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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 4・「迷図虜囚の姫君たち」
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■第一一一夜:心は貫かれて


 シオンは/スノウは両腕を突っ張るようにして、アシュレから距離を取ろうとした。


 なんども言う。

 アシュレを疎んだのではない。

 逆だ。

 想い過ぎていて、罪悪感と羞恥心と理性とが、これ以上距離を縮めてしまったら自分を維持できずに崩壊・瓦解すると警告したのだ。


 ダメ、というのはそういうことだった。


 だが、アシュレにとってそれは、愛したヒトからの突然の拒絶にしか感じられなかった。


 いまアシュレとシオンの間に働く引力は、心と肉体を重ねていないことのほうが異常だと告げていた。

 互いに働き掛ける強力な《ちから》に抗うのは、もはや無理だった。


 なぜって、その《ちから》を発しているのは互いの心なのだ。

 

 それなのに拒むようにシオンは/スノウは振舞ってしまった。


 裏切られた、と思った。

 許せないと感じた。

 もう冷静でいることなど出来なかった。

 いますぐにでも、欠けてしまった半身を確かめなければ壊れてしまうほど、アシュレは切迫しているというのに。

 それがわからないのか。


 もちろん、アシュレの憤りは誤解だった。


 このときシオンもまた、アシュレと同じくらいひとつであることを望んでいたのだ。

 その証拠に、夜魔の姫にも同じことが起きていた。


 荒々しく指を付けられた途端、シオンの肉体の深奥を突き上げるような衝撃が襲った。


 一瞬、意識が真っ白に飛ぶ。

 ヒトの騎士からの求愛を感じ取ったシオンの内側が、呼応するように震えたのだ。


 分かたれた半身同士が、もはや確かめずにはいられないと共鳴していた。


 堪らなかったのはスノウの部分だ。

 ひい、と喉が鳴った。

 求め合うふたりの間で逃げ場を封じられ、半狂乱になった。

 ダメなのだ。 

 暴かれてしまう。

 ヘリアティウムの底で見られてしまったときより、ずっとずっと先鋭化した自分の欲望を知られてしまう。


 ううん、知られるだけじゃない。

 このままでは、それを実行に移されてしまう。

 体験してしまう・・・・・・・

 もしそんなことになったら、わたしは──めちゃくちゃになってしまう。


 そんな怯えを、アシュレは実力で踏みにじりにかかった。

 シオンの内側で渦巻く獰猛な渇きと衝動がそこに加わり、スノウの羞恥心は圧倒されてしまう。

 あり得ないほどの恐怖と歓喜が渦を巻いて、竜巻のようにスノウを翻弄した。


 ただ触れられるだけでシオンの肉体は紫電に打たれたように感じ、触れられた場所は火傷したように過敏になるのだと、スノウはこのとき初めて知った。

 なのにその痛みが想起させる感情は甘く切ない余韻を長くともなう、強い悦びなのだ。


 それが怖くて怖くて堪らない。

 

 まだなにひとつ暴かれていないのに、こんなにアシュレのことを感じてしまっていたら、このあとどうなってしまうのか。

 これが永劫の恋の呪い。

 こんなの、こんなの、ほとんど不治の病じゃないか。

 スノウは思う。


 その通りだった。

 この呪いはもう互いが消えてなくなるまで解かれることはない。


 こんなの壊れる、壊れてしまう。 

 こんなに想われたら、想ってしまったら。

 破滅するほど愛しく感じてしまったら。


 スノウはもう立ち上がることさえできない。


 自分にしか出来ない特別なご奉仕という夢想が、それによって特別なポジションを得られるという考えがどんなに安易だったか突きつけられ、怯えることしかできない。


 現実はこれほどまでに過酷だ。


 ヒトの騎士は華奢な夜魔の姫を抱きすくめ、抱え上げて寝所に至った。

 強ばる右腕を、左腕を、力づくで乱暴に捩じり上げ、縛鎖で自由を奪った。

 脚にも、首にも容赦なく枷をはめる。

 夜魔の姫にはもう抵抗する力は残されていないのに、束縛は入念に行われた。


 そうこのベッドには、先だってシオン自身がアシュレを束縛するために使った縛鎖が、まだ眠っていた。

 《フォーカス》であろうそれはしかし、従順にもアシュレを主人として認め、忠実に己が役割を果たした。

 

 容赦という言葉はもうこのとき、アシュレの脳裏からは完全に消えうせていた。


 逃げられないんだ。

 許してもらえないんだ。


 シオンは/スノウは、震えて泣く。

 ガチガチガチガチ、と夜魔の犬歯が鳴る。

 歓喜が引き起こす恐怖に。

 

 懺悔の祈りを繰り返すことしかできない。


 ズルをしたから。

 ヒトの秘事を覗き見たから。

 己を偽ったから。 


 手荒く施される屈服の儀式の下ごしらえに、羞恥と恐怖に怯えることはできても、嫌悪の感情をまったく抱けない。

 自由を奪われ尊厳を引きむしられるたびに、決して口にすることの許されない深い喜びを感じてしまう自分の肉体と心が、なによりも恐ろしい。


 かちり、がちり、と枷をはめられ鎖を打たれるたびに、シオンは/スノウは泣かされてしまう。

 シオンとアシュレの間で交される永劫の愛の呪いの苛烈さを、いまから自分スノウはその身で味わうことになるのだ。

 これまで積み重ねてきた言葉にできぬ夢想・妄想が、頭のなか一杯に残酷なほど鮮やかに甦り広がって、スノウを震え上がらせた。


 もはや彼女の喉は引き攣れて、許しを乞うことさえ満足にできない。


 暴かれてしまう。

 確かめられてしまう。


 胸が爆ぜてしまいそうなくらい早鐘を打っていた。

 内側で血まみれの毒蛇が暴れ回っているように、もう自分では拍動を押さえ込めない。


 対するアシュレは始終、無言だった。

 言葉ではなく、行為で思い知らせるとすでに決めていた。

 それは決意ですらなく、行動こそがすでにいま、彼だった。


 その意味するところを、シオンは/スノウは十全に思い知らされてしまうのだ。

 



ここまでコンスタントに平日更新を続けてきたソウルスピナですが、半月ばかりお休みを頂きたいと思います。


ちょっとこの先のお話をもうすこし詰めたいのと、コロナワクチンの接種2回目などのこともあり、体調を整えたく思うのです。


読んでくださっている方には申しわけないのですが、このような事情ですのでご理解頂ければと思います。


誤字報告、感想いつもありがとうございます(ぺこり)。

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