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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 4・「迷図虜囚の姫君たち」
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■第八十五夜:英雄譚の帰る場所


やったぞエウレーカッ、アシュレ! わかった。わかったんだ! ふたりが姿を消した理由が!」


 褐色の胸乳を跳ねさせながら、急き込んでアスカが言った。

 カツカツと急ぎ足でそのへんを歩き回る。

 考えごとをしているときのアスカのクセだが、正直いまはちょっと困る。


「なんだって?! というかちょっとまって服を着よう、アスカ!」

「まあ聞け。ふたりのうちひとり、半夜魔の娘:スノウは、すでにその身を魔導書グリモア:ビブロ・ヴァレリと融合させた。そう言ったな?」

「ああ、あああ」


 たしかにそう言いましたが、えっと服をですね?

 アシュレは慌てたが、アスカ的にはそんなことは些事さじらしい。

 さすが大局観に立つオズマドラ大帝の息女、だった娘だ。

 アシュレは諦めて話につき合おうことにした。


「前提の確認だ。あの半夜魔の娘:スノウは、すでにしてビブロ・ヴァレリである。間違いないか?」

「たしかに。そうとしか言えないね」


 その上で、だ。

 アスカは続ける


「彼女──スノウは、オマエが昏倒している間中、物語に食われかけたオマエをこちらに引き留め続けた。《スピンドル能力者》としては半人前であるにも関わらず、だ」

「たしか、シオンがレーヴに戦乙女の契約ヴァルキリーズ・パクトをボクに垂れてくれるよう頼み込んだのも、その頃だ」


 うんうん、とアスカは興奮した様子で頷いた。


 ふたりはほとんど半裸で、東屋の廃虚に腰掛ける格好になった。

 さすがにこれはまずいと、アシュレは濡れたまま、下だけはなんとか整えた。

 アスカの方は頭に浮かんでくる仮説を途切れさせたくないのだろうか、薄物を羽織ることさえしない。


 これではまるで古代アガンティリス時代の哲学者たちの議論のようだ。


 夜風は冷えてきたが、アスカは寒さをまったく感じないらしい。

 知的に興奮した口調で、矢継ぎ早に自説を述べた。


「レーヴの戦乙女の契約ヴァルキリーズ・パクトはたしかに効果を発揮した。身持ちの固い真騎士の乙女がいかに命の恩人とはいえそれを許したのは、あの時点でオマエがすでにレーヴから相当に想われていた証拠だ」

「そこ大事なとこ?!」

「まあ聞け。レーヴによる戦乙女の契約ヴァルキリーズ・パクトは、オマエをこちら側に留めるためにたしかに必要だった。だが、それだけではオマエを獲りに来た英雄譚・・・は撃退できなかったんだ」

「なん……だって。いまなんて言ったの、アスカ」


 英雄譚・・・を撃退する・・・・・

 あまりに跳躍した表現に、アシュレは我が耳を疑った。

 戸惑うアシュレを尻目に、アスカは続ける。

 その口調にはどこか確信めいたものがある。


「わたしも完全に見落としていた。いやそうじゃない。たしかにわたしたちも、断片ながら見ていたはずなんだ。それなのに、その印象が定かでなかった。夢現のなかでの出来事のように、踊る影絵だけしか思い出せない。今朝見た夢を朝餉のときには、ほとんど忘れてしまっているように。記憶を遡り掴もうとしても、そのドレスの裾を捉えられない」


 捉えられなかった。


「だが、いまオマエが話してくれた魔導書グリモアで世界を見通すという計画が、あやふやだった記憶の場所に、わたしを辿り着かせた」

「どういうこと?!」


 今度はアシュレが急き込む番だった。


 アスカの仮説には、にわかには理解が及ばない部分がある。

 しかし、そこにはある種の説得力もある。


 それは、この世界が隠し持った狂った法則に近づいている、という確信だ。

 いつも《閉鎖回廊》のなかで世界の秘密に近づいたととき感じる、あのヒリヒリとした感触──。 


「一種の記憶操作なんだ、アシュレ、これは。《閉鎖回廊》のなかでの出来事を多くの人々がうまく記憶できないように、物語の側から来たモノのことを、多くの現実に生きる人間は正しく知覚できない。ぼんやりとした印象や踊る影としてしか記憶できない。うまく憶えていられない。長くそこに焦点を当てておけない」


 なぜなら、


「虚構は現実ではないから、現実として認識されない。することが難しい。記憶に残すにはなお。そういうトリックなんだ」


 まくしたてるアスカに、アシュレは微かな狂気の匂いを嗅いだ。

 もちろん、アスカが狂っているのではない。

 

 虚構あるいは物語の側、すなわち人間の意識が認識を拒んだ事象をハッキリと正面から捉え、ヒトの言葉に置き換えようとすれば、それは必然として異言に近づいていくことになる。

 それだけのことだ。


「じゃあ、ボクは単純に自分自身の正体が危うくなって消えかけていただけでは、ないんだね?」

「そう、そうだアシュレ。獲りに来た、獲りに来たんだ。物語のなかから。なにが? 英雄譚の権化が」


 もはや部外者からは狂っているとしか思えない会話が続く。

 しかし、ふたりともに分かっていた。

 この狂っているとしか思えぬ論理の先にあるものこそが、正解なのだと。

 

 ある意味、この若さで人外魔境をいくつも潜り抜けてきたアシュレたち戦隊のメンバーこそは、すでに英雄譚の側の人間であり、つまり常人たちの言う正気の外へと片足を踏み出してしまった存在であった。

 そして、彼らのはべる戦場こそ狂気満ちる場──《閉鎖回廊》。


 だから、その理屈を紐解こうとすれば、すなわち狂気について語らざるを得ない。


 アシュレははじめて、イズマに出逢ったときのことを思い出していた。

 夢の中で出逢った彼、そして自らの正体を怪しくしてしまうという秘技:月下密葬ムーンシャイン・フェイヴァーを用いたとき、イズマはたしかに偉大な土蜘蛛の王としての姿で現れた。

 正体が危うくなる、とは知性が下がったり奇行に及ぶことだとばかり、あのときのアシュレは思っていた。


 だが、違う。

 違うのだ。


 虚構のなかにだけ存在を許された偉大過ぎる存在が、実在としてのイズマを獲りに来る。

 だからイズマは月下密葬ムーンシャイン・フェイヴァーの使用を最後まで渋っていた。

 物語から来たものは、物語の側へ帰すのが筋だ、とそう言った・・・・・


 アシュレは理解に震えた。

 震えながら聞いた。


「じゃあ……ボクを獲りに来たという、その英雄譚の権化はどこへいったんだろう・・・・・・・・・・?」


 このときのアシュレの問いかけこそ、核心というものだった。

 決まっている、とアスカはアゴをしゃくった。


「物語から来たモノは、物語のなかへ帰るほかあるまい」


 イズマと同じことをアスカは言う。

 アシュレは震えが止まらない。


「じゃあ、いま言ったことを具体的な解決策、方法、カタチにしたら──それをなんと呼ぶ?」


 つまり……。

 ああ、とふたりは同時に頷いた。


「「魔導書グリモア:ビブロ・ヴァレリ」」


 そう。

 シオンとスノウはその身を挺して──自らの肉体に物語を取り込んで──アシュレを獲りに来た英雄譚を封じたのである。




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