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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 4・「迷図虜囚の姫君たち」
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■第八十一夜:追跡行と責任の所在


 戦弾頭ウォーヘッドに対する戦術はすぐに決まったが、ことはなかなかうまく運ばない。


 アシュレの主武器である竜槍:シヴニールは、このような地形では射線を選ばないとたいへんなことになる。

 超高速超高熱の加速粒子は一キトレルという長大な有効射程も持つ。

 そんなものをうっかり森にでも打ち込もうものなら、間違いなく山火事になってしまう。

 川面に直撃させたら水蒸気爆発で周囲は大惨事だ。


 たとえ戦弾頭ウォーヘッドに直撃させても、頭の《フォーカス》で受けられたら飛び散った超高熱粒子はどこへ飛んで行くのかわからない。

 地上でもそれは事件だが、ここは逃げ場のない空中庭園だ。

 敵を倒したはいいが火と煙に巻かれて死んでしまってはなんにもならない。


 いっぽうで、アスカのほうも攻撃には細心の注意を払わねばならなかった。

 告死の鋏:アズライールは、アスカの両脚そのもの。

 その攻撃は、剣や槍よりもはるかに相手との間合いが近い。

 突撃系や近接型の技が主体になる戦闘スタイルは、相手が戦弾頭ウォーヘッドでは危険極まりなかった。

 一撃で決めなければ、致命的な反撃を受ける可能性が非常に高い。


 なかでも厄介だったのは戦弾頭ウォーヘッドのバケモノじみた……いやバケモノそのものとしか言いようのない反応速度、瞬発力だった。


 剣の林を思わせる《フォーカス》と一体化した頭部や爪牙による攻撃も恐ろしいが、鞭のようにしなる尾の一撃や全身のバネを活かした横凪ぎの体当たりを受けたら最後、全身の骨が一瞬で砕け散る。


 体高三メテル、体長十メテルはあるだろう戦弾頭ウォーヘッドの体重は、どうすくなく見積もっても五トロンは下るまい。

 こんなものが軍馬を凌ぐ速度で突撃、急旋回、さらには蛇のように跳躍してくるのだ。

 まともにやり合ったら命がいくつあっても足りはしない。


 いかに古代種とはいえ野生動物の一匹程度、《フォーカス》さえあればなんとかなるだろうというアシュレの考えは、とんだ見当違い、甘すぎる見積もりだったということになる。


「くっ」


 思わぬ苦戦に唇を噛みしめた若き騎士を救ったのは、やはりあの男だった。


 森の切れ目から水辺へ影が走り込んだかと思うと、アシュレとアスカに意識を集中させていた戦弾頭ウォーヘッドの頭部目がけて、巨大な拳が繰り出された。


 それは両腕を成す浄滅の焔爪:アーマーンを用いた、ノーマンの超質量攻撃。


 鉄血の神拳ギガンティック・フィストと呼び習わされるその一撃は、浄滅の焔爪:アーマーンが誇る驚異の空間除去・消去能力ではなく、そのエネルギーを拳そのものに乗せて大質量で敵を打ち据える究極の打撃攻撃であった。


 疾風迅雷ライトニング・ストリームのスピードと浄滅の焔爪:アーマーンの重さ、そこに撓められた異次元のパワー、そして己自身の全体重と全身の筋力を破壊力に変換する技を受けて、さしもの戦弾頭ウォーヘッドも一瞬、横倒しになった。


「いまだッ!」


 すかさずノーマンが追い討ちをかける。

 荒れ狂う刃牙ブレイドリィ・タービュランス

 すべてを引きずり込みズタズタに切り裂く虚数の刃が、戦弾頭ウォーヘッドを呑み込もうとする。


 巨大な肉食竜は跳ね起きると、頭部の《フォーカス》を用いてこれに抗った。

 鱗が剥ぎ取られ、虚数の竜巻のなかに噴き出した血が、ちぎれた肉片が吸いこまれて消えていく。

 だが、結局、戦弾頭ウォーヘッドは死の嵐を生き延びる。

 

 ノーマンの背中越しにアシュレが見たのは、荒れ狂う刃牙ブレイドリィ・タービュランスの影響を《フォーカス》の頭部で打ち消しながら、逃走に移る戦弾頭ウォーヘッドの姿だった。


「逃げる!」

「まてッ、あれはわたしがやる! アシュレ、アスカ殿下、ふたりは予定通りキャンプ地へ向かって欲しい。野営地の選定は済ませてある……。地図はないが、浄滅の焔爪:アーマーンが切り拓いた跡を辿れば容易にわかるはずだ」

「でも、三人のほうが」

「アシュレ、忘れるな。オマエの目的はシオン殿下とスノウの救出だ。無駄に時間と代償を費やすべきではない」


 共に行くというアシュレの主張をノーマンは退けた。

 それに、と理由を話す。


「わたしの浄滅の焔爪:アーマーンは単独戦闘向きだ。周囲を気にしながらの空間消去能力は使いづらい」


 それで決まりだった。

 宗教騎士団の男は手早く装備を調えると、戦弾頭ウォーヘッドの追跡に移行した。



         ※


 ノーマンの言のとおり、野営地へと向かう道筋は浄滅の焔爪:アーマーンが切り拓いていてくれた。

 下生えの群生や薮、いばらや蔦に限らず危険な岩場など、行く手を阻む障害はことごとく削り取られ、見事な抜け道が作り上げられていた。

 おかげでアシュレたちは迷うこともなく、難なく野営地に辿り着く。


 丘陵地帯が連続する独特の地形。

 山体崩壊で吹き飛ばされた巨大な岩塊が、あちこちに丘となって残っているのだ。

 神の御業が造り上げた驚異の景観。


 そのなかで草山ではなく適度な密度を持つ林の端を、ノーマンは野営地として選んだようだ。

 丘の中腹にあたり、地面も比較的平らで、吹き渡る風を木々が和らげてくれるこの場所は、すこし下ったところに清潔な水をたたえる泉もあり、野営地としては申し分ないものだった。


「ノーマンは大丈夫だろうか。ボクたちだけ先行させてもらって、なんだか悪いな」

「気にするなアシュレ。事前情報から考えるに、たぶんだが、わたしもノーマンも例のバラの神殿には一緒には入れない。つまり、わたしたちエスコートの役目というのは、本命であるオマエを無事に神殿まで送り届け、帰還する際のサポートをすることにある。戦闘単位という考え方において、今回のノーマンの判断は極めて合理的だ。正しい」


 すっかり乾いた衣装を四苦八苦しながらまとい直して、アスカが言った。

 そんなものかとアシュレは思う。


 戦弾頭ウォーヘッドにやり込められて、騎士として一矢も報いてないのが効いているのかもしれなかった。

 やられっぱなしでは納得できない。


 そんなアシュレを呆れ顔でアスカは諭した。


「大局的にものを見るというのは大事なことだぞ、アシュレ。オマエはもうすでに二〇名からの集団を従える指揮官であり、オピニオンリーダーなんだからな。手を放せることからは、手を放せ。なんでもかんでもぜんぶ自分がやろうとするな。命令馴れしろとまでは言わないが、任せることを憶えろ」


 昼間も違う表現で同じことを言われたなと思い出し、アシュレは苦笑した。


 こう見えてもアスカはオズマドラ帝国の精鋭数千を率いて戦ってきた元軍司令だ。

 数千といえば、西方諸国では大国が国を賭けて臨む決戦レベルの大兵力。

 それだけの数の兵卒を長年率いてきたアスカの言葉には、重みがあった。


 そうだな、とアシュレは認めて頷く。

 ボクはもう自分自身のことだけを考えていてはいけないんだ。 

 そう納得して。


「たしかにボクは、なんでもかんでも背負おうとし過ぎていたのかもしれない。すべて自分がやらなくちゃいけないんだ、と思い詰め過ぎてたかもしれない」


 アシュレの理解に、うんとアスカは頷いた。


「人生の先輩を頼ることも憶えろ。ノーマンなどはオマエの倍も生きた本物の先達だ。しかも最前線や長距離偵察任務を、数え切れないほど潜り抜けてきた猛者中の猛者。案ずることなどない。任せておけ。しばらくしたら、首級を掲げて合流するさ」

「そうか、そうだろうな」

「そうとも」

「じゃあ、その間、ボクたちがすべきことはなんだろうか。大局的な視点から」


 そうだなあ、とアシュレの問いにアスカが空を見上げた。


「とりあえずだが……食事の準備はどうだろうか」



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