■第六十六夜:死地こそ我ら求めしもの
連載は基本的に土日お休みを頂いております。
(ホントは休日もお休みなのですが……)。
連載再開は、五月の三日を考えていますがなんか深山修業するかもなので、四日かもです(?)。
ヒュカゴッ、という唸りとともに投げつけたロングソードが光の円弧を描き、千手蛆とその背に跨がる──というより張り付いた汚泥の騎士を消し飛ばした。
それまで真騎士の少女たちの翼が放つ燐光と歌声に包まれていた舞台は一転、閃光と雄叫び、怨嗟の軋りが入り乱れる地獄と相成った。
アシュレは両手に武器を構える多刀流の構えで、群がってくる千手蛆と汚泥の騎士たちを迎え撃った。
ここで聖盾:ブランヴェルを用いなかったのには理由がある。
まず第一に汚泥の騎士たちの種族特性とそれへの対処だ。
彼らは《スピンドル能力者》や多種族の戦闘能力者と同等に異能を振るうことができる。
いや、できるであろう、とアシュレは想定した。
そもそも彼らがなんの異能を用いずとも天井に留まっていられるのは、その《ねがい》が汚泥の騎士たちの肉体を変成したがゆえなのだ。
そうやって強い《ねがい》に肉体を書き換えられた汚泥の騎士たちは、逆説的に《ねがいのちから》を《スピンドル》のように用いる術を生まれながらにして持っている。
だがなぜか彼らは、近接戦闘用の異能としてもっともポピュラーな光刃系の技を使ってこなかった。
数度の交戦、そのなかで一度も。
光刃系技は《スピンドル能力者》の基礎技であり、もっとも手堅く効率的で疲弊もすくない。
さらに地下下水道世界のような限定的空間で極めて扱いやすい技群であるにも関わらず、だ。
アシュレはこれまでそれは、まともな甲冑をまとっていない敵を相手に光刃系技の威力は過剰殺傷だからだとばかり思っていた。
しかし、どうやらそれは考え違いだったようだ。
確信を持ったのはエステルがキルシュを逃したとき。
それから、その顛末をエステル本人から聞いたときだった。
あのときエステルは閃光系の異能を用いて、汚泥の騎士たちの目を潰した。
それは思った以上の効果を上げた。
そうでなければキルシュの脱出は成らなかったであろう。
汚泥の騎士たちは、アシュレたちに注目していた者どもを除いて、目を焼かれのたうち回ったのだ。
そこから導き出される答えは、汚泥の騎士たちの光に対する敏感さ、過敏さ──分かりやすく表現すれば脆弱性である。
彼ら汚泥の騎士たちの目は長い地下下水道の生活に適応するために、わずかな光でも強く増幅して感じてしまうのだろう。
彼らがヒトのカタチを取るのはもしかしたら、視覚を外光から防御するための装備としてヘルムを被る必要性があったからなのかもしれないとさえ、アシュレは思う。
いつか地上世界に出て復讐を遂げるのであれば、種としての弱点を克服する手段が必要だと考えるのは自然な流れだからだ。
だとすれば。
光を苦手とする種として、自らが振るう刃が強い光を放ってしまうのは都合が悪い。
己の剣筋を目視できなくなるだけではなく、周囲で戦う味方の視界確保を難しくしてしまうからだ。
だから、彼らは光刃系の異能を使えない。
使わないのではなく、長いときを経て種の特性として使えないようになってしまっている。
シオンやユガディールのようなデイ・ウォーカーという特例を除き、夜や地下世界を己が住み処とする夜魔や土蜘蛛の多くが光刃系の異能を用いないのと、それはきっとよく似た事情なのだろう。
水辺や水中からの奇襲を得意とする彼らからしてみれば、水分と反応していきなり爆発を起こす可能性が高い光刃を用いるというのは、リスクばかり高くメリットはほとんどないというのもきっと大きい理由だ。
しかしだからといって、アシュレが彼らの事情につきあってやる必要は、まるでない。
むしろ逆で、これはおおいにつけ込むべき敵の弱点だった。
だからアシュレは、光り輝く刃の群れを投擲することで、汚泥の騎士たちの行き足を止める作戦に出た。
果たして、この策がどれほどの戦果を挙げたか。
まず、夜魔の姫:シオンと土蜘蛛王:イズマに叩き込まれてきた多刀流の基礎修養の成果が披露されることとなった。
アシュレは疾風迅雷を用いて浜辺を目まぐるしく駆け抜けながら、手のなかに滑り込んでくる武器をその種類も確認せぬまま掴んでは、押し寄せる敵軍に叩き込んでいった。
闘気撃、闘気衝。
技の威力そのものより、足を止めず、敵に侵攻の足がかりを与えないことを最優先にして立ち回る。
数で圧倒的不利なアシュレたちが、馬鹿正直に正面から敵勢力を相手取っては、包囲網の完成を助けるばかりだ。
聖盾:ブランヴェルを用いなかったのは、この戦いは戦線の一正面を維持することに意義はなく、そもそも包囲網を完成させてはならないという種類のものだったからだ。
打ち倒した千手蛆の巨躯が防波堤となり、続く怪物たちの動きを制限してくれた。
いかに軟体生物がごとき汚泥の騎士たちでも、これを乗り越えるには数秒が必要。
それで充分だった。
アシュレは構わず、横たわる遺骸ごと爆砕する勢いで光刃を投擲し続けた。
千手蛆の死骸の影から、高速で飛び出した汚泥の騎士が、光の刃の直撃を受け空中で爆散する。
戦乙女の契約の加護を二重に受けているアシュレに、いまや死角などない。
そして、足場の悪い浜辺を疾風のごとく駆け抜ける騎士を、ふたりの少女が背後からサポートした。
エステルがキルシュの脱出を助けるために使った閃光の技。
それをふたりがタイミングをずらしながら見舞うことで、アシュレの手の回らない局面でも敵に優勢を与えなかった。
何度も何度も、世界が白黒に染まる。
太陽光の何倍も強烈なフラッシュの連続に焼かれ、そのたびに千手蛆が、汚泥の騎士たちが苦悶にのたうつ。
ふたりの少女は常にアシュレの背後になるようにポジションを調整し、さらに彼が振り向く瞬間には絶対に閃光が目に入らないように工夫した。
彼女らの内側に焼きつく従属の誓いがまさかこんなところで意味を持つとは、関係した三人のだれも予想できなかっただろう。
考えるよりも早く、誓いを立てた主の考えが伝達されるのだ。
白い砂浜がさらに光の《ちから》を増幅する。
にわか仕立ての戦隊とは思えぬ連携に、汚泥の騎士たちの攻め手が止まった。
地下空間に満ちるのは、少女たちの切実な恋歌に煽られ焦がれ、そしてついに待望の獲物を眼前にしながら、己らの独壇場であるはずの地下世界での狩りの手練手管をことごとく封殺され、手もなく撃滅されていく光なき者どもの慚愧のうめきだ。
「そしてッ!」
視えている、感じているぞッ!!
アシュレは咆哮した。
その刹那──天井に隠されていた扉──石材が抜け落ち、そこから大量の汚泥の騎士たちが群体となり、文字通り雪崩を打って殺到してきた。




