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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 4・「迷図虜囚の姫君たち」
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■第八十六夜:彼の姫は遠吠えを引き連れて



 ウォオオオオオオ────ン。

 どこからか遠吠えがしたのは、そのときだ。

 議論に熱中していたふたりは、弾かれたように立ち上がった。


「狼?! そんなものも居るのか、この土地には」

「いまのは近い。アスカ、服を」


 言いながらアシュレはアスカに衣類を投げ渡した。

 アラムの姫君は下帯を結ぶのももどかしい様子で、真騎士の乙女の衣装を羽織るだけに留める。


「この衣装、メチャクチャ可愛いんだが着るのが難し過ぎる!」

「そんなこと言ってる場合じゃあない!」


 アシュレは己の迂闊さを呪った。

 ノーマンが戦弾頭ウォーヘッドを追撃してくれたことで、どこかに油断があった。

 自然界にあって人間は、どこまで行っても、間抜けな部外者に過ぎないと分かっていたはずなのに。


 狼はゾディアック大陸の自然界で人類が遭遇する野生動物のなかでも、トップクラスで危険な相手だ。

 数頭から最大時は数十頭にまでなる狼の群れは群狼ウルフパックの呼び名の通り、極めて組織的システマチックで抜け目がない。

 

 戦闘犬ウォードッグに対して、人類は接近戦ではまず勝てない。

 《スピンドル能力者》であればわからないが、群狼ウルフパックとは、その戦闘犬ウォードッグを上回る戦闘能力を持つ狼が、群れ成して波状攻撃的に襲いかかってくる状態のことだ。

 完全武装の複数人で陣を敷いた後ならともかく、たったふたりで十数頭規模の群れに遭遇すれば、たとえ《スピンドル能力者》と言えども、死を覚悟しなければならない。


 その先駆けたる一頭目が姿を現したのは、アシュレが竜槍:シヴニールと聖盾:ブランヴェルを構えた瞬間だった。

 月光を受け、青白く浮かび上がる美しくも恐るべき狩人の姿。


 もしそれが群れを率いるリーダーアルファであるなら、これを狙撃するという手がなくはなかった。

 だが、この美しい泉と草原を火の海に変えることと引き換えにするにせよ、アシュレにそれを思い止まらせたのは、歩み出た狼が誰かを待つように鼻を高く上げ振り返ったからだ。


 アシュレは野生の狼、それもリーダーアルファが獲物を前に、こんな仕草をするのを初めて見た。

 は後から続く者を気づかっていたのだ。


 そして、それが来る。


「シオ……ン?」


 月光に照らされながら現れ出でた存在に、アシュレは圧倒された。

 それは初めて出会ったときの夜魔の姫を思い起こさせた。

 硬質で触れがたい、絶対的な美。

 見る者に恐れを、畏怖を抱かせるような。


「アシュレッ!」


 背後から名を呼ばれて、アシュレは我に返った。

 気がつけば数歩ほども、歩み出していた。

 もちろん意識にはない。


 この言い方でわかるだろうか。

 彼女しか見えなくなっていたのだ。


 上位の夜魔たちが使う、魅了の技か?

 だが、異能戦を仕掛けられたような感触はどこにもなかった。

 むしろ、もっと自然に惹きつけられてしまった感じ。

 触れて抱きしめたいという衝動が間欠泉のように、湧く。


「よく見ろ、アレはシオン殿下じゃない」


 冷静に、諭すようにアスカが背後で続けた。

 

 その通りだった。

 月の光の魔法のせいで見落としていたが、彼女の頭髪は白銀に輝いていた。

 シオンのあの流れるような漆黒のそれとは、真逆。


 頭頂にはあの古き宝冠:アステラスもない。

 腕を包む聖なる籠手:ハンズ・オブ・グローリーも見当たらない。

 当然、聖剣:ローズ・アブソリュートを帯びてもいない。


 いま彼女が頂くのはいばらの棘を編んでこしらえたような、繊細な細工のティアラだけ。

 そこに青いバラの蕾がひとつだけ息づいている。

 丈の短い純白のドレスからは、すらりと伸びた手足が覗くのみ。


 戸惑うアシュレたちを、白銀の姫は瞬きもせずにじっと見ていた。

 狼と同じ金の瞳。


 その肢体に甘えるように、次々と姿を現した狼たちがカラダをすり寄せる。

 だが、そうはしていても彼らの目に油断はない。

 こちらを見定めるような鋭い視線がいくつも、アシュレとアスカに注がれる。


「まずいぞ」


 背後でアスカが囁いた。

 アシュレも緊張で掌と額に汗をかいていた。


 特別に育てられ半夜魔と化した人狼たちを率いて、自らの庭を散歩する夜の魔人たちのことを、幼少期のアシュレはよく聞かされて育った。


 むかしは、夜更かししようとする子供を寝かしつけるためのお伽噺だとばかり思っていたが、聖堂騎士団に入って考えが変わった。


 あれは子供のためのおはなし・・・・などではない。

 人類が、法王庁が、聖騎士パラディンたちがいかに夜魔たちと戦い、人類圏を護り切り拓いていったかという戦いの記録であり記憶なのだ。 


 どうする。

 アシュレは自問した。

 いまのところ夜魔の少女に敵対的な動きはない。

 

 一瞬の隙をついて仕掛けるべきか。

 あるいは疾風迅雷ライトニング・ストリームを用いての遁走か。


 そのいずれもない、と即時に判断した。


 逃走は一時的な解決策に過ぎない。

 相手は犬以上に嗅覚の発達した狼の群れだ。

 キャンプに逃げ帰ったところで追撃を受けるのは目に見えている。


 かといってこちらから攻撃を仕掛けるのは、さらに悪手に思えた。

 敵の戦闘能力が分からないまま戦端を開くのは愚の骨頂。

 相手がこちらと同じく《スピンドル能力者》であった場合、事態は最悪の展開を迎える。


 しかも相手は──恐らく夜魔、それも上位種で間違いない。

 シオンやユガディールと同格ともなれば、半身を失う程度の負傷は即座に癒してくる。


 一撃のもとに灰燼に帰せばそれもないが……。

 アシュレの本能があの娘と戦ってはならないと全力で警鐘を鳴らしていた。


 となればできることは、ひとつしかない。

 

「キミは……だれだ」


 アシュレは己に残されたたったひとつの方策……すなわち、対話を試みることにした。





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