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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 4・「迷図虜囚の姫君たち」
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■第一三三夜:もうひとりのわたし



「なんにせよ予期せぬ僥倖ぎょうこうってヤツだね。一息つけるし、うまくすれば場面を大幅にショートカットできる。途中で予想される親衛隊との交戦場面を跳躍スキップして、エクセリオスの玉座に直接乗り込めば……」

「そうだな。たしかにちょうどよかった。実はわたしもそなたに、話しておきたいことがあったのだ」

「話しておきたいこと?」


 舞台裏バックヤードを、油断なく進みながらふたりは会話した。

 ときおり姿を現すのぞき窓のような舞台の隙間から覗き見れば、蜂起した民衆が王城に殺到し、親衛隊との戦いが繰り広げられる凄惨な市街戦が現出していたりした。


 なるほど、この場面に躍り出て、民衆を率いることもできるというわけだ。


 もちろんアシュレたちの最終目的は民衆の解放でも、この世界のエクセリオスの打倒でもない。

 いまもどこかで可能性世界を眺めている本物のエクセリオスを引きずり出し、その魔手からシオンとスノウを救い出すことだ。


「アシュレ、今回の戦いを始める直前、作戦会議の場面でわたしが遅れたのを憶えているか?」

「ああ、あああ。そういえば、そんなことがあったね。え、なに? まさかアレはなにかホントにあったの?」


 アシュレの問いかけに、うん、とシオンが頷いた。

 あったのだ。

 舞台裏バックヤードで事件が。

 自分の肉体が、サッと緊張を示すのをアシュレは感じた。


「どういうこと?」

「いや、たいしたことではない。だからいままで黙っていた。ただあれは、ひどく不思議な体験だったな」

「不思議な体験?」

「逢ったのだ。もうひとりの、出番を待つわたしに」

「もうひとりのキミに?! それで……どうなったの?」

「どうにも。特になにも起らなかった。ただすこし話をした。それで遅れたのだ」

 

 なぜかすこし寂しげにシオンは笑った。

 どこかの場面に通じているのだろう舞台の隙間から、怒号と悲鳴、剣戟けんげきと砲声、空を裂く強力な異能の轟き──それらが一体となった戦闘音楽が漏れてくる。


「まったく初めての経験で驚いたよ。それまでわたしは各場面に用意された登場口──あの場面では作戦会議室の入口の扉──は、それぞれの役者のために用意されたわたしたちの舞台裏バックヤードのような空間と繋がっているのだとばかり思っていた」


 つまりそれぞれの役者が控える楽屋のような場所と、だ。

 シオンは登場口と楽屋が交わる様子を、左の手の平に右手の指先を揃えて当てるハンドサインで表現した。


「出番待ちの楽屋は予定されている登場人物の数だけあって、そこで各自が待機している。もし仮に同一の名称を与えられた登場人物がふたりいて、それぞれがひとつの劇中に参加する可能性を持っていても、登場口とそれぞれの楽屋は超次元的に繋がっているだけだから矛盾は起きない。早く場面に出た側を正規の役者とこの世界は判断するだけのことだ。遅れた側は自分の楽屋に留まるだけ。だからだれとも鉢合わせはしない──そうだとばかり思っていた」


 だが、そうではなかったのだ。

 シオンは指二本で枝分かれのカタチを作って見せた。

 おそるおそるアシュレは聞いた。

 それはアシュレ自身も予期していなかったことだったからだ。


「どう……だった? その本来、この“繰り返す動乱のくに”でヒロインを務めるはずだった彼女:シオンは」

「そうだな、わたしと同じく初めての出来事に驚いていたよ。それから……話してくれた。ひどく疲れた目で。憶えているのだそうだ、自分だけは。夜魔の完全記憶は、役割を編み直されて新しい役柄に割り振り直されても健在なのだと。場面に出てさえしまえば忘れるのだが、舞台裏バックヤードではすべてを思い出すと言っていた」

「すべてを……」


 アシュレはそう語った“繰り返す動乱のくに”世界のシオンの痛苦を想った。

 彼女は幾度もアシュレダウとともに戦い、世界を救い、そのたびにエクセリオスと成り果てる想い人を見ることになるのだ。


「彼……エクセリオスを、つまりアシュレを覇業の途中で殺そうとしたこともある、と言っていた」

「ボクを。そうか」

「だが、出来なかったと。迷いを断ち切れないだけでなく、単純にエクセリオスが強大であるからだと。玉座につきエクセリオスと成り果てたアシュレダウは、そのすべてのルートで比類なき強力な《スピンドル能力者》となる。すでにして半ば不死の魔人だとも言っていた」

「不死の魔人」

「唯一の希望は聖剣:ローズ・アブソリュートなのだそうだ。あのシオンは、つまりこの世界のわたしはずっと探しているらしい。そのありかを」

「ローズ・アブソリュートならば倒せる、ということか。いやちょっとまてよ、それじゃあどうやってこの世界のボクは毎回、エクセリオスを倒すんだ?」


 アシュレの疑問に、問題ないとシオンが微笑んだ。


「半ば不死、と言っただろう。殺すことは出来る。真の不死者ではない、まだな」


 ううん? とアシュレは唸った。

 話に矛盾があるように感じたのだ。


「じゃあどうしてこの世界のシオンは、聖剣:ローズ・アブソリュートを探し求めるんだろう?」

「忘れたのかアシュレ。この世界で展開する物語はエクセリオスを倒すことが目的ではない。エクセリオスを倒したそなたが、いかに同じ穴へと堕ちるか。そして次なるエクセリオスと成り果てるか。そこが主題なのだぞ」

「つまり?」

「つまり、本当にこの世界を終わらせたいなら──心臓を共有して生きるシオンわたしが自刃するほかない。舞台裏バックヤードにいる間に自らの心臓を、聖剣:ローズ・アブソリュートで刺し貫いて」


 そうすればもう、二度とこの世界にアシュレダウは現れない。

 果たしてそんなことが本当に可能なのかはわからないけれど、もしかしたらすべて疲れ果てた彼女の抱いた妄想なのかもしれないけれど、とこちら側のシオンは続けた。


「わたしたちのせいだと言っていた。わたしたちが《ねがい》を注いだから。彼にそうあって欲しいと願ったから。だから彼はこの繰り返す地獄を生きているんだと。そして、わたしたちの《ねがい》通りにエクセリオスになってしまうのだと」


 泣いていたよ、そうシオンは自分自身について語った。


「逢わなければよかった。好きになどならなければよかった。愛さなければよかった」


 アシュレは言葉を失った。

 この世界のシオンが感じる絶望は、ひるがえって本物のシオン本人が味わう責め苦そのものでもある。

 その痛苦は、この世界のものだけではない。


 幾度も幾度もシチュエーションを組み替えて再現される絶望の英雄譚は可能性世界の数だけあり、そのすべての世界で、シオンやスノウ、そしてアシュレと関係してくれた人間たちは同じ数の絶望を味わっている。

 エクセリオスの虜囚となっているシオンとスノウのふたりが、いまどれほどの苦しみにさらされているのか、改めてアシュレは痛感した。


「それで彼女は? それからキミは?」

「恐くてもう扉を開けたくないと言っていた。だからわたしはこう言った。わたしたちがやる、と。わたしはいま真のアシュレダウと伴にあるのだから、と。そしてわたしは扉に手をかけ開いた。作戦会議室に足を踏み入れる前に一度だけ振り返ると、そこにはもう彼女はいなかった」

「なにか、言ってたかい」


 アシュレの問いかけにシオンは小さくかぶりを振った。

 なにも、と。


「すまない。ほんとうに他愛のない話だっただろう。ただ、わたしひとりの胸に収めておくのは……どうにもつらかった。そなたにだけは、そなたのことを想って消えたわたしの可能性のうちのひとりのことを、憶えていて欲しかったのだ」


 本物のシオンを取り戻したら消えてしまう定めの彼女が儚げに笑うのを、アシュレは煮え切らない困ったような顔で見つめるしかなかった。

 

 いこう、と言い出したのがどちらだったか憶えていない。

 どうあれ決着をつけるしかないのだ。


 感傷に浸っていてよい暇などない。


 だが、感傷の側はアシュレを忘れてはいなかった。




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