

 ダシュカとともに聖堂を出た途端とたん、頭にヒラリが落ちてきた。

 突然現われたコウモリにダシュカは目を丸くして驚いたが、すぐに相好そうごうを崩し「触ってもいいかね」と訊いてきた。


 アシュレは数秒、悩んだが、けっきょく断った。


「シオンとのリンク関係にあるので」

 と正直に理由を話すと、ダシュカはにんまりと笑ったものだ。

 たぶん、独占欲の強い男と勘違いされたのではないかとアシュレは思う。


 アシュレとシオンはヒラリを仲介にして、イリスが治療を受けている治療施設で落ち合うことを取り決めた。


「わたしが、同席する必要はないだろうが、病院への立ち入りに病院騎士の同行が必要だろう。ノーマンを連れていけ」

「いいのですか?」

「夕方までに返してくれれば問題ないよ」

 これからまた、別の業務を片づけるのだというダシュカにアシュレは畏敬の念を抱きつつ、自らの懸念を話した。

 立て続けに衝撃的過ぎる現実を突きつけられたため、遅れてしまった報告である。

 

「追手? 夜魔の姫の?」

「この天候が関係していると、シオンは言っていました」

「穏やかではないな。道中、詳しく聞こう」

 騎士本館へ向かうダシュカの護衛を兼ね、アシュレは馬車のキャビンに同乗する。

 これもアシュレが聖騎士でなければ許されないことだ。


 朝はあんなに天候がよかったのに、陽が陰ってきた。風が冷たい。

 もしかしたら、夕方からまた山間部では雪になるのかもしれない。

 寒さに馴れないカテル島の住民は狼狽ろうばい気味だ。

 カテル島の低地では気温が十度を下回ることなど、ほとんどないからだ。


 今日の仕事を片づけるべく、人々が足早に歩き回るのがキャビンの窓からは見ることができた。

 この調子だと昼過ぎには市場は閉じてしまうかもしれない。

 主婦たちが今夜はスープにするのだろうか。島特産の海産物である雑多な小魚を買い求めている。

 それでベースを作り、普段はあまり使わないニンニクとトウガラシを加えた辛くて熱いスープで家族を寒さから守ろうというのだろう。


 ヴヴ、とキャビンにはめこまれた窓ガラスが冷たい風に押されて鳴った。


「なるほど、シオン殿下は祖国:ガイゼルロンとたもとを分かったと言われていたな。まさしく、追討の対象というわけか」

「土蜘蛛の王もやはり狙われる身であると、言っていました」

「うん、その話は聞いているよ」

「えっ? それは予言、という意味ですか?」

 アシュレは驚く。

 しかし、ダシュカの答えは、もう少し上をいっていた。

「ある意味ではそうなるだろうが――今回のことは、わたしの異能と《フォーカス》:〈セラフィム・フィラメント〉の効果ではない。

 キミがわたしの異能について、どう考えているか知らぬが――すこしレクチャするならば『これから起きる出来事を逐一なんでも察知することのできる便利な能力』と認識しているなら、それは決定的にちがう。

 むしろ、わたしよりはるかな上位者――つまるところこれは聖イクスないし天使が、ということになる――が『伝えたいことを一方的に伝達してくる』ものだという方が正しい。

 その場合に限り、予言は具体的で精度も極めて高いのだ」

 失せ物探し程度なら……まあ、もっとずっと速く簡単に精度高くできるが――未来を知ることは、桁違いに難しく、ままならぬものなのだよ。

 そう付け加える。


 アシュレはダシュカの言葉に震えた。

 これはつまり要約すれば「聖イクスか、あるいはそれに準ずる存在=天使からのみことのりを受けるている」ということである。

 ダシュカの持つ銀の仮面が、法王庁聖遺物管理課が認定した本物の聖遺物:〈セラフィム・フィラメント〉でなければ、預言者を自称することは“舌がかり”と呼ばれ、異端審問の対象となってしかるべきだった時代のことだ。

 あらためて考えてみれば、ダシュカは「法王庁に正式に認められた預言者」なのである。

 当然、その予言は「聖イクスか、あるいはそれに準ずる存在の言葉」でなければならない。

 そのことを失念していたアシュレは、やはりまだ、どこか自分は本調子ではないのだと思い知った。

 どうして、ここにいたるまで、それを忘れていたのか。

 

 けれでも、いちど思いいたれば、想像力は走り、記憶を連鎖させる。

 己の予言が「圧倒的存在からの上意下達じょういかたつである」と告げる一方で、その聖遺物:〈セラフィム・フィラメント〉が「《御方おかた》の死骸との接続器である」ともダシュカは言った。

 ざわざわっ、と一度は収まったはずの疑念がぶり返しかける。


 心に整理をつけ、せっかくって立った足場を失ってしまうような予感に、このときアシュレは躊躇ちゅうちょしたのだ。

 立て続けにその身にふりかかった巨大で残酷な事件に、アシュレ自身、気がつかぬまま疲れていたのかもしれなかった。


 ありていに言えば、安心したかったのである。

 イリスは助かるのだと、信じたかったのである。

 だから、アシュレはこの話題を流してしまった。

 食い下がって、真実を聞き出すべきだったかもしれぬ――重要な案件を、だ。

 深く考えることから逃避してしまった。


 目の前の、まさしく目先の現実へと。


「それでは……先ほどの予言というのは?」

「今朝、朝食の席で聞いた。イズマ――イズマガルムといったか? 

 国民に忘れられ、廃位されたとはいえ土蜘蛛の王だった男の言葉だ。

 なにごとか策を巡らせる、と言っておったよ。

 じつはその際に、夜魔の姫の話もほのめかされた。

 手だけは打っておいてくれと。もちろんそうすると答えておいた。

 ……それに、なかなか楽しい男ではないか?」


 心から楽しげに告げるダシュカに、アシュレは驚かされた。


「イズマは単独で会見を? それに策を打つって?」

「策についてはしらん。だが、アレが打つといえば打つのであろう。

 その裁可を求めにやってきたのだ。ここはわたしの領土だから、と。

 律義だろう? それから、キミは昼過ぎまでには来るだろうと予言していた。

 キミはその時刻をさらに一刻あまり縮めて見せたのだがな?」


 アシュレがイリスのことに囚われている間に、イズマはすでに行動を起していたのだ。

 思えば、宿舎を出る時に別れたあれは、その策を巡らせに行ったのではないか。

 そう思うとイズマという男について、アシュレは紛うことなき尊敬の念を抱いてしまうのだ。


「感謝を」思わず、イズマへの礼が言葉になった。

 それからアシュレはダシュカに頭を下げた。

「イリスを救ってもらうばかりか、恐ろしい追手を呼び寄せる我々を匿っていただいていること、なんとお礼を申し上げるべきか」

 そんなアシュレに、ダシュカマリエは平然と答えるのだ。


「それは違うぞ、アシュレダウ。

 キミとキミの愛する人々を守り通すことは、われわれカテル病院騎士団の総意であり《意志》だ。

 火傷をいとう者が、火に巻かれる母屋から家族を助け出せるかね?

 できれば火事になどわぬことが一番だが、いざ、それが起きてしまってから思い悩んでいるようでは、家族の命を危険にさらすことになる。

 我が騎士団にそんな腑抜けはいない。

 そして、そのような躊躇ちゅうちょ、尻込みは未来永劫、我が騎士団には不要なものだ。

 だから、これはわれわれが、カテル病院騎士団が、自分たちの確固たる《意志》=信念において起した行動の結果だと断言しておく。

 キミが謝るのでは筋が違う」


 決然と言いながら、ダシュカがアシュレの手を取り、面を上げさせた。


「それに、夜魔の精鋭:月下騎士団と土蜘蛛の凶手が揃い踏みとは、なんとも豪儀ごうぎな話ではないか。

 実に――実に噛み砕きごたえのある敵だよ。……アシュレダウ、キミは忘れているのではないか?」


 われわれはグレーテル派:カテル病院騎士団は、巡礼者たちを助け、病やケガを癒す責務を負った聖職者集団でもあるが、同時に異教徒や敵対者を粉砕する宗教騎士団でもあるのだよ?


 そう言ってのけるダシュカの赤い唇から真っ白い歯がのぞき、獰猛どうもうな笑みのカタチになるのを、アシュレは見たのだ。




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