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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 4・「迷図虜囚の姫君たち」
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■第一〇五夜:我、舞い降りて



「ダメだッ! 呑まれるなッ!」


 瞬間、アシュレは叫んでいた。

 その肉体はすでに宙を舞っている。


「そなたッ、アシュレッ?!」


 背後からシオンの恐慌に駆られた叫びが聞こえた。

 無理もあるまい。

 オルガン世界の少女──この世界のアシュレとスノウの間に生まれた娘:フラウの窮地に、舞台裏バックヤードで場面を盗み見ていた本物のアシュレが飛び出してしまったからだ。


 そしてそれは、いままさに最愛の兄を──妹として許されざる恋をした相手としての彼を──失い、正気を突き崩されそうになっていたフラウにとって、彼の登場は奇跡以外のなにものでもなかった。


 兄とそっくりの、いや兄より数段精悍な正真正銘の騎士としての彼が、自分を守るようにして天から舞い降りてきてくれたのだ。


「兄さん……?」


 聖盾:ブランヴェルの力場操作で難なく着地を決めたアシュレは、穂先をエクセリオスに向けて牽制しながら、世界に抗う《スピンドル能力者》としては華奢過ぎるフラウの腰を抱いた。

 違う、キミの兄ではない、とは否定し切れぬまま。


「キミはだれだ? アレン、ではないな? どこから来た?」


 いっぽうで、こちらはごまかせる相手ではなかった。

 怪訝げに目を細め、神父姿のエクセリオスが訊く。

 ときおり、視線だけがアシュレの現れた天上にも配られ、これがいずこからの来訪者かその出自を抜け目なく探っている。


 アシュレは口をつぐむ。

 現実から来た、舞台裏バックヤードにいた、などと答えられるハズがなかった。


 あの瞬間、ただフラウの窮地に肉体が反応した。

 これがなんども繰り返される物語世界の一場面だとしても、放ってはおけなかった。

 騎士として。

 あるいは疑似的な父として。

 ただひとりの男として。

 

「フラウ、よく聞くんだ。アイツの言葉に呑み込まれてはいけない。アレはヒトのカタチした終わり・・・。ひとりの人間の可能性が行き着くところまで行ってしまったその揚げ句に、閉じた終末──もう未来さきのない行き止まりそのものなんだ」


 質問に答える代わり、アシュレはフラウに言い聞かせた。

 エクセリオスに聞こえるように言い放つ。

 ほう、と神父姿の絶望の大君ロードレス・タイクーンはさらに目を細めた。


「なるほど……その答え。キミはどこか別の時間軸、あるいは別世界から来たのか」


 しかし、と理解を示しながらも首を振る。


「その娘は、どこにもいけない。ここに来るほかなかったのだ」

「親が、子の可能性を規定し、否定までするのか」


 悟りめいたエクセリオスの言葉に、アシュレは激しく反論した。

 腕のなかのフラウは混乱した様子で、アレンだったものとエクセリオスと新たな登場人物であるアシュレを、交互になんども見返した。


 もし、フラウが若きエクセリオスを憶えているのなら、きっといま横で彼女を支える男の横顔にその面影を見ただろうし、アレンが騎士として生まれついていたのなら、あるいはこんな精悍な男になっていたかも知れぬという彼女の願望そのものを、いまのアシュレは体現していた。


「我が娘がどうなるのかについては、なんども検討した。そして選択肢と希望を与えた。ヒトは本当の自分になるべきなのだ。無駄に苦しむことはない」

「それは己で勝ち取ることに意味がある。覚悟を経ず与えられるだけの希望は、ときとして害悪だ。そうやって与えられる本当の自分、とはなんだ? その積み重ねで育つ未来はやがて己で道を切り拓いていく《意志》を失い閉塞していくと、なぜわからない」


 烈火の如きアシュレの反論に、ふ、とエクセリオスが笑った。


「キミは若い」

「ではオマエのその諦観が老い・・だと認めるんだな、エクセリオス」

「わたしはわたしのような結末に辿り着く人間を、可能な限り減らしたいと願っている」

「それが余計なお世話だというんだ。だれもが同じ結末に辿り着くなどと、それは思い上がりだ」

「ほう。では、どうするね?」


 父と成長した兄のごとき男の間で、フラウは身を縮こまらせた。

 兄という精神的支柱を失った彼女に、エクセリオスとアシュレ、ふたりの言葉はあまりに強く響き過ぎた。

 

 そして、平衡へいこうを失いつつあるフラウの様子に気がついたのは、エクセリオスもアシュレも同時だった。


「フラウ、いま楽にしてやる」

「させんッ!」


 ふたりを空中に縫い止めたあの異能を振るおうというのだろう。

 手をかざしたエクセリオスへと、アシュレは躊躇ちゅうちょなく高速粒子の直撃をお見舞いした。

 落雷を思わせる轟音が建築物の谷間に反響増幅され、耳をろうする大音声となった。


 エクセリオスはかざした右手でアシュレの攻撃をいなす。

 掌と指の間で竜槍:シヴニールの光条が液体のように寸断され、後方に飛び散った。

 純白の手袋が一瞬で燃え尽きる。

 威力と熱量を減衰させられた超高熱の粒子が、それでもパイプオルガンの表面を赤熱させる。


 アシュレの放った一撃は、果たしてエクセリオスを傷つけることはほとんどできなかった。

 手袋を燃え上がらせたほかは、軽度の火傷を負わせた程度。


 だが、それで充分だった。


 この瞬間、アシュレはすでに逃走に移っていた。

 フラウを抱きかかえ、聖盾:ブランヴェルに乗せて祈りの場を走り去る。


「兄、さん──ッ!!」


 アシュレの脇の下から後方を振り返り、変わり果てたアレンをフラウが呼ぶ。

 応じるように、あの異形の存在が群衆をかきわけるようにして走り出たが、アシュレはあえてそれを無視した。



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