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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 3・「不浄の帝国」
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■第四十五夜:それは沈黙からはじまる


「なん……だこれ。ふたりの……服? いや……肌着か?」


 サロンのようになっている天使の間の中央にあるテーブルの上には、キルシュとエステルの衣服が広げて置いてあった。

 ふたりの汗をたっぷりと吸ったそれらはまだ湿っている。

 広げてあるのは彼女たちなりに、なんとかそれを乾かそうと試みたものだろう。


 だが、アシュレを動揺させたのはそちらではなかった。


 天使の間の床面に落ちていたのは、ふたりの肌着……その一部だった。

 それがなにやら奇怪な粘液に塗れて捨て去られている。

 酸で溶かされたように穴が開いている。


 よく見れば、その周辺には、なにか這いずったような跡が粘液によって残されている。

 ぬらつく粘液が描く軌跡をアシュレの視線が追う。


 きい、と音を立てて個室の扉が開いたのはそのときだ。

 弾かれたようにそちらに向き直り、アシュレはスモールソードを構える。


 そこには……ただ便座だけがあった。

 しかしそれは床面と同じく、ぬめぬめとした粘液に覆われている。


 まるで下水がそこからあふれ出たように。


 アシュレは警戒態勢のまま、そちらへ歩み寄った。

 万が一にも粘液を踏みつけたりしないよう注意を払いながら、歩を進める。


 なにもない。

 なにもいない。


 ただただ、便座の奥には虚空へと続く穴が口を開けており、こおおおおおおお、と空気の流れる音が響くだけ。

 しかし、その壁面も便座もあふれ返った粘液に濡れ、その端からは奇妙な匂いのするそれが滴り落ち続けていた。


「なん……だと」


 思わずアシュレはうめいていた。

 もう一度、ふたりの名を叫ぶ。

 もちろん返事はない。


 手がかりを探して天使の間を再度、見渡した。


 そこで気がついた。

 床面に残された這いずる粘液の痕跡が、途中で不自然に途絶えていることに。


「コレ……まさか」


 アシュレは床面に手をかざし《スピンドル》を励起させた。

 すると、がこん、と音がして床板が開き、大人が潜り抜けられるほどのスペースが姿を現したではないか。


「地下下水道への侵入経路! こんなところにあったのか」


 振動感知を得意とする土蜘蛛たちであれば、最初の来訪で気がついただろうが、アシュレと真騎士の少女たちには初見での発見は、ほとんど無理な仕掛けだった。


 見れば途切れていた粘液の軌跡は奥へと通じている。


 まさか、とアシュレは青くなった。

 状況から判断するに──キルシュとエステルのふたりはここから連れ去られたのか?!


「──アテルイ! アテルイ、聞こえるかい!」


 アシュレは目を閉じると強く念じた。

 霊媒者であるアテルイとアシュレはいま、想念の糸を互いに結びつけている。

 緊急事態にあってはこうやって互いに連絡を取ることになっていた。

 今日は使わずに済むと思ったのだが。


 アテルイの後ろ髪を引くような感覚で、アシュレは呼びかけた。


 返答はすぐにあった。


『旦那さま?! いかがなされましたか?』

「アテルイ、緊急だ! キルシュとエステルがなにものかに連れ去られた」

『?! なんと──了解だ。緊急呼集をかける』


 アテルイは疑問を挟む前にアシュレの連絡の重要性と緊急性を理解してくれた。

 副官としての口調になる。

 優秀なのだ。


「ボクはすぐに後を追う」

『場所は? 状況の詳細を』

「アテルイ、ボクの目に乗れる?」


 霊媒者たちは相手に憑依するだけでなく、想念の糸を結んだ相手とならば五感を共有することさえできた。

 これも彼女たちが迫害された理由のひとつだ。


『よろしいのですか?』

「ためらっている場合じゃない。いまボクがいるのはここ。パレスの左翼にあるトイレだ。天使の間とボクらは名付けた」


 アシュレは目を開けた。

 念話に関してまだまだ未熟なアシュレでは、目を開けている間はアテルイが送ってくれるイメージを見ることはできないが、これでアシュレの視界のほうをアテルイは利用できる。

 キルシュたちが作ってくれた宮殿内部の見取り図が、ここで役に立った。


『把握した。しばらくそのまま。視覚から得たヴィジョンを戦隊全員に共有する』


 なんという恐るべき能力だろう。

 アシュレはアテルイの《ちから》に慄きながらも、彼女が一緒にいてくれて本当に助かったと感謝を捧げた。

 そのまま、とは言われたが、自然に視線は二人が連れ去られたであろう地下道の入口に向いてしまう。

 と、なにか糸のようなものが張られているのに気がついた。


「ん? これ……」

『どうした? 地図から目を離すな』

「いやごめん、でもこの糸……これ土蜘蛛の……アラクネフティス──アラクネの糸だ」


 上水道の探索行でアシュレはこの糸を土蜘蛛の凶手:エレが使うのを間近で見ていた。


『糸が結びつけられている? これは、つまり──』

「つまりだれか土蜘蛛のひとりが、ふたりを追ってすでに地下世界に足を踏み入れている!」


 そしてそれはイズマ以外にはあるまいとアシュレは踏んだ。


「ボクもすぐに後を追う。念話はどうか切らずにいて欲しい」

『アシュレ、せめて増援を待て!』

「そうはいかない。ふたりをさらったヤツはふつうじゃあない。彼女たちの身の安全を考えると一刻を争う事態だ。ボクは──ブランヴェルだけは持っていく。天使の間の前にある長椅子には荷物が山積みになっているから、みんなならすぐにわかるハズだ!」


 言いながらアシュレは室外に駆け戻り、荷物をどかしてブランヴェルを掘り出した。

 長椅子やそこに預けられた荷物がどんな状況なのか、これでアテルイも把握してくれたことだろう。


『了解した。参謀としてはアシュレをひとりで行かせたくはないのだが』

「時間がない。天使の間の床面に入口がある。《スピンドル》で開く。逆説的に相手にも《スピンドル能力者》かそれに準ずる能力者が居ることになる。どんな危険が待ち受けているかわからない。増援は最精鋭だけで。ボクは先行する。イズマが追ってくれているなら──どれだけ素早く合流できるかが鍵を握るハズだ」


 それと、とアシュレはやはり足早に室内に戻りながら付け加えた。


「シヴニールを持ってきてくれ。屋内でアレはあまり使いたくはないけれど、無しでは難しい相手かもしれない」


 言いながら武装を整え、アシュレはふたたび扉を開け放った。

 《スピンドル》に反応するこの扉は、保持しておかないと一定時間で閉じてしまうものらしい。

 このあたり衛生面や安全面が関係しているのだろう。


「じゃ、アテルイしっかり見て戦隊のみんなに情報を共有してくれ」

 

 アシュレは天使の間をぐるりと見渡す。

 情報の仲介役をしてくれるアテルイがより具体的に状況を把握できるようにだ。


『武運を』

「ああ、ふたりは必ず無事に連れ帰るさ──」


 言い置いてアシュレは暗く急な下り階段へと身を踊らせた。





エイプリルフール!


素で間違えてました!(えっ)

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