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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 4・「迷図虜囚の姫君たち」
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■第八十二夜:豆料理と深夜の泉



 とりあえず食事、というアスカの提案に、あーなるほど、とアシュレは頷きかけて我に返った。


「それってアスカがお腹空いただけじゃないの?!」

「ちょっ、バカッ! そんなんじゃない、知らんのか。戦いの素人は個々の戦術について語りたがる。ちょっとモノを齧ったヤツは戦略を語る。だが、実際に軍を動かすものは語らず、黙って兵站を整えるんだ」

「でもさ、その兵站──この場合は直接的には料理──は、だれが整えるの? アスカ、たしかキミ料理できない、よね?」

「むぐうっ。い、いいや、できるぞ、アテルイにすこし習ったもんな」

「へえ、なにができるんだい?」

「豆を、煮た……ヤツ」

「煮たヤツ……って、それただ煮るだけじゃん! 料理名はなんなんだよ?!」

「ば、ばか! 煮るのだって立派な調理だ、料理だ! アテルイは褒めてくれた! わたしは筋がいいらしい」

「それって褒めて伸ばすときの常套句……。いやまってくれよ、今夜はやだよ、ボク。煮ただけの豆は」

「じゃ、じゃあオマエやれ! わたしの料理に文句があるなら、オマエがやれ!」

「さっき任せろって言ったの自分じゃん……」

「それとこれとは話が別だ。適材適所! そうだろう?!」


 かしましいやり取りがあったが、結局調理はアシュレがすることになった。

 アスカの仕事は焚きつけや薪の調達、それから水汲みだ。


 準備を進めていると、陽はあっという間に暮れた。

 空中庭園の日照時間については、注意が必要だ。

 外縁部はともかく中央に近い部分は、空中庭園という立地上、みるみるウチに日が暮れる。

 このあたり動植物への影響はどうなのだろうか。


 それはともかく、ここでもノーマンの判断の正しさ・先見性が証明された。

 早めにアシュレとアスカを先遣隊として送り込み、野営地を確保させたカテル病院騎士団の男はここまで見越していたのだ。


「よし! なんとか間に合った。暗くなる前に食事にありつけそうだ。んんー、我ながら良い匂い」

「おーよくやったぞ、アシュレ。わたしも仕事をしたからお腹がペコペコだ」

「薪拾いと水汲みだけだよね、アスカがしたの」

「なにおう?! 薪がないと火も焚けないし、水がないと豆も煮られんのだぞ?! じゃあオマエはどうなんだ?!」

「天幕の設営に火起こしに、調理」

「たいして変わらんではないか!」


 元皇子的には薪拾いや水汲みを自分がするだけでも、大進歩であり大仕事なのだろう。

 真騎士の乙女に夜魔の姫、オズマドラ帝国の元皇子。

 この戦隊の女性陣は揃って見目麗しく可憐だが、生活能力にはおおいに難がある。

 アテルイだけが希望の星だ。


「では料理長、今宵のメニューを説明せよ」

「えーっと、三種類の豆の煮込み、ハーブ入りソーセージとともに」


 アシュレは丸鍋の中身を覗いて言った。

 ちなみにいまアシュレが使う丸鍋というのは本当に球体に近いカタチをしている。

 底の部分がゆるい円錐形になっておりそこに三脚がついて、かまどや吊り鍋用の三脚を立てなくても、下で薪を燃やしたり熾きにした焚き火のなかにそのまま置いて調理ができる。


「なにーッ?! 結局、豆の煮込みなんじゃないか?! オマエ、それは料理じゃないって言ったよな?! わたしの調理を否定したよな?!」

「ボクのヤツはちゃんとした料理屋のレシピなんだよ、煮ただけじゃないんだ」

「わ、わたしのだってちゃんとしたヤツだもんねー」

「嘘つけ! だったら調味料になにを入れるの? まさか塩だけじゃないよね」

「うっ、それは……えっとなんだったか、そうだハーブ! ソーセージも入れるな、うん」

「ソーセージ入れるのはボクのをマネしたんだろ、いま! それにハーブはたくさん種類があるからなにを使うのか具体的に!」

「それは……そうだ! 臨機応変に最適なものを!」

「それなんにも答えてないじゃん……」


 これを気のおけないやり取りと言っていいのかどうかわからないが、ふたりは喚きながら笑い合いながら食事を摂った。



 水浴びをしよう、と言い出したのはアスカだった。

 アシュレはまたまた面食らう。

 さすが元皇子、言い出すことがフリーダム過ぎる。


 ここは長らくヒトの手が入らなかった未開の地で、自分たちは侵入者。

 するにしてもそれは本来、陽のあるうちに行うべきことで、日没を過ぎ夜空に星が瞬き始めたこの時間帯は絶対に避けるべき行為と要求だった。


 だいたいその間、キャンプは誰が守るのか。

 どう考えてもどちらにも歩哨が必要だったが、アシュレは押し切られてしまった。



「というかなんでボクも行くの?! いやたしかにキミの安全のためには見張りや護衛がいるだろうけど、それはキャンプのテントだって同じだよ?!」

「しかたないだろう。薪拾いに水汲み、その前の戦弾頭ウォーヘッドとの戦闘で汗をかいてしまったんだから。体中べとべとで、こんなの眠れん」

「いや野外での任務って、そういうのが当たり前なんじゃあ」

「汚いわたしはオマエだってイヤだろう?」

「どうして判断をボクに投げるんだよー。アスカひとりで行きなよ。ノーマンが合流してくるかもしれないし、キャンプを無人にはできない。火の番も、食料も置いてはいけない」

「ヴィトライオンに留守番を頼め。なにかあったら、いななきで教えてくれるはずだ。それに帰りに明日の朝の分の水も汲んでおきたいんだ。オマエも手を貸せ。なにしろヴィトラはわたしたちの十倍は飲むからな、水」

「いやそれはそうだけど」

「オマエ、わたしとキャンプとどちらを見張りたいんだ? どちらが大事なんだ?」


 なんでそういう展開になるのか。

 軍司令としてのアスカはかなり優秀だったらしいが、こういう感覚は皇子のままだ。

 アシュレは渋ったが、結局引きずられるようにして泉まで連れてこられてしまった。


 しばらく草原を下るとまた林があって、その奥に泉がこんこんと湧き出ていた。

 水面には月影が落ちかかり、本が読めるほど明るい。

 カエルや虫たちの声が満ち、耳に痛いほどだ。

 アシュレはその様子に、足を止めしばし見入った。


「きれいなところだ……」

「だろ? 絶対オマエに見せたかった。ふたりで来たかった!」


 水汲みで下見を済ませたアスカ的には、これは外せないイベントだったらしい。

 極上の笑顔で言われては、アシュレも苦笑で返すしかない。

 たしかにそこは地上の楽園めいて美しい場所だった。


「ここも遺跡なのか」

「たぶん、もともとそういう目的で作られた場所なんだろう」


 話しながら、すこし歩いた。

 さびれた東屋あずまやの跡。

 大理石のベンチは寝台の役目もありそうだ。

 鹿の足跡は認められたが、あの忌々しい肉食竜のものはない。

 完全ではもちろんないが、いまのところ恐れていたような展開はなさそうだ。


「愛を囁き交すためのプライベートな庭って感じだな」


 中庭にファンタジーを詰め込むアラム教徒の元宮廷人として、アスカは所感を述べた。


「でもノーマンはなぜここをキャンプ地に指定しなかったんだろうな。重たい鍋を抱えて水汲みする必要もない、水浴びするにも便利なのに」

「調査する時間がなかったのもあるだろうけど、水辺というのはけっこう恐い場所なんだ。便利なのはなにも人間にとってだけじゃない。予期せぬ遭遇が起る、と判断したんだろうね」


 やっぱり危ないんだよ、夜の水辺は。

 丸鍋を大理石の床に置きながら、アシュレは言った。

 フン、と小さく鼻を鳴らしてアスカが反撃する。


「だとしたらやはり頼れる騎士を連れてきて正解だったな」

「ヴィトライオンを連れてきたほうが良かったんじゃない? 見張りも兼ねて、ここでしっかり水を飲んでもらえば、帰りも楽々だったろうに」


 皮肉を込めたアシュレの返答に、アスカが頬を膨らませた。


「さっきも言っただろ! オマエと来たかったんだ!」

 

 あらぬ方角を見つめたまま叫ぶと、アスカは服を脱ぎ捨てた。

 勢いよく下帯も解く。


「ちょっ、アスカさん?!」

「なにをぐずぐずしている。さっさと脱げ! 時間がないんだろう?!」

「いやちょっとまってエッチ! ってか、なんだこの急展開?!」

「なにがエッチだいまさら。破廉恥とか助平というならオマエの専売特許ではないか! アレもこれもと手当たり次第、女をたぶらかして! レーヴはともかくキルシュやエステルは未成年なんだぞ?! それをたらしこんで。美人だったら獲物は見境なしか? 見てみろ、ふたりとももうメロメロではないか! 麦の穂を青いうちに買い占める悪徳商人みたいなヤツだ!」


 たぶらかしてしまった相手のひとりに罵られると、反論の余地がない。

 急かされながら、しかたなくアシュレは脱いだ。

 脱がされるよりはマシだったからだ。


「さっさと来い!」


 手を引かれて泉に足を踏み入れた。

 さあ、と促される。


「さあって? なに?」

「洗うがイイ、わたしの玉体を。特に許す」


 なんでそんな上から目線なの?!

 アシュレは驚愕して動揺したが、アスカは取り合わなかった。


「わたしはもうオマエのものだ。主人が所有物を手入れするのは当たり前だろう? 馬であるヴィトラには、あんなにかいがいしくブラシをかけてやるのに、わたしは放置か? 釣った魚には餌をやらん卑劣漢か?」


 どこからそう捻りの効いた悪態がぽんぽんと出てくるのか。

 しかし、だからといって……洗えと言われても。

 ボクが、手で、直に、です?


「ホレ、クシ。さっさと髪もかさんか。気の利かんヤツだ」


 完全にアスカのペースだ。

 しかたなく髪をきはじめると、アラムの姫君はうっとりと瞳を閉じた。


「はじめて出会ったときも思ったが、オマエうまいな、髪をくのが。さすが女たらしで鳴らすだけある」

「女たらしで鳴らすって……人聞きが悪いな。生まれた家の環境で、まわりに女性が多かったせいだよ。ボクはむかし病弱で、五歳くらいまで女のコとして育てられてたのもある。イダレイア半島の貴族に古くから伝わる病魔除けの風習さ」

「それは初耳だ。そうか、女児としてか。だとしたら、わたしとは真逆なんだな、オマエの生い立ちは。なるほど、それで女の間に違和感なく挟まることができるのか……女子の呼吸、ということか」

「妙な納得のしかたやめてくれる?」


 フフッ、と笑ったアスカは、しばらく頭髪をアシュレに任せた。

 虫たちの声。

 葉擦れ


 そこにときおり混ざるアスカの吐息が、ひどく艶めかしい。


 アスカは自分の美貌びぼうに自覚があるタイプの美人だが、女性的な仕草を駆け引きに使うことはない。

 だからこの溜め息は、本当にアシュレの運指に耽溺してくれているのだ。

 その率直さと信頼が愛しいと感じてしまう。


 なあ、としばらくしてからアスカが、ためらいがちに声をかけてきた。




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