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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 4・「迷図虜囚の姫君たち」
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■第一三五夜:絶望の大君(ロードレス・タイクーン)

 

         ※


 玉座の間は広大な面積を誇っていた。

 いったいどれほどの財を投じて作られたのか巨大な柱廊に、身の丈三メテルを優に超す異形の騎士たちが直立不動で立っている。

 調度・彫像のようにも見える彼らが、かつてトラントリムで刃を交えた“理想郷ガーデン”の自動騎士であることをアシュレは一目で見抜いた。


 だが、いまのところ敵対的な動きはない。

 広間に落ちるのは静寂、それからいずこからかときおり聞こえるかすかな囁きだけ。

 城外で進行している革命の轟きなど、ここへは届かない。

 下界から隔絶された聖域。

 そう言えば聞こえはいいが、どこか墳墓に足を踏み入れたような不快な違和感だけがアシュレにはあった。


「エクセリオス──彼奴きゃつはどこにいる?」

「さっきもうひとりのシオンが教えてくれただろう? ヤツは玉座にいる。間違いなく。この赤い絨毯の導く先、自動騎士たちの列成す先、そこに必ずいる」


 確信を持ってアシュレは歩を進めた。

 だんだんと、あの囁きがはっきりと聞こえるようになってきた。

 それは淫蕩で背徳的な服従の請願とその連なり。


 果たして巨大な玉座に、老王は座していた。

 その膝上に、足下に、皮と装飾を擬態する金属の枷によって獣の姿に堕とされた美姫たちの姿がある。

 老王は奉仕に身を任せていた。


 美姫たちは肘と膝を拘束されて作られた、いわゆる人犬だった。

 おぞましい麻薬の類いでも投与されているのか、その表情は淫蕩な快楽に蕩け、主人であるエクセリオスからの愛玩を懇願することしか考えられぬようにされてしまっていた。


 彼女らの顔すべてにアシュレは見覚えがあった。


 だれがだれかはわからない。

 だが彼女ら全員に、アシュレは自分に愛を注いでくれた女性たちの面影をたしかに見た。

 きっと彼女らは、それぞれの因子を掛け合わされ品種改良されたヒロインたちなのだ。


 なんという冒涜だろう。

 許すことはできないとアシュレは思った。


 そしてエクセリオスの側もアシュレを認めた。

 パン、パン、パン、と淀んだ空気を切り裂く、しかし怠惰で形式的な拍手が鳴り響いた。

 それは王の無聊を慰めるためお決まりで現れる道化役者に対する、やはりお決まりの愛想笑いのような仕草だった。


 アシュレは美姫たちの惨状に走らせていた視線を、拍手の主に向ける。

 突き立つような殺意を乗せた眼光の先に、淀んだ目をした枯れた老人が座っていた。


「オマエがエクセリオスか。この世界の絶望の大君ロードレス・タイクーン

「貴様がアシュレダウか。どこかで見たような面だ」


 いわずもがなのことをエクセリオスは言った。

 いや、たぶんこれはこの場面を訪れたアシュレダウとエクセリオスの間で何百、何千回と繰り返された代わり映えのないやりとり。

 形骸化した儀式なのだ。

 もちろん、今回は違う。

 いまエクセリオスの眼前に立つのは、本物のアシュレダウだ。


 そして、この“繰り返す動乱のくに”世界を打ち壊す方策を、アシュレに関わってくれたすべてのシオンが、スノウが教えてくれていた。


 使い古され陳腐化しているであろうセリフを、だからアシュレは躊躇ちゅうちょなく老王にぶつける。


「オマエを倒す」

「好きにするが良い。わたしはもはや飽いた」

「なに?」


 討伐の宣告に対し、返ってきたのは予期せぬ反応だった。


 シオンとダリエリ、ふたりがもたらしてくれた事前情報では、この玉座の間で最後の闘いが行われるのが“繰り返す動乱のくに”世界の基本的な話運びだった。

 強大な《ちから》を誇る悪の皇帝を、革命の指導者自らが激闘の末に討ち取る。

 そういうありきたりだが、そうであるがゆえに民衆の多くが望むクライマックスがここで繰り広げられるはずだった。


 そうでないなら、まずをもって、この立ち並ぶ自動騎士たちはなんのために配してあるのか。


 訝しむアシュレとシオンの眼前で、自らの言葉を証明するように老王は立ち上がった。

 玉座を、棄てる。

 疑似生命体として命を吹き込まれた杖を突き、すがりついてくる女人犬たちを蹴り転がすようにして玉座へと続く階段まで歩んできた。


「どういう……ことだ?」

「油断するな、アシュレ」


 身構えるふたりに絶望の大君ロードレス・タイクーンは皮肉げに笑った。


「どうもこうもない。言ったであろう。疲れたのだ、アシュレダウ。ゆえに遷位のときである。エクセリウス帝国初代皇帝の名において、勇者:アシュレダウよ、我:エクセリオス・ウルティメイティス・エクセリウスは、そなたに皇帝位と帝国全土を委譲する」

「?!」


 この展開はさすがのアシュレも予期していなかった。

 交戦を経ず、玉座を争わず、すべてを手中に収めるなど。

 こんなことがあっていいものか?


 アシュレはかたわらのシオンに小声で相談した。


「この展開……どういうことだろう?」

「わからぬ。いや、もしかしたらそなたがここまで披露してきた奇策があまりに効果的すぎて、シナリオが降伏したのかもしれぬ。こんな展開、見たことがないぞ」


 夜魔の姫の返答も確信したというより、どうやったらこの展開に納得できるかまだ考えている様子だった。


「なにをしているアシュレダウ。さあ、はよう、はよう。皇帝自ら、この冠を授けようほどに」


 あるいはこれは民衆の代表として戦い続けてきたアシュレダウという男が、委譲される権力パワーの大きさに跪き、一足飛びに悪の皇帝に変ずるシナリオではないのか。

 不意に思い至った結論に、アシュレは理解を見出した。

 戦いには勝ったが、シナリオの構造に負ける。


 これはそういう種類の闘争なのだ。


「いかんぞ、アシュレ。アレが彼奴きゃつの手だ」


 ほぼ同時に同じ結論に至ったのだろう。

 シオンが鋭く制止した。


「どうした。なにを恐れる? 結論は同じはずだ、アシュレダウ。革命を起こし、権利を分配したところでなにも変わらん。民衆はブタだ。革命だ、民衆の時代だ、自治独立だと浮かれ騒いでも、奴らは政治のなんたるか、統治のなんたるか、国を担う重責のなんたるか、そのすべてをまるで知らんではないか」


 あの世を倦み拗くれ疲れた男のどこに、これほどの《ちから》があったのかと思うような強さで、エクセリオスが言った。

 目深に被ったフードのせいで表情はうまく窺えない。

 ただ頭頂に頂かれた重い冠だけが、玉座の間の淀んだ薄暗がりの奥で鈍く光っている。

 

「革命の興奮、その余韻に浸っていられるのはわずかな時間だけよ。現実がその甘い夢想を吹き飛ばす。民主主義とはつまり、権力者がそれまで担ってきた苦悩を、民草ひとりひとりに分配することだ。そしてそのときになって指導者たちはみな思い知る」


 そう、とエクセリオスが枯れ枝のような指を回して見せた。


「民衆というものはなにか己の得になるものであれば、たとえそれが銀貨一枚であろうとも不公平な分配に憤るが、分配されるものが労苦であるならば出来得る限りの手段を用いてその責任から逃れようとするものなのだと。弱者の側に回り込み、責任は果たさず、己が権利だけを主張する……それが民衆……いいやブタだ」


 朗々たるその語りは、まるで邪教の祭祀のごとくずしり、とアシュレの双肩にのしかかってきた。

 シオンも同じくらしい。

 エクセリオスは気にしたふうもなく、続ける。


「アシュレダウ、そなたはここから先数十年かけてそれを理解する。骨身に染みて思い知る。そなたが信じた民衆の真の姿、そのズル賢さ、汚さ、醜さを。己は手を汚さず、それでいながら真にその身を血泥の河に浸して時代を切り開いていった者たちを、後から、物陰から指弾する。その繰り返しを目の当たりにする」


 その果てに、とエクセリオスは呟いた。


「その果てにぞろまた新しい指導者を担ぎ上げる。自分たちを本当の輝ける未来へと導いてくれる存在を夢想して。《ねがう》。《ねがい》を注ぐ。だがそれはつまるところ──絶対で完全な指導者を望むとは──圧倒的独裁者を望むことと変わらんのだ」


 あるいはこれは本当に異能なのかもしれない。

 アシュレは思う。

 まるで物理的圧力を受けているかのごとく、がくがくと四肢が震えた。


「そなたら英雄たちが幾度、《意志》の光を見せたか。己が血肉と命を燃やして人々のために戦ったか。いやそれだけではない。《魂》の輝きを彼らは見たはずだ。だが、だが、なにも変わらなかった。彼らは見てみないふりを決め込んだのだ。変わらぬこと、衆愚であることをよしとしたのだ。つまりブタだな」


 エクセリオスの語りは圧倒的な浸透力を持っていた。

 隣りで聞こえるシオンの息づかいは、すでに荒い。


「そうではないか、シオン、シオンザフィル、愛しいひとよ。そなたはそのさまを見たのではないか? あるいは幾度も。その毒に侵され、苦悩の下に道を誤るアシュレダウを見てきたのではないか?」


 では、だ。


「では。そうであるならば。いまここから始めるのだ、若きアシュレダウよ。そなたならきっとなれる、最高の皇帝カイザーに。民衆に有無を言わせぬ圧倒的に正しき指導者に。友を、愛する女たちとともに歩め。栄光の道を! 苦悩の回り道をする必要はない。いくら残酷な世界を経巡ろうとも、答えはどこにもないのだ。なぜなら、それはここにあるのだから」


 あるいはそれはひとつの真理なのかもしれなかった。

 すでにアシュレはそれを学び終えてしまっていた。


 どこで?

 この世界の秘密に触れて。

 いかにして魔の十一氏族が生まれ出でたのか。

 だれがこの世界を望んだのか。

 王が統治し、騎士が、英雄たちが世界の責任を取る世界を。


 それはかつて現実に行き詰まった旧世界の人々──つまり民衆そのものだったからだ。


 来い、とエクセリオスはもう一度、手招きした。

 かつて自らの手で滅ぼした国々の王たちの指にはまっていたのであろう、様々な意匠の国璽こくじでもある指輪がカチカチと歯のように鳴っていた。


 そして……その言葉に応じるように、アシュレは足を踏み出してしまった。






あ、追記で。


続きをいまから書くので、なにがどうなるかわかりませんが、この10月中に第七話:Episode 4・「迷図虜囚の姫君たち」は完結できるよう、フルパワーでやってみますよー! 話運びは問題ないけど、単に時間がというかなんというかw


てかこれでホントに一文字もストックなくなったんでw だいじょぶかーw

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