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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 4・「迷図虜囚の姫君たち」
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■第一二一夜:秘めたるは刃



「小癪な」


 笑んだまま、“理想郷の王”は笑う。

 美姫ふたりの予期せぬ抵抗に愉悦を感じていた。


 これまでエクセリオスはいくつもの地獄=可能性世界を生みだし、それによってシオンとスノウの心を挫こうとした。


 それに対抗する手段として、夜魔の姫と魔導書グリモアの娘は、互いの因子を掛け合わせた物語=スノウブライトという名の新しい・・・シオンを造り上げた。


 スノウは自らの一部を破り取り彼女に託した。

 シオンはかろうじて切り離すことに成功した十三本目のジャグリ・ジャグラを、彼女の核とした。

 ジャグリ・ジャグラは、その内部に注がれた《ねがい》の通りに人体を改変する魔具だ。


 そこにスノウが己の心の恥部を封じ込め、さらにそれをシオンの高潔さが拘束して、匂い立つような人物像を与えた。


 それはもしエクセリオスの責め苦に屈したとしても、アシュレがふたりを取り戻してくれたとき、もう一度、自分たちを再建するためのエッセンス。


 それがスノウブライトという姓を持つ夜魔の姫:シオンの役割だった。


 しかし、この企てを仕上げたのは、実はエクセリオス本人だ。

 まさか自分が創造しつつあった登場人物キャラクターのひとりに、そんなものが仕込まれているとは気がつかなかった。

 シオンとスノウから思うさま構築資源リソースを略奪したつもりだった。


 その愉悦と驕りに、ふたりの姫は起死回生の一矢を隠したのだ。


 シオンとスノウは奪われているふうを装いながら、世界規矩グランド・ルールを設定し登場人物キャラクターの創造に没頭するエクセリオスの《ちから》を逆用して、これを出し抜いたのだ。


 エクセリオスの異能は、シオンとスノウの《スピンドル》に依存している。

 逆説的に言えば、その作業に介入できるということでもある。

 抗うのではなく、流れをすこし変えて。

 真っ向からの否定ではなく、協力を強いられているふりをして操作した。

 

 そうやって可能性世界に割り振られたスノウブライトが、その窮屈な役割から頃合いを見て脱し、この世界観すべてに対する抵抗勢力レジスタンスとなるよう、思考の跳躍を組み込んだ。

 可能性世界の創造に対して抵抗しているとだけシオンとスノウのことを認識していたエクセリオスは、たった一体だけ紛れ込んだ特注の彼女・・を見逃した。


 まさか自分たちを責めさいなむ「可能性の地獄」の創造に、当のふたりがワザと協力していたなどとは思いもつかなかったのだ。


 あえてたとえよう。

 繰り返される無限地獄の只中に、ふたりの美姫は救いの剣を隠したのだ、と。


 ふたりの策略など思いもつかなかったエクセリオスは、そのあとでスノウのなかに破り取られた頁の傷跡を見つけた。

 荒々しい陵辱の跡にも似たそれはしかし、彼女自身の手なる仕業であった。


 その荒々しさが興味を掻き立てた。

 破り捨てられた頁になにが描かれていたのか。

 しかもそれが瑞々しい少女の心の最深部、もっとも恥ずべき秘密の数々であったとしたら。

 気にならぬ読者はいまい。


 だがそれさえ、スノウの策略であった。

 少女のなかに秘され隠された秘密があったことを知れば、エクセリオスはよりいっそうスノウ自身の心に夢中になる。


 それを暴き立てる楽しみから逃れられなくなる。

 傷口が抗いようのない退廃の蜜で濡れていたならなおさらだ。

 事実エクセリオスは、スノウの内部探索にこれまで以上に夢中になった。

 囚われの少女がどこにそのページを仕舞い込んだか、スノウの内部を探し回った。


 よもやその頁がすでに外部化され、キャラクターとなり、自分が生みだした可能性世界のなかを自我を持って彷徨い歩きワンダリングしていたなどと考えもしなかった。


 優れた狩人ほど、そして王者としての己の能力を知る者ほど、実力に見合った慢心をするものだ。


 具体的にはスノウへの耽溺。

 そうすることで眼前で展開するいくつもの可能性世界、それが生みだす悲劇への注意力は散漫になる。


 もちろん単に見過ごしていたのではない。

 スノウという媒体に可能性世界での出来事は自動的に記述されるし、シオンの肉体へはジャグリ・ジャグラが選り抜いた一刺しを体験させる。


 そこには抜かりがなかった。


 だからこそ。

 すこしくらい脇目をしても許されよう。

 あとで確かめたらよいのだから。


 ときに、そういう慢心をヒトはする。


 己が圧倒的優位にある場合は特に。

 ゲームとして状況を楽しんでいるならなおのこと。

 たとえ《理想》の存在であろうとも。


 いやシオンとスノウの《理想》であるがゆえに──エクセリオスは戦利品トロフィーとしてのふたりからは目を離せるはずがなかった。


 エクセリオスは、どうしようもなくシオンとスノウに執着していた。

 原型オリジナルであるアシュレがそうであるように。


 可能性世界の半分は、彼女たちの心を挫くための計画でもあったのだから当然だ。

 自らがこのバラの結界から脱するには、ふたりを疲弊させ心を蹂躙して陥落させるのがもっとも確実で早いとつい先ほどまで考えていたし、実際そうだった。

 

 そうだったはずだ。

 だがその認識も、事実とはすこし違っていた。


 スノウもシオンも、玩具として自分たちの肉体をエクセリオスの思うがままにさせたには、わけがあったのだ。

 ただ抗えなかったというのでは断じてない。


 信じていた。


 自分たちが作り出したいくつもの意識の死角に乗じて、本物のアシュレダウは勝機を見出してくれると。

 必ず来てくれると。


 そして、来た。

 彼は。

 現実に。


 エクセリオスはたったいまその記述に辿り着いた。


 それはオルガン世界でのできごと。


 自分とスノウの息子:アレンと娘:フラウを救おうとしたアシュレのこと。

 そして、黄昏の帝国世界で感じた視線の正体のこと。


 自分が見逃したクライマックスを知った。


 ふは、とエクセリオスの口から笑いが漏れた。

 悦んでいた。

 出し抜かれたことに。


「なんとなんと。これはなんと面白い展開だ」


 ふはは、と己の顔を片手で覆い、天を見上げて哄笑した。


「すでに潜り込んでいたか、アシュレダウ。なるほどな。シオンザフィル、そなたの胸が高鳴るのもわかろうというもの。そして舞台裏バックヤードとは恐れ入った。我に見咎められぬ場所を、そんなところに隠していたか。世界と世界との境界線に自分たちの居場所を築いていたか。世界が舞台であるならば、舞台裏があるのは道理だが──なんと抜かりない、抜け目ない女たちだ──ますます気に入った」


 であれば。


「であれば、アシュレダウ。仕掛けるか、仕掛けてくるか。どう出る。そうだ、出てこい、勝負に」


 自らの思考の死角を突かれ《理想》の男はご満悦だった。

 失策を恥じることもない。

 むしろこれこそ望んだ展開だと、心の底から快笑していた。


 意外性ある展開。

 それがエクセリオスがこの世界に望んだことだ。

 自らの予想の外を行くものを、超越者ほど愛する。


 あまりの感動にシオンという肉の玉座から立ち上がっていた。


 だが尊大に笑う男に対し、荒い息をつきながら、それでも不敵に頬を歪めてシオンが言った。


「みたか」


 ここまで事実を隠しおおせたスノウの頬にも、わずかにだが笑みのしるしのようなものがある。


「なるほど、これは。どれほど責めても、そなたらが折れぬわけだ。恐れ入った。精神を守る宝冠:アステラスを頂いているという慢心が、さらに我を事実から遠ざけていたか。視ているものごまかされることはないし、なにを見たいかを操作されることもない。しかし、自分自身の《意志》でなにを選んで見るかについてまで、アステラスは干渉しない。真実を見せるだけ。しかも眼前に展開する情報が──この場合スノウメルテのアシュレダウへの情愛が──本物であったとしたら、そこには偽りなどどこにもないのだからな」


 しかしだ、と続けた。


「こと、この可能性世界にある限り、我に敗北はない。宝冠:アステラスは我が頭上にあり、聖剣:ローズ・アブソリュートは我を封じ込めるバラの結界=この神殿と成り果てた。我を封じている限り、あらゆる不死者を退ける刃は、この世に剣として現れることはない」


 そして、


なんじらふたりは、すでに陥落寸前の虜囚の身。《スピンドルエネルギー》も使い果たす直前であろう。ちがうか、ちがうまい? そのように我が仕向けたのだから。だとすればもはや彼の者に加勢する《ちから》など、とても残ってはおるまい。残されたその《ちから》が尽きれば、遠からずこのバラの結界も崩れ去る」


 そうなったとき未熟な彼が、我に勝る可能性など万にひとつもあるまいよ。

 美姫たちは沈黙する。

 事実に打たれて。

 それでなくともすでに限界は近かった。

 講じた策が間に合ってくれるかどうか、ギリギリの瀬戸際だった。


「では彼の者が我の前に立つまで、容赦なく責めさせてもらおうか」


 なんにせよ予定は変わらなかったな、とエクセリオスは嗤った。

 しかし、とまた嘆息する。


「しかし、そなたらふたりは、よほど手酷い蹂躙が好みと見える。歴史の暗がりには二度と陽の光の下に戻れぬ堕ち方があることを教えてやろう。スノウのほうは己の恥部を分身に託したようだが、そのようなものとは比較にならぬ辱めがあることを知れ。背徳の極みの禁書で、そなたの内側をいっぱいに満たすが良い。シオンザフィルにはジャグリ・ジャグラの真の使い方を教えよう。外側だけはそならのまま、どこまで取り返しのつかぬ淫欲の蜜が詰められるものか楽しみでしょうがないぞ、その乳房と下腹と臓腑、そして頭蓋の奥の奥まで──すべてが恥辱で張り裂けるまで詰めてやろうほどに」


 エクセリオスの指先がスノウの先端を強く弾き、爪先がシオンをこじった。

 悶絶の声がふたりの喉を楽器にする。


「我をペテンにかけるとは、なんという美姫たちだ。ああ愛しさが止まらぬ。そなたら告白するなら、いまぞ。よもやもう裏切りは働いておるまいな? 隠しごとはあるまいな? 暴いた末にそのようなものが出てきたら、我がどのような作法でそなたらを愛してしまうか、自分でも保証ができんのだぞ? さあアシュレダウ、来るなら早くにするがよい。そなたの愛しい美姫たちがどのような種類の恥ずべき秘密を抱え込んでしまうか、わかったものではないのだからな」


 シオンとスノウ、ふたりの心と体に猛威を振るいながら、エクセリオスは再び座して待つ。

 こんどは見逃さない。


 アシュレダウという男がこの可能性世界でいかに戦い、生き、辿り着くつもりなのかを。





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