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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 5・「竜玉の姫・屍竜の王」
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■第一五七夜:竜

 



 事件が起ったのは、月が中天に差しかかった頃だ。


 このとき覚醒していたのはアシュレだけだった。

 警戒はエレとエルマが持たせてくれた結界群に任せ、そろそろ眠ろうと最後に天を見上げたときだった。


 びょう、と満天の星空を巨大な翼の影が切り裂いた。

 ごうおう──音が影に遅れて届く。


 なんだ、いまのはッ?!

 叫ぶより早く立ち上がり、城塞めいた遺跡の端まで駆けていた。

 騎士としての嗅覚が一瞬でアシュレを覚醒させていた。


 うっかり飛び降りてしまいそうな勢いで崖の縁に張り出した胸壁にすがりつけば、空を行く巨大な存在の全貌があきらかとなった。


 特徴的な突起と鱗を備えた尾。

 同じくほかにはあり得ない際立った形状の翼。

 長く伸びた首の先端には、王冠を思わせる立派な角を頂く頭がある。

 そして大きく開かれた口腔には、紫電の残滓が光って見えた。


 竜、だと思った。

 飛び行くその姿は、それ以外の印象を抱くことをアシュレに許さない。

 あまりにも圧倒的な存在が天を駆けて行く。


 ぐん。ごうおう。

 音圧は吹き荒れる颶風ぐふうとなって、アシュレたちが陣取る遺跡にも届いた。

 凄まじい吹き下ろしの風が、真上から叩きつけられる。

 アシュレは胸壁にしがみつき、この地に来てから伸びてしまった前髪をかき上げ、必死に視界を確保した。


 ただ、どうしたことか。

 竜であろう巨大なシルエットは、苦しげにぐるりぐるりとアシュレたちの頭上で旋回する。

 と、そのまままっすぐに渓谷の闇に呑み込まれて行くではないか。


 飛んでいる、というよりあれは墜落しているのか?

 さらにアシュレは竜のカラダに奇妙なものが組みついているのを見た。

 

 八本もある毛むくじゃらの、脚。

 まさか蜘蛛なのか?

 それも極めて巨大な。

 しかも二体?


「あれはなんだ? まさか本当に竜なのか? それに蜘蛛?! だけど大き過ぎる!」


 激しい混乱がアシュレを襲った。

 見えていたのは数秒に満たない時間であったが、あのシルエットは間違いなく竜かそれに類するものだった。

 あのような巨大な飛行生物の存在をアシュレはほかに知らない。

 伝説にしか聞いたことがなく、その挿し絵である想像図でしか見たことがないとしても──あれは竜に違いない。


 だが、なぜいま竜が飛んでいる?!

 どうして墜ちた?!


 まさかいまのはスマウガルドに、こちらの位置が露見したのか?!

 いやしかしヤツは地上世界には出られないのでは?!


 ではあれがウルドラグーンということなのか?!


 さらにあの竜はなにかに襲われているようにも見えた。 

 だが、だが──いくつもの逆説が胸のうちで跳ね回る。


 このときのアシュレの思いを言葉にすればこうだった。

 

「なにが起きている?! いったいあれはなんだ?!」


 考えるより早く身体は動いていた。 


「シオン、スノウ、起きてくれ!」

「起きているぞ、アシュレ。いまのは竜か?」


 この時点でシオンはすでに覚醒しており、戦闘準備を整えつつあった。

 アシュレは彼女の着付けを手伝いながら、かたわらのスノウを揺り動かす。

 だが、こちらはなにかを積極的に準備するのは無理な状態だった。


 魔導書グリモアの《ちから》を開放した消耗と、それに抗うべくアシュレから与えられた官能の刻印のせいで、立ち上がることどころか着衣を整えることも難しいというありさまだ。

 拘束の跡に衣類が触れるだけでそれを鍵に記憶がフラッシュバックし、アシュレへの想いが暴走してがくがくと膝が震え立ち上がれなくなるらしい。

 

 これが本来、奥まった専用の部屋で行うべき魔導書グリモアの《ちから》を屋外で試したツケだった。

 そしてそれは最初のとき確実によりひどくなっている。


「ごめんなさい騎士さま──いま触れられると……ちょっと立てないっていうか」

 

 その途端にスノウが小さく悲鳴を上げた。

 制止の言葉より早く、竜皮の籠手:ガラング・ダーラに包まれたアシュレの指先が荒々しく、スノウの剥き出しの肩に触れてしまったのだ。


 これはそっとしておくほか手がない。

 アシュレには丁寧に外套をかけ直してやるほかにできることはない。


 一方、シオンの対応は極めて現実的だった。


「さて、どうする? 武装は終えたが──」

「ボクが見てくる。シオンはスノウを守ってくれ」


 聖なる籠手:ハンズ・オブ・グローリーを着用し終え、聖剣:ローズ・アブソリュートをいつでも展開できるよう構えたシオンにアシュレは答えた。

 すでに準備は万端と竜槍と盾を掲げて見せる。

 竜皮の籠手:ガラング・ダーラは金属製の甲冑ほどかさばらず、眠るときに着用していても邪魔にならない。


「なるほど。ではまかせよう──だが充分に注意せよ。先ほども言ったが、竜族の吐息ブレスはそなたの竜槍:シヴニールの一閃に等しい。正面から受けたら、人間など一瞬でこの世から消え去るぞ」

「シオンこそ充分に気をつけて。アイツがホントに墜ちたのかわからないし、この島には最低でも二匹の竜がいるんだからね。もう一匹が出てこれないというのは希望的観測に過ぎないかもしれないんだ。だから、いざとなったら影渡りシャドウステップを使ってスノウともども逃げてくれ。その場合、このキャンプはためらいなく放棄して欲しい。後はエレとエルマが持たせてくれた照明弾やキミの使い魔:ヒラリを介して連絡を取り合おう」


 アシュレはこれもイズマから借り受けたままになっているベルトポーチを指して告げた。

 さまざまな便利アイテムがそこには保持されている。

 名指しされたヒラリが住み処にしているシオンのスカート下からぱたぱたと飛び上がり、馴れたものよとばかりにアシュレの首筋からフードのなかへと潜り込んだ。


「ヒラリめ、すっかり味を占めたな。しかしやれやれ。イズマとスマウガルドめを繋ぐが竜の皇女でないか、と当たりをつけた矢先にこの展開か。わたしが甘えるヒマもないではないか」

「ちょっとシオン、いまそれを言うこと?」

「ああ冗談だ、と言いたいところだが、いまのはかなり本気だったぞ。なんだが最近、スノウばかり可愛がられている気がする。さすがに悋気を覚えてきた」

「出かけにくいなあ」


 そんなアシュレに、ホレ行ってこい、と冗談とも本気ともつかぬ表情でシオンがアゴをしゃくった。

 ため息ひとつ、アシュレは棒切れを放られた犬のように駆け出す。 


 猛き翼の墜ちた場所に向かって、アシュレは島の上から飛び降りた。



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