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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 4・「迷図虜囚の姫君たち」
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■第一三九夜:薔薇よ、刃に還れ──



「あ、──あああああッ?! なん、だ? なんだッ、これはッ?!」


 スノウブライトから引き抜かれた腕がズタズタに引き裂かれ、溶解しかけていた。

 その傷口に突き立ち、食い入るのは──聖なる刃。


「なぜだ?! なぜ、なぜ、聖剣:ローズ・アブソリュートがわたしに牙を剥く?!」


 驚愕のままエクセリオスはアシュレに視線を向ける。

 たったいままで、己が征服し我がものにするはずだった若者に。


 そこには苦痛に耐えながらも不敵な笑いを浮かべる男がいた。

 男は言う。

 暗い笑みを浮かべ、その目に闘志を燃え上がらせて。


「どうした、《理想》の王。読めるのはボクの過去だけか?」


 不意打ちに弱まった侵入イントルードの圧力を跳ね除け、アシュレは立ち上がった。

 踏み出す。

 その眼前にもはや醜悪な異形と成り果てた老エクセリオスが立ちはだかるが、これを一顧いっこだにしない。

 これがオマエの悪か、と笑い飛ばしさえする。


「どういう……どういうことだ?! 貴様、まさか……」

「読むと思っていたよ、エクセリオス。オマエならきっと読むと思っていた。敵の過去を読むだろうと。ボクの過去に手をつけるであろうと。ボクもオマエだったら

、きっとそうするだろうから」


 な、に、とうめいたのは今度は《理想》の王のほうだった。


「だが、貴様……スノウブライトに説いたはず。そんな矮小な手段に我が訴えるはずがないと……」

「だからそれが罠だったんだよ、エクセリオス。オマエは舞台裏バックヤードでの出来事を直接は監視できない。だけど、ボクの過去を遡れば参照体験はできる。きっと読むだろうと思っていたから……嘘をついたんだ。シオンにもダリエリにも」

「馬鹿な、バカなあああ」


 ゆっくりと一歩一歩、歩みを進めながらアシュレは解説した。


「オマエが負けるのはオマエが《理想》の王だからだ。シオンやスノウがこれまでのボクの生き方を見て投影してくれた《理想》だからだ。ボクが彼女らに嘘をつくなんて、彼女らは微塵も思っていない。騙されるなんてこれっぽちも思っていない。いつも騎士としてのまっすぐな生き方で、自分たちを助けてくれると信じてくれていた。つまり──ボクがいままで押し殺し隠してきたボクの暗部、狡さ、卑小さ、卑怯さ──ボクの“悪”を知らない」

「“悪”」

「いかにも」


 いかにもそうだ。

 アシュレは囁く。

 歌うように、己のなかの“悪”を嘆くように。


「ボクが玉座に座り、真っ向勝負を持ちかけたとき、オマエはそれに乗った。姿を現し、ボクらの心をへし折るためのパフォーマンスを仕掛けてきた。具体的にはまだだれも見出していないはずの聖剣:ローズ・アブソリュートの在処についての寸劇だ」


 そのとき、


「そのときすでにオマエは負けていた。その手中にスノウブライトを抱いたとき、オマエの敗北は決していたのだ」


 悪人であるアシュレが、驚愕と生まれて初めて負う傷の痛みに震える《理想》の王に教訓を垂れた。


「卑怯とは、こうやって使うものだ、エクセリオス」

「バカな、貴様では聖剣:ローズ・アブソリュートは……扱えないはず。どうやった。どうやって聖剣に刃化を命じた?!」

「ほんとうにわからないんだな、エクセリオス。彼女の中をよく探らなかったのか? ボクの過去をよく読まなかったのか? もうひとつの切り札が、そこにはあったはずだ」

「もうひとつの、切り札?」

「ジャグリ・ジャグラ。その最後のひとつ。十三番目の杭……」


 アシュレはバラの神殿にはじめて赴いたときのことを思い出す。

 神殿の扉に埋め込まれていたスノウブライトの彫像。

 その胸乳から飛び出し、アシュレを刺し貫いた純白の穂先。


 いま思えばあれは、シオンが託してくれたもうひとつの希望だったんだ。


「ジャグリ・ジャグラ。人体改造の魔具。だがいったいそんなものでどうやって?!」

「人体改造の魔具。それはジャグリ・ジャグラが《ねがい》に汚され貶められた姿。本質ではない」


 その本質とは、アシュレは解説した。

 憐れな《理想》の王は、信じられんと首を振るばかり。


「《魂》の律動に触れたことのないオマエにはわかるまい。ジャグリ・ジャグラの真の役割は伝達だ。なにの? 《魂》の。《スピンドル》の。そして《意志》の」


 《ねがい》を相手に注ぎ込み自由に改変する機能は、その後に付け加えられた余禄のようなものだ。

 アシュレはトラントリムでの最終決戦、“理想郷ガーデン”に食われた夜魔の騎士:ユガディールの心を救うため、その技を振るった。

 シオンの肉体を介してジャグリ・ジャグラを突き込み、己の《魂》で永劫に囚われていたユガディールを解放した。


 そして同じ要領で、今度は自らの《スピンドル》を、聖剣:ローズ・アブソリュートに注ぎ込んだのだ。

 結果、人類の守護の剣は、騎士の《意志》に応え、“理想郷ガーデンの王”を拒んだのだ。


 べらり、とアシュレの右腕から竜皮のスクロールが剥がれた。

 それはジャグリ・ジャグラをコントロールするための操作基盤。

 

 感覚上は竜の皮として認識されるがジャグリ・ジャグラと同じく、純粋な意味では物体でさえない概念存在。

 仮想の、架空の、しかし触れて感じることのできる《夢》だ。


 その操作基盤の上を《スピンドル》の輝きが目まぐるしく光るラインを描いて駆けていた。

 アシュレが懸命に《スピンドル》を維持していたのは、侵入イントルードに対する抵抗のためだけではない。

 エクセリオスがスノウブライトに手をかけるタイミングを見計らって、この一矢を報いるためだった。


「貴様、きさまああああ」

「観念しろ、エクセリオス。オマエの負けだ」

「まだだ、まだだアシュレダウ。聖剣:ローズ・アブソリュートはまだッ!」


 主導権を奪い返せば、形成は逆転する。

 エクセリオスは残された左手を、もはや抵抗することさえできないスノウブライトの胸郭へ、今度は表側から突き込んだ。


 だが──すでにジャグリ・ジャグラを通じ聖剣:ローズ・アブソリュートとのリンクを形成していたアシュレには、速度で敵わない。


 騎士は叫ぶ。

 ごめんよ、シオン。

 スノウブライト、と胸の内で念じながら。


「封印よ──退け。薔薇よ、我が手に還れ──」


 それはいつかはじめての時空で、夜魔の姫が口にした破封の言葉────。


 聞きなれた懐かしい歌のようにアシュレはその韻律を唱える。

 そしてその呼び掛けに──薔薇は応える。

 

 青白き炎となって。

 スノウブライトの肉体がめくれ上がるようにしてバラの茂みに変じ、それが刃に変わって──無遠慮に突き込まれたエクセリオスの左手を寸断する。


 オオオオオオオオオオオオオオオオオ、という“理想郷ガーデンの王”の叫びは編み目を解かれ、一本の剣へと収束していく聖剣:ローズ・アブソリュートの轟きに呑み込まれる。


 可能性世界が終わるときがきたのだ。

 

 神殿という封印を解かれた聖剣:ローズ・アブソリュートは刃に変じながら、次々とエクセリオスへと突き立っていく。


 これこそシオンが仕掛けた最後の防衛線──あらかじめ可能性世界を覆うように配された青き薔薇のいばらが再び刃の姿を取り戻すとき、その内部に居座るエクセリオスを全周囲から攻撃するやじりの群れとなる。


 その成功条件はたったひとつ。

 エクセリオスがその中心にいるとき……つまり彼の至近で剣化が行われることだ。


 奇しくもアシュレの策はそのシオンが託した思惑を、そのままに再現していた。


 《理想》の王はその念動力で肉体を操り、捻って躱そうとするが──叶わない。

 敵に群がるミツバチを思わせる動きで聖なる刃は飛来しまとわりつき、食い入る。

 食い破る。


「バカな、我が、策略で負けるなど……これほどの辣腕家だったか、アシュレダウ」

「違うぞエクセリオス、オマエは残酷さで負けたのだ。外側から推し量られたボクに注がれた《残酷なねがい》と、ボクのなかで渦巻く本物の血肉ある残酷さでは、本物のそれのほうが遥かに勝ったというだけのことだ」


 言うなればオマエの残酷さは、おキレイなのさ。

 厳然と断言し、アシュレはさらに《スピンドル》を練り上げた。


 だんだんと剣のカタチを取り戻していく聖剣:ローズ・アブソリュートが、可能性世界の幻影を切り裂きながら、アシュレの手元に滑り込んでくる。

 

 聖剣がカタチを取り戻せば、バラの神殿は失われる。

 だからアシュレは落下しながら、その柄を握りしめる。

 ごうっ、と勢いよく青白い焔が上がる。

 《フォーカス》の護りは健在だ。


「愚かな。いかに残酷をもって我を出し抜いたといえど、そなたはしょせんただの人間──聖剣:ローズ・アブソリュートはまだ正当なる所有者として貴様を認めたわけではない」


 最後のあがきか、エクセリオスが聖剣:ローズ・アブソリュートを呼んだ。

 刀身に牽引力がかかる。

 だが、アシュレは頓着しなかった。


「認めないなら、認めさせるだけだッ!」


 叫び、聖剣へと己の《意志》を伝達する。

 腕から、そしてジャグリ・ジャグラでもって。

 拮抗するようにアシュレのそれと聖剣の護りの炎が勢力を奪い合う。


「無駄だッ!」

 

 そこにエクセリオスの《ちから》が加わる。

 アシュレはその流れを利用する。

 不意に抵抗を止め──《ちから》のままに宙を舞う。


 そして──ごう、と青白き炎が爆発するように火柱をあげた。

 それは《理想》が燃え尽きるときに上げる焔。


 現実の穢れた肉を持つひとりの騎士が、予想されうる未来の自分に打ち勝った証明。


 バラの聖剣は、しぶしぶながら、その男を仮の主に認めたのだ。


 “理想郷ガーデンの王”は自らの胸を貫く聖剣:ローズ・アブソリュートとそれを両手で構え、己も焔に焼かれるを怖れぬ速度で突っ込んできたアシュレに呆れたように笑って見せた。


 我の負けだ。


 それが彼の王の最期の言葉であり、口元に浮かんだ笑いはアシュレダウという男の未来に自分では実現できなかった面白きなにかを見出した、そういう一種の満足だったのだと思う。



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