■第一一四夜:めくるめく可能性世界(あるいは真の地獄とは)
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アシュレはシオンに伴われ、いくつもの可能性世界を経巡った。
たとえばそのひとつ、“人類の敵”世界のエクセリオスは、魔の十一氏族のために、全人類を相手取って戦う魔王だった。
この世界が産み落とした魔の十一氏族とそれに連なる眷属たちは、それ以外の人間つまり人類が「無辜」であるために悪を練りつけられ堕とされた者どもだった。
人類の敵となったエクセリオスは彼ら、彼女らのために戦った。
土蜘蛛の氏族を率い、各国の主導者たちを暗殺し、混乱を醸成してから戦争を仕掛けた。
領民を捕らえては専用の巨大な《フォーカス》を使い、魔の十一氏族へと転成させた。
どんな氏族に生まれ変わるかは本人の資質次第だとうそぶいて。
この世界にはシオンがいなかった。
レーヴも。
かわりに彼の隣りには土蜘蛛の姫巫女たちがはべり、蛇の姫が国を支えた。
美食のオーバーロード:ゴウルドベルドは盟友であった。
真騎士の妹たちは皆、アシュレが己を高めるための道具として使われた。
愛玩奴隷として扱われることを悦びとして調教された彼女たちの列に、新たに転成を果たした乙女が加わるたびエクセリオスの《ちから》はいや増すのだ。
スノウは休むことなく酷使されていた。
過去を暴く魔導書:ビブロ・ヴァレリの《ちから》は、人類世界を破滅させるには欠かさざる能力だったし、スノウ自身もすでにエクセリオスの手によって秘密を暴き抜かれ、完全に道具に堕ちていた。
そして土蜘蛛王:イズマはもうこの世のヒトではなかった。
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“修羅の庭”世界のエクセリオスは、幾人もいた。
個性の違う彼にそれぞれひとりずつ、愛する女が寄り添い、それぞれのアシュレを最高の英雄に押し上げるため争った。
レーヴが妹たちと槍を交えた。
エステルもキルシュも自分の仕えるエクセリオスこそが、最高だと信じていた。
共闘を試みたのだろうキルシュとエステルの幼い妹たちが、戦士の顔つきで姉に襲いかかった。
己が奉じるエクセリオスを押し上げるためなら、姉妹の契りなど紙屑同然とばかりに、猛然と。
勝者となった者は《ちから》を得るためにそれぞれの自分を支えていたパートナーを、所有物とした。
エクセリオスたちはそうやって得たパートナーを使い捨てにしたし、ときには乗り換えることすらしてみせた。
同じくシオンとスノウが激突した。
ただ不思議なことにこの世界のシオンにも聖剣:ローズ・アブソリュートと宝冠:アステラスだけは授けられていなかった。
おかげでスノウの異能、魔導書:ビブロ・ヴァレリの放つ追体験の迷路に夜魔の姫は堕とされた。
もっとも内側にシオンを抱えてしまったスノウは恋の呪いに犯され、エクセリオスなしでは生きていけないカラダになるのだが。
アテルイが主であるはずのアスカと争った。
戦闘能力では天と地ほども差がある両者だったが、本気になった霊媒ほど恐ろしいものはなかった。
憑依や念話を駆使すればどれほどのことができるのか。
祟り殺すとはどういうことか。
そのありさまを垣間見たアシュレは、可能性世界の恐ろしさを思い知った。
そしてこの“修羅の庭”世界では最後のふたりになったエクセリオスは必ず相打ちになるのだ。
何度繰り返しても、組み合わせが変わるだけで結末は変わらない。
世界もヒロインたちも寄る辺を失って不幸になる。
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“愛欲の檻”世界は淫靡で爛れた時空だった。
この世界は居城の一室だけで閉じている。
アシュレが関係した女性とエクセリオスしか、ヒトと呼べるものはいない。
食事はすべて豚鬼のオーバーロードであるゴウルドベルドが差し入れる。
味付けは激烈を極める媚薬で為されており、正気を保てるのはエクセリオスだけだ。
全身の感覚を鋭敏にし、官能を長引かせ、懐胎を確実なものとするよう肉体そのものを改変していく魔性の食事。
女たちに自由はない。
手枷足枷で自由を奪われ、着衣は許されず、一柱にひとりずつ囚われている。
城内にはインクルード・ビーストやマンティコラ、さらにはヒトのカタチを失った汚泥の騎士たち、さらに口にできぬ忌まわしき存在が何匹も何人もうろついており、それらはエクセリオスにだけ従順で、あとは己の欲望のすべてを女たちにぶつける。
女たちにできるのはエクセリオス本人による蹂躙を懇願することだけで、果たせなければ獣どもの慰み者になる。
真騎士の乙女:レーヴもその妹たちも、蛇の姫:マーヤもアテルイも例外なく。
アスカリヤの告死の鋏:アズライールは奪い取られ、スノウは半ば魔導書の姿のまま秘すべき頁を閉じられないように固定されていた。
貪り読まれ、ときには音読され、狂い泣く。
シオンは幾本もの槍で手足を縫い止められ、装身具を直接その肌にピンで固定され花束のように飾られた。
この世界でエクセリオスは、だれがどんな種を産み落とすかを試している。
次世代を託すに足る、本当の人類、真の人間、《魂》を産まれたときから備えている種族は「どの掛け合わせで産まれるのか」試している。
繰り返し繰り返し。
答えが出るまで世界はより陰惨に淫靡に先鋭化を繰り返して、囚われた美姫たちを責め抜いていく。
もちろん、そんな場面を見ながら倦んだ目で酒杯をあおれる彼は狂っている。
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大丈夫か、とシオンが訊いた。
なんとかね、とアシュレは嘔吐感を飲み下しながら答えた。
ひどい顔色をしていると自分でもわかった。
立て続けに可能性世界を覗いたからだ。
ありえるかもしれない自分自身の未来の姿を、次々と突きつけられるのは想像以上に堪えた。
「思ってたより、かなりキツいね」
「言わんことではない。今日はもうよしておくか?」
「冗談じゃない。できる限りいこう」
それにだんだんわかってきたんだ。
案じてくれるシオンにアシュレは微笑んだ。
座り込んで舞台裏の壁面に背中を預ける。
革袋から水を含んで飲み下す。
シオンが立ててくれた茶を行為の合間にも、地獄巡りの間にもいくども飲んだハズなのに、ひどく喉が渇いた。
「たぶん、切り崩せると思う」
アシュレのその呟きを夜魔の姫は、不思議そうな表情で聞いた。




