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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 5・「竜玉の姫・屍竜の王」
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■第一四四夜:土蜘蛛王の行方


「なんとか打ち解けてもらえたようで助かったよ」

「わたしたちの留守の間にあのような者を手懐けていたとは、さすがに驚いたぞ。オーバーロードを友にするとか、やりすぎでわないのかアシュレ?」

「そんなこと言うわりに一番最初に食べてたじゃないか、シオン。おかげで今回はうまくいったから、感謝しかないけれど。」

「あの場ではだれかがああやって接点を作らなければ、冷めるばかりだったからな。場も、料理もだ。ああいう危地に、いの一番に飛び込むのはわたしの役目だと自負している」


 それに、とシオンは続けた。


「それにわたしなら料理に込められた《夢》を読み取れる。あの者の《夢》は純粋だった。ただひたすらに真の美味に到達したいという欲求に関して、あのゴウルドとかいうオーバーロードとそれが拵える料理の数々に嘘偽りはひとつもない。なかった。もっとも、」


 もっともそれは美味のためならなんでもする、という意味でもあるのだが。

 苦笑して、夜魔の姫は皿の上の肉片をつついた。


「もちろんそのおかげで、こんなにも研ぎ澄まされた美味を、こんな世界の僻地で味わえるわけだが。なるほど天才とは狂人の別名だとは良く言ったものだ。アテルイの料理がすべてを受け止める慈母の味わいなら、これは名工の手なる業物、傑作の名剣というところか」

「なるほど、シオンにはそこまで見抜けるのか」

「わたしもシオンねえの言うこと、すっごいわかるかも。美味への追求って意味と、そのあとの美食のためならなんでもする・・・・・・って話。あのヒトの目にはあらゆるものが食材に見えてるんだよ。わたしもさっき、嗅がれたし。あれ、女のコに色目使うスケベオヤジなんかのそれとは真剣さが全然違った。目に殺気があったもん。絶対ヤバい。魔道書グリモアの頁の包み焼き、これは新しい、とかなんとかかんとか独り言が聞こえたし」


 シオンの逆サイド、アシュレの右手側に座ったスノウがぼやいた。

 さすがにあちこちはみ出したり食い込んだり透けてしまう水着は懲りたのかこちらは平服に着替えた魔導書グリモアの娘は、羽織ったマントごと自分を抱きしめ、ぶるりっと身震いして見せた。


 あー、という理解とも諦めとも呆れともつかない声が喉から漏れるのを、アシュレは禁じえなかった。

 ゴウルドベルドの美味への探求心は止められない。

 というか、それそのものがゴウルドベルドをオーバーロードたらしめたものであり、存在意義そのものだったからだ。


「とりあえず、彼がボクらの戦隊には害を為すことはない。その約定は結んだし、誇りにかけてゴウルドはそれを守るだろう。勝手に彼の厨房やご自慢の食料庫、酒蔵マガゼンを覗いたりしなければ、ね」

「頭のなかではすでに食材と見做されているとしても、ですね」


 熾火を巧みに使ってデザートとしての甘いフルーツオムレツを作りはじめた豚鬼王オークキングを、半目で眺めながらスノウが評した。

 こちらはゴウルド特製のイノシシの臓物の煮込みをスプーンですくい取り、口にする。

 悩ましげに眉根が寄るのは、その抗いがたい美味と自分が包み焼きの包み紙にされる想像との間で苦悶しているからだ。


「罪深い味だわ」


 魔導書グリモアの娘のその呟きが聞こえたのか、ゴウルドがこちらを向いて特大のフライパンを掲げて見せた。

 バチリ、とウインクつきで。

 

「なんか……出来たみたいだよ、美味しそうなのが」


 意図を察したアシュレが呟くのと、両脇の夜魔姉妹が立ち上がるのは同時だった。

 

「やれやれ困ったことだな。始末してやるか」

「困るんだけどな、わたし。シオンねえみたいに《理想》で肉体を固定できるわけじゃないから、またおっきくなっちゃうんだけど……」


 いかにも仕方なくという口調だが、あきらかに胃袋からの欲求に逆らえない様子で立ち上がったふたりを、若き騎士はこれまた呆然と見送るしかなかった。


「いま、お話よろしいですの? アシュレさま」


 真騎士の妹たちをも巻き込んだ温かいデザートの争奪戦に参じていくシオンとスノウを見送ったアシュレに、陰から話しかける者があった。


 世界は夕闇に呑まれつつある。

 天空に輝く三つの満月が、この空中庭園の日照量や夜の光量をコントロールするための《フォーカス》だと気がついたのは、つい最近のことだ。


「イズマのことだね。良いよ聞こう、エルマ」

「察しが早くて助かりますの。とりあえず続報を」


 宴には加わらず陰に身を潜めたまま、エルマはこれまでの経緯を報告した。

 最初に確認したがイズマのことだ。

 汚泥ウーズの騎士たちとの地下帝国での戦闘以来、土蜘蛛の王は姿を消していた。

 真騎士の妹のひとり:エステルを縛鎖から解き放ったあとの彼の消息は完全に不明だ。


 だがこの問題を、アシュレはここまで放置してきたわけではない。


 その証拠に、エレとエルマには戦隊の維持に関わる一切を免除し、独自にイズマの捜索に専念する許しを与えていた。

 それに加え、アシュレは汚泥ウーズの騎士たちに協力を要請した。

 不浄王:キュアザベインはこれに応じ、数十名からの精鋭を地下下水道の探索に裂いてくれた。

 これはアシュレがシオンとスノウの救出に裂いた人員よりも遥かに多く、しかも地下世界の地理に精通したスペシャリストたちによる捜索だった。

 

 だが、そうであるにも関わらず、掴めた情報はあまりに乏しかった。


「もはや我が地下帝国にはイズマなる男はいないであろう。これはことによると龍穴へ足を踏み入れたのかもしれぬ、というのがキュアザベインからの解答でしたの」

「ふむん、龍穴。また聞きなれない単語が出てきたね」

「なんでも竜たちの住み処だそうで」


 イズマのことであるから少々の展開には驚かないつもりでいたアシュレでも、竜の住み処なる単語の登場にはさすがに度肝を抜かれた。


「竜の住み処! 龍穴! またスマウガルド絡みか。だけど今度はついに大本命って感じの名前の登場だね……。そこへイズマが?」


 できれば間違いであってくれ、と願いを込めてアシュレは問う。


「この件、エルマはどう見てるの?」

「こと地下帝国に関することで彼ら汚泥ウーズの騎士たちに嘘偽りはなく、当然のように手抜かりもないでしょう。その彼らが居ないというのであれば、もうイズマさまは地下帝国にはいないと断定できるとと思いますの。あるいは龍穴へと至ったという不浄王の言葉は──真かもしれませんわ」


 エルマの声には諦めにも似た響きがあった。

 地下帝国にはもうイズマはいないという事実を受け入れた態度。

 そしてエルマがそうであるなら、姉であるエレとの認識もまた共通だと考えるのが筋だった。


 エレとエルマ、イズマを心から愛する彼女たちの諦念は、言葉通り汚泥ウーズの騎士たちの探索能力と、彼らが見せる己が領土への熟知を信用したからだけではあるまいとアシュレは見抜いていた。


 これはキュアザベインには伏せている事柄だが、アシュレは先の紛争勃発時、汚泥ウーズの騎士たちが陣取る地下帝国の構造を地図化することをエレとエルマに認めている。


 建造物の内部構造の把握に蟲を使う土蜘蛛の異能。

 それを駆使するエレとエルマの手によって、地下帝国の詳細な地図作成はすでに完了しているはずだった。

 これは露見すればアシュレたち戦隊による汚泥ウーズの騎士たちへの重大な背信行為と取られる行いだが、アシュレは今後の安全保障の面からその情報と作成された地図の管理とを、エレとエルマの好きにさせた。


 これは土蜘蛛の姫たちが汚泥ウーズの騎士たちに対し仕掛けた一種の謀略だ。

 そしてそうと知りながら、アシュレはこれを放置している。


 正式な報告は受けていないので現段階では本当に地下帝国の全貌をアシュレは知らないが、だからこそたとえことが露見しても知らなかったとシラを切り通せる。

 そういう心遣いであり、仕掛けなのだ。


 さらに言えば、いまなお彼女たちの放った蟲たちは依然抜かりなく、地下帝国内部を巡回している。

 イズマの痕跡がわずかでもあれば、これを即座に発見したはずだ。

 土蜘蛛の姫巫女たちは汚泥ウーズの騎士たちの言葉を鵜呑みにして判断を下したわけではないのだ。


 そのふたりがイズマは地下帝国にいないと認めた。

 つまり彼は本当に、どこかに行ってしまったことになる。


「では不浄王:キュアザベインが言うように龍穴に至ったと考えるべきなのか。……ところで竜の住み処って、どんなところなんだろうな具体的には」

「さきほどもすこしと触れましたけれど、なんでも古き竜王の封土だとか。この空中庭園に所領を与えられた存在は盟約によって立ち入りを禁じられている場所らしいのですが、不浄王が言うには一〇〇年ほど前にどういうわけか空中庭園を大激震が襲った際、下水道で大規模な崩落があり亀裂が生じて向こう・・・と通じてしまったよし。以後、汚泥ウーズの騎士たちは、その通路というか亀裂を禁忌として厳重に塞いでいるとのことでしたわ」


 竜の本拠との通路が事故で繋がってしまったというくだりに、アシュレは寒気を感じた。

 この空中庭園が抱える本質は、表層に浮かび上がる楽園の写しとしての光溢れる景観だけでは決してない。

 その内側には数々の魔界があり、いつその瘴気が日々の暮らしにねじ込まれてもおかしくない場所なのだと、改めて認識させられたのだ。


「不浄王:キュアザベインたちが施した封鎖は一種の結界でもあるようで蟲も入れません。たぶん彼ら子飼いの千手蛆せんじゅウジを弾き返すためのものでしょう。竜の王は龍穴という場所をきわめてプライベートな空間と考えているようで、迂闊に足を踏み入れれば大変なことが起きると」

「古き竜王の所領。プライベートな空間……か。わかったのはそこまで?」

「はい。わたくしたちの占術を持ってしても、イズマさまの居所はまるで霧中のように掴めず。おそらくは探知系の異能を妨害する魔境のような場所におられるせいではないか、と。龍穴というのがオーバーロードたちの《閉鎖回廊》に酷似した空間であるのだとすれば、これはますます可能性が高まったとしか」


 うん、とアシュレは唸った。

 

「龍穴と繋がるという地下帝国の通路の存在は確かめた?」

「いいえ、そこはまだ。不浄王の許しが出ず」

「なるほどそれは当然か。禁忌というからにはキュアザベインに課せられた苦痛の冠が反応するんだろうな。竜王:スマウガルドの呪い。わかった。今夜にでもボクが出向こう。キュアザと話をする」


 アシュレの即答に、闇のなかでホッとエルマが息を吐くのが感じられた。


「そうしていただけるとありがたいですわ。わたくしたちだけで隠密作戦を強行することもできましたが、強力な竜族の結界や得体のしれない《フォーカス》の護りなどがあった場合、ことが露見しないとも限りません。そのとき国と国との間に結ばれた約定を破ったとあっては、後々面倒なことになりますでしょう?」

「心遣い感謝するよ、エルマ。エレにもそう伝えて。それから──宴席でなにか摘んでいくといい。ずっとイズマの捜索にかかりっきりで、ロクに休んでないだろ、ふたりとも?」


 だが、アシュレのセリフに応えはなかった。

 すでにエルマはアシュレの急使として、不浄王の下へ走っていたからだ。





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