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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 4・「迷図虜囚の姫君たち」
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■第七十四夜:真の望み……であれば?

         ※


「検疫・防疫期間の謹慎、ご苦労。集団の衛生を守るためとはいっても、数日に渡る隔離とあの薬湯を毎日欠かさず飲むというのは、なかなか苦行に近いものがあったハズ。ちゃんと規律ある生活をしていたか?」

「はい。キチンと騎士さまのお世話を毎日してました! 欠かさず、献身的に、全身全霊で!」

「ですわ! ちゃんと毎日五回、朝も夜も騎士さまに薬湯を差し上げておりました! 尽くしましたわ!」


 晴れて対面可能となったアテルイに、真騎士の少女たちは元気よく答えた。


 検疫や防疫という概念がこの時代すでにあったというのは、船上での疫病が発生した場合、船は黄色い旗を掲げて洋上で待機、街のほうでも寄港を許可しないかわりに洋上に停泊した船に物資を提供するなどといった取り決めが、国家を跨いでなされていたことからも明らかだ。


 西方諸国に比べ、文化的に先進国と言って差し支えないオズマドラ帝国の皇子の副官であったアテルイは、このあたりさらに詳しかったであろう。 


 その防疫期間を経て、真騎士の少女ふたりはなんだかぴかぴか光を内側から発しているように元気になった。

 そしてときおりぞくり、とするような艶めかしい表情をする。

 たぶんそれは恋をしているせいだ、と思う。


 一方のアシュレは、なんだか傾いていた。


「真騎士のふたり良い返事で元気そうだな。それに比べて、アシュレ? 大丈夫か? 問題ないか? ぼんやりするな? しっかりしろ? むしろ、してくれ?」

「いえあのはい、大丈夫です」


 いやモラル的にはまったくダメです、とはさすがにアシュレは言えなかった。

 キルシュとエステルのふたりからどんな種類の献身的ご奉仕をされていたかなどと、口が裂けても言えない。

 確実に死ぬ。

 殺される。


「三人の活躍で、戦隊の状況は数日前とは見違えるほど改善された。上水の確保もあるが、食料事情にある程度目処がついたのが大きい。下水道の件も報告は土蜘蛛姉妹やレーヴ、あと殿下からも聞いている。よくやってくれた」


 信じられないくらい伊達男ダンテ(注・ここでは誉れ傷を負った程度の意。アシュレの全身火傷のこと)になって帰ってきたときは取り乱してしまったが、と小声で付け加えてアテルイは三人を労った。


「ところでアシュレ、レーヴとアスカリヤ殿下がどうしても話したいことがあるらしい。真騎士の少女ふたりもだそうだ」


 ぎくり、とアシュレは固まった。

 来た、と思った。

 しかし、真騎士の少女ふたりは応じるように背筋を伸ばした。


         ※


 上水のせせらぎと梢を渡る風が生み出す葉擦れが会話を適度に包み隠す庭園の一画で、会合は行われた。

 報告──そうキルシュとエステルの件である。


 レーヴとアスカを前にして、アシュレはすべてを正直に語った。

 豚鬼オーク王:ゴウルドベルドとの戦い、そして汚泥ウーズの騎士、不浄王:キュアザベインとの死闘。

 片膝をつく騎士の姿勢で、一切を包み隠さず。

 

 アスカは困った様子で腕を組んで宙を見上げている。 

 眉根を寄せ、険しい表情をしているのはレーヴだ。


 騎士が語り終えると、大きく息を吸いこんでレーヴが口を開こうとした。

 一歩、アシュレに向かって踏み出す。


 その瞬間だった。


「まって、まってください!」

「お姉さま、どうかおまちになってくださいまし!」


 それまでかたわらで事の成り行きを見守っていた少女ふたりが、アシュレを庇うように身を投げ出し、レーヴの前に立ち塞がったのだ。


 アシュレは驚きで言葉を失った。

 沈黙する騎士の代わりに少女たちは口々に嘆願した。


「騎士さまを責めてはなりませんわ!」

「責められるべきはわたしたちの未熟さ、考えの甘さ!」

「です、そうですの! 騎士さまは!」

「騎士さまはわたしたちを守ろうとしてくださっただけ──必死に!」

「懸命に! 命を賭けてくだすった!」

「今回のことだって、わたしたちがお願いしたんです。どうか下僕に、って。そうじゃないと生きて行けないって!」

「わたしたちは自分たちの命を人質に脅したも同然! それなのに、そんな卑怯なやりかただってわかっていて、それでも騎士さまは!」


 罰するなら、わたしたちを罰して。

 この罪──殺されても、当然ですわ。


 かわるがわる泣きながら訴えるふたりに、レーヴは溜め息をついて空を見上げた。

 それから言った。


「わかっている──そんなことはわかっているよ、キルシュ、エステル」

「ダメです、ぜったい、騎士さまだけは──えっ?」

「レーヴ……姉さま?」


 アシュレの無実を訴えるのに懸命だったふたりは、話の展開を呑み込めなかったらしい。

 ふー、とレーヴはもう一度、大きく息をついた。


「わかっていると言っている。というか、そもそもキミたち全員を最初から責めるつもりは、わたしにもアスカリヤにも、ひとかけらもない」

「事情はすでに不浄王自身から聞いた。汚泥ウーズの騎士、彼奴きゃつらの所業は許しがたいが──自分たちの王国の命運を賭けた戦闘行動だと思えばしかたない。女がいなければさらってくるしかない、というのはある意味で道理だし、わたしたちの世界が繰り返してきたことだ。そして、そういう意欲に燃える戦闘集団の不意打ちを、いくら戦闘訓練を積んできた真騎士とはいえ、少女ふたりで躱せるはずがない。落ち度などという問題ではない。これはだれにも防げなかった事故だ」


 だから、それはさておこう。

 アスカが頭を掻きながら、レーヴの言葉を継いだ。


「わたしたちが問いたいのはオマエたちの関係性が、ちゃんとオマエたちの望んだものであるのかどうかだ。アシュレとキルシュ、あるいはエステル、その関係・約束はちゃんとオマエたちの望みの通りか? そこだけだ、確認しなければならないのは、な」


「わたしたちの……」

「望み?」


 少女ふたりが顔を見合わせた。

 泣き顔が、みるみる微笑みに、それから弾けるような笑顔に変わる。


「それはもう!」

「です! ですの!」

「この方でなければ」

「この方以外では」


「「この方がいいです!」」


 それ以外、考えられません!

 そうふたりは唱和した。


 あまりのことにアシュレは大きく傾いだ。 


 レーヴとアスカのふたりが大きく息をついて肩を落とした。

 諦めたというか、呆れたというか。

 なぜこのふたりはこんなに嬉しそうなんだ、という溜め息だ、それは。


「で、アシュレ。キミはどう考えているんだい、ふたりのこと」


 レーヴに水を向けられた騎士は、なんとか体勢を立て直し真顔で応じた。


「いまは平静を装っているけれど、ふたりの肉体には後遺症というか肉体を蝕む契約の効果が適用され続けている。《フォーカス》による焼印。これを癒せるのかどうかわからないけれど、ボクは力を尽くしたい。ボクたちに落ち度はなかったとアスカは言ってくれたけど、ボクたち戦隊のためにふたりは今回の事件に巻き込まれた。だったらふたりの名誉と尊厳のためにボクが戦うのは当然だと思う」


 アシュレの解答に、レーヴは怪訝な顔をした。

 わかっとらんな、という表情。

 アスカが苦笑しながら首を振る。

 オマエそういうところだぞ、という意味だ。


 苦り切った顔でレーヴが裁定を下した。


「ではふたりの処遇は、その全権をいったんアシュレに預ける。事件の詳細を知らぬ妹たちには、キルシュとエステルは冒険行を経てアシュレの従者になったと説明しよう。それから──」


 レーヴは指を振り立てて、妹ふたりに厳命した。


真騎士としての契約・・・・・・・・・・は、ふたりが正式に乙女の試練を潜り抜けてからにすること。恋をすることを禁じられるほどわたしは偉そうな人物になりたいとも思わんし、実際に立派でもないが──わたしだって落ちてしまったのだからな恋に──真騎士の乙女として堕することは許さない」


 妹ふたりの胸を指で突く。


「未熟なままでの契約によいことなどなにもないのだからな? 本来真騎士の乙女として完成するために使われるはずだったエネルギーを戦乙女の契約ヴァルキリーズ・パクトに取られる。成長できない地獄の苦しみが待っているんだからな? いいな、わかったな?」


 だが、その警告はキルシュとエステルにとっては福音であった。

 一番懸念していたであろう姉からの許しに、妹たちは文字通り跳び上がって喜んだ。

 いや実際、一メテルほども飛び跳ねて見せた。

 歓声を上げて走り回り、飛び跳ね、不意にアシュレに抱きついてくる。


「これでわたしたち、正式に騎士さまのものです!」

「姉さま、大好き! ありがとう!」


 まるで領有されたことが、そしてそれを姉であるレーヴに正式に認められたことが本当の悦びであったように、キルシュとエステルは快哉を上げた。


「いや、あの──」


 抱きつかれ肩にのぼられ首にしがみつかれ、アシュレは助けて、という視線でふたりの乙女たちを見た。


 アシュレとしてはなんとか呪縛を解いて、ふたりには自分の人生を歩んでもらおうと思っていたのだ。

 それこそがふたりの真の望みだろうと。


 決して自分との恋路を選んで欲しいと思っていたわけではない。


 だが、なんだこの展開は???

 いや……もしかしてわかってなかったのは、ボクだけなのか・・・・・・・

 それほどにも想われてしまうようなこと、ボク、しました?


 そういう戸惑いが顔に出ていたのだろう。

 レーヴとアスカは冷ややかにアシュレ相手に目を細めると、左右から迫ってきた。

 アシュレは背中に形容しがたいおののきが走るのを感じた。

 

 あ、ダメだこれられるヤツだ。

 反射的にそう思う。

 もちろん拒否する権利がアシュレにはない。


 キッ、と同時に睨まれた。

 ふたりの目尻にはなぜか涙が溜まっている。


 それぞれがアシュレの手を取り、胸乳に、頬に導く。


「忘れるなよ、わたしだってキミに恋しているんだからな」

「わたしなんかずっと前からなんだからな、わかっているのか、ちびっ子ども」


 それぞれが自分こそ一番だと主張するように騎士に頬寄せる。

 途中からアシュレは意識を失っていた。




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