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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 4・「迷図虜囚の姫君たち」
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■第一〇〇夜:舞台裏(バックヤード)を




「アレが、あんなものが、ボクの終局点だというのか?! 人間を薪にして街区を焼き、それを眺めながら少女たちに残酷な奉仕を強要して、あんな濁った目で世界を眺めて沈考に耽ける──現実を否定して! あんな、あんなッ!」


 アシュレには自分がこれほどまでに怒るのは、いま垣間見た光景が自分という人間の暗い欲望に触れていて、どこか真実を言い当てられたように感じたからなのだとわかっていた。

 それはつまり同族嫌悪であり、本当の意味での自己嫌悪であった。

 なにより胸が悪くなるのは、王者としての威厳や統治者としての冷酷さはあの濁った目をした男が、キチンと備えていたことだ。

  

「アレが。あんなものが、ボクなのか」

「アシュレ、頼むから落ち着くがよい。いま見たアレはひとつの結末に過ぎぬ。覇道というものに取り込まれた、そなたの可能性のひとつに……いまのところ最新の解答に過ぎぬ」


 両手で目を覆いかぶりを振るアシュレの背を、夜魔の姫が労るように撫でた。


「可能性のひとつ? 最新の解答?」

「エクセリオスは毎回同じ結末に辿り着くわけではない。いまのは極端な権力集中の果てに、恐怖政治に辿り着いてしまったパターンであろう」

「エクセリオスは毎回同じ結末に辿り着くわけではない?」


 シオンから聞かされたこれまでの経緯、舞台裏バックヤードを巡る道のりのなかで、察しの悪いアシュレにも、おぼろげながらではあるにせよ、この世界のことわりが掴めてきた。

 いま見ている情景はこの世界の側のアシュレダウという男を中心に、現実を戯画化して再構成され、それによって予測されうる未来の話──物語世界なのだ。

 そこでアシュレは何度も何度も、エクセリオスという終局点に辿り着くまでの過程を繰り返す。


 彼が求めるものは《理想》。

 己のものだけではない。

 自らに関わってくれた人々が、どうすれば自分と同じ《理想》に辿り着けるか、彼は考え試行錯誤し、それを実行に移す。

 いくどもいくども。


 その結果、アシュレダウという男の終局点としてのエクセリオスは、世界の極点に辿り着いてしまう。

 世界の極点とは、つまり、シオンの言葉を借りれば……。


「世界のあり方と人々に絶望して閉じてしまった完結体……。己の規矩ルールを世界のそれとすべく立ち回る絶望の大君ロードレス・タイクーン。もうその世界でそれより先には進めなくなってしまった存在のことだ。なぜなら彼は世界の極点、つまり頂点に立ってしまったのだから」

「世界の頂点に立ったから先には進めない。だから自分の思い描く《理想》の規範のほうを、今度は世界に押しつけるってことなのか。絶望の大君ロードレス・タイクーンになるっていうのは、つまりそういうことなのか」


 アシュレは思いを言葉にする。

 そうだ、とシオンは頷いた。


「毎回そのありさまはすこしずつ、あるいは大胆に違うが、概要としてはそうなる。己の考え、思想、考え方で全世界を統一し支配しようとする。異種族を含めた全人類の意識そのものを強引に書き換える手段を画策し、すべてを捧げて“理想郷”を実現しようとする」

「それは……世界法則を己の思い通りにねじ曲げるオーバーロードたちと……人類の敵となにが違うんだ?」


 アシュレの問いにシオンは答えなかった。

 まだ暴君ではない現実のアシュレは、しかし、問いかけることを止められない。


「そして、なぜ、こんなことをする? どうしてこんなことを繰り返す? 毎回毎回、悲劇に、バッドエンドに辿り着くってわかっているんじゃないのか。あんな、あんな陰惨で残酷な場面に」

「エクセリオスは探している。模索しているのだ。ずっとずっと、彼は捜してきた。ずっと前から、昔から、はじまりの日・・・・・・からだ」

「探す? 模索する? 捜す? なにを?」


 はじまりの日・・・・・・からだ、と言われアシュレは己の胸に手を置いた。

 すべてはいまのそなたから始まったのだ、と言われたように思えた。


「決まっている」


 そしてなぜか、シオンはいまにも泣き出しそうな目をした。

 どうしてそんな顔をするのか、アシュレにはわからない。

 夜魔の姫は寂しげに微笑んで、言った。


「《魂》を。《魂》を自分以外のだれでもが持ちえる方法を。この世界に暮すすべての人々の胸にそれが宿る日を」


 あまりのことにアシュレは言葉を失った。

 呆然とシオンを見上げる。


「みんなが《魂》に至る日を?」

「そうだ。その日を信じ、目指して彼は戦う。いや闘ってきた、これまでいくども数えられぬ日々を繰り返し繰り返して。それなのに、必ずそれはうまくいかない。うまくいかなくて、だからこそ閉じて完結して、絶望の大君ロードレスタイクーンに成り果てる」


 その答えをアシュレは笑えなかった。

 エクセリオスを人類の敵となにが違うと罵ったオマエは、ではなんのために闘っているのか。

 そう問われたとき、なんと答えればいいのかわからなかった。 


「まさか、ずっとそのための道のりを繰り返して、答えを探しているっていうのか」


 自分自身の内側を見つめ直すように呟いたアシュレに、シオンがもう一度、頷く。

 どこかにためらいを含んだ様子で続けた。


 なぜかエクセリオスのことを想うように。


「繰り返される地獄の趣向はいつも、すこしずつ違う。たぶん……要素を変えて試しているんだ。どうすればいいのか。どうやったら自らの《理想》を実現できるのか。ずっと……ずっとだ」


 たとえば、


「たとえば、今日はあの美姫──ふたりの少女が違ったな。真騎士の乙女、その幼生。あれはわたしも見たことがない。今回どこかで新たに加筆された存在だろう」

「真騎士の乙女の幼生」


 ガツン、と頭蓋を殴られたような衝撃にアシュレは震えた。

 見覚えがあるとは思っていた。

 暗闇のなかでまじまじとは見ていないことになってはいるが、地下帝国の一件でアシュレはキルシュとエステルの裸身を知ってしまっている。

 目元は布に覆われてはいたが、身体的特徴を隠すものはなにもなかった。

 激昂のあまり気づかなかったが、言われて見ればたしかにそうだ。


「まさか……キルシュとエステルなのか?」

「やはり顔見知りか。なるほど、ではあのふたりだけが、最終的にそなたの側に残ることができた世界線というのが今回の趣向だったようだな」

「今回のってことは前回……は?」

「蛇の姫だった。そなたに身も心も尽くして、憐れにも《理想》をかなえるための装置と成り果てた娘だ。あの娘もどこで関係したのかはわからない」


 ぞっとした。

 蛇の姫君とは、どう考えてもマーヤ以外にありえなかった。

 マイヤティティス・ジャルジャジュール。

 いまアシュレたち戦隊の生命線たる上水道のすべてを支えてくれている女性ヒト

 上水道施設の源泉で、いまも悪辣な《フォーカス》に囚われ玩弄され続ける彼女に、アシュレはその悪夢から必ず救い出すと約束した。


 それなのに。


「装置、装置って……」

「《理想の卵》を生むパイプオルガン。その“卵”からは、いと高き者が生まれ出でるはずだった。その《理想》のため、真騎士の乙女:レーヴとともに、そなたのために身を捧げた」

「それで、どうなったの……」

「あまり推奨はできんことだが……見るか?」

「?! 見れる、の」


 驚きと恐れが入り交じったアシュレの問いかけに、シオンは唇の端を歪めて見せた。


「ここにはあらゆる過ちが記録されている。苦痛も、堕落も、官能と退廃も」


 それからもう一度、訊いた。

 それでも見るか? と。


 アシュレは、一瞬、ためらう。


 それら取り返しのつかない失敗を繰り返しながらも歩んできた結果が、あの淀んだ目をしたエクセリオスなのだとしたら、その数々を立て続けに直視したとき果たして自分は自分自身でいられるのかどうか、己の正気を保てるものか、わからなかったのだ。


 だが、だとして、どうする?


 アシュレは己に問う。

 深く息を吸う。


「わかった……いこう」

「そなた、わたしが想定したよりずっと早い返答だ」


 シオンが息をついて、決断を称賛した。

 大したことじゃない、とアシュレはかぶりを振った。


「ボクは現実の側へキミたちを取り戻すためにここに来た。それなのに、いまここでボクがこうしている間も、エクセリオスは《理想》の追求の物語を繰り返すのだろう? そのなかで何度もキミたちは苦しい思いをする。ヒトではなくなっていくボクを前にして、倒さなければならないと決意したり──あんな暴君なら当然だ──それでも尽くそうとして自分を犠牲にしてしまう。それはボクには耐えられないことだし、もし同じことを体験としてキミやスノウが感じてしまっているんだとしたら、彼女たちの心だって無事では済まない。そうじゃないか?」


 キミがいままでずっと心を痛めてきたように。

 言い切ったアシュレを、シオンが見つめ返してきた。

 無言で、不思議な生き物を見るような瞳で。

 アシュレは構わず続ける。


「さっきのキルシュやエステルのことでわかったけど、この世界はどうやってか、ボクの主観と体験とを元にエクセリオスが再構築して循環反復ループさせ続けている物語のようなもの──即興劇のようなものなんだな。だからボクらは舞台裏バックヤードを使って場面と場面を自由に行き来できる。なぜって? それは、これが劇空間だからだ。場面は必ず舞台裏バックヤードで支えられ繋がっている。でも、たとえそれが本当に演劇のようなものだとしても、だ」


 つまりこれが、エクセリオスが描き出している単なる物語だとしても。


「そのなかで生きるキミたちの心は痛みを感じ、苦しみに胸を塞がれている。それを黙ってみていられるほど、ボクは賢くなれない。この世界を現実のものとして生きているキミたちの存在は現実の……ボクの側のキミたちとなんら変わらない。助けたい。いやこう言い換えてもいいか。救いたいんだ」


 たとえ傲慢だと指弾されようとも。

 ここでひときわ大きく息を吸いこむとアシュレは続けた。


「この陰惨な循環反復ループ世界を繰り返すエクセリオスの、真の狙いを暴かなければならない。なぜって……たぶんこの世界を編み上げているのはスノウの、ビブロ・ヴァレリの《ちから》なんだ。彼女の持つ、過去を暴く《ちから》がヤツに利用されている。そしてそれをシオンが、なんとかこのバラの神殿で封じてくれている」


 だったら、ボクにできることはひとつしかない。


「この循環反復ループ世界の謎を解き、真実を突き止め、スノウとシオンを助け出さなくちゃならない」


 キミたちのためにも。


 食い入るようにアシュレを凝視していたシオンが、なんども瞬きして我に返ったような顔をした。


「そなた、それを自分で考えたのか」

「ヒントはたくさんくれたじゃないか、シオン。それにボクだって頭が悪いなりに考えてはいるんだよ、いつも。特にその……キミたちのことは、ホントに」


 なぜか照れ臭くなってアシュレはそっぽを向いた。

 シオンの肌が、まるで告白を受けた乙女みたいにみるみるまに朱に染まったからだ。


「そなた、まったく緊張感の無いヤツ! これが真性のスケコマシか。呆れた。いつもそんなふうに『自分より女のコのほうが大事だ』みたいなことを言って、そのとおりに生きてきたのか、バカ、スケコマシ、女の敵!! それじゃあ、エクセリオスのヤツがあんなふうに・・・・・・仕上がるのが当たり前ではないか! その結果が暴君だろうと、間違いだろうと、女どもが尽くしてしまう理由がわからんのか!」

「いやちょっとまってよ、シオン。どうなってんだ?! なんで怒るの?! わ、引っ張らないで。武器を、武装を置いてはいけない!」


 アシュレの手を掴んで、シオンがグイグイと歩き出す。

 空いた手で武装を引っ掴んだアシュレは引きずられるようにして後に続く。


 だから、ふたりは知らない。

 黄昏ていく己の帝国の姿を肴に酒杯をあおっていたエクセリオスの瞳が、もう一度振り返って、ふたりが潜んでいた舞台裏バックヤードの暗がりを凝視していたことに。




明日2021年8月12日より16日までお休みを戴きます。


盆だよ、盆(16日はもしかしたら更新するかもしれません)。私事ですが休むときは休まなきゃね!

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