■第一二七夜:英雄譚のなかへ
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「さて、こちらの地図に注目して欲しい。これがいま我々が拠点としている監獄島。そして、ここが皇帝:エクセリオスの居城だ。潜入中の土蜘蛛姉妹からの情報、加えてアテルイの霊査によれば、帝国軍は監獄島を陥れ囚人を解放した我々に対し、最強戦力である親衛隊を投入しての突入作戦に打って出るつもりらしい。いま帝国側の海上戦力は蛇の姫が押さえてくれているから海戦はありえない。となると主戦場は監獄島と対岸を結ぶ、この長く古い住居橋ということになる」
もともとは都を守るため、湾に突きだした砦として建造されたという監獄島の一室で、アシュレは革命成功の暁には閣僚となるはずの面々に、今次作戦の概要を説いている。
告死の鋏:アズライールの美姫:アスカリア、真騎士の乙女:レーヴスラシスとその妹たち、副官姿で側に控えるアテルイは優秀な霊媒でもある。
話題に上った蛇の姫:マイヤティティスは、いまその姿を本来の巨大な水蛇に変え、監獄島の周囲から大砲を射かけようとする敵船を警戒してくれている。
土蜘蛛の姫巫女姉妹は、すでに皇帝の居城への侵入工作を行っているという設定だ。
その後ろには男たちもいる。
ノーマン、バートン、そしてダリエリ。
イズマの姿はどういうわけかこの世界には元々ないというのが巨匠からの前情報だった。
シオンの言った通り、“繰り返す動乱の國”への潜入は比較的にしても容易だった。
作戦司令室になっているこの部屋に通じる扉が、実際には舞台裏に繋がっている。
アシュレはそこから本来のシナリオに用意された自分が登場するタイミングより、すこしだけ早く姿を現せば良かった。
それだけで“繰り返す動乱の國”世界は、同一人物が同じ場面にふたりいるというシナリオの矛盾を吸収して、先に現れた側を今回のアシュレと規定し直す。
もうひとりの自分を排除して無理矢理すり替わる必要はない。
同じやり方でダリエリも入ってきた。
彼には代役はいないので、タイミングを見計らう必要すらないわけだが。
「遅くなった……続けてくれ」
部屋へ最後に参じたのはシオンだった。
もちろんスノウブライト姓の、だ。
駆けてきたのか、心持ち呼吸が荒いように思えた。
打ち合わせではもうすこし早いタイミングで合流するはずだったのだが、なにか手違いがあったのか?
アシュレは内心訝しんだが、その思いを顔には出さなかった。
作戦の説明に戻る。
「さて、突入作戦と今回の帝国軍親衛隊の動きを評したが、本音を言えば彼らは我々に籠城戦を選択させたいはずだ。我々は辺境での同時多発的蜂起を陽動にして帝国軍の主力三軍を釣り出し、内外の呼応を経て少数精鋭による奇襲という形でこの監獄島を押さえたわけだが、これに対し帝国側としては各地の反乱鎮圧に出向いていた正規軍が帝都へ帰ってくる時間を稼ぐ狙いがあるのだろう。すでに各地に派遣されていた各方面軍が、鎮圧も残敵掃討もそこそこに帰途についたとの報がある。神速の第三軍を先頭に数日と間をおかず、この懸念は現実のものとなるはずだ」
アシュレは卓上に置かれた駒を動かした。
三方に散っていた帝国軍主力を表す赤い駒が、ずいと包囲網を狭めてくる。
時間経過とともに籠城戦が厳しくなることは、だれの目にも明らかだった。
「いかに我々が精鋭でも、帝国軍正規兵全軍の相手を現戦力だけでこなすのは、相当に厳しい。万が一そうなれば、人的損失も間違いなく半端なものでは済まなくなる。それまでに暴君:エクセリオスを倒し、民衆を解放するしかないんだ。これまでの道程でも見てきたが、民衆の我慢はすでに限界だ。誰かが口火を切れば、必ず立ち上がる。それほどまでに彼らは追いつめられている。皇帝が倒れ、帝都に暮す数百万の民衆が蜂起すれば、帰着した帝国軍もおいそれと手出しはできなくなる」
ここまではいいだろうか?
ぐるり、とメンバーを見渡す。
何人もが首肯を返してくれる。
アシュレはこの瞬間、そのなかにスノウの姿がないことに気がついた。
これまでの周回では敵の作戦を事前に察知し、その事実をアシュレに伝えてくれる重要な役割を果たしてくれていたはずだった。
ダリエリからの情報でも、彼女は毎回主要なポジションを占めるヒロインとして必ず現れていたという。
ではこれは特別なイレギュラーということか?
いまこの場にいるシオンがスノウの因子を色濃く受け継いでいるためのシナリオ調整なのか?
疑問点を頭に留めながらも、優秀な司令官の芝居を続ける。
「もちろん帝都、こと民草の暮す地区を、いたずらに戦場とすることは我々の本意ではない。この監獄島を奪ったのは、囚われた政治犯たちの救出だけが目的ではない。敵も味方も含めて衆目をここに釘付けにすること──帝国が抱える最強の戦力=親衛隊をここにおびき寄せ、叩くためだ。戦場を住居橋と監獄島に限定すれば、この戦いで民衆が被る被害は最小限のものとなる」
それだけではない。
アシュレは拳を固めて見せた。
「彼らは見るだろう。我らの戦いを。これまで自分たちを苦しめ、不当に抑圧し、権利を奪ってきた者たちと戦う人間の姿を。たった数十名の人間が、数千の軍団を相手に起つ姿を。帝国軍を出し抜き、首都を陥れ、暴虐の皇帝を倒そうとする戦士たちの姿を。この戦いを圧政の象徴=親衛隊を相手に見せることで、ようやく我々は真の解放者として圧政に苦しんできた人々に理解される」
我ながら荒唐無稽な作戦だとは思いながら、アシュレは熱弁を振るった。
いまからアシュレが実行に移そうとしているプランは、アカデミーの戦術試験だったら落第か満点かのどちらかしかない。
しかしこれは、この世界が定めた規矩なのだ。
本心がどうであろうと、役割は果たさなければならなかった。
アシュレは己を鼓舞するように、声を発した。
「だからこの戦いは、ただ勝つだけではいけない。帝都に暮す民衆を我々は思い、その解放と、後の事業への参画を待望していると知らしめなければならない。我ら自由同盟解放軍は民衆の味方であり同志だと。それによって喚起された彼らの自由意志と覚醒による勝利でなくてはならない! 後の世のためにも、解放軍が人々の真の解放者と認められるためにも、これは絶対に必要なことなのだ!」
だから、とジェスチャーを加えながら説いた。
「だから今次作戦では、あえて監獄島内部まで親衛隊を踏み込ませる。籠城ではなく、城内戦闘を最初から想定する」
指導者の大胆過ぎる提案に、さすがに場内から驚きの声が上がった。
この“繰り返す動乱の國”では、各周回ごとに作戦会議の内容もすこしずつ違う。
籠城しつつ内外で呼応し民衆の蜂起を促すプランもあれば、住居橋の地形を利用して親衛隊と真っ向勝負に持ち込むものもある。
そこでアシュレがダリエリとともに練り上げたのは、奇策中の奇策だった。
『このバラの結界の内側では、いくつもの可能性世界が同時に展開している。そのなかで創造主から絶対の注目を集めようと思えば、その創造主本人=エクセリオスの想定の上をいかねばならん。わたしが真の美にしか心奪われないように《理想の王》であるエクセリオスも単なる茶番には興味がないのだ。キミだってそうだろう?」
巨匠:ダリエリの言葉だ。
続けて彼はこうも言った。
『極めて遺憾なことだが、これまでのわたしの人生が夜魔の姫にも魔導書の娘にも注目されていないというのであれば、この件に限ってそれは好都合だ。つまるところ彼女たちはわたしの考えには興味がないということなのだからな、それは。裏を返せば彼女らの《理想》であるエクセリオスにとっても、わたしのアイディアは予想外だと言える。そうではないかね?』
アシュレから切り離されたエクセリオスは、いまたしかにシオンとスノウの《理想》をその行動原理としている。
であるがゆえに、ダリエリのことを重要視してこなかった。
シオンとスノウのふたりが、巨匠:ダリエリを眼中に収めてこなかったからだ。
自分たちの人生にさほど影響を与えない、無視していい人物だと捕らえてきたからだ。
その思想、発想、発明も含めて。
これまでは。
ならば彼女らにとって路傍の石に等しい人物が考える奇策は、まったくの予想外として働くのではないか。
ひるがえって、エクセリオスの思考の死角を突けるのではないか。
そうダリエリは言ったのだ。
やっぱりこのヒト天才だとアシュレは思う。
同時に相当の変人であるとも。
そしてこれこそ、アシュレが見出した勝利への道筋、その第一であった。
ざわめく閣僚級メンバーたちの動揺がそれを物語っている。
これはつまりシオンとスノウの内心が用意した展開を、アシュレとダリエリの発想が上回っていた証拠だ。
その変化をエクセリオスが見ているなら、きっとこの展開は注目を受けるだろう。
いいぞ、とアシュレは思う。
お読みくださりありがとうございます。
ここまで着々と更新を重ねて参りました燦然のソウルスピナですが、作者がアジテーションとはなんぞや、みたいなお勉強タイムに時間を費やしてしまい、お話のストックが明日で切れてしまいますw
今回のエピソードにそれが活きていたら良いんですが……(ぼんやりぼんやり)。
ということで、今月25日までいったん連載を停止させてもらいます。
あとはもうクライマックスへ向かってまっしぐらですので、ほんとに執筆時間が足りてないだけですw
この第七話:Episode 4・「迷図虜囚の姫君たち」は2021年10月中には完結させる予定で書き進めておりますので、どうぞよろしくです!
次エピソードにて第七話最終章「喪失の竜姫、屍の王」もちょこちょこ構成を思案しておりますので、お楽しみに! なんか次はドラゴンとか出るみたいですヨ(ほんとかなあ)。




