表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 4・「迷図虜囚の姫君たち」
609/782

■第一二九夜:叛逆の炎(1)


         ※


 戦いの火蓋は竜槍:シヴニールによる長距離狙撃によって切って落とされた。

 仕掛けたのは自由同盟解放軍。

 住居橋入り口に集結した帝国軍親衛隊に対し、監獄島の最上部、鐘撞き堂の屋根の上からアシュレが一撃を見舞った。


 歩兵部隊に守られた工兵が住居橋の門扉を破壊し、司令官:ユリウスが突撃を命じたその瞬間を、あやまたず狙い撃ちにしたのだ。


 もちろん帝国軍も無能ではない。

 これあるを予測し、密集隊形ではなく充分に互いに距離を置いて布陣は為されていた。

 当然、前線には大砲の姿もない。

 固定砲台である火砲は異能による長射程攻撃の格好の的だったし、連続射撃を行おうと弾薬を集積すると粒子飛沫のようなほんのわずかな飛び火で引火、爆発、自滅することになるからだ。


 皇子の号令にときの声を上げて突撃に移りつつあった親衛隊は、これで出鼻を挫かれることになる。

 アシュレの竜槍:シヴニールと隣りで控えていた真騎士の乙女:レーヴの雷槍:ガランティーンが唸りを上げ、超高熱超高速粒子を射出する。

 周囲の大気が一瞬で加熱膨張し、衝撃波とともに雷轟らいごうを響かせる。


 ユリウス本人はアシュレからの攻撃を聖盾:ブランヴェルと相似の装備で凌いだが、雷槍:ガランティーンによる旗下への攻撃までは防ぎきれず、相応の被害が生じた。

 が、それも前述の散開陣形により、最大効力射にはほど遠い。


 一方のアシュレは第一射の効力の確認もそこそこに、第二射を加えるより早く階下に飛び降り、監獄島内へ駆け戻っている。

 エスコートについてくれていたレーヴは逆に空へと舞い上がり、遊撃戦力となる。


 そこに応射の一撃が叩き込まれる。

 再びの雷轟らいごうは、帝国軍陣営から放たれた。

 やはりユリウスが携える竜槍:シヴニールに相似の装備。


 いや、あれはもしかしたらこの世界における竜槍:シヴニール、アシュレの攻撃を防ぎ止めたのも聖盾:ブランヴェルそのものなのかもしれない。


 強力な高速粒子の一撃が鐘撞き堂を一瞬で消し飛ばす。

 ユリウスは、そのまま塔を舐めるように粒子帯を切り下ろす。

 一瞬で凄まじい破壊が監獄島を見舞った。


 このように強力な長射程フォーカスを備える《スピンドル能力者》同士の戦闘では、足を止めたらおしまいだ。

 ほとんどの城塞が、その強大な《ちから》の前にはほとんど無力だ。

 異能者同士の戦いにおいて、いわゆる通常の戦争の常識は通用しない。

 極論、施設の破壊に投じる代償と、通常戦力による攻略と、いずれを計りにかけるかというだけの話だ。

 要害の攻略に《ちから》を使い過ぎれば、《スピンドル能力者》同士の争いになったとき遅れを取るのは必然。

 駆け引きだった。


「突撃!」


 ユリウスの号令一下、帝国軍はアシュレたちが立て籠る監獄島への攻撃を再開した。

 住居橋内部にアシュレたちが配置した防衛戦力と歩兵部隊がぶつかり、その脇を騎兵と工兵たちが駆け抜けようと試みる。


 防衛戦力といっても、少数精鋭による奇襲によって監獄島を奪取したアシュレたちのそれは一〇〇名に満たない。

 これほどの少人数では砦などの大仰な防衛設備は、その大きさゆえ足枷になる場合が往々にしてある。

 各所に人員を配するとなると、意図せず戦力を分散させるハメになるからだ。


 住居橋に配された主戦力はノーマンだった。

 その補佐としてクロスボウ装備の真騎士の妹たちがつく。

 真騎士の妹たちは住居橋の部屋を飛び回っては移動し、クロスボウを射かけては単独行動のノーマンを補佐。

 死角を伺う敵兵を狙撃し、騎兵の足行きを鈍らせ、萎縮させるのが仕事だった。

 もちろん、危険な場合はすぐに戦線を離脱するよう厳命されている。


「大戦争だね、これは」

「そなたが命じた結果だ」

「これからもっと凄くなる」 


 剣戟けんげきと怒号が階下の住居橋から響いてくる。

 監獄島のあちこちを駆け回り竜槍:シヴニールによる点射で存在感をアピールしながら、アシュレたちはアーケード状に展開して住居橋の天井部を覆う屋根を見下ろし、タイミングを計っていた。


 この住居橋はもともとは帝都が抱く穏やかな湾へ入ろうと回り込んでくる敵軍を迎え撃つための洋上の関所へと通じる橋の上に、駐留軍の落とす金を当て込んで商人たちが築いた一種の城下町が原型だ。


 時が経つにつれ、外観が城塞の一部として補修され、いまに至る。


 エクセリオスによる圧政という名の平定が進み、砦が役目を終え監獄島に再編されてからも獄吏や守備兵たちの酒保として稼働していた。


 当然、いまは戦闘員以外に人間は残っていない。


 かつての帝都から見れば僻地に過ぎなかったこの場所に、皇帝の居城に通じる大通りが開かれたのは、エクセリオスが大陸の征服をほぼ終え、老境に差しかかった頃だったらしい。

 処刑通り、とあだ名されるこの大きな街路はその名の通り、処刑される死刑囚が衆目と罵倒あるいはいたたまれぬ沈黙にさらされながら引き回され、処刑用広場へと連れられていく──ある種の──誤解を恐れずに言おう──大衆娯楽エンターテイメントとしての舞台装置だった。


 戦いのがそこからいま、激しく鳴り響いてくる。

 それは住居橋を楽器として革命の闘士と騎士と兵士たちが、己の命をかけて奏でる交響曲だ。


 それにしても親衛隊を率いる第二皇子:ユリウスは、武人気質というか正統派の騎士気質らしい。

 自ら突撃に加わり、部下を鼓舞する彼の姿は騎士として好ましくさえある。

 いつ天井からアシュレの竜槍:シヴニールが一撃を加えてくるかわからぬような死地に、自ら乗り込んできた。

 部下にも慕われているのだろう、旗下の騎士たちは実によく働いてる。

 かつてのエクセリオスが持っていた善性・美点を受け継いだか。

 母親による教育の賜物か。

 それはわからないが。


「だが騎士であればあるほど、この策には食いつかざるを得ない、か」

「まさか同じ騎士であるそなたが、対決を放棄し尻に帆をかけ逃走するとは思ってもいない、とか?」

「拠点とは死守防衛すべきものである、というのが体制側の基本的な考え方だと思う。それはかつて彼らが命をかけて捥ぎ取った場所だからだ。そして統治期間が長ければ長いほど、支配体制が盤石であればあるほど、そう思う。生まれた時からそういう体勢下で育ってきたならなおのことだ。だから、そこを奪ったならず者アウトロー、つまりボクらの側にも同じ考えがあると彼らは思うわけだけど、ボクたちは陣取りゲームをしにここに来たんじゃない」


 空中でレーヴと真騎士の妹たちが敵の真騎士軍団と戦いを始める。

 敵の真騎士たちはアシュレの指示通り、海上へ、住居橋が死角になる位置へと誘導されていく。

 これは航空戦力に、こちらの意図を悟らせないための誘導だった。

 それに駆けている途中で空中から狙撃されるのは危険過ぎる。


 ほかならぬレーヴ本人相手に、同じシチュエーションを体験しているアシュレには、その場合どんなことが起りえるか、ありありと想像できた。


 あれは古いがゆえに増改築で複雑に入り組んだヘリアティウムの街路があればこそ出来たことで、一直線に王城に向かわなければならないいまのアシュレたちは、航空戦力にとっては格好の的だ。


 そのアシュレの思いを受けたかのごとく、押し込まれているように見せかけ、レーヴは敵の真騎士たちを主戦場から遠ざける。

 距離的にも、視覚的にも。


 真騎士の乙女としては不服な運用ではあったろうが、ここでどれだけ時間を稼げるかは作戦の重要なファクターだった。


 ゴオオオン、と住居橋が太鼓ドラムのように鳴った。

 おそらくユリウスが己の竜槍を住居橋内部で使ったのだ。

 熱せられた空気に塵埃じんあいが勢い良く噴き出す。


 控えていた帝国予備兵力に動きがあることを、霊査を行っていたアテルイが念話で知らせてくれた。


 たぶん、住居橋の攻略が進展したのだ。

 アシュレが監獄島の防衛に専念することにしたと考えたのか。

 同じく長射程攻撃を得意とするレーヴを、自軍の航空戦力が押さえているいまが好機と判断したか。

 後詰めの部隊を動かし、その真意を探ろうというのか。


 住居橋の天井を貫いて階下からの高速粒子がアシュレの頭上を掠めていった。

 雷鳴が本物のいかづち上回る勢いで轟き渡り、熱い衝撃の余波が髪を嬲る。


 わたしとともに橋を落とせるものならやってみろ、という雄叫びさえ聞こえた気がした。


 性急で若いが勇猛かつ辣腕家だと、アシュレは顔を合わせたこともない架空の息子を思う。


 そんな彼と正対するノーマンや真騎士の妹たちは無事だろうか。

 たとえ架空の存在とは言え、ノーマンや彼女たちが傷つくのは心が痛む。


「いこう」


 アシュレはそれを合図に飛び出した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ