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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 3・「不浄の帝国」
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■第五十四夜:開花


「ところで、なんですけど」


 アシュレの上着をまとい腕まくりをしながら、キルシュが訊いた。

 腰のところをサッシュベルトのように紐で括れば、すこし丈の長い単衣チュニックに見えなくもない。

 アシュレは肌着の上に、竜皮の籠手:ガラング・ダーラを再装着した。


 粘液で濡れた鎧下は簡単に洗うだけ洗ったが、そのまま着るのには抵抗があった。

 かといって乾くのを待ってもいられない。

 いつまでもここで、ぐずぐずはしていられないのだ。


 さきほどまでキルシュを苦しめていた指標タグをエステルも施されているとしたら、しかも汚泥ウーズの騎士たちの手中にいまだあると考えれば──無駄にしていい時間はどこにもなかった。


 そんなことを考えているうちに、キルシュからの問いかけを無視するカタチになってしまっていたようだ。

 ふたたび、少女が問いかけてきた。


「騎士さま、あの?」

「ん、なんだい?」

「騎士さまって、もしかしてずっと以前から暗闇のなか、見通せてませんか?」


 口に含んでいた飲料水をアシュレは吹き出した。

 朝、探索用に持ち込んだそれがまだ革袋には相当量、残っていたのだ。


「げふんがふん」

「あ、やっぱり。さっきからいろんなことの手際がすごく良くて、人間だって闇は見通せないはずなのに……。それじゃあ……もしかしなくても見られちゃってたってことですよね、わたし」

「いや、そのう……夜魔の姫:シオンとの関係でボクには夜魔の血が流れ込んできているらしくて……だんだんと夜に適応していってるというか。だから……見えてしまうというか」

「あの……どこまで・・・・……見たんですか?」


 まいったな、とアシュレは額に手をやった。


「黙ってるってことは……まさかぜんぶ・・・、ですか」

「精密な処置には必要だった。ほんとにごめん」


 震える少女の声に、アシュレは素直に頭を下げた。

 ごまかすことはできなかったのだ。

 ただ、そのあとキルシュが見せた反応は、完全に予想外だった。


「そんな……そんな……。じゃあ、キルシュの全部を見た上で、まだわたしのために戦うと誓ってくださったんです?」


 なじられると思っていたのだが、どうもキルシュが確かめたかったのはそこではなかったらしい。


「うん……ホントにごめんね」

「逆です。騎士さまのばか。そんなこと言われたら、もうほんとに他所にはいけなくなっちゃたじゃないですか」


 騎士さまのえっち。

 そうつぶやきながら頬を赤らめて飛び込んでくるキルシュを、アシュレは抱き留めることしかできない。

 いままでいろんな罵倒を浴びてきたが、キルシュのような女のコにえっちと言われるのは、想像以上のダメージがあった。

 なんというか己の大人としての根幹に、効く。


 ヨレたアシュレに対し、立ち直りが早かったのはキルシュの方だった。

 こういうの、女性のほうがタフだっていうのはホントなんだな、とアシュレは思った。


「さて、それはそれとしても。そうか騎士さまは見通せるんですね、暗闇が」


 身を引き剥がし、ポンと手を打つ。

 いや、まだその頬は紅潮したままだ。

 キルシュだってなんとか平静を取り戻そうとしているのだ。

 騎士であり彼女の庇護者となった自分が取り乱してどうする。

 アシュレは心中で己を叱責した。

 話を実務に戻そう。


「あ、ああ。いまはキルシュが広げた光の翼のおかげで周囲は明るいけど──キミ自身の助けには、コレほとんどなってないんだよね」

「手元が見えるのはありがたいですけど、視界はせいぜい二メテルですね」

「逆に敵からはハッキリ見えてしまうことになる。そのままだと、完全にいい的だな」


 アシュレの言葉が終わるか終わらないかのうちに、キルシュは白き翔翼ウィング・オブ・オデットの効力を解除した。

 とたんに周囲に闇の帳が戻ってくる。

 うん、とアシュレは頷いた。


「もう手遅れかもですけど、目立たないにこしたことはありませんから。敵に暗視能力があるのはほぼ確定ですが、それにしたって居場所を教えるのは上策とは言えませんものね」

「すまない。ボクがもっと早くに注意すべきだった」

「騎士さまのせいじゃありませんから。それはわたしのことに一生懸命になってくださっていたからなんですもん」


 でも、わたしもうホントに大丈夫ですから。


「必要としてもらってるのわかっちゃったし」


 なぜか嬉しげにそうつぶやくキルシュの肩に手を置いて、アシュレは続けた。

 冷や汗が出るのはどうしてだろう。


「キルシュ、真騎士の乙女たちの異能に夜間飛行に対応するものはないのかい?」

「あります。風霊の護りエアリアル・スクリーン。飛来する虫や小さな異物を排除し、高速飛翔時の眼球保護や風圧への対処をするための異能です。でもそれだけじゃなくって、夜間での戦いや太陽が直視界に入ってくるような急激な光量変化にも対応してくれる優れものです。高い空の薄い空気のなかでも呼吸が苦しくなることもありません」

「よし、じゃあそれを使おう」

「あー、やっぱりそうなるのか。そうなりますよね……」


 アシュレの提案に、なぜかキルシュはもじもじと身をくねらせた。

 

「どうしたの?」

「えーとですね。わたし、実はまだそれ使えないっていうか」


 あ、とアシュレは声にしていた。

 そうだった。

 キルシュはまだ完成された真騎士の乙女ではない。


 レーヴそしてアスカのような存在が間近に居過ぎるせいで、感覚がすっかり麻痺していた。

 《スピンドル能力者》としての能力はほとんどの場合、成人前に開花し、そこから時間をかけて訓練してはじめて異能としての開花を見るものなのだ。

 真騎士の乙女たちの成人年齢は人類とほぼ同じだから、まだ十五歳に満たないキルシュが修業中なのはある意味で当然なのだ。


「ごめんなさい……」


 しおれた声でキルシュが謝った。


「いや、謝ることじゃない。キルシュに落ち度はすこしもない」


 だけど、とアシュレは小さく唸った。

 ここまでで使えるようにはなっていないから、と諦めて良い話とは思えなかったのだ。

 つまり風霊の護りエアリアル・スクリーン習得の話だ。


「キルシュ……風霊の護りエアリアル・スクリーンは、いままでも習得訓練はしてきたんだよね」

「はい。それはもちろん。白き翔翼ウィング・オブ・オデットと並んで、風霊の護りエアリアル・スクリーンは真騎士の乙女としての必須能力ですもん」


 大空を駆ける彼女らにとって、なるほどそれはたしかに必須と言える能力だと、アシュレも納得する。


「でも、わたし、いつまでたっても上手くできなくて」


 そして、その必須能力が習得できないということが、キルシュにとって間違いなく大きなコンプレックスであろうことも、瞬時に理解できた。

 言うなればそれは、騎士を目指す者が馬に乗れないのと同じくらい深刻な悩みなのだ。


「キルシュ。そのこれは提案なんだけど……いまここでそれを習得するってのはダメだろうか?」

「えっ」


 アシュレの提案にキルシュは心底驚いた顔をした。

 

「ここで、習得。そんなことができるんですか?」

「できるかできないかはやってみないとわからない。だけどボクの経験からすれば《スピンドル能力者》としての才能は、危地であればあるほど開花しやすいみたいなんだ。たとえばボクらのいまの状況がまさにそれだ。なぜなら《スピンドルのちから》は困難に抗う《意志のちから》なのだから。そして、いままでキミが真面目に習得に励んできたなら──可能性は充分にある」

「…………」


 真騎士の少女は沈黙した。

 わかる、とアシュレは思った。

 だれでも自分のコンプレックスと向き合うのは、ためらいを覚えるものだ。

 だからこそ続けた。


「これから先、エステルを救出するにしてもキミが暗闇のなかを自由に、しかも高速で飛び回れるかどうかは大きな違いになる──なんと言っても汚泥ウーズの騎士どもの王国を相手取るんだからね」


 ハッ、と暗闇のなかでキルシュが息を呑むのがわかった。


「エステルを救出する。そうか。そうよ。キルシュ、なにをためらってるの──」


 つぶやくが早いか真騎士の乙女はアシュレの袖を掴んだ。


「騎士さま、やります。わたし、挑戦してみます!」


 なんて気高い精神の持ち主だろうとアシュレは感心してしまった。

 友の窮地を救うためだとわかった瞬間、キルシュは即断した。

 本当にエステルのことを思っていなければできないことだ。


「よし。やろう」

「でも、具体的には?」


 どうするんですか? 問いかけるキルシュの腰をアシュレは抱き寄せた。


「こうするんだ」




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