■第五十五夜:目覚めは《意志》のしるし
アシュレはキルシュの腰に手を回したまま、グッと力を込めた。
「ひゃっ」
「いきなりごめん。でも、どうか恐れないで聞いてくれ。いまからキミの内側にボクの《スピンドル》を通す。それで《スピンドル導線》の形成を手助けする。これはそういう手法なんだ」
「騎士さまの《スピンドル》を、わたしに通す……そういう手法?!」
瞬間、アシュレはキルシュの脈拍数が跳ね上がるのを感じた。
びくん、と身体が跳ね、ごくり、と細い喉が鳴る。
少女の緊張をほぐすため、アシュレはむかしの体験を話すことにした。
同じ体験をアシュレ自身がしたと知ってもらえたのなら、すこしは心を定める助けになるだろうと、そう思ったのだ。
「じつは、むかし……というほどむかしの話じゃないけれど、ボクも同じやり方で助けてもらったことがあるんだ」
「騎士さま、も?」
アシュレはイズマとのはじめての出逢いを思い出し、苦笑してしまった。
亡者の群れに囲まれたアシュレに、突然現れたイズマは有無を言わせぬ早業で《スピンドル》を通して貸し与え、窮地を脱するための技の行使を可能にしてくれた。
いま考えるとあれはデリカシーの欠片もない、いろいろな意味でとんでもない荒技だったのだと気がつく。
あの破天荒さには死ぬまで追いつくことができないだろう、とも。
「でも、わたしと騎士さまでは種が、種族が違います。《スピンドル導線》を通す仕組みも……違うんじゃあ──」
「そうか……種の違いも《スピンドル導線》の形成には関係あるんだな。だとしたらイズマめ、ホントにメチャクチャな無理を通したんだな……」
「えええッ?!」
「あーいやこっちの話。だいじょうぶ、それも考えてある」
アシュレは簡単にいまから行う手技の仕組みを解説した。
「大丈夫、そのへんもちゃんと考えてある。種を跨ぐと言っても、ボクは人間、キミは真騎士の乙女だ。そして人間は──英霊にならなければならないにしても──正しい関係性としては真騎士が受け入れることのできる唯一の男性種。つまり、その間にはなんらかの要因で回路が通しやすい関係性があるということになる。そうでないと、真騎士の乙女たちは子孫を残せないんだからな」
「あ、ああ。そうか、そうですね、たしかに。わたしたち真騎士の乙女が恋をするのは基本的に、人間の英雄だけなのも、きっとそういうことなんですよね……」
とそこまで自分で言って、キルシュは両手で自分の頬を挟んだ。
「えっ。ま、まさか、その──い、いきなりですか。ほんとに全部、完全に騎士さまのものになっちゃう! そんなのダメ。だってだってそんなことしたら、ぜんぶ知られちゃう。レーヴ姉さまになんて言って謝ったらいいの?! 秘密にできなくなっちゃう!」
なにを想像したのかものすごい速度で妄想を膨らませたキルシュに、アシュレは苦笑した。
あはあは、と馬鹿丸出しの笑いが漏れる。
「いやそうじゃなくて……それにキルシュにはもうボクの《スピンドル導線》が、ある意味で形成されてる、だろ?」
「ひゃっ。そ、そっちですか」
下腹をさすっていたキルシュが、気にする場所を変えた。
秒速で自分の仕草が意味するところに気がついて、ごまかすようにあたふたと手を振る。
アシュレはあえてそこは見なかったことにした。
このあたりいちいち気にしていたら、間違いを犯してしまいそうだったからだ。
努めて冷静に話した。
「で、どうかな?」
「ど、どうかなって……キ、キルシュはもう騎士さまのしもべなんですから……そこはもう意思なんか関係なく……」
少女の反応にアシュレはかぶりを振った。
いいや、大事なのはそこなんだ、と。
「これはとても大事なことなんだ、キルシュ。《スピンドル》は《意志のちから》なんだよ。だからこの手法は、キミが積極的な気持ちでないと絶対にうまくいかないんだ」
つまり、ちゃんと前向きに、意欲を持ってボクを受け入れてくれるかどうかでまったく結果が変わってしまう。
そういう主旨のことをアシュレは説いた。
暗闇のなかで、キルシュの瞳孔が焦点を結んでいくのが見えた。
それはなにか解答に辿り着いたときヒトが見せる、あの表情だった。
「せ、積極的……。そうか。わ、わかりました! が、がんばります! 《スピンドル》を、騎士さまの《スピンドル》を、う、受け止めます! 受けとめて見せます! 才能開花してみせます!」
またへんな気分になりかけたアシュレは、感情を噛み殺した。
無言でさらにキルシュを抱き寄せると、カラダの奥深くで《ちから》を練っていく。
「熱い……騎士さまの手から、内側に《ちから》が伝わってくるのがわかる」
「いいぞ。そのまま《ちから》の流れを意識して。滞っている場所を、──《ちから》を塞き止めている堰を開放するんだ。ゆっくりと、でも《ちから》は緩めずに」
「な、にこれ。こんな、こんな感覚──や、これ、へんです、わたし。だめ、熱ッ」
体験したことない感覚にキルシュが身悶えした。
アシュレは強く少女を抱きしめる。
もちろん《ちから》の行使を緩めたりしない。
その腕のなかでキルシュはアシュレの肌着を噛んだまま、なんども身を反らしては震わせた。




