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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 4・「迷図虜囚の姫君たち」
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■第一一五夜:いまひとたびの巨匠

         ※


 最後に辿り着いたのは“繰り返す動乱のくに”。


 圧政を敷いた強大な帝国の皇帝が世界を支配する。

 そして彼に抗う反乱軍──彼らは自由同盟軍と名乗った──そのリーダーがアシュレだった。


 アシュレたちは民衆を味方につけ悪の皇帝と彼が率いる軍団、邪悪な騎士団を打ち破りついに首都に攻め上る。

 そしてその最後の反抗作戦──皇帝の居城を攻め落とす戦いが、この世界に託された《魂》を巡る可能性の模索のカタチだった。


 シオンがいて、スノウがいた。

 レーヴが、真騎士の乙女たちが、アスカリヤが。

 アテルイが、蛇の姫巫女が、皆アシュレと自由同盟軍のために《ちから》を振るう。

 もちろん、周回のバージョン違いですでに故人であったり離反していたりはするのだが、基本的に女性たちは全員が一致団結してアシュレを支える方針を崩さなかった。


 そして、幾多の苦難と別れを乗り越えながら、ついにアシュレは目的を達する。

 そう悪の皇帝を倒すのだ。

 民衆たちの《ねがい》を引き受け、“理想郷”をこの世に降ろそうとして。


 だが、この世界は決して彼らが望んだ場所へ辿り着くことはない。

 皇帝を倒したものが次の皇帝になるからだ。

 この世界に隠された真の秘密に触れたアシュレは、ひどく苦悩して、迷って、その果てに敵と同じ姿になる。


 皇帝の名はエクセリオス。

 そうアシュレダウ自身。


 ここはアシュレダウがアシュレダウを殺し続ける地獄。

 閉じた円環のなかで最初アルファ終わりオメガを担うものは同一の存在。

 前回の周回の英雄が、悪の皇帝と成り果てる、果て無き地獄である。


 ……だから、その人物の存在に気がついたのはほとんど偶然だった。


 アレ? と呟いたのはアシュレだった。

 どうした、と何度目かの悪夢を見終えたシオンがかたわらで呟いた。


「あのヒト……だれだろう。いやだれだかはわかるんだけど、なんでどの場面でも出てくるんだ。いやそれよりも、なんでいるんだ、あのヒトが?!」

「どれどれ、どれだ、どいつだアシュレダウ。そんな変わったのが──」


 アシュレの狼狽ぶりに、シオンが場面に首を突き出して確認した。

 そして息を呑んだ。


 老体とはとても思えぬ立派な体躯に骨張った手を、あるときは反乱軍の幕僚として、あるときは宮廷に仕える官僚の礼服に無理矢理押し込んで、もじゃもじゃ頭の男がそこにはいた。


「エルシド……巨匠マエストロ:ダリエリ。エルシド・ダリエリ──なんで、なんでいるのだ、こんなところにッ?!」


 シオンのその叫びは、もっともだとアシュレも思った。


 ダリエリとの出会いは、しばし時間を遡る。

 あれはそう、森のくに:トラントリムでのことだ。


 アシュレはそこで国の事実上の君主である夜魔の騎士にしてデイ・ウォーカー:ユガディールと出会った。

 その際、彼の友人として紹介された人間の芸術家……というか絵画から音楽、彫刻、甲冑の製作から精密な部品を使ったオルゴールのようなもの、果ては築城や宮殿、聖堂の設計にまで手を染める天才が、このダリエリだった。


 たしかユガディールをアシュレが打ち破り、トラントリムが陥落したあと、オズマドラ帝国の軍門に下りアスカの直下でその腕を振るっていたはずだった。

 だが、アシュレはトラントリムで最後に会ったとき以来、これまで一度も彼の姿を見たことはない。


 その男がなぜか、この“繰り返す動乱のくに”世界にだけ登場していた。

 しかも何度繰り返しても、彼だけはずっと登場し続けるのだ。

 他の女性ヒロインたちのように欠番になることもない。

 ずっと、アシュレかエクセリオスのかたわらにいて、好き勝手に新兵器を開発したり、建物を建てたりしている。


 猛烈な違和感をアシュレは感じた。


「あやつ、たしか以前わたしにヌードモデルにならないかと真顔で持ちかけてきたよな」


 額に手を当て、記憶を遡りながらシオンがうめいた。


 そうだった。

 ダリエリは天才である。

 天才であるがゆえに空気を読まないし、躊躇するということを知らない。

 眼前に絶世の美があれば、すぐにもそれを写し取ろうとするし、その美が女性であれば相手がだれであろうと──たとえ皇帝陛下の妃やその娘であろうとも──モデルになるよう声をかけて回るのが当然と考えていた。

 いいや、言い直そう。

 考えてさえいない。

 人間が呼吸するのを考えないのと同じで、当然のようにそう動く男なのだ。

 

 だから夜魔の姫相手であろうとも、申し出をためらうなどということはあり得ないのだ。

 そしていま問題はそこではなかった。


「なんでここにだけ、この世界にだけあのヒトはいるんだ?!」


 突如として現れた新キャラに仰天するアシュレの横で、シオンが己の完全記憶を手繰っていた。

 それから言った。


「いた。いるな。前からここに。たぶん、この世界が始まったときからいる。ただしこの世界にだけだ。“繰り返す動乱のくに”にだけしか、彼は登場しない」

「どういうことだろう。なんでそんなことが起るんだろう。《魂》の所在とその実現をエクセリオスが希求しているとして、それが《スピンドル》の先にある《ちから》だとして……だとしたらどうして彼、巨匠マエストロ:ダリエリはこの世界にだけ登場するんだ?! しかもなぜだ、彼だけは繰り返される地獄の悲劇などどこ吹く風、嬉々として己が道を驀進しているようにしか思えない」


 アシュレのつぶやきは、ほとんどうめきだった。

 言われてみればたしかにその通りだったからだ。

 マエストロ:ダリエリだけはどの場面でもイキイキしていた。

 勢いのあるほうについて使える限度いっぱいの金額を、己が美学の追求に蕩尽した。

 もちろんそれは新兵器だったり新たな甲冑だったり、より効率的な作物の交配だったり革新的な築城技術だったり、見たこともないような聖堂の建築プランだったりして、常にアシュレたちの助けとなるという体裁だけは守られてはいた。


 ただ明らかにダリエリは反乱軍の行く末や、帝国の末路になど興味が無さ気だった。

 どの場面でも、何度周回をやり直しても、変わらず傲岸不遜に己が道を貫いた。

 アシュレダウという男がエクセリオスに成り果てようとも、そして彼が新たなアシュレダウに破れ世界の秘密を暴かれようとも、なんら痛痒を憶えた様子もなく次なるエクセリオスに、アシュレダウに平然と仕えるのだ。


 アシュレは混乱した。


 これまでの経験から推察するに本物のスノウが、これもどこかにいるはずの本物のエクセリオスによって、その魔道書グリモアとしての能力を利用されて作り上る繰り返す可能性世界の連なりが、総体としてのこの世界なのだと、いまアシュレは認識している。


 そこでは《魂》の所在や精製は、アシュレダウとそこに関わる女性ヒロインたちの人間関係に集約される。

 表現形は変わっても、最終的にはアシュレと彼に恋をしてくれた女性たちの物語がこの世界の焦点なのだ。


 だから、ノーマンもバートンもイズマも、主たる存在としては出てこない。

 いたとしても、それはどうでも良いこととして処理されずっと遠景にあって、主たる場面には現れない。

 彼らの人生はこの世界にとって主旨ではない。

 クライマックスたりえないのだ。

 

 たぶんそれはこの世界の連なりすべてがスノウとシオンの主観を中心に構築されているからだ。

 いくつかの可能性世界を垣間見て、アシュレはそう読み解いた。


 シオンとスノウ。

 ふたりにとって最大の関心事は《魂》と、アシュレと自分たち、そしてそれ以外の女性たちの振舞い。

 

 そのなかでたしかに主役としてではないが、ずっと変わらず役を割り振られる存在がいたとしたらどうだろう。

 しかもその男はこの世界、“繰り返す動乱のくに”世界限定でしか現れないのだ。


「間違いない。あの男、エルシド・ダリエリはこの世界にしか現れない」


 記憶を遡り、これまで体験したすべての場面を閲覧し終えたシオンが断言した。

 その際、それぞれの地獄の場面に当てられたのだろう。

 心なしか頬はこけ、唇は乾きひび割れているように見えた。


「やっぱりか」


 アシュレはシオンの言葉に、確信を得て言った。


「現実側のシオンにとってもスノウにとっても、ダリエリは大した存在じゃない。彼がいかに巨匠であろうとも、自分たちの人生とは関係ないことなんだと認識しているんだ。それはほかの可能性世界が証明している。ダリエリとはボクもキミたちも関わる必要などなかったと、ふたりの記憶を元に構築された世界観が、そこで展開する物語がそう言っている」


 それなのに、


「それなのに、この“繰り返す動乱のくに”世界にだけ、彼がいるっていうのはどういうことだ?」


 ふたりは顔を見合わせた。

 数秒、お互いが沈黙して考える。


 答えはほとんど同時だった。


「「まさか」」


 シンクロしたように見事に声を重ねて、ふたりはうめいた。


「まさか、アレ、本物?」


 ふたりの声が聞こえたかのように、そのとき、ダリエリが振り返った。




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[良い点] また爆弾投げ込んできやがったな!
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