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■第四十四夜:地下帝国の誘い



「それにしても饗宴の穴フィースト・ピットの地下が、あんなに広大で素晴らしい食料貯蔵庫になっていたなんて」


 階下にいたのは、おそらく半刻にも満たない時間だっただろう。

 その間にアシュレは全身を使って、可能な限りの物資を持ち帰ろうと試みた。


 まず、ロープを思わせて肉体のあらゆる場所にグルグルと巻き付けられているのは、ソーセージの束。

 ベルトポーチのなかはドライフルーツやナッツでいっぱいだし、ポケットにも上着の襟にもサラミが数本刺してある。

 カラダの前後にはそれこそ中型の盾くらいあるパンに紐を通し、自分を挟むカタチでぶら下げている。

 右手にはワインがこれでもかと詰められたアンフォラ

 左手には巨大な生ハムの原木が蛮人の棍棒めいて握られている。

 頭部に括りつけた網カゴには、この季節、いったいどこで手に入れられるのかわからない見事な果実の山。


 そのほかにも食料を満載だ。


「アシュレ──貴様、ちょっと欲を掻き過ぎではないのか?」

「それをキミが言うッ?!」

「その大荷物は……あきらかに人類が運べる量を上回っているぞ」

「じゃあ手押し車かなにか貸してくれる?」

「全力で断らせてもらおう!」


 かなり真剣にゴウルドは言った。 

 なにしろアシュレが勝者の権利として持ち帰る食材や酒を指定するたび、このオーバーロードは頭を抱えて悶え苦しんだのだ。


「オレの、オレさまの食材があああああ、やめろ、やめろアシュレ、やめてくれ後生だ、それはそれはそれはッ、いッかーん!」


 的確に上物だけをチョイスしていくアシュレの後ろをついて回りながら、ゴウルドは泣き叫んだ。


 だが、これにはからくりがある。

 アシュレの目利きが優れていたのではないのだ。


 ただ『これはどうかな?』とアシュレが手に取ったときに起こるゴウルドの反応が、アシュレに勝利をもたらしたというわけだ。


「うーん、これチーズは転がしていくしかないなあ」

「やめておけ、アシュレ。それだけで小岩ほどの重量があるのだ。あきらめろ」

「なにこうすれば! 不屈の力インドミタブル・マイトッ!!」

「アアア、アアアアアアアアアアッ!!」


 あまりの素直な反応に、途中からアシュレはちょっと面白くなってしまった。

 

「悪ノリし過ぎたかなあ」


 涙と鼻水を垂らしながら頽れるゴウルドベルドを尻目に、アシュレはあの巨大な門扉を潜った。


「いろいろあったケド、大勝利かな、今回は?」


 食糧問題に明るい兆しが見えたことがアシュレの口調も軽くしていた。

 回収したブランヴェルに荷物を載せ換えゆっくりと走らせながら、異能で強化した筋力で勝ち得た獲物を担いで悠々と帰路に着く。

 これでみんなにも笑顔を届けられると思うと誇らしかった。


 そう、これで一件落着。

 そのはずだった。

 だが。


 キルシュとエステルのふたりとの待ち合わせ場所に指定した洗面所──天使の間で、まさかあのような展開が待っていようとは、さすがのアシュレもこのときはまだ予感することさえできなかった。

 

         ※


「キルシュ……エステル? まだもうすこしかかりそうかい?」


 アシュレは合流場所に決めたくだんのお手洗い──通称:天使の間まで戻ってきた。

 大荷物を回収したブランヴェルに乗せ替えゆっくりと進ませながら、悠々の帰還だ。

 聖なる盾を台車代わりに使うのは罰当たりの極みだが、緊急事態だ、きっとご先祖さまも許してくれるに違いない。


 食料の選別と運搬に手間取ってしまったが、淑女たちが身支度に要する時間を考えるとそれほど待たせてはいないか、早かったかもしれないくらいだ。


 自分の母をはじめ、実家に集う幼なじみたちの支度が整うのを扉の前で呆然と待っていることの多かったアシュレは、そのへんの機微に詳しかった。


 天使の間のすぐ近く、通路に配されているあの長椅子には、キルシュたちの武装が立て掛けられ積まれている。


 天使の間のなかにふたりがいることは一目瞭然だった。


 アシュレは長椅子の残されたスペースに、ブランヴェルに乗せ切れなかった食材を、いったん置くことにした。

 いくら不屈の力インドミタブル・マイトの能力で骨格レベルから肉体を強化していても、物理的な大きさの問題を解決できるわけではない。


 まあ、ふたりの助手が加われば帰りはもっとずっと楽ができるだろう、とアシュレは考えていた。

 このときは、まだ。


「キルシュ、エステル──まだかかりそうかい? ボクもこっちまで帰ってきたよ」


 アシュレは室内に向かって呼びかけた。

 あいかわらず返答は、ない。


「キルシュ……エステル? 大丈夫かい? なにか問題あるの?」


 続けざま、アシュレは呼びかけた。

 淑女的には、こんな場面で男に呼び掛けられて返事をするのはなかなかに難しいのかも知れないが、ふたりの無事を確認したかった。

 が、やはり返答はない。


 それどころか内部でヒトが身じろぎするような、そんな気配さえない。


「まさかとは思うけど……ゴウルドの料理ってやっぱり食べてはいけない……そういう意味で危険ってことはないよな……」


 さすがにアシュレも不安になってきた。


 たしかに天使の間は、お手洗いと考えるとおかしいくらいに巨大な施設だ。


 だが、そのぶん物音は反響するし、騎士として死地を幾度も潜り抜けてきたアシュレがふたりの気配をまったく察知できないというのもおかしい。

 相手が土蜘蛛の凶手のような専門の暗殺者たちならともかくも、相手は隠身おんしん隠形おんぎょうなどといった技とは無縁どころか、正反対の真騎士の乙女の一族だ。


 そんなふたりがそろって身を清めようとしているのに、無言のまま気配を殺して──アシュレの呼び掛けにも無反応なんてことが……あるだろうか?


 猛烈にイヤな予感にアシュレは襲われた。

 

「キルシュ、エステル? 返事をして。いや、返事をしなさい! これは命令だ!」


 アシュレは叫んだ。


 三秒待つ。

 返答はない。

 そのときにはもうカラダが動いていた。

 スモールソードを抜刀して、室内に躍り込む。


 天使の間の内部は中央がサロンのようになっており、壁際に個室がいくつか並ぶ。 

 室内には静寂が満ちていた。


 ふたりの姿は、ない。


 すでに身支度を終え、先に帰路についたか?

 いいやそんなハズがない。

 真騎士の乙女たちにとって武具は自らの存在を証明する品々だ。

 いくらまだ子供とはいえ、自分たちの血筋に誇りを持つキルシュとエステルが武器と防具を放置してどこかに行くなどありえない。


 それに、とアシュレは思った。

 あのふたりはボクにもかなり懐いてくれている。

 ほかの少女たちが最初は参加することさえ嫌がった任務にも立候補し、献身的に尽くしてくれた。

 というよりなにか別のモーションさえかけられている気がする。


 そのふたりが、ボクをおいて先に帰還するなど考えられることではない。


 では、だとしたら?

 だとしたら、いったいいまなにが起っている?


 アシュレの疑問に対する答えは、すぐ目の前に現れた。




これにて第七話:第七話:蒼穹の果て、竜の棲む島──第二章:饗宴の穴フィースト・ピット編完結です。


第三章:不浄の帝国編は2021年4月1日よりの再開を予定しております。


まあ、もうそれなりに原稿はあるんですが、ちょっといろいろ手をかけたいので、よろしくお願いいたします。

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