表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 5・「竜玉の姫・屍竜の王」
631/782

■第一五一夜:竜の楽園


 不思議なことが起きたのは翌朝、一夜の宿とした洞窟を後にし三時間ほども吹雪のなかを進んだときだった。

 朝食を済ませ、焚き火を入念に始末してアシュレたちは探索を再開した。


 昨夜いつ眠りについたのか、アシュレには記憶がない。

 ただ、目覚めればすでに朝餉あさげの準備は済んでいて、シオンとスノウはいつもどおりの──まるで昨夜のことが夢だったかのように──態度と距離感を取り戻していた。


 あれはもしかしたらボクが見た夢なのか。

 恥ずべき、そして秘すべき欲望の凝ったカタチなのか?

 

 身だしなみを整えながら煩悶し首を捻る騎士を、背後からシオンとスノウが垣間見ては、はにかむように微笑み交わしていたことをアシュレは知らない。


 ともかく出立して三時間、それまで吹いたり止んだりを繰り返していた吹雪の勢いが、突如として猛烈なものに変わった。

 退くか、進むか。

 アシュレの決断を助けたのはやはりシオンだった。


「感じる。濃密な生命の気配。この先だ」

 

 吹きすさぶ純白の嵐の最中、騎士の背中に身を寄せ耳元で夜魔の姫は告げた。

 不思議とシオンの囁きはハッキリと届いた。


 そのひとことがアシュレを導いた。

 雪原を文字通り這うように進む。

 シオンが指し示してくれる方角へとできる限り正確に。

 

 アシュレの肉体と聖盾:ブランヴェルに挟まれ身を縮こまらせていたスノウも、なにか感じたらしく前方に目を向けた。

 

 そのとき────唐突に視界が開けた。

 分厚い、身にまといつくようだった結界を抜けたその感覚がまずあり、次にまばゆい陽光が三人を包み込んだ。

  

 うわっ、とアシュレは思わず声を出していた。

 スノウも同様に。

 シオンでさえ言葉を失っていた。


 そこに広がっていたのは真っ白な花弁を鈴なりにつけたコケモモの群生と、その切れ目切れ目に覗く無数の温泉の姿だった。

 高原に生きる鳥たちが鳴き交わし、咲き誇る花々の間をミツバチが忙しげに飛び回る。


 まさに地上に降りた楽園の写し絵そのものだ。


「こんな、こんな世界があるだなんて……」


 呆然しながらも、どこかうっとりした表情でスノウが呟いた。

 無理もない。

 トラントリムの農村で生まれ育ったスノウは、自然の温泉に身を浸した経験がほとんどない。

 それどころか、こうして源泉が湧き出している風景に遭遇することが、まずをもってなかったはずだ。

 彼女にとっての入浴とは、主に焼けた石に木々の枝と葉を用い、水を打ちかけては吹き出す蒸気で身体を温め洗うサウナのことだった。


 この時代の農村出身者は、生まれ育った村から出ないまま一生を終えることも珍しくなかった。

 そのひとりであるスノウにとっては、これまでアシュレとともに見てきた風景だって物語のなかでの出来事のように驚嘆に満ちていただろうが、眼前に広がる景観はことさら強く心を揺さぶったらしい。


「すごいすごい!」

「これは見事な。秋になったら一面がコケモモの実で赤い絨毯のようになるのであろうな」


 飛び跳ねて驚愕と喜びを表明するスノウの横で、シオンが静かに、しかし心からの賛辞を込めて嘆息した。


「ここだけ青空が見える。上空から見えた雪煙は偽装なんだな。立体的投影スクリーンか。谷が開け、さらに雪山に反射した日差しがあちこちから返ってきてこんなに明るい……いやそれだけじゃないな」


 周囲を見渡してアシュレは呟いた。


「周りを取り囲むこの嵐の結界そのものが巨大な反射板の役割を果たしているんだ。太陽がどの角度にあっても、それが天に輝く限りここは光満ちあふれる楽園ってことか」


 巧妙な採光の仕組み。

 アシュレは、この場所を造り上げた存在への畏怖を新たにした。


 その足下に雪塗れの重たいブーツが投げ出される。

 えっ、と驚く間もなくスノウが温泉に足を突っ込んだ。


「うわっ、思ってたより熱っ?! ん? いやいや、うん気持ち良い! ご主人さま、ほらとっても気持ちいいですよ! 雪のなかを歩いて冷えきった足が、じんじんする!」

「スノウ! なんてこと!」

「ほらっ、ほら! 入ってください! ね? ね?」


 アシュレはスノウの大胆な行動力に呆れてシオンと顔を見合わせた。


「わたしもあれくらい天真爛漫に振舞ってよいか?」


 そう訊かれると返答に困る。

 夜魔の姫はハトが喉を鳴らすようにくつくつと笑った。





今回すごく短いんですが直前にあったアシュレがシオンとスノウから甘やかされる(?)シーンをばっさり削ったのと、その後ろにある推理パートの半分と今日の分を合わせたら7,000字を超えちゃうのでこのようになりました。


削ったシーン、ご要望があれば後書きに追加しようかなー、と思っております。

でわ。


こちらご要望があったので、なんか追加というか推敲前の場面をお出ししておきます。

お砂糖成分200%増しなので、甘いのダメな方はご遠慮くださいまし。

重なっている部分もあるんですが、なにがどのように足し引きされてんのか比べられるように、そのままで掲載します。

なんかの参考になりましたら。


では、以下、推敲削除部分です。



 不思議なことが起きたのは翌朝、一夜の宿とした洞窟を後にし三時間ほども吹雪のなかを進んだあとだった。


 あのあと火の番をしながらアシュレはいつのまにか眠り込んでしまったらしい。

 鼻腔をくすぐる良い薫りに目覚めると眼前で朝食の仕度が進んでいた。


 ぼんやりと目を開ければ、エプロン姿のスノウがシオンに調理のコツを教えている。

 いやどちらかというと手を出さないように叱っている。


 ここが人跡未踏の空中庭園のそのさらに秘境であり、自分たちがいま土蜘蛛王を探す旅の途上であるという現実を忘れて、アシュレはしあわせな夢を見ているのかと思った。 

 その温もりをもうすこしの間だけ手放したくなくて、アシュレはたぬき寝入りを決め込んだ。


 だが目敏い夜魔の姫には、それは通じなかったらしい。


 びゅん、とまるでじゃれつく犬のようにシオンが毛布のなかに飛び込んできた。

 いやそれはまさに次元跳躍だ。

 影渡りシャドウステップの異能でシオンが数歩の距離を一気に詰めたのだ。


「うわっぷ、つ、冷たいッ?!」

「ほーれほーれ、そなたのために朝食を拵えてていたらすっかり冷めてしまったのだ。暖を取らせろ、寝ぼすけ騎士めっ!」

「ちょっ、シオンねえは邪魔したりつまみ食いしてただけでしょ! 作ってるのはわたし! コラ、ねえ、離れろ! ズルいッ!!」


 大ぶりな上に熱々になったフライパンを保持したままスノウまでもが迫ってくるにあたり、寝たフリなどできなくなってしまった。

 なにはともあれよかったとアシュレは思う。


 ふたりとも懸念したよりずっと元気そうだ。


「そう思うか?」

「女は化けるし嘘をつくんですよ、ご主人さま?」


 そんな思いが顔に出ていたのだろう。

 姉妹ふたりがどこか挑発的に妖艶に、そして、すこしはにかんで笑うのを見てアシュレは仰天した。



 朝食を済ませ、焚き火を入念に始末してアシュレたちは探索を再開した。

 前日までと変わったことと言えば、ふたりからの距離感だった。


 ことあるごとに抱擁され、そのたびに服従の誓いを囁かれる。


「いつでも貴方の思うようになさってください」と


 シオンは当たり前のように。

 スノウのほうは顔を真っ赤にしながらも、勇気を振り絞って。


 どうもなにかふたりのなかの心の堰が決壊したとのではないか、というアシュレの懸念はある意味で当たっていたらしい。

 人目がないことがさらにふたりを大胆にさせていた。


 さらに悪いことにと言うべきか、シオンもスノウも互いが互いをライバル視してはいるが、どちらも相手を蹴落とそうなどとは小指の先ほども思っておらず、ひたすらアシュレへの愛で上を行くことしか考えていないから愛情表現というか宣誓の内容が際限なくエスカレートしていく。


 スノウに至ってはこれまでのイクス教徒女子としてのモラルに魔道書グリモアの能力でイケない学習を繰り返してしまった経験が上乗せされるせいで、もはやそのどれもが自爆技級の破壊力を持つ。

 シオンはシオンでスノウのそれを参考にしつつオリジナル技を披露するので、カオスは加速度的に拡大していく。


「えっとちょっとごめん、ぜんぜん集中できないから、ふたりとも」

「こんな程度で精神の集中が乱れるとは修業が足りないのでは、我が騎士よ。知らぬのか? 夜魔の姫の奉仕には際限などないのだぞ? しかも永劫に、ずっとだ。その上で、そなたにはわたしをメチャクチャに壊す権利すら有しているのだぞ。気をしっかりと持つが良い」

「わ、わたしもいっぱいお仕えしたいし! 壊れるまで、いえいっぱいいっぱい壊してもらいたいかも……徹底的におかしくしてもらいたいかも……です。もっとどんなにスノウが悪いコなのか暴いて欲しいし。スノウのすごく深いところを知られてしまうの好きかも──そうだ! いっぱい悪戯したらあとでいっぱいお仕置き、です?」


 片や挑発するがごとく冷ややかに。

 片や怯えを含んだ──それでいてなにかを期待するような目で、ふたりは交互に囁く。


 これベースキャンプに帰ったらどうしたらいいんだろうなァと思いながら、アシュレはふたりの視線から逃れるようにして目を逸らし、前方に意識を集中した。

 そうでもしなければ先におかしくなって壊れてしまうのが自分だとわかっていたからだ。


 と、唐突に視界が開けた。

 分厚い、身にまといつくようだった結界を抜けたその感覚がまずあり、次にまばゆい陽光が三人を包み込んだ。

  

 うわっ、とアシュレは思わず声を出していた。

 スノウも同様。

 シオンでさえ言葉を失っていた。


 そこに広がっていたのは真っ白な花弁を鈴なりにつけたクランベリーの群生、そしてその切れ目切れ目に覗く無数の温泉の姿だった。


「こんな、こんな世界があるだなんて……」


 呆然しながらも、どこかうっとりした表情でスノウが呟いた。

 無理もない。

 トラントリムの農村で生まれ育ったスノウは、自然の温泉に身を浸した経験がほとんどない。

 それどころか、こうして源泉が湧き出している風景に遭遇することが、まずをもってなかったはずだ。

 村から出ないまま一生を終えることのほうがずっと多かったこの時代の農村出身者であるスノウにとっては、これまでアシュレとともに見てきた風景だって、物語のなかでの出来事のように驚嘆に満ちていただろうが、いま眼前に広がる景観はことさら強く心を揺さぶったらしい。


「すごいすごい!」

「これは見事な。秋になったら一面コケモモの実で赤い絨毯のようになるのだろうな」


 飛び跳ねて賛嘆を表明するスノウの横で、シオンが静かにしかし心からの賛辞をこめて言った。


「ここだけ青空が見える。上から見える雪煙は偽装なんだな。谷が開け、さらに雪山に反射した日差しがあちこちから返ってきてこんなに明るい……いやそれだけじゃないな」


 アシュレは周囲を見渡して言った。


「回りを取り囲むこの嵐の結界そのものが、巨大な反射板の役割を果たしているんだ。太陽がどの角度にあっても、それが天に輝く限りここは光満ちあふれる楽園ってことか」


 巧妙な採光の仕組み。

 アシュレは、この場所を造り上げた存在への畏怖を新たにした。


 と、その足下に重たい皮のブーツが投げ出される。

 えっ、と思う間もなくスノウが温泉に足を突っ込んだ。


「うわっ、思ってたより熱っ?! ん? いやいや、うん、気持ち良い! ご主人さま、ほらとっても気持ちいいですよ! 雪のなかを歩いて冷えきった足が、じんじんする!」

「スノウ! なんてこと!」

「ほらっ、ほら! 入ってください! ね? ね?」


 アシュレはスノウの大胆な行動力に呆れてシオンと顔を見合わせた。


「わたしもあれくらい天真爛漫に振舞ってよいか?」


 そう訊かれると言葉に困る。

 夜魔の姫はハトが喉を鳴らすようにくつくつと笑った。




                   以上でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 追加されよ……追加されよ……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ