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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 4・「迷図虜囚の姫君たち」
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■第一〇七夜:バラは失われて


         ※


 アシュレはフラウを背中から抱きしめたまま、焚き火に向かって話し続けた。

 話題は主に自分のことだ。


 どこに生まれ、育ち、どうしていま、ここにいるのか。


 話しはじめてみて、なんとも荒唐無稽な物語だと自分で思った。

 エクストラムの名門貴族に生まれ、史上最年少で聖騎士パラディンに叙任、夜魔の姫と出会い、彼女を追って聖務の地に赴いた。

 運命の流転。

 廃王国での暗い夜を潜り抜け、真実に触れた彼は、帰属していた集団から離反して世界中を転戦する。


 その最中で様々な人々と縁を結んだ。

 そしていまこうして、己自身の可能性世界にまで侵攻して、ふたりの女性を救い出すべく戦っている。


 そのうちひとりはフラウの母──その発端オリジンであるスノウ本人だ。


 言ってる自分でも信じがたい大波乱の人生だった。

 呆れるしかない。

 まさに英雄譚。

 これが実体験でなければ間違いなく自分は狂っていると太鼓判を押しただろう。


 だが、その荒唐無稽極まるアシュレの語りを「信じます」とフラウは受け止めてくれた。


「つまり、あなたは母さんを──いいえ、いまはまだ母さんではない、本物のスノウという女性を助けたくてここに来たんですね?」

「そう。もうひとり夜魔の姫:シオンも捜している」

「シオンザフィル──そのヒトなら、わたし知っています」

「なんだって?!」


 アシュレの話をフラウが受け止めてくれたことも驚きだが、告白はそれ以上だった。


「どこだ、どこにいる?!」


 思わずフラウの肩を抱いて振り返らせたアシュレに、彼女は困ったような顔をした。


「どうしたんだ、フラウ。教えてくれ」


 真摯に頼み込むアシュレの視線から、フラウは目を逸らした。

 口にするのをためらわれるような内容なのだとわかった。


 アシュレは辛抱強く待った。

 その熱意に根負けしたように、フラウが重たい口を開いた。


「そのヒトがこの世界ではじめて本当の自分・・・・・になってしまった女性です」

「?!」


 この世界はエクセリオスの純化政策で滅びに向かいつつあると、逃避行のなかでフラウは告げた。

 人類が衰退していくのは、本当の自分・・・・・に至った者たちが、次々と仲間を増やしているからだと。


「母さんは……スノウは言っていました。アシュレダウという男がエクセリオスへと変貌してしまったのはそのせいだと。彼女を失ったから、彼は変わってしまったのだと」

「なんてことだ」


 いまさらながらアシュレは気がついたのだ。

 ここは、このオルガン世界はすでにシオンザフィルという存在が失われた世界線なのだ。

 そして、それが引き鉄で、エクセリオスは正気を失った。

 

 いや、彼の言葉を借りるなら目覚めたのだ。

 そして、この世界の真実に迫ろうとしてしまった。


 本当の自分の側・・・・・・・に、シオンがいるとわかってしまった。


 きっとそういうことなのだろう。


「大事な女性ひとなんですか? そちらでも。あなたにとっても」


 真剣に問われてドキリとした。


 繰り返しになるがフラウはスノウの生き写しと言っていい。

 外見年齢から現実のスノウより恐らく二、三年くらいは長じているのだろう、その肉体はすでに成熟した女性のものだ。

 《スピンドル》の薫りもスノウのそれを色濃く受け継いでいた。


 その娘に、シオンという存在が自分にとってどれほどに大事か問われた。

 己の娘から、母とは違う恋人がどんなに大切か問われた父親はもしかしてこんな動揺の仕方をするのかもしれない。

 アシュレは一瞬、そんな、あってはならない妄想に駆られた。


 口中に苦いものが込み上げてきた。

 自分の考えが妄想だとしても、スノウと同じ顔をした彼女に問い詰められてアシュレは緊張していたのだ。


「ああ──大事だ。大事だとも。とても、だ」

「亡くしたら、生きてはいけないほどに?」


 驚くほどに自分の返答は掠れていた。

 立て続けの質問に、フラウを直視できない。


 暮れ行く世界の空を見上げ、目だけを時折チラチラとその真剣な眼差しに走らせた。

 ずっとずっと高いところを行く鳥たちの群れが、太陽の最後の残滓を受けてキラキラと輝いている。


 対するフラウの瞳には、なぜか悋気りんきのような、咎めるような光がある。

 まるで恋人の不実を責めるような、その告白に怯えるような目だ。

 無理もない。

 自分の母親とシオンとがどういう優先順位で扱われていたのか、気にならない娘はいないはずだ。


 そしてだからこそ、シオンを失ったらオマエはどうなるのか、という問いかけがアシュレの胸に突き立った。


 自分を想ってくれる相手にアシュレは序列をつけられない。

 だれが一番か、そうでないかなどこれまで考えたことすらなかった。


 だがもし、そのなかのだれかを失ったとして、そのあとで自分がどうなるかと問われたら──。


 ぞっとした。


 シオンのいない未来など考えたことがなかった。

 もしその未来が現実のものとなったとき、自分は果たして正気でいられるのか?


 その問いに辿り着いた瞬間、全身が総毛立つのがわかった。

 呆然と視野を下方に向ければ、怒ったようにまなじりを固め涙を一杯に溜めたフラウと目が合った。

 ごまかすことだけはできない。

 してはならない。

 そう覚悟した。


「わからない。でも、しばらくは立てなくなるくらい、ダメになってしまうんじゃないかな。彼女は、シオンは……もうボクの半身そのものなんだ。空を行く鳥にたとえるなら、片方の翼そのもの。ボク自身が飛ぶためには彼女がいなくちゃ始まらない。そういう存在なんだ」


 なんとかそれだけ言えた。

 泣き出す子供が直前に見せる表情をフラウはした。

 それからなじられた。


 ずるい、と。

 

「あなたはやっぱりエクセリオスの発端オリジンなんだわ。なんでアレンと同じ顔で、そんなことを言うの。スノウ母さんが、どんなにあなたを想ったか。わたしがどんなにアレンを想ったか。どうしてこんなに心がメチャクチャになるの──ぜんぶあなたのせいなんだわ。ぜんぶ、ぜんぶ!」


 どうしてこんな展開になったのか、アシュレにもわからない。


 このときのアシュレは年頃の娘の愚痴を受け止める父親であり、妻から不実をなじられつつ変わらぬ思慕を告白される夫であり、また同時に決して愛してはならぬ兄と同じ顔と声を持つ恋人の三役を同時に果たさなければならなかった。


 胸を締めつけるようなこの切ない痛みを一体どう名付ければいいのかわからなくて、アシュレはもう一度、空を見上げた。

 フラウの心を救うには、いったいどうすればいいのか。


 ほんとうにわからなかったのだ。

 


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