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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 4・「迷図虜囚の姫君たち」
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■第七十六夜:荊(いばら)の街道


         ※


 時系列はおよそ二日を遡る。

 地下下水道帝国から帰還したアシュレが、昏倒していたときの話だ。


 疲弊した戦力を立て直しつつ、かつ兵站の維持もしながら、アテルイは行方不明になったスノウと、それに付き添っているはずのシオンの捜索指揮を続けていた。


 懸命な努力というのは、こういうことだ。


 アシュレには、オズマドラ帝国時代のアスカが、副官としてのアテルイを手放さなかった理由がよくわかった。

 軍師として必要なのは奇策を献する才能ではなく、事前の根回しや手回しのほうなのだ。


 そして、アテルイ主導の地道な捜索はついに実を結ぶ。

 その現場に遭遇することになったのは、ノーマンと真騎士の少女ふたりだった。


 改善された上水のことや食糧関係のことをスノウとシオンに伝え、せめてその成果を味わって欲しいとアテルイが持たせた荷物を彼女たちに届けようと、ノーマンが試みたとき、それが起こった。


「強い気を感じたのだ。覇気とでもいうのか──禍々しささえ感じる強いプレッシャー。あれは間違いない……王者のものだった」


 これはノーマンの言だ。


 その日、ノーマンは探索範囲を、これまでよりずっと遠くにまで延ばしていた。

 現状、探索を終えた範囲で、スノウとシオンの痕跡を得ることができなかったからだ。


 疾風迅雷ライトニング・ストリームを駆使し、比喩ではなく一日に百キトレルを駆け抜ける彼に随伴できるのは、空を行く真騎士の少女たち以外になかった。

 そして戦闘能力や飛行能力はともかく野外での総合的なサバイバル能力において、ノーマンに比肩する《スピンドル能力者》は戦隊にはいなかった。


「騎士さま、ノーマンさま! なにか見えます。あれは、なにッ?! なにかの巣?! いいえ──巨大な──神殿ッ?!」

「でも、あんな神殿があるかしら。球体のような。貝殻? バラの蕾にも見えます……」


 高原地帯に酷似した空中庭園の山林地帯を疾風の勢いで駆け抜けていたノーマンに、上空から少女たちが呼び掛けたのは、ちょうど太陽が中天を迎えようとしたときだった。


 探索者の常として夜が明けると同時に行動を開始したノーマンは、まっすぐ未探索エリアに向かった。


 疾風迅雷ライトニング・ストリームを断続的に用いながらの強行軍。

 休憩と疾駆を繰り返しこれまで明らかになっている領域フィールドの外へ。

 はるかむかしの火山活動の結果できたのであろう流れ山地形が抱える古いカルデラへと、周辺部を形作る小高い丘陵群と山林を乗り越え侵入した。


 これまで観察から、この空中庭園:イスラ・ヒューペリアはアガンティリスの皇帝がお気に入りだった小島を丸々ひとつ、岩盤ごと抉り取って空に上げたものらしいという事実が徐々に明らかになりつつあった。


 イズマやノーマンは外縁部の探索から、この空中庭園は洋上の島にその起源を持つのだろうというところまでは、すでに見当をつけていたのだ。


 たとえば、アシュレたちが乗りつけたパレス前面の湖のような場所は、かつて海岸線であったのだろう。

 そこに山体崩壊が引き起こした岩石群が流入し、海から切り離されて塩水湖になった。


 その景観を気に入った時の皇帝は、それをそのまま切り取って空に上げたのだ。

 景観を損なわぬよう、信じがたい技術や結界を用いて補強をした上で、だ。


 外縁部に残された岩塊や壁面に、海洋生物の残滓があったことが証拠になった。


 恐らくは古い火山島──とっくの昔に造山活動は終えて、緑豊かな美しいファルーシュ海の楽園だった場所。

 たとえばカテル島のような。


 そういえばイクスの聖典や、アガンティリスの記録のなかに空中庭園のモティーフは繰り返し現れる。


 聖典や神話のなかでそれは「その美しさによって神の手で天に上げられた」ことになっているが、事実は違う。

 違うことをすでにアシュレは知り得ている。


 《フォーカス》を始めとする強大な《ねがい》の収束器を使い、それの奇跡は成し遂げられたのだ。


 つまりここはある意味で、ここはすでに《閉鎖回廊》。

 どんな荒唐無稽もまかり通る。


 だから──空に浮かんでいられるし、《スピンドル》の使用も容易。


 アガンティリスの空中庭園とはつまり、真騎士の乙女たちの飛翔艇のように切り取られ、移動可能な状態で拘束・安定化された“異界”なのだ。


 もちろん、島ひとつ宙に浮かべる《ちから》となると、飛翔艇などとは比べ物にならない。

 注がれた《ねがい》も、桁外れに巨大なものであっただろう。


 ノーマンが足を踏み入れたカルデラも、そうやって切り取られた風景の一部だった。


 そこに巨大な異物・偉容を誇る神殿発見の報がもたらされた。


 随伴する真騎士の少女たちをノーマンは呼び寄せ、地面に見えたものを描いてくれるように頼んだ。


 少女たちの手によって現れ出でた図像に、なるほど、とノーマンは唸った。

 そこに描き出されたものは、たしかに自然物ではありえなかった。

 横倒しになりかけたバラの蕾、というのが形状として一番正しいたとえ方だろう。


「バラの神殿……。にわかには信じがたいが、ふたりがふたりとも口を揃えて言うのだ。間違いあるまい。しかし、だれが、なんのためにそんなものを造り上げたのだ?」


 ノーマンの疑問に少女たちも首を捻る。


「あの……わたくしたちふたりで斥候をしてまいりましょうか?」

「もっと近づけばさらに詳細がわかるはずです」

「それで先行して調査を……どうでしょうか?」


 うむん、とノーマンが唸ったのは一瞬だった。


「いや、それはよしておこう。ふたりはこれまで通りわたしに随伴しつつ、逐一状況を知らせてくれ。ここは未知のエリアだ。戦力を分けるのはどうしたって得策ではない」


 それに、とノーマンは言った。


「この神殿めいた建物がどのような思惑で建造されたものなのか、主はだれか。それを調べるためにこそ、わたしは来たのだからな。行けばおのずとわかるだろう」


 つまり自分こそ斥候スカウトでありそれは自分の仕事なのだ、とノーマンは言ったのだ。

 真騎士の少女ふたりはそんなノーマンに力強く頷いた。


 アシュレとは別の意味で、この宗教騎士団の男は信頼を勝ち得つつある。

 恋人というより頼れる父親を前にしたように、彼女たちはノーマンを慕っていた。


 そして、戦力の分散を避けるべきだとしたノーマンの判断は、結果として正かったことが証明される。


 生い茂る樹間を縫うように、ノーマンは駆けた。

 周囲の高原地帯よりこのカルデラ地帯は一段低地に当たり、標高が低いせいもあるのか、葉を茂らせる照葉樹が目立つ。

 新緑の季節、視界は決して良好ではなかった。


 だが、騎士が方向を見失うことはない。

 上空の少女たちが逐次指示をくれる。

 さらに発見の報があった。


「騎士さま、森に切れ目が──コレ、まさか……道?」


 誘導に従えば、すぐに森が切れた。

 蛇のように曲がりくねりながら樹間を貫くみち

 敷かれている石が紫水晶を含むのだろうか。

 夢見るような紫と緑のコントラストが、逆にただごとならぬ気配を醸し出している。


 筒状に森を抉りながら続くその石畳には、さらに奇妙なことがあった。


「この道は、新しいな。すくなくともここ数日の間につくられたものだ」

「そんなッ、どこまで続いているのかわからないこんな道が、数日前にできたってそう言われるんですか?」

「石畳の風合いは長い年月に耐えてきたもののようですケド……」


 異論を唱える少女ふたりに、ノーマンは自分の鼻を指さしてみせた。


「匂わないか? 表土を剥ぎ取られ掘り返された鮮烈な土の香り、断ち切られた樹木や草の根が流す臭い……。これは切り拓かれた森の傷口の匂いだ。未知の両脇を成している土壁にはまだ雑草の芽すら芽吹いていない。切断された木の根が、いたるところで露出している」

「言われてみたら……たしかにどこか奇妙です」

「ついこの間つけた傷を、古傷のごとく偽装する必要性が……いや美学がこの道を造った存在にはあったということだろうな」


 カテル病院騎士団は非戦闘時は訓練を兼ねるという意味でも、都市部や周辺の農村部の土木工事を手伝う。

 これまでアガンティリス期の街道の補修を重ねてきた宗教騎士団の男の目は、小さな違和を的確に捉えていた。


「どうします?」


 少女ふたりが不安げに訊いてきた。

 ノーマンにはこの道がどこまで伸びているのか、すでに見当はついていた。

 それは真騎士の少女ふたりが見たという、あの神殿に違いない。


 だがそうなると、あの神殿の主は一週間ほど前に、この見事な街道を未開の地に敷設したことになる。

 いったいどれほどの労働力を投入すれば、こんなことが可能になるのか。

 そして、この道を敷いた者は、なんの目的があってこれほどの難業を成し遂げたのか。


 道を切り開くだけであれば、ノーマンだって両腕の浄滅の焔爪:アーマーンを用いればできなくはない。

 その意味では数千人の工兵に匹敵する能力をノーマンは持っている。


 しかし、快適な街道を敷くとなると話は変わってくる。


 切り倒した木々の根を掘り起こし、道筋を整え、石を敷いていく。

 その石だって表面の大きなものだけ敷けばいいというものではない。

 水はけや衝撃吸収力を考慮に入れて、目の小さい砂、砂利、小石、表面を覆う大ぶりな石片などを整え組み合わせて街道は造られる。


 表面を流し見ただけでは到底理解できない技術と素材の複合で、アガンティリスから受け継がれた道はできている。


 そしていま目の前に広がるこの道は、それを理解した上で、見た目の美しさ──蠱惑的な色合いや風合いにまで配慮がなされている。


「まるで……古代アガンティリスの皇帝、そのヒトの仕業のようだな」


 街道は辺境と中央を結び、アガンティリスを繁栄に導いた。

 では、この道は我々をどこへ導くのか。


 ノーマンは呟き、立ち上がった。


 街道を観察するため膝をついていた男が身を起こせば、二メテル近い。


 同じくしゃがみ込んでいた少女ふたりは、決断を待つようにノーマンを見上げた。

 返答は揺るぎなく道の先を睨む視線と、首肯で行われた。


 三人が見つめる石畳の道のその果てには、驚愕の答えが待っている。






ソウルスピナ第七話「第七話:蒼穹の果て、竜の棲む島」は基本的に平日更新とさせて頂いております。

土日祝日はなにか特別なことがない限り更新いたしません。


次回更新は2021年6月28日(月)を予定しております。

どうぞお楽しみに!


※追記・文章的に荒いところを修正し、サブタイトルも変更しました(2021/06/07)


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です [一言] あしゅれくんは、(堕としちゃった娘の人数)/2回でいいからばくはつすればいいとおもうの
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