■第一三二夜:つかの間の息継ぎ
「そなた、無茶が過ぎるぞ。跳躍攻撃に移るなら、せめて声くらいかけろ。わたしでなかったら、いまのタイミング、合わせられなかったぞ」
愛する騎士のあまりの無謀っぷりに肝を冷やしたのか、さしものシオンも青い顔で愚痴った。
その間も、しきりに瞬きを繰り返す。
滅多なことでは自分を見失わない夜魔の姫も、今回ばかりは目を回したのか。
瞳の焦点がどこか曖昧だ。
そんな彼女に、こちらも同じく頭を振り、こめかみを掌の腹で叩きながらアシュレが返した。
「時間がないって言ったろ? 下から順路通り攻め上がって馬鹿正直に城内戦闘なんかにつきあってたら、それこそ敵の思うツボだ。それにキミなら声なんてかけなくてもわかってくれると信じてた。城からの攻撃が思ったより苛烈でタイミングがシビアだったてのもある。あそこでやるしかなかった」
「だからといってだな……わたしたちは飛べんのだぞ……」
「キミは聖なる籠手:ハンズ・オブ・グローリーがなければ、コウモリの群れに変じて飛べたりしないの?」
「できぬわっ! いや、できんとは言わんが、そのあとそなたを助けるほどの飛翔力がコウモリにはない。ともには行けなくなってしまうではないか!」
「ああ、やっぱりできるんだ。聖なる籠手:ハンズ・オブ・グローリーは夜魔特有の能力をかなり制限しているんだな、なるほど興味深い」
「そなた、いまそれか……なんにでも好奇心を抱くのは良いことだが、時と場合によるぞ」
ともかくだ、とめまいを振り払い、眼力を取り戻したシオンが釘を刺した。
「無謀はもう控えてくれ。前にも言ったもだが、そなたが失われたら、わたしは狂死する自信があるのだからな。ほんとうにこれっきりに、」
懇願にも似た諌言を、しかし今度はアシュレが首を振って遮った。
「それはできない相談だよ、シオン。同じなんだ、ボクにとってこの戦いはキミとスノウの運命がかかっているものだ。無茶だろうが無理だろうが、通さずにはいられない」
それに、と続けた。
「それに……本物のエクセリオスは無謀なくして倒せるような相手じゃない。そんな半端な相手じゃないんだ」
自分自身に言い聞かせるように呟いて、アシュレは立ち上がった。
議論しているヒマはない。
敵の気配はこのテラスにはないが、まだ城内に衛兵が残されているならほどなく駆けつけよう。
稼いだアドバンテージを活かすには、速やかな現状把握と迅速な行動が必要だった。
決意を込めて立ち上がった騎士に、シオンはどう答えていいかわからないという様子でその腕を取った。
「大丈夫だよ、シオン。ボクだって死にたいわけじゃない。キミたちを取り戻して伝えたいこと、伝え合いたいことがたくさんある。無謀を恐れないっていうのは、命の価値を知らない、失われる恐怖を知らないってことじゃなくて──命を賭けるべき瞬間を見誤らないって意味なんだ」
その位相は変じても変わらず我が身を案じてくれる夜魔の姫に、騎士は微笑んだ。
さて、そんな彼らの瞳が驚愕に見開かれるのは直後のことだ。
安全と状況とを確認すべく、暗がりに目を凝らしたアシュレは跳び上がらんばかりに驚いた。
「ここ……王城の一室じゃない……この作り、舞台裏か?」
アシュレの驚きはシオンも同じだった。
テラスから続く居室は奥まっていて暗く、屋外の光から暗闇に放り込まれた直後は、うまく見通せなかった。
敵が潜む気配はなかったが(夜魔の姫であるシオンの生体感知は強力だ)、最初は不要な調度の詰められた、物置のような部屋なのかとさえ思えた。
城内とは思えぬ雑然とした印象。
それが民との謁見を前提としたような開放的なテラスと、どう繋がるのか不自然だとは思ったのだが……。
落ち着いて観察すれば、これはたしかにアシュレたちが潜んできた舞台裏の光景だった。
「なぜ、こんなことに……」
「たぶんだけど──ボクらの行動があまりに予想外すぎてシナリオが回り込めてないんじゃないのかな。作戦行動や侵入方法がイレギュラー過ぎて対応できてないんだ。書き割りの背景描写が間に合わなくなったんだと思う」
先だってダリエリの作戦を説明したときの解放軍の他のメンバーの言動や、反対意見の表明を思い出してアシュレは言った。
この世界はあらかじめ用意されたその周回用のシナリオに、登場人物を収束させようとする習性というか、世界法則を持っている。
ある程度までは弾力的に歪みを吸収するが、あまりに急激で過激な逸脱を行われると破断が生じて、こんなふうに背景描写が間に合わない場面が生じる。
それを具体的な事例として持ち出せば、予期せぬ舞台裏の登場になるということだ。
「急激で過激な──逸脱な。それが引き鉄だと。なるほど、アシュレのその意見にはわたしも同意するところ大だ。特にさっきの跳躍は酷かった。わたしが度肝を抜かれたくらいだ。あんな突破方法、だれも予測できまい。奇策というか、奇抜にもほどがあるぞ。発想もだが、それを実行に移す無謀が過ぎる、ヒドイ」
一気にまくしたてシオンがため息をついた。
「いま思ったんだが、そなた……本当に本物のアシュレダウか? ひょっとして別人なのではないか? なんだかわたしが憧れ……もとい、思っていたのとちょっとずつ、いやだいぶと以上に違う気がする」
それなのに愛しさで動悸が止まらんとは、わたしはビョーキか。
困った様子で掌を頬に当てて冷やす。
「そんなそなたの行いに、ときめいてしまうとか……恥ずかしい。そなた、さっきわたしを組み伏せたとき、なにかわたしのなかを弄ったであろう? そのこうなんだ、そなたのそういうところに魅力を感じるようになるように、とか?」
そんなシオンにまさか、とアシュレは苦笑してみせた。
「ボクがこういう面をシオンやスノウに、あまり見せてこなかっただけじゃないかな?」
そう言ってから、いやもしかしたらと思った。
もしかしたら、彼女たちの予想より遥かに早くボク自身が変わりはじめているのかもしれない。
もちろん、それを口に出したりはしなかった。
10月中に第七話:Episode 4・「迷図虜囚の姫君たち」を完結させる予定で進めてきたソウルスピナですが、このままの掲載速度だと間に合わないのが判明したので、急きょ1日2回更新にしようかと思います。
その分、時間が不定期になるかもなんですが、どうぞよろしくお願いいたします!(ゴメンネ!)




