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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 5・「竜玉の姫・屍竜の王」
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■第一五八夜:交戦、墜ちた場所で


 さてどれほど駆けただろう。

 疾風迅雷ライトニング・ストリームのおかげで足下の悪さは気にならない。


 むしろ問題は視界を阻む湯煙の方だった。

 アシュレの瞳は夜魔の姫:シオンの影響である程度以上暗闇を見通せるようになってはいるが、それとこれとは話が別だ。


 ときおり渓谷に響き渡る咆哮を思わせる轟きに身をすくめながら、アシュレは進んだ。

 そして、見出す。


 決定的な存在の証──満々と湯をたたえる淵に半ば身を沈めた竜に襲いかかる巨大な二匹の蜘蛛を。

 それは見る者の嫌悪感を掻き立てる、醜悪な出し物に思えた。


 一方的な蹂躙。

 蜘蛛たちは計十六本の脚で竜をからめ捕り、巧みな連携で肉体の自由を奪おうとしていた。


 対する竜はすでにどこかに傷を負っているのか、首を振って噛みつこうと試みるものの果たせない。

 がちり、がぎん、と大顎が噛み合わされる身の毛もよだつような音だけが夜気を震わせた。


「蜘蛛が竜を襲っている?! なんだ、どういうことなんだ?!」


 あまりの光景に、アシュレはふたたび我が目を疑った。

 だがいかに信じられなくとも、眼前で進行している出来事は事実だ。


 蜘蛛を引き剥がそうと竜が暴れるたび、温泉が海原のように波立ち、振動が地震のように地を揺るがす。

 ひゅごう、と大気が奇妙に震えたのはそのときだった。


 まるで高山に登ったときのような耳鳴り、をアシュレは覚えた。

 それが竜が吐息を放つ直前、急激に周囲の大気を吸いこみ胸郭を膨らませる溜めのせいだと気がついたのは、寸でのところだった。

 思わず聖盾:ブランヴェルの力場を展開し身を守る。


 正解だった。

 もしあと一呼吸でも力場の展開が遅れていたら、アシュレはもしかしたら生きてはいなかったかもしれない。


 世界が紫電に瞬いた。

 視界を焼く超高熱・超高電圧の吐息ブレスが竜の顎門から放たれたのだ。

 それはまとわりつく巨大な蜘蛛の背を掠め──だが紫電の一撃はまるで針を連ねたような大蜘蛛の剛毛を切り裂き、体液をあっという間に沸騰させた。


 ブシャア、と音を立てて蜘蛛の背から青い体液が迸り出る。

 ぎきいいいいいい、と胸の悪くなるような軋りが蜘蛛の大顎の間から毒液とともに漏れ出す。


 なんという威力。

 直撃でなかったにも関わらず竜の吐息ブレスは大蜘蛛を一撃のもとに屠ったのだ。


 もちろんアシュレも水面を走ってくる放電や、周囲に走る岩の割れ目を文字通り雷速で伝わり来る電撃、そして大気の帯電現象から必死に身を守らなければならなかった。

 雷の直撃どころではない凄まじい威力がその吐息ブレスにはあったのだ。


 しかし竜の反撃もそこまでだった。

 吐息の放出、その動作で無防備になった口を、生き残った大蜘蛛の糸が素早く封じた。


 見ればその身にはすでに鋼線を思わせる粘つく糸が何重にも巻かれ、身体の自由を奪っている。

 悔しげに竜は身を捩り唸りを上げるが、もはやそれは示威行動にすらならない。


 ぎらり、と蜘蛛の口腔から槍の穂先ほどもある牙が覗いた。

 そこから夜気に光る毒液が滴り落ちる。


「クソッ、どうする?!」


 アシュレが迷っていたのは一瞬だった。

 気がつけば竜槍:シヴニールを構えている。


 どうして彼女・・を助けようとしたのか、わからない。

 ただ最後の一瞬、その怒りに燃える瞳がアシュレのそれを捉えたように思えた。

 そして──感じたのだ。

 

 助けを求められたように。

 もちろんすべてがアシュレの思い込みだったかもしれない。

 しかし騎士の本能が、アシュレを突き動かしていた。


 この女性ひとを助けなければならない、と。

  

 次の瞬間、アシュレは大蜘蛛に目がけ超高速・超高熱粒子の一撃を叩き込んでいた。


         ※


 もうもうと立ち込める水煙を掻きわけるようにして、アシュレは歩みを進ませた。


 竜が沈んでいた淵がどこだったのか、もはや視認は難しい。

 大蜘蛛と傷ついた竜との一戦、さらにその大蜘蛛の片割れを竜槍:シヴニールの一撃が仕留めた、その余波だった。


 疾風迅雷ライトニング・ストリームのおかげで、足場の不自由を感じずにすむことだけが救いだった。

 わずかな時間に限られるが、熟練者ともなれば水面に立ち止まることさえ可能にしてくれるこの異能は、このような場面で特に威力を発揮する。

 不整地での侵攻用にだけではなく、探索にも行軍にもと役に立つ汎用性の高い異能であった。


 アシュレは竜のいた場所を直接捜索することはいったん諦め、渓谷の壁面を利用することにした。


 なんらかの間違いで竜が拘束から自由になり苦し紛れの吐息攻撃を行わないとも限らないし、仕留めたはずの蜘蛛の死骸が頽れ、その下敷きになるなど目も当てられない。

 それならまだ視界も足場も確保しやすい壁面のほうが、山羊のように岩場を自由に駆け回れるいまのアシュレにしてみればずっとマシな選択だ。


 湯煙を避けるように垂直に近い壁面を駆け上がる。

 岩場を割り裂き根を張り巡らせた樹木に身を預ける。


 そこから地形の全容が見渡せた。


 深い淵を中心に毛むくじゃらの大蜘蛛が屍をさらしていた。

 それが二匹分。

 小山を思わせる蟲の遺骸はどちらもブクブクと泡立つ体液を噴き出し続けている。

 特にアシュレの放った竜槍:シヴニールの直撃を受けた方は、爆散してしまわなかったのが不思議なくらいだ。


 だが、そこに竜の姿は確認できなかった。


「どういうことだ。彼女は蜘蛛たちより一回り以上大きかった。その姿がここから見出せない、なんてことがあるか?」


 アシュレは不審に思った。

 あれほどハッキリと視認できていた竜の巨躯が、まったく見えなくなってしまっている。

 沢のなかで湯煙や水煙、蜘蛛の死骸に紛れてわからないならまだわかるが──いまアシュレは戦闘のあった当の現場を上から見下ろしているのだ。


 影もカタチもないなどと、あり得る話ではない。


 あるいは、あの爆発に紛れていずこかへ飛び去ったか?

 いいや、彼女の肉体には鋼線を思わせるクモの糸が幾重にも巻きつき食い込んでいた。

 自由は完全に奪われていたはずだ。


 あの糸が異能のような超常現象であればそれを維持していた存在、つまり蜘蛛が死んだことで溶け消える可能性もあるが、あれは生物が生成する物質だ。

 だとすれば、看守が死んでも手枷・足枷が囚人の肉体に残るのと同じで、自動的に拘束が解かれたりはしない。


 だとしたら。

 アシュレは抜かりなく周囲を警戒しながら、足場を放棄して目星をつけた淵へと降りて行った。




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